第4話静観
世直し、 始めました。
静観
賢者は、話すべきことがあるから口を開く。
愚者は、話さずにはいられないから口を開く。 プラトン
第四吾【静観】
「お前がやったんだろ!!」
「俺じゃない!!俺はやってない!!」
「嘘を吐くな!!お前しか犯人はいないんだよ。正直に話せ」
「俺じゃない!!信じてくれ!!俺はやってないんだ!!!」
コーヒーを買って、一息吐く。
喉を休めていると、そこへ同僚がやってくる。
「自白したんだって?さすがだな」
「ちょろいよ。それより、お前の方はどうなんだ?そっちは代議士が取り調べ受けてるんだろ?」
「ああ、こっちは無事、白に出来たよ」
「良かったな。これで、またボーナスがあがるんじゃないか?」
ハハハ、と楽しい団欒の一時を過ごしていた。
「この御時世、真実なんてどうとでもなるからな」
「ふあ・・・」
遵平は、少し寒くなってきて目が覚めた。
寒くなった原因は、日陰が出来てしまったことで、その日陰がどうして出来たかと言うと、仄がやってきたからだ。
ヘッドフォンを耳から外すと、熱々のたこ焼きを遵平の口に放り込んできた。
火傷しそうになったが、何度も呼吸をして覚ましながら食べたが、やはり熱かった。
「美味い」
「だろ!?おっちゃんにおまけしてもらったんだよねー。新しい味があってさ、なんだと思う?」
「親父味」
「嫌だなそれ。そうじゃなくて、寿司味だってさ。酢飯の味すんのかな?」
「買ったんじゃないの?」
「怪しいじゃん、買わないよ。俺は確実なものをゲットするタイプだから」
はふはふしながら食べていると、目の前にある大きなテレビ型の看板が、新しいニュースを流し始める。
そこには、先日汚職で逮捕された代議士は無実であったということと、同じく先日強姦の容疑で逮捕された男が自供を始めたという内容のものだった。
他には、珍しい魚が見つかったとか、次世代のロボットが完成間近だとか、そういったものだ。
そのニュースを見ながらも、熱さで眉間にシワを寄せている仄が口を開く。
「へー、あの代議士、無実だったんだ。絶対やってると思ったのに。だってさ、証拠もあったんだよね?それなのに無実ってどういうことなんだろう」
「怠慢だな」
「強姦容疑の男って、アリバイあったんじゃなかった?あ、アリバイの証人が、裁判で証言ひっくり返したんだっけ。あれも酷いよな」
「買収だな」
「新しい魚って、深海生物のことだよね?まあ、神秘の場所だからね。これからも見つかると良いなー」
「美味いのかな」
1個だけ遵平にあげただけで、残りは全部平らげた仄。
飲み物をボディバッグから取り出して水分を補給すると、今度は常備しているプッキーを食べ始める。
「ねえ、遵平」
「んー?」
ごろんと横になり、遵平は本を読む。
いつも同じ本を読んでいるが、本当に読んでいるのか分からない。
まあ、きっと寝ているうちにいつも寝てしまっているから、なかなか読み進めていないのだろうが。
「俺に何か隠してる?」
「はあ?何かって?」
「別に。実は大富豪の息子だとか」
「なんだそりゃ。そうだとしたらどうなの?」
「金欲しい」
「素直だな。でも無いから。俺も欲しいくらいだよ、埋もれるほどの大金」
珍しく、ぺら、と頁を捲る音が聞こえてきて、あ、ちゃんと読んでるんだ、と認識する。
のんびりとしたこの時間は、せわしい世の中で生きている人に比べれば、幸せなのかそうじゃないのか、分からない。
ただ言えることは、こういう時間が必要だということくらいなものだ。
「遵平って、何処に住んでるの?」
「ストーカーする気?」
「しないよ。そんな無駄な時間過ごすわけないじゃん」
「俺だってお前が何処に住んでるかなんて知らないよ。お互い知らないんだからいいだろ、別に」
「そうだね。話したことないかも。俺は教えてもいいんだよ?招待するほどの立派なお屋敷ってわけじゃないけどね。なんなら家族構成も教えようか?」
