第49話 side タロマロ 2

「お、カイカイ。お前も呼ばれたか」

「タロマロさん! この間ぶりっす。なんなんですかこれ。すげーメンバーばっかりなんすけど」


 辺りを伺いながら話しかけてくるカイカイ。なぜか俺に対してだけは、いつもこんな口調だ。


 俺たちが今、押し込められている狭い会議室には国内にいるランカー探索者がほとんど集められているようだった。その数、およそ百。


「黒案件さ。聞いたろ?」

「ラチられる時に、聞きましたっすけど」

「そういうことさ」

「あー。タロマロさん! 教えてっすよ」


 その時だった。ガヤガヤとした会議室で、他を圧倒するようにして声が響く。


「定刻だ。ブリーフィングを開始する。ダンジョン公社課長の双竜寺だ。まず始めに感謝を伝えたい。短時間でよくぞ集まってくれた」


 双竜寺が部屋の前方のモニターの前まできて、話し始めたのだ。


「今回の作戦は藍級通常個体モンスターの掃討。総敵数予想は300以上。期限はあと三時間だ。今作戦の失敗は、我が国の国体を揺るがす事態に繋がる可能性が高い。そしてこれが対象の画像だ」


 ざわついていた会議室がその一枚の画像で、しんっと静寂に包まれる。


 そのモンスターが、あまりにも彼らの常識とかけ離れていたのだ。

 物理的な強さとは、基本的に大きさに比例する。逆に言えば、小さくても生命として生存に強い個体は、何か特殊な部分があるのだ。

 それは毒であったり、寄生能力であったりと、実にさまざまだろう。


 そして今、双竜寺が、脅威度藍級と言っていたモンスターは一見、普通のナメクジだった。


「課長さん課長さん。質問です。普通のナメクジサイズで、しかも一体で藍級なのですか?」

「そうだ」


 ビシッと律儀に右手を挙げた探索者からの質問に答える双竜寺。


 ──あれはランカー3位の寄留きりゅう=グスダボ=久遠くおんか。あいつ、相変わらずわかって質問してるな。厄介な


 双竜寺の返答によって、室内に緊張が走る。再びざわめきはじめる探索者たち。

 ただ、動揺を見せているのはランカーの中でも低位のものたちだ。


「おいおい。俺は降りるぞ」「こんなん倒せるかよ」


 彼らは、口々に言い募ると席から立ち上がり帰ろうとする。


「お前ら、席につけ!」


 俺は思わず声をあらげてしまう。このままでは、帰ろうとする方が、不利益になってしまうからだ。


 そこに、双竜寺の静かな声が、喧騒を切り裂く。


「タロマロ、ありがとう。さて今件は、黒案件事案だ。現時点での離反はダンジョン特措法違反として、資産の没収及び探索者資格の剥奪もあり得る。その覚悟のあるものだけが立ち去りたまえ」

「まあまあ、課長さん。そんなに気張らんといていいんじゃないっすか」


 軽薄な感じで双竜寺に話しかけるのは、今ごろふらっと会議室に入ってきた探索者。


「タロマロさん、あれ、ランカー1位の……」

「ああ。探索者チーム『千手観音』の孔雀蛇くじゃくだ乱子らんこだ。こういう表舞台に顔を出すのは、数年ぶりじゃないか」


 思わず俺はカイカイとひそひそ噂話をしてしまう。その間に、帰りかけていた探索者たちが自席に戻っていく。

 孔雀蛇の軽薄さに反して、ランカー1位としての言葉には、やはり場の雰囲気を変える何かがあるようだ。


「遅刻だ。席についてくれたまえ。孔雀蛇」

「お堅いねー。そんなんだとすぐに禿げますよ」

「……ではブリーフィングを続ける」


 孔雀蛇の茶々を、軽くスルーする双竜寺。知り合いのような気安い雰囲気がそこはかとなくする。ふっとそこで孔雀蛇の姿が消える。


 俺は急いで周囲を確認する。

 いつの間にか俺の後ろ、部屋の最後尾の端の席に、孔雀蛇が座っていた。


 ──全然、見えなかったぜ。まったく。ランカー1位は伊達じゃない、か。


 こうして問題は山積しながらも、史上最大のナメクジ掃討作戦が、始まろうとしていた。



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