第8話 噂話

 猫耳少女のクロのホログラムに見送られて、俺は学校に向かって自転車を漕ぐ。


 ──今朝のクロは不思議だったな。何であんなゲジゲジもどきの残骸なんて、欲しがったんだろう。でもなぁ、あんなに可愛くお願いされたら断れないよな。


 例えAIに制御されたホログラムだとはわかっていても、猫耳少女の上目遣いのお願いは破壊力抜群だった。いま思い出しても、嫌だなどとは到底言えないぐらいには。


 ──早川に、クロのドローンが本当はいくらぐらいだったのか確認しようかと思ってたんだけどな。ホログラム画像にほだされたなんてバレたら……。うん、絶対この前クロに名前をつけた時以上に弄られる。間違いない。早川はそういう女だ。


 俺はペダルを漕ぐ足に、力を込める。

 ぐんぐんと加速する自転車。


 ──よし、この件は黙っていよう。それがいい。


 頬で風をきりながら、俺はクロに関することは話さないと、固く固く決意するのだった。


 ◆◇


「よ、ユウト」

「う、うん。なんだ? 早川」


 教室で話しかけてきた早川に、俺はきわめて自然なつもりで返事をする。

 なぜか、真顔でジーとこちらを見てくる早川。

 俺も真顔で早川を見つめ返す。


 ──あれ、クロって早川と顔が少し似てる? あ、早川もクロを使ってた訳だし。その時に撮影した動画の画像を元に、AIが学習して……?


 そこまで考えて、冷や汗が流れる。


 ──やっぱり、これは……。うん、クロのホログラムの件は早川には絶対秘密だな


「まあ、いいや。それでさユウト。魔素水の噂って知ってる?」

「魔素水? なんだっけ」

「そこからかー。魔素水は、ダンジョンでたまに見つかる、魔素を豊富に含んだ水。いろんな用途があるけど、産出が少なくて超、お高い」

「へぇ。そんなものが。それでその魔素水がどうしたの?」

「いまね、ダンジョン配信界隈のもっぱらの噂なんだけど、もしかしたらその魔素水の作り方が見つかったかもしれなくてね。作り方の検証動画が一気にSNSのトレンドにも入ったんだ」

「あ、なるほど。早川もそれ、やってみるの? その作り方の検証を動画にするってのを」

「いやいやむりむり。なんか高ランクの植物型モンスターの素材が複数、作るのに必要な材料みたいでさ。しかもどれも珍しいんだって。だから、お金出すだけじゃ手に入らないんだよね」

「……発想がすでにセレブなんですが」


 早川に華麗にスルーされる俺のツッコミ。

 しかし早川は、そんな俺のことを相変わらず真顔でジーと見ている。


「それでさ、ユウト。今日の宿題なんだけどさ──」

「なんだなんだ。いつものか?」

「そう、いつもの」

「仕方ないな。授業始まる前にはノート返せよ」

「サンキュ」


 ただ、話題は動画配信のことから離れて、とりとめのない日常のことへとシフトしていった。


 ◇◆


【同時刻】


 ユウトの部屋の充電器。

 その上に鎮座するクロ。


 今朝がた、ユウトの手によって渡されたブルーメタルセンティピードの魔素結晶体を融合したことにより、その姿に再び、変化が現れようとしていた。

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