第2話不純
世直し、 始めました。
不純
人間というものは、自分の持ち物と名誉さえ奪われなければ、意外と不満なく生きてきたのである。
マキャベリ
第二吾【不純】
「はあ?冷凍保存?喰うの?」
「違うってば。ほら見てよ」
いつも通り昼寝をしていた遵平のもとへ、仄が雑誌を持ってやってきた。
そこには、人間を冷凍保存して、未来の技術で生き返らせるというものだった。
果たして本当にそんなことが出来るのか、それよりも、生き返らせたとしても、それからどうなってしまうのか。
ひとまずそれは置いておいて、そんな研究を続けている男が雑誌に載っていた。
「知らないおっさん」
「そりゃそうだけど。すごい人らしいよ。実際、もう冷凍保存されてる人がいるんだって!俺も死んだら保存してもらおうかな」
「・・・寒くない?」
「いや、死んでるから感じないよね?」
「そっか。それもそうだ」
納得した遵平は、仄のボディバッグを勝手に漁り、そこからプッキーのお菓子を取り出すと、食べ始める。
仄は遵平に抗議をするが、右から左に聞き流している遵平は、涼しい顔で寝そべる。
「だいたいさー、人間がみんな死んだらどうなるの?生き返らせる人いなくない?」
「いや、誰かしら生きてるでしょ?遵平が死んでも俺は多分生きてるよ」
「うわ、失礼。俺だって多分あと5年くらいは生きてるし」
「思ったより短かった」
横になってプッキーを食べている遵平の横で、雑誌を食い入るように見ている仄。
さきほどから、多分わざとではないのだろうが、確実に聞こえてくる感歎の詞が、遵平にとっては多少煩わしくもある。
寝ようと思っても、身体を揺さぶってまで感動を伝えようとする仄に、遵平は思わず頭突きを喰らわす。
互いに自分の額を摩ると、仄は落ちてしまった雑誌を拾い上げる。
「すげーよな。よくこんなこと思い付くな。死んだら終わりだと思ってた」
「終わりだろ」
「でもさ、これで本当に生き返るなら、人間って不要ってこと?」
「は?」
「だって、子孫を残さなくても、本人がいるんだから良いってことだよね?でも、身体が人間じゃなければ結局子孫は残せないのか。なら、人間はやっぱりいなきゃダメなんだ」
「俺別に興味ない」
食べ終えてしまったお菓子の袋を仄に渡すと、遵平は目を瞑ってしまった。
男は、自分の仕事に誇りを持っている。
なぜなら、人間の蘇生という、人類の希望を今この手で実行に移しているのだから。
一昔前ならば、それこそ魔女の仕業だとか、悪魔だとか言われていたかもしれないが、現実として人間を蘇らせる方法が見つかった今、長年の苦労が報われる。
最初は、昆虫実験からだった。
適当な昆虫を見つけては、遺伝子を調べ、体内の構造を調べ、脳みそを調べ、心臓を調べ、とにかく、出来ることは全部した。
はたからみれば、それは人道に反すると言う奴もいるかもしれないが、これはあくまで人類の未来の為なのだと。
どこぞの男が、人間そっくりの人造人間を作りだしたと言っていたが、そんなもの比ではない。
なぜなら、それはあくまで作りだされたものであって、人間そのものではないのだから。
男がしようとしていることは、まさに死からの生還。
いくら人間に似ているとはいえ、それは人間ではなく、自分が生み出すものこそが人間なのだと、信じていた。
どのくらいの昆虫を犠牲にしたかなんて覚えていないが、その後は動物実験を行う事にした。
いた仕方ないことだ。
研究や実験といったものには、犠牲がつきものだ。
モルモット、ネズミ、ウサギ、猫、犬、馬、などなどの沢山の種類で実験を行う事で、確実性と安全性を見極める。
「これは素晴らしい成果だ」
冷凍保存する期間も徐々に伸ばしていって、久しぶりに見るその物体を生き返らせてみると、ちゃんと動いた。
