第51話 一閃
学校が終わり、自宅に向かって自転車を漕ぐユウト。
周囲は山に入りかけたところで、道路の両脇は雑木林といった雰囲気だ。
通いなれたいつもの通学路。そこを進むユウトの内心は希望と不安に揺れていた。
不安は当然、家の壁に現れた大量のヌメヌメとした軟体動物のこと。
今朝も、該当箇所の横を通り抜ける際は、ほぼ目を閉じたまま駆け抜けていた。何も見たくなくて。
希望は、もしかしたらそれらがすでに駆除されているかもという、淡い、しかし切実な期待だった。
──目黒さんの友人か。駆除してくれてるといいな。お礼とか、どうしよう。
そんな希望と不安を交互に感じながら自転車を漕いでいたので、ユウトは気がつかなかった。
周辺の雑木林に百人近い人間が伏せるようにして存在することに。
彼ら彼女らは、ユウトの家から避難してきたランカー探索者たちだった。みな、ボロボロの姿で、しかし奇跡的にも一人も欠けることなくここまで逃げてこれたのは、さすが国内最高クラスの探索者と言える。
しかし彼らが逃げざるを得なかった元凶──ナメクジの体を捨て、一なる存在へと至りしレイス系のネームド特殊個体。
目黒の解析により判明したその名は、『黒き黒の最も弱き影』。
『黒き黒の最も弱き影』が、今まさに、粛々とランカー探索者たちへと迫りつつあった。道路の真ん中を堂々と浮遊しながら。
◇◆
自転車を漕いでいたユウトはふと足を止める。
ゾワッとした感覚が走ったのだ。
夕方の薄暗くなり始めた景色のなか。周囲より一段濃い影が見えた気がした。
──早川にこんなとこ見られたら、また怖がりだと言われるんだろうな
そんなことを考えながら、ユウトは背負っていた鞄からいつもの新聞紙ソードを取り出す。台所からお守り代わりに持ってきていたのだ。
例の軟体動物と対面せざる得ない最悪の状況になったときに触らないで対処できるように。
──影が濃い範囲がなんかいつも地下室とかで見るのより大きい気がするなー。
そんなことを考えながら、自転車にまたがったまま、軽く新聞紙ソードを一振りするユウト。
それだけで影が霧散していく。
「この影っぽいのが見えるって、やっぱり俺の気のせいなのかな。まあ、いいか。さて、憂鬱だけど家にかえるか」
そうして再び自転車のペダルを漕ぎ出すユウト。
そうしてしばらくしたときだった。スマホが振動する。
「緑川さん? どうしました」
振動は、着信だった。
「あー、ユウトくん。今帰ってるところ?」
「そうです」
「実はユウト君ちの例の奴なんだけど、だいたい駆除出来たんだけど……」
「本当ですか! ありがとうございます」
「ただ、けっこう数がいてね。その、死骸の処理が、少し時間がかかりそうなの。で、あんまり見たくないよね?」
「うっ──、はい。出来れば……」
「じゃあ私たちの家の前で待っててくれる? 今そっちにいくから。で、その間にできるだけ片付けておくわ」
「ほんと、何から何まですいません。このお礼は必ず……」
「いいのいいの。じゃあ待ってて!」
そこで緑川さんからの通話が切れる。
俺はあふれでる感謝の気持ちを胸に、言われた通り、緑川さんたちの家の前へと向かったのだった。
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