「いいよ、興味ないから」
「え、そうなの?」
「なんでお前の家族構成知らないといけないんだよ。知ったからって俺はどうすればいいんだよ。挨拶に行くのか?同じ釜の飯を食えばいいのか?一緒に初詣行けばいいのか?」
「俺は行ってもいいよ」
「お年玉だけもらいに行くぞ」
「おじいちゃん、お年玉渡すだけが生きがいって言ってたから喜ぶよ。孫が増えたって喜ぶよ」
「雑煮も喰いたい」
話はズレてしまったが、仄は遵平のことをあまり知らない。
とはいえ、大体この辺りでいつも本を片手にのんびりしていることは知っている。
誰ともつるんでいないし、自分以外の人と一緒にいるところも見たことは一切なく、何処から来て何処へ行くのかも知らない。
あと知っていることと言えば、よく仄のお菓子を奪うことと、食事に行っても途中で退席してしまうため、いつも仄が勘定を支払っていることくらいだ。
持っている本も良く分からない言葉が書かれているし、つまらなさそうだ。
「寒くなってきたねー。こういう時はお鍋だよね。食べに行こうよ」
「猫舌だからやだ」
「冷ませばいいじゃん。温まるよ。〆はラーメン派とおじや派といるよねー。俺は断然おじやだけど」
「おやじ派?なんだそれ」
「おやじ派じゃないよ。おじやね。意味全然違うから」
いつの間にかプッキーが終わってしまい、仄はまだ買ってあるプッキーを開ける。
それをもりもり食べながら空を見ていると、だんだんと黒い雲が出てきてしまって、家に帰ろうかと思ったが、遵平がまだそこで寝そべっていたため、動くのを止めた。
「お願いします。本当にやっていないんです。ちゃんと証明出来ます」
「お譲さんね、そんなこと言ったって、その証明してくれる人なんて、誰もいないじゃない。友達といたって言ってたけど、そのお友達言ってたよ?その日はお譲さんとは別行動だったから、何をしてたかは知らないってね」
「信じて下さい。本当に、私」
「あのねえ、本当のことなんてどうでもいいんだよ、分かる?俺達はさっさと終わらせたいの。いつまでもお譲さんの相手をしてるわけにもいかないんだよ」
「だけど、本当に」
「俺達の仕事はね、お譲さんの無実を証明することじゃないんだよ、わかる?俺達の言葉が正義であって、真実になるんだよ」
「どういうことですか・・・?」
「そのうちわかるさ」
取調室から出た男は、続いて隣の取り調べ室へと入って行く。
そこには、先程の女性と同じくらいの歳の女性がいたが、身なりがしっかりとしており、それなりに高級そうなものを身につけていた。
「すみませんね」
「パパがすぐに出られるって言うから。幾ら払えばいいの?」
「そうですねぇ。まあ、個人的な希望としては、これくらい・・・」
そう言って、男は女性の前に指を広げた状態で見せる。
すると、女性は小さく笑う。
「それくらいならすぐ準備出来ると思うわ。で、ちゃんと代わりの人を捕まえてくれるんでしょうね?」
「勿論ですよ。丁度良い女がいましてね。その子の友達にも金を渡して口を封じましたし、大丈夫でしょう」
「それならいいわ。さっさとここから出してくれる?パーティーがあるのよね」
「すぐに」
それから一時間もせず、その女性は悠悠とした姿で去って行った。
ずっと続いている取り調べに、若い女性は疲労とストレスと絶望とで、うつろうつろとしていた。
それでも終わらない聴取の中で、疲れ切った女性の様子を眺めていた男は、ニヤリと笑ってこう囁いた。
「今すぐ事実を認めれば、刑を軽くしてやろう。どうだ?そうすればこんな聴取もすぐ終わるぞ?長引けば長引くほど、ご両親も大変だろうなぁ」
「・・・私が、やりました」
男は女性の供述調書を書き終え上に出すと、今度はまた違う人物の聴取に取り掛かる。
実に仕事に熱心なようにも見えるかもしれないが、決してそういうことではない。
次は、人を殺したところを、たまたま通りかかった警察官によって目撃され、そのまま捕まった男だ。
