第50話 作戦開始

「うそ、だろ。全然、話が違うじゃないですか。どこが三百匹ですか、これ、軽く千匹はいるでしょ」


 探索者ランカー3位のグスダボが褐色の顔を歪ませ、辺りの惨状に目を見開いていた。ユウトの家の壁どころか、地面に、さらには周辺の樹木や草にまで、びっしりと張り付いたナメクジの姿がある。

 それに相対するは、ダンジョン公社の職員とランカー探索者たち。


「まあ、三百以上って話だったし。私たちなら、なんとかなるっ。ほら、危ないよ」


 グスダボの死角から飛びかかってきたナメクジ。ナメクジらしからぬ脅威の跳躍力だ。サイズ感が小さすぎて対応の遅れるグスダボ。


 しかしナメクジがグスダボにとりつく事は叶わなかった。

 いつの間にか一瞬で現れ、ナメクジを拳で撃ち落とした、軽薄な感じの女性。

 それはランカー1位、孔雀蛇くじゃくだだった。


 ナメクジは孔雀蛇のその一撃で完全に粉砕されていた。


「神速」の二つ名でも呼ばれている孔雀蛇。ナメクジを粉砕した拳には、真っ赤なボクシンググローブのような物が二つ、装着されている。

 それはダンジョン産の宝物であり、孔雀蛇は愛着を込めてグローブを「血染め」と呼んでいた。


「く、孔雀蛇さん。ありがとうございます」

「ほ」


 くるりとグスダボの方を振り向き、そう一言告げる孔雀蛇。


「ほ? えっ?」

「ほげぇー」

「く、孔雀蛇さん!?」


 急に孔雀蛇が奇声を発し始める。さっきまで軽薄だった表情が、すっかり歪み、だらしないぐらいに崩れている。

 本能的に、離れようと後退りをするグスダボ。


「ち、やはり寄生型か。厄介な。おい、孔雀蛇さんを抑えるぞ。そこの三人、手を貸せ!」


 探索者の一人がそう叫ぶ。


 孔雀蛇以外にも、そこかしこで異常行動を取り始める探索者たち。誰もがナメクジ型モンスターという事で、寄生系の攻撃にはもともと警戒していた。

 そういう経緯もあって、誰も直接、素肌でナメクジに触れていないのだ。


 しかしそれでも、現実には、すでに十数名の探索者たちが寄生されているとしか考えられない行動をしている。


「おい、こいつら。見た目はナメクジだが、本質はレイスだ!」


 じっと皆の戦闘の様子を観察していたタロマロが叫ぶ。かつての友人をレイス系のネームドに殺された経験から、タロマロは人一倍、レイスの存在に過敏だった。


「解析、できました。倒されたナメクジの体からレイス型の本体が離脱するようです。それが探索者へ寄生してますです」


 少し後方、タロマロの近くにいた目黒の報告。

 それを聞いて現場に出て総責任者を務める双竜寺課長が指示をとばす。


「みな、意識を切り替えろ。対非生物用のスキル持ちを中心に隊列を、切り替えろ!」

「そんなこと、すぐには無理ですよ!」


 思わず叫んだのは、目黒と共に今回の作戦に参加していた緑川だ。

 もと探索者として、基本的に集団戦を行わない探索者が、戦闘中に隊列変更など到底無理と考えたのだ。


「無理でもいい。やれ! 出来なければ撤退しかないんだ。そうすれば作戦は失敗となる。そしてそれは『黒き黒』の目覚めとなりうる──」


 その双竜寺の言葉に奮起する探索者たち。今この場にいる人間は全員、その恐ろしさを理解していた。


 一度劣勢となった探索者たちだったが、敵であるナメクジの本質の一部が判明し、奮起しての死ぬ気の隊列変更を完遂することで、なんとか戦線を持ち直す。

 このまま時間内でなんとか駆除が終わるかと思ったその矢先だった。


 大量のナメクジが急に一斉に動かなくなる。


「何が──」

「不味いぞ、総攻撃をかけろ──。敵はナメクジの体を捨てて、一つに合体する気だ!」


 そのタロマロの警告はしかし時すでに遅かった。

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