第9話 地下室

「はぁ、はぁ、はぁっ」


 熱い吐息がもれる。

 俺はいま、最大級の危機にひんしていた。


 学校からの帰り道、家まであと三分の一といったところで、自転車のタイヤがパンクしたのだ。


 自転車は、俺の唯一にして最大の交通手段。これなしでは通学はもちろん、買い物すらままならない。


 パンクした地点は、すでに自宅が一番近い場所だった。そのため、必死に自転車を押して帰っていたのだ。

 そうして日がくれる直前、ようやく自宅が見えてくる。


 押し寄せる安堵感。出迎えてくれたクロの笑顔に癒されるも、ゆっくりしている暇はない。


 ──明日までに自転車をなんとかしないと。幸い買っといた修理道具のストックはあるし、替えのタイヤだってある。問題は……


 俺は手早くいつもの作業用の服に着替える。そして台所の新聞紙ソードを手にとると、扉の前で一つ大きく深呼吸する。


 クロがそんな俺の後ろでふよふよと浮かんでいる。


「ユウト? 今日はどうされるのですか」

「ああ。自転車のパンクを直すんだけど道具とか替えのタイヤとかがこの先なんだよね」

「この先は?」

「地下室。無駄に広くてさ。便利は便利なんだけど虫は多いし、なんかじめっとしてて、地下室にいるとゾワゾワするんだ。ちょっと苦手なんだよね」


 俺はクロに話すことで逆に踏ん切りがつく。

 何よりこのあとの予定は立て込んでいるのだ。自転車の修理に夕飯の準備。そして明日も早い。


 俺は覚悟を決めると扉を開ける。人感センサーで自動で照明がついた階段を俺は降りていく。

 そのあとを器用についてくるクロ。


 久しぶりに足を踏み入れた地下室はやはり、そこかしこに虫の姿が見える。


 俺は手当たり次第新聞紙ソードを振りながら、地下室を進んでいく。


 ──なんでこう地下室って、影が濃いような気がするんだろうな。物が多いせいか?


 荷物によってできた、体感二割増しぐらいに濃く感じる影を俺は無意識に新聞紙ソードで払いのけながら、足元にも注意をはらって進む。


 ──あ、なんか踏んだかも……


 スリッパの裏に感じる何か潰した感触。

 片付けは最後にまとめてやろうと見ないふりをする。

 ようやく地下室の一番奥までくる。急いで自転車のパンク用の一式を確保すると、俺は足早に地下室をあとにした。

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