もちろん、失敗も沢山してきたが、失敗は成功のもとと言うだろう。
失敗を繰り返してきたからこそ、学んだことももちろんあり、そこからどうやって人間に応用するかを考えてきた。
思考錯誤した結果、雑誌に載っているような成果を発表することが出来た。
こんなに素晴らしい結果が導き出せたのだから、あれだけの犠牲なんて可愛いものだろう。
それから男は、人間での実験を本格化する。
死んだ人間の身体を持ってきて、体内の液体などは個別にしながら冷凍保存し、生き返らせる時に少しずつ温めてもとに戻す。
細胞は眠ったように動かなくなるが、この戻しによって再び活性化するのだとか。
正直な話、すでにこの実験に参加済みだ。
なぜなら、人間とは欲深いものだから、長生きしたい、自分が死んだ未来でまた生きてみたいと思ってしまうらしい。
死後の世界に一度は行っても、呼び戻されてしまうのだが、本人が良ければそれで良い。
研究費は国が出すわけがなく、しかし、富豪たちは愚かな自分を賢いと思い込み、生き返ることを望んでいる。
都合が良かったのだ。
そんな富豪たちから金を借り、本人たちは死んだのから金は返さなくても良くて、しまいには生き返りに成功したら、報酬をくれるとまで言っていた。
こんなに美味しい話があるだろうか。
この実験に携わった全ての昆虫も動物も人間も、誇らしく思っていることだろう。
何しろ、自分たちの失敗があってこそ、この実験は成功へと導かれたのだから。
男は雑誌のインタビューの後、研究所に戻って、地下に設置されている冷凍保存の機械がある場所へと向かう。
「人類の未知だ」
本当に生き返るのかなんて、原理だけでまだはっきりとは言えない。
それでもこの世にまた生き返りたいなんて、どれだけ幸せな人生を送ってきた人たちなのだろう。
この中には、生まれて間もない赤子もいる。
母子ともに危険な状況での出産だったらしく、母は無事だったのだが子は生まれてすぐ亡くなってしまった。
両親が泣きながら子供を連れてきて、いつかこの子を生き返らせてくれと言ってきた。
成功する可能性なんて、考えることもしなかった。
なぜなら、その儚く尊い命でさえ、男にとっては良い実験材料でしかなかったのだから。
他人の悲しみや嘆きなど、男には関係ないことであって、必要なのは自分の研究の糧になるかどうかだ。
「必ず、生き返らせてみせます」
にこりと微笑んで赤子を受け取れば、両親は嬉しそうに微笑んだ。
例え赤子を生き返らせられたとしても、両親はその頃死んでいるかもしれないというのに、そういうことを考えていないのかと、男は鼻で笑った。
「遵平、どこ行くの?」
「飯食いに行く」
「えー!俺も連れていってよ。遵平のなじみの店とか行ってみたい」
「あー、やだやだ。なんで着いてくるんだろう。まじで嫌だ」
「そんなに嫌がらなくても良いじゃん」
唇をとがらせて、雑誌をボディバッグにしまいながら遵平の後ろを着いて行く。
何処へ行くのかと思っていると、遵平はとあるパンケーキ屋へ迷わず入って行き、カフェテラスをお願いしていた。
沢山あるメニューの中から、チョコバナナクリームあんみつパンケーキはちみつ添えを注文すると、これまた甘そうなココアを頼んでいた。
注文した品物が来るまで本を読んでた遵平だが、パンケーキがテーブルに並ぶと、急に椅子から立ち上がる。
「え、何?トイレ?」
「やっぱいらない」
「は!?これ、どうすんの!?」
「お前にやる。有り難く喰え」
「え!?俺だって別のパンケーキ来るんだけど・・・!!」
抗議の言葉もむなしく、遵平の大きな背中はどんどん小さくなっていってしまった。
残された仄は、周りが女性だらけで気まずい中、パンケーキを残すわけにもいかないと、身体中甘い血液が巡るだろうくらいの勢いで、完食を目指した。
「くっそおおお!!!」
