第12話 DM
【sideとある公社】
ぽーん。
軽快な音とともに、DMが届く。
「ふぁ? 朝、ですか……?」
PCに突っ伏すようにして寝落ちしていた若い女性が、顔をあげる。ちなみに、いまは夕方だ。
つくりは端正な顔立ちだが、残念なことにメガネが食い込んだ跡がばっちり残っている。
メガネを直し、ふらふらとマウスに手を伸ばすと、その女性はDMを開く。
数日前、一本の動画から始まった狂乱ともいえる日々。職場での連日の泊まり込みと、偏った食生活でボロボロの女性の脳。そのせいか目に映るDMの内容が、なかなか頭に入ってこない。
何度も読み返し、ようやく送り主のところを見て、声をあげる。
「課長っ! 返信きました! ゆうちゃんねるからDMです! ゲホッ」
居眠りあけの大声で、思わず咳き込む女性。
「すぐに本文を回してくれ! 俺のPCと社用スマホの両方に頼む。緑川は、対策チームを全員呼び集めておいてくれ。俺は、確認しながら社長に報告してくる!」
「はい、ただいま──送信済みです! メンバーは第三会議室に、集めます!」
そういって緑川と呼ばれた女性は席を立つ。
周囲を取り囲む死屍累々といった同僚たちを手近なところから、なかば蹴り飛ばすようにして起こしていく。緑川の蹴りで最初に起きたのは、熊のような大男だ。
食料の買い出し等で不在のメンバーを把握すると、緑川は社用スマホで次々に連絡をとっていった。
◆◇
第三会議室に集められた対策チームの前に立つと、課長が口火を切る。
「ゆうちゃんねる投稿者からのDMにあったすべての要求を最大限、叶える。それが、社長から告げられた、わがダンジョン公社の基本方針となる。いいか、事はわが国の趨勢にすら影響があり得る案件だ。粉骨砕身の働きを期待する」
参加者の中で、一番顔色が悪い課長の激励。
その場にいるメンバーたちも疲れきった顔色だ。しかし、各々の瞳だけは爛々と輝いている。
「具体的な割りふりだ。俺は社長と議員先生の方々への根回しに動く。俺が不在の間は加藤が、現場を回してくれ」
「わかりました」
加藤と呼ばれたのは先ほどの熊のような大男。
「ゆうちゃんねるとの窓口は緑川だ。お前のスキル、『ハードラック』には期待している。頼んだぞ」
「は、はいっ!」
探索者あがりの緑川が、ダンジョン関連団体としては最大手であるダンジョン公社にヘッドハンティングされた理由。それが、緑川が探索者時代に発現したユニークスキル、『ハードラック』だ。
おのが運命における不幸を、任意に配分することのできるそれは、
今回、ゆうちゃんねるからのDMを受けとることが出来た幸運は、スキル『ハードラック』によって何倍もの不幸を緑川が事前に引き受けたことによって得た結果だった。
ちなみに一つの不幸が命取りとなる探索者にとっても、それは有用なスキルであった。それでも緑川がダンジョン公社からのヘッドハンティングに応じたのは、より広い範囲での活躍ができる業務に魅力を感じたからだ。
とはいえ、ここまで大きな案件に自分がメインで関わることになるとは、その時の緑川は思ってもいなかった。
課長の話が続く。
「いいか。最新の解析ではゆうちゃんねるの住居及び周辺区画は完全にダンジョン化しているとみて間違いない。先方からの要求の一つでもある、ダンジョン特措法修正項におけるダンジョン特区認定も、そのためだろう」
「課長、わが国ではまだ特区認定されたダンジョンはありません。成立の公算はあるのですか?」
大男の加藤の質問。
「ある。そちらは任せろ。質問は以上か? よしみな、頼んだぞ。行動開始だ!」
忙しそうに動き出す、ダンジョン公社『ゆうちゃんねる』特別対策チームの面々。
こうして、クロの送った一通のDMは、国をも巻き込んだより大きなうねりとなって、変化を巻き起こしていく。
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