第17話 不幸と蟻と
【ダンジョン公社】
「いま戻った。特区認定の言質をとったぞ!」
「おめでとうございます」
「さすが課長!」
「歴史に残りますね、これは」
さすがに憔悴した様子を見せる課長の周りで騒ぐ、「ゆうちゃんねる」対策メンバーの面々。
緑川はしかし、残念ながらその輪のなかに入る余裕はなかった。
「緑川は悪運の前借り中か」
「そうです、課長。もう、ぶっ続けで六時間」
熊のような見た目の加藤が、課長に告げる。
加藤からみると、緑川は事あるごとに蹴ってくる部下なのだが、その目はどこか優しげだ。
とうの緑川は、少し身動きする度に不幸に見舞われていた。
歩けば足の小指を机の角に強打し。
飲み物を飲もうとすると、カップの取っ手がポロンと取れる。
今も、床にこぼしたコーヒーを拭こうとして足を滑らせたところだ。
バランスを崩した緑川がとっさに伸ばした先には新品未使用のコピー用紙の束。
雪崩れるように崩れたそれが、床のコーヒーへとダイブし、茶色に染まっていく。
ただ、それは本人も周りも慣れたものだ。
今のコピー用紙も重要書類の代わりにわざと置いているものだった。
緑川のハードラックの餌食にするためだけに。
そんな苦行のような時間が、ようやく終わる。
ぼろぼろになった緑川を周囲のスタッフが手早く労っていく。
そこに差し出される一台のノートパソコン。
緑川が疲労で震える指でログインする。
「課長、来ました。「ゆうちゃんねる」からです。ズームムでリモート会談、です」
それだけ告げ、崩れ落ちる緑川。その体を加藤が受け止めようとしたところで、「ゆうちゃんねる」対策メンバーの他の女性スタッフ陣が颯爽と緑川の体を受け止めると、そのまま医務室へと搬送していった。
◆◇
【同時刻 ユウトの家の庭】
「うわっ、これは、まずいやつだ」
俺はおののきながら庭の一点を見つめる。
小さく山になった地面。
茶色に染まったそれはもぞもぞとうごめいている。
「蟻のやつ、また大量発生したのか。しかもこいつら市販の薬剤が全然きかないんだよな」
俺は実は同じような事態に遭遇していた。これが三度目だったりする。
一番最初の時が一番悲惨だった。
気がつかずに放置していたら、家のなかに次々に入り込んで来たのだ。
床のいたるところを這いまわる無数の蟻。
まるで、蟻の絨毯だった。いくら新聞紙ソードで叩き潰しても次から次へと沸いてくるようで、たまらず自転車を飛ばして学校近くのホームセンターでアリ駆除用の薬剤をゲットしてきたのだ。効かなかったが。
その時は涙目になりながら、地道に地道に全て叩き潰したのだった。
「第三次アリ戦争の開幕だ……」
絶望に瞳を染めながら、俺は新聞紙ソードを手に取る。
そして俺は蟻塚へ、決死の覚悟で襲いかかった。
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