第39話 蜂の巣

「なあ、クロ。本当に緑川さんたち、こんなもの喜ぶのかな」

「ミツバチの巣は適切に処理すれば、はちみつが取れますし、一部は食べられるはずです。こんな山奥にわざわざ移住してくるのですから、こういったスローライフ的な物はお好きだと思います」

「そういうもんか?」


 俺はビニール袋に入れた蜂の巣を見て呟く。


「昨日のお菓子のお礼に、ちょうどいいと思いますよ」

「まあ、聞くだけ聞いてみるか」


 そう言って、俺は緑川たちの家へと向かった。

 チャイムを鳴らす。


 ドタドタと慌ただしい音が聞こえ、ドアが開く。


「あ、目黒さん。こんばんは」

「こんばんわです。ユウトくん、どうされたんです?」

「いや、実は──」


 俺はミツバチの巣が家の裏の軒下に出来ていたこと。自分で除去したこと。それと殺虫剤は使ったが、ミツバチにかけてもなぜか効果がなく、結局使うのをやめて、巣にはかけてないことを伝える。


 俺が話す間、どんどんと顔色が悪くなってくる目黒。


 ──うーん。微妙な反応。やっぱり蜂の巣なんてもらっても困るよね。なんでクロは……


「それで、昨日のお菓子のお返しに、食べれるかはわからないのですがいりますか? と聞こうと思ったんですが……やっぱり、こんなのいらないですよね?」


 俺が控えめにきくと、急にブンブンと首を左右に振る目黒。


「いや、あ、ありがたく頂くです!」


 わなわなと震えながら手を伸ばしてくる目黒。


「いや、虫とか苦手なら無理しなくても……」

「そんな、ことないですー。よ、喜んで頂くです!」


 目黒の唇があわあわし始める。


「いやでもどう見ても目黒さん、嫌そうに……」

「ほ、ほんとにハチノコとか虫とか大好物です! あ、あのプチプチした感じ、とかとかです。いくらでも食べられますです」


 ──へ、へぇー。目黒さんてゲテモノ好きなんだ。


 俺は自分から渡そうとしておきながら、ムシャムシャと大量の虫を食べている目黒を想像して、若干引いてしまう。


「なんやってんだ、君たちは」

「ああ、加藤さん。お邪魔してます」

「とりあえず、その蜂の巣、受けとるぜ。ありがとうな。目黒もどんだけ時間かけてるんだ」

「だ、だってーですっ。だいたい……」

「はいはい」


 目黒をいなす加藤。こちらに伸ばしてきた加藤の手に、俺はビニール袋を手渡す。きゅっと両手で袋の口を閉じるように持つ加藤。


「いえいえ。こちらこそ頂いたお菓子、美味しかったです。それでは俺はこれで」


 そう言って俺は自宅へと帰った。


 ◆◇


 ユウトが帰宅後、ダンジョン公社支部では本格的な騒動が始まっていた。


「目黒! これはどうなっている!」


 両手で袋の口を持ったまま目黒に問う加藤。


「解析がうまく反応しません! ただ、そのビニール袋にはユウトくんの魔素がとても強く宿っています。まるで封印しているみたいです。そのまま、絶対に手を離さないでくださいね、加藤先輩! 巣内部にはアトミックビーの蜂の子が生存している可能性が高いです!」

「おいおい、マジかよ」


 ぼやく加藤。そこへ緑川が駆け寄る。


「本部に緊急応援要請を出しましたよ。黒級危険物品として、ダンジョンアイテムの輸送専門部隊が来てくれます」

「ありがとうございますです緑川先輩。加藤先輩はそれまで、絶対に手を離さないで下さいです」


 加藤に念押しをする目黒。

 チラチラと加藤のもつビニール袋を見る緑川は相変わらず顔色が最悪だ。


 そして両手に持つ危険物から手を離すと、何が起こるかわからない状態の加藤。


 ダンジョン公社の、長い長い夜が始まろうとしていた。

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