明らかに黒の出来事なのだが、捕まった男はネットで荒稼ぎをしており、それなりに資産がある男だった。
それに加え、男の存在はネットでは有名らしく、男によって書かれた者は、良くも悪くもすぐに世間に広まってしまうらしい。
「俺ぁやってないっすよ」
ずっとそう言い続けている茶髪の男。
そんな奴に、男はある取引を持ちかけた。
それから男は目撃者でもある警察官と会い、事件の目撃の事について話しをする。
「え?どういう、ことです?目撃証言を訂正しろとは?」
「言ったとおりさ。なに、難しいことじゃないだろ?お前が見た男は別人だったと言えばいいだけだ。子供でも出来る」
「いや、しかしそれは」
「やってくれれば、君には俺から報酬を渡そう。それも結構な額だ。それから、捕まえた男に頼んで、優秀な警察官だとネットに書きこんでもらおう。そうすれば、君だって希望届けを出してる部署に配属されるかもしれないぞ」
「・・・・・・」
「娘さんも大きくなったんだろう?奥さんも今大事な時期だそうじゃないか」
「・・・・・・」
何も言わなくなってしまった警察官の肩を、男は強くポン、と叩く。
「正義や真実なんてものじゃ、生きていけんのだよ。真実を買ってこその正義だ。そうは思わんかね?」
その後、警察官の証言は本人によって訂正され、現行犯で逮捕されたはずの男はすぐに釈放されることとなった。
釈放された男はそれからすぐに同じような犯行を犯すも、同じように逃れ続け、犠牲者は10人以上にもなったそうだ。
証言を訂正した警察官は、署内で首つり自殺をしているところを発見されたが、マスコミには事故で亡くなったと伝わってきたらしい。
「随分稼いだな。今日はパチンコでもしに行くかな」
男は手にした大金を懐に、浮足立たせて店へと向かった。
男が1人でパチンコを売っていると、店内に若そうな男が入ってきた。
男の手には本があり、読みながら歩いているのか、鼻から下を隠すようにして店の中をしばらく歩いていた。
それからすぐ出て行ったかと思うと、急に男の携帯が五月蠅くなる。
「ったく、これからって時に」
その電話に出ると同時に、店内に数人のスーツ姿の男が入ってきて、男の周りを取り囲み、男の腕に手錠をかける。
「おい!!なんの真似だ!!」
「お前を麻薬密売の容疑で逮捕する。今から事情聴取を行う。さっさと歩け」
「麻薬だと!?何を馬鹿なことを!!俺がそんなことをするわけないだろう!!」
「いいから来るんだ!!!」
男はなぜだか捕まってしまい、事情聴取が始まった。
「俺はやってない!!何度言えば分かるんだ!!証拠でもあるのか!!」
「密告があったんだ。マスコミにももう流れているぞ。白状するんだな」
「ふざけるな!!密告だと!?そんなもんで俺を捕まえる心算なのか!?冗談じゃない!!さっさと出せ!!」
「マスコミにも伝わってる以上、お前を逮捕しないわけにはいかない。それに、売春にも関わっているらしいな、その辺のこともちゃんと話してもらうぞ」
「売春!?俺はそんなことしてない!!誰だ!そんなことを言いやがったのは!?」
「素直に話せば、麻薬の方だけで起訴してやる」
「ふざけるな!!!俺は何もやってないんだ!!!そんなもの認めるわけにはいかない!!」
「残念だ。ここでは、麻薬や売春は殺人同等、いや、それ以上の罰を受ける。終身刑で済めばいいが、死刑になるかもしれない。それは覚悟しておいてくれ」
「ちょ!!!待て・・・」
伸ばした男の腕は、虚しく下ろされた。
「では、判決を言い渡す」
「主文、被告人を」
「 」
「俺は・・・俺はやってない!!!」
男の主張は誰にも届かない。
男を嘲笑うかのようにして、手招きするのは死神か、それとも・・・。
「はい、成敗完了」
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