第14話 さまよえる黒

「早川、いいのか、ここ入って?」

「立ち入り禁止の表示はなかったぞ」


 俺たちは「赤8」ダンジョンの正面での撮影を諦め、裏側にまわってきていた。

 ダンジョン入口の正面には無数のドローンと、カメラを構えた、たくさんの人たちがいたのだ。


 早川いわく、あれも一種のダンジョン動画配信者らしい。ダンジョンから出てくる探索者を撮影するのが目的だそうで、パパラッチ配信者とも揶揄されて呼ばれているそうだ。


 探索者としてダンジョンに実際に潜り動画撮影をして配信する方が人気になりやすいが、ダンジョンに潜るだけあって、当然危険もある。あとは、早川のように年齢が足りなかったり、探索者としての資格が取れてない動画配信主もなかにはいるそうだ。


「それで、何を撮るつもりなんだ?」

「赤8ダンジョンは見ての通り、廃病院がダンジョン化したものだ」

「そうみたいだな」


 俺はいかにもな見た目に、うんうんと相づちをうつ。


「ダンジョン化すると色々と不思議なことが起こるって言うだろ? 外観よりも内部のダンジョンが、広くなるのもそんな不思議の一つだと言われている」

「うん」

「ただ、建物がもとのダンジョン化の場合、見た目は変わらないらしいんだ」

「ほう? それで?」

「中規模以上の病院と言えば、だいたい正面入口以外にも出入り口があるだろ?」

「救急用?」

「そうだ。そっちから出てくる探索者を撮れるかもと思ってな。お、あったぞ」


 嬉しそうに指差す早川。俺たちは少し離れた場所を陣取ると、早川が撮影機材の準備を始める。


 その時だった。俺は急に身震いしてしまう。


「なんか今、ゾワッとしたんだが」


 俺は無意識のうちに手を振る。

 視界のはしを何か黒いものが早川の方に向かってよぎったのだ。

 動かした手が、軽く何かに触れたような感覚。自宅の地下室で感じる感覚を、とても軽くしたような感じだ。

ゾワッとした感覚が消える。


「うん? 何もないぞ。それよりも、ユウト。静かに」


 スマホのカメラを構えた早川が、ダンジョンから走り出してくる探索者らしき人たちを撮っている。


「君たち! 大丈夫っ?」


 こちらを向いた探索者の一人が駆け寄りながら尋ねてくる。


「え?」「うん?」


 俺たちは状況がわからずに顔を見合わせる。


「良かった。無事ね。君たち、学生さん? 一応忠告。こっち側は危ないから、離れた方がいいよ」


 そう告げる探索者。仲間からその探索者へ、指示がくる。


「おい、カイカイ! 大丈夫そうなら急げ。赤8ダンジョン担当の管理公社に連絡を。こっちは手分けして探索する。階層主級のレイスだ。例のネームドかもしれん。対抗手段のないやつが襲われたらイチコロだぞ!」

「はーい! さあ、君たちもここから離れてー!」

「わかりました!」「はい」


 俺たちは顔を見合わせると足早にその場を離れる。


 遭遇した探索者たちから見えないところに来たところで、早川が俺の耳元でささやいてくる。


「あれ、きいたか、ユウトっ」

「ちょっ」


 思わず耳をおさえてしまう。しかし早川は興奮した様子でまくし立てる。


「あれは絶対、特殊個体モンスターがダンジョンから外に出ちゃったんだよ。しかもレイス系だって」


 ワクワクしたように話す早川。

 通常のモンスターはダンジョンから出てこない。外に出てくるモンスターは特殊個体モンスターと呼ばれている。

 あの探索者がダンジョンの外にいた俺たちに大丈夫か聞いてきた、ということは早川の推測通り、なんだろう。


「なら、早く離れた方がいいんじゃないか?」

「うーん。面白くなりそうなんだけど、仕方ないか。ユウトが怪我でもしたら申し訳ない」

「いやいや、それは早川が怪我する場合だってあるだろ? まあ、いいや。とりあえず表に戻るか」


 そういって来た道を引き返す俺達。


 俺はこの時も、全く気がついていなかった。


 先ほど感じたゾワッとした感覚と黒い影こそが、赤8ダンジョンの特殊個体かつ、ネームドモンスターの「さまよえる黒」、だったのだ。

 その「さまよえる黒」にたいして、俺は無意識のうちに素手に魔素をまとわせて、早川に襲いかかろうとしていた「さまよえる黒」を手の一振りだけで撃退したことになる。その痕跡は、後日より高位の探索者が訪れた際に発見される。


 そして何より、俺の自宅の地下室には、「さまよえる黒」よりも強いレイス系モンスターが何体もポップし続けている。


 それらすべてに、俺は、気づいていなかった。





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