第16話 バズる者バズらない者
「ふぁ」
週のはじめの登校。俺は自転車を漕ぎながらあくびをもらす。
──そういえば今朝はクロは台所に来なかったな。トクソホウによる認定案件を処理中とか言ってたけど……。なにそれって聞いたら、セキュリティの向上ですって言ってたっけ。頑張ってと答えたけど。あれは、何だったんだろ? セキュリティアプリのアップロードか何かかな?
俺は、今朝のクロの様子を思い出す。周囲では見慣れた通学風景が流れていく。しかしそんな見慣れた風景に一点、違和感が混じる。
人影だ。
まだ、俺の家からはそんなに離れてはいない。
──珍しいな。この先って、俺の家以外なにも無いから、普段は誰も通らないのに。
なんとなく、自転車のスピードを緩める。
歩いていたのは中年間近といった感じの男性だ。遠目に見ても引き締まった体躯をしているのがわかる。まるで探索者のようだ。
「お、少年」
向こうから話しかけてくる。
俺は少し距離をとって自転車をとめる。
「すまんが教えてくれ。赤8ダンジョンってのはこっちか?」
「いえ、反対ですよ。電車を使うんでしたら、この道を戻って、最初の曲がり角を左折して──」
俺は、そのまま赤8ダンジョンへの行き方答える。とはいえ徒歩では電車の駅まですら、かなりあるのだが。
「というか、駅から歩いて来たんですか? かなりありますけど……」
「いやー。道って苦手でな。なんとなくダンジョンっぽい感覚がする方に歩いてきたんだが。いつもはこれで無事に着くんだがな」
「探索者の方っぽいですけど、そんなんで大丈夫なんですか?」
「なんとかなるもんさ」
「はぁ」
豪快に笑う中年間近の男性。
「とりあえず俺は失礼します」
「おう、ありがとうよう。少年」
俺は再び自転車をこぎ始める。
俺が去ったあとに佇む中年間近の探索者──田老麿贄──は何か考え込んだ様子で、ゆっくりと周囲を見回すと、俺が伝えた通りに引き返して行った。
◇◆
「おお、ユウト」
教室につくなり話しかけてくる早川。
「うっす」
「なあ、赤8ダンジョンで話しかけてきた女性の探索者、いただろ」
「え、ああ。たしかカイカイとか呼ばれていた」
「そう! 調べたら結構な有名人らしくてさ。
「わざわざ調べたんだ」
「なに言ってる。動画の投稿前に、映ってる探索者の所属チームに確認と許可取りがいるに決まってるだろ」
「あー、なるほど。そういうのもいるのか。めんどくさいんだな。で、許可はもらえたの?」
「いや、申請してない。だいたい探索者が出てきたってだけだからな。動画として投稿する意味ないだろ? これがダンジョンから出てきた特殊個体モンスターを探索者が倒す場面、とかだったらバズること間違いなし、なんだがなー」
「ふーん」
実は早川のスマホで撮影した動画には半分見切れながらも「さまよえる黒」である影が一瞬だが映り込んでいた。
その影がすぐさま俺の手に触れて霧散するところも。
しかし早川はカメラのレンズにゴミでもついたかと思うだけで、その影がモンスターだと気がつくことはなかった。そのため、動画はスマホのなかで眠ることとなる。
バズるかバズらないかの、ほんの僅かな境界線。早川はバズらない側の人間だったようだ。
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