第48話 side緑川 2
ピンポーン。
ドアのチャイムが鳴る。
私と目黒の間に一気に緊張が走る。赤8ダンジョンの跡地に誘致する大学の件を、国に丸投げし終わって、ようやく眠れるかと思った矢先のことだった。
そもそも大学の誘致といった一大事業は準備期間だけでも数年は要するのが普通だ。それを、ユウトの高校卒業までに、入学可能にしないといけない。
到底、ダンジョン公社だけでも実行は不可能。
そのため、本日の閣議決定で超法規的に可決され、国家事業として推進していくことが決まった。
とはいえ、閣議にあげるための資料の一部作成は、最もユウトの身近にいる緑川たちも行わざるをえず。眠気に耐えながら、必死に資料を作ったのだ。加藤の不在が今日ほど恨めしかったことはなかった。
──関係する事務方は今後数ヵ月は昼夜問わずに残業の嵐になるんだろうな。ふふふ。不幸のお裾分けね……
そんな暗い感想が頭をよぎる緑川。
自分でも結構限界ギリギリかもという自覚はある。
そんな矢先のチャイムだ。
基本的に周囲に民家がなく、日用品の宅配は完全に公社の下部組織が行ってくれている現状、鳴らす人は一人しかいない。
絶望に染まった瞳を目黒と交わして、緑川はよろよろとドアへと向かう。
目黒はいつでも本社へ緊急通達ができるように準備を始めていた。
◆◇
数日ぶりに訪れた黒1ダンジョンは相変わらず凄い魔素濃度だった。
生えている雑草ですら不用意に触るのがためらわれる。
クロを抱えたユウトについて、緑川と目黒は現場へと到着していた。
見ると、ユウトは明後日の方向を向いて目を閉じてぷるぷるしている。
──誰にでも苦手なものはあるけど、まさかナメクジが苦手なんて……。うーん。確かに大量のナメクジがこう、壁についているのは気持ち悪いけど。これも絶対にモンスター、よね? かなり強力そうだけど、でもジェノサイドアントやアトミックビーほどでは無さそう。
「た、確かにいっぱいいますですー」
棒読みの目黒。
「そ、そうね。まあ、でもこれなら業者を呼ぶまででもないわね」
──どうやらクロがユウト君に業者を呼ぶより私たちに頼ったらと進言してくれたらしいわね。ありがたい配慮ではあるんだけど……はぁ。
「すいません。こんなことで──」
明後日の方向を向いたまま小声で謝ってくるユウト。
「いいのよ。お隣さんのよしみってやつよ。ただ、今日はもう遅いし、明日以降かな」
私は目線で目黒に振る。
小さく頷き返す目黒。
「あの、私の友達にこういうの得意そうな人いるんで、声かけてみますです。で、ユウト君。その友達がこれるようなら、家には入らないので、ユウト君が学校に行っている間だったら、この壁とかみてもらってもいいですか?」
「ああ、是非お願いします。ほんとすいません」
消え入りそうな声のユウト。
──よし。ナイス目黒。ユウト君の了解がとれた。
「それじゃあ私たちはいったん帰るわね。何かあったらまた連絡するから」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げるユウトに見送られて私たちは黒1ダンジョンを離脱する。
「目黒、あのナメクジのモンスター、名称と脅威判定はわかった?」
「名前は見えませんでした。脅威判定は一体辺り、藍級通常個体です」
「っ! やはりそれぐらいはあるわよね。でも黒1ダンジョンとしてはきっと雑魚なのよね。はぁ」
藍は紫の下、上から二つ目の等級。その通常個体であればタロマロや緑川なら、準備をしっかりすれば一対一でなら勝てる。
「緑川先輩」
「わかってる。藍級とはいえ、あの数。駆除に国内のランカー探索者を総動員するしかないわね」
「はいです。それで、なんとかなると思うです」
「ギリギリ対応可能なモンスターだった幸運を、いまは喜びましょう」
再び業務に忙殺されることになる緑川と目黒。二人の安眠はまだしばらく先だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます