第36話 蜂

「あれは、緑川さん?」


 俺はいつものように自転車で学校から帰宅中、緑川が歩いているのを見かけた。

 赤8ダンジョンが消えてから数日後。落ち着いた日常がようやく戻りつつあった。


 俺が見ている前で、すぐに自分の家に入っていく緑川。ちらりと見えた緑川の表情はなんだかとても憂鬱そうだった。


 声をかけるのがためらわれるぐらいには。


 結局俺はそのままペダルを踏み、自宅へとたどり着く。


「ただいまー」

「お帰りなさい。ユウト」


 ベランダからクロが出迎えてくれる。最近はベランダのプランターの世話をしてくれているのだ。クロはなかなか植物の世話がうまい。

 俺が適当に育てていた時より小ネギやオオバの育ちが良い気すらする。


「クロ、緑川さんが来てたりした?」


 俺はベランダのクロに問いかける。


「はい。お菓子をいただきました。おすそわけのようです」


 そう言ってお菓子の箱を示すクロ。


「そうなんだ。うわ、美味しそう。で、そうそう。緑川さんって疲れてる感じだったりした?」

「すいません。そこはよくわかりませんでした。あと、ユウトに一つ報告があります」

「ん。なに?」

「家の裏に蜂の巣が出来ています」

「蜂の──?」

「巣です」


 そのままクロに案内されて少し離れたところから蜂の巣の位置と大きさを確認する。


「え、さすがにこれははじめてなんだけど。こういうときって業者? え、いくらかかるの」


 俺は急いでスマホで相場を調べる。


「うわ、意外と高い……なんとか払えないことはないけど。仕方ないか」


 蜂の巣除去のおすすめサイトに出ていた一番トップのところに電話してみる。


「はい。はい。そうなんです。住所は──で、巣の大きさはだいたい──。はい。え、そんなに……。いえ、それは、いったんなしで」


 俺はスマホをしまって大きくため息をつく。

 おすすめサイトの二つ目にも、そのままの勢いで電話してみる。同じような返答。そのまま、片っ端から電話していく。


「ダメだ──」

「どうでしたか、ユウト」

「それがさ。どこも、一、二ヶ月待ちだって。この時期、蜂の巣の除去多いらしい」

「それは困りましたね」

「困った。一、二ヶ月も蜂と同居とか怖すぎる。あ」


 俺は再び取り出したスマホで色々と調べ始める。


「──いや、でも。──あ、これなら、いけるかも」

「どうされるのですか?」

「うん。自力で除去してみようかと思ってさ。蜂の巣」

「それは、お気をつけて」

「ありがと。とりあえずちょっと必要な備品とか明日の帰りに買ってこないとな」


 俺はすっかりセルフ蜂の巣除去にやる気になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る