その頃、仄を1人置いてきた遵平は、別のカフェに来ていた。
そこでゆっくりとココアを飲んでいると、後ろの席にどこかで見たことがあるような男が座った。
ココアを飲み干すと、遵平はゆっくりと席を立って店から出て行った。
遵平の後ろに座っていた男は、コーヒーとサンドイッチを頼むと、それを適当に食べながら街の風景を眺めていた。
綺麗だな、とか美人がいるかな、とかそういったことを考えている顔ではなく、なんというか、見下すような感じだ。
それからすぐ、男は会計を済ませて店を出ると、研究所へと戻って行く。
「さて、午後も始めるか」
テーブルの上に並んでいる試験管の中から、蛇にも似た形のそれと、カエルにも似た形のそれを横に並べるようにしておく。
動かないように最低限の固定をすると、カッターをカチカチと鳴らしながら伸ばしていき、いざカットしようと思ったのだが、急に眠気に襲われ、男はしばし休息を取ることにした。
夢の中で、男は家族と暮らしていた。
実際にも結婚はしていたが、研究ばかりの男は愛想尽かされ、離婚している。
子供はいなかったから、親権で争うと言ったこともなく、ただただ平穏に離婚調停を終わらせた。
自分にとって一番楽しかったのは、いつだって研究に没頭しているときであった。
研究と妻とどちらが大事なのかと、変な質問をされたこともあったが、迷うことなく研究だと答えたら怒られてしまった。
温泉が好き、カラオケが好き、寝るのが好き、食べるのが好き、そういった欲求と同じようなものなのだ。
やらないとやらないでストレスが溜まってしまうし、やるべきことだと思っている。
「あなた、いつも研究研究って。全然家にも帰って来ないし、近所の人には女と逃げたなんて噂もたってるのよ!?」
「否定すればいいだろう。私はただ、研究に専念しているだけだ」
「その研究だって、本当に必要なことなの!?私には理解出来ないわ!!!」
「理解出来なくても、これは人類の未来に関わることなんだ。すまないが、またすぐに研究所に戻る」
「もう・・・!!私、我慢できない!!」
目を覚ますと、夢だと気付いた。
やれやれ、早く実験を進めようと、男は自分の身体を動かそうとしたのだが、何か違和感を覚えた。
部屋に鏡はないが、銀の鉄板のようなテーブルがあるため、そこへ移動してみようとするが、その移動もまた上手くいかない。
ふと、目の前に人間の足が見えた。
顔をあげてみると、そこには自分がこちらを見ていた。
どういうことだろうと、自分の姿を確認してみると、男の身体はカエルへと変わっていた。
人間の男はカエルになった自分を見ていて、首を傾げている。
男は、カエルの姿になってもそれなりに動ける自分の身体を動かすと、あることを思い付いた。
自分であって自分でないその男を台の上に乗せると、動かないように手首足首を固定、それに咥えて腹部と首も固定すると、寝ている自分を見下ろす。
カッターをひとつ折ると、それで慎重に自分の腹部を切って行く・・・。
後日、有名な研究所で働く男の遺体が発見された。
男は研究所に籠ることが多かったため、発見されるまでに数日かかってしまったようだ。
男はなぜか手に自らカッターを握りしめ、自分の身体を切り刻んでいたというが、真意のほどは不明である。
「あれだけ立派な研究をされていた先生なだけあって、非常に残念です」
「冷凍保存されて方たちも、無念でしょうね」
「今の技術では誰も目を覚ますことが出来ないなんて・・・」
野次馬たちがにぎわう後方で、遵平は本で顔を隠しながら様子を見ていた。
ポケットから取り出した棒付きの丸い飴を口に含むと、わいわい騒いでいる研究所から離れて行く。
「はい、成敗完了」
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