世直し、始めました。

maria159357

第1話組成品





世直し、  始めました。

組成品


    登場人物




        遵平


        仄




        その他
































 いかなるものでも、自然という造物主の手から出る時は善である。人間の手に渡って悪となる。


            ルソー




































 第一吾【組成品】




























 「ふあ・・・」


 男は、大きな欠伸をした。


 日向で身体を横にし、暖かい太陽の光に照らされながら、日向ぼっこをしている。


 両腕をまくら代わりにし、顔には本を置いて眩しくないようにしながら寝ていた。


 そこへもう1人男がやってきて、男の隣に腰を下ろすと、耳にかけていたヘッドフォンを取って首にかける。


 「遵平、こんなところにいた」


 「・・・ああ、仄か」


 遵平と呼ばれた男は、黒髪が少し鬱陶しいくらい伸びているが、決して長いわけではない。


 目にもかかっている前髪が、そう思わせるのだ。


 瞳は茶色でごく普通の男のようにもみえるが、190近くある大柄な男で立ち上がると結構目立つ。


 白のニットのセーターを着て、ダボダボのグレーのズボンを穿き、いつも本を持ち歩いている男だ。


 もう1人の男は仄といって、まるで女のような名前だが、特に嫌ではないらしい。


 明るめの茶髪をしており、目はカラコンを入れているため緑色、両耳には赤いピアスをつけており、たこ焼きが大好物だ。


 紫のパーカーを腕まくりして着ており、黒のスキニ―、先程も出たようにヘッドフォンをつけ、青のボディバッグを背負っている。


 ちなみに、いつもプッキーという棒状のチョコレートがついたお菓子を食べている。


 「あー、ぽかぽかして気持ち良い」


 「呑気だねぇ。世間じゃ、政治家たちのニュースでにぎわってるのに」


 「政治家ぁ?」


 少しのんびりとした口調の遵平が、顔にかけてあった本をどかせて仄を見ると、ボディバッグを前に持ってきて、そこから何かを取り出した。


 「税金取るだけ取ってさ、自分達は豪遊だよ。会議中も寝てるだけなのに、普通の人より良い給料もらってるんだよ」


 「いるいる。てか、こういう奴等しか最早いない」


 「だよね。最近じゃ、有権者を騙して金をせびってるらしいよ。年寄りだろうと妊婦だろうと貧困層だろうと何だろうとね。なんでこういう奴が政治家になれたかな」


 ふあああ、とこれでもかというくらいに欠伸をしながら、遵平は身体を起こす。


 頭をかきながら胡坐をかいて座ると、仄が持っている小袋からプッキーを1本奪い取って口に入れる。


 「あんなもん、公約だけしっかりと出しておけばいいんだよ。みんなが騙されて投票してくれりゃ、なったもん勝ちだから」


 「確かにね。あ、俺のプッキー」


 「美味い美味い」


 もぐもぐと口を動かしながら、青空が続く空を眺めている。


 それから少しして、仄が手のひらサイズくらいの何かを取り出すと、そこから何やら音が聞こえてきた。


 いきなりテレビを見始めた仄は、遵平のことを気にする様子もなく、なかなかの音量でニュースを見ていた。


 ニュースが終わると、画面を操作してどこかの頁を検索し出す。


 それを遵平がじーっと見ていると、視線に気付いた仄と目が合った。


 「え、何?」


 「せわしく動かしてるなーと思って。そんなに忙しくて楽しい?」


 「別に忙しくないし。まあ、楽しいっちゃ楽しいけど、そこまでわーいって大喜びするほど楽しいわけではないかな」


 「だろうね」


 「あ、遵平見てこれ」


 そう言って、操作していた画面を遵平に見せてきた。


 そこには、問題になっている政治家に金を出した年配者が、生活苦になって自殺したという内容が書かれていた。


 詳しいことは調査中とのことだが、80代後半の女性とのことだ。


 「酷いことするねぇ。税金絞るだけ絞り取ってるくせに、最後の一滴まで根こそぎじゃあ、生きていけないよ」


 「・・・・・・」


 「政治活動の資本金として寄付されたと言っていた金が、実はそういう人たちから奪った金だったって。ついに自殺者まで出ちゃったなら、この人辞職でしょ」


 「・・・どうかな」


 「だって、これどう考えても」


 「あいつらの俺達の常識なんて通用しないの。通用しないから何も変わってないし、真面目な人ほど苦労するの」


 「そっか」


 遵平の言っていた通り、その政治家は辞職をすることもなく、辞職に追い込まれることもなかったそうだ。


 なぜなら、金で良い弁護士を雇い、完璧に守ってもらったからだ。


 死人に口無しで、男が寄付だと言い張れば、それは寄付だったということになってしまった。


 その男のことは徐々に世間は忘れて行き、それでも中身の変わらない男は、相変わらずの生活ぶりを繰り返していた。


 キャバクラに通い、若い女性ばかりを雇い、豪邸を建てなおして良い車に乗り、会議中は寝ていた。


 「まただよ、見て遵平。あいつ、また寝てるよ」


 「眠いんだよ」


 「ダメでしょ」


 「んー・・・」


 「こんなこと言いたくないけどさ、こんな親を持った子供って、どうなるんだろうね」


 「碌な大人にはならないね」


 「嘆かわしいことだよ」


 そう言うと、仄はヘッドフォンを耳につけ、音楽を聴き始めた。


 以前、どんな曲を聴いているのかと聞いてみたことがあるのだが、多分遵平は知らない曲だし興味ないと思う、と言われてしまい、結局聴かせてもらえなかった。


 風に揺られて、遵平の髪がふわふわと揺れ動く。


 しばらく昼寝をしていたかと思うと、いきなり上半身を起こして、その拍子に落ちてしまった本を渡せば、受け取ってそれをじーっと見ていた。


 「どうしたの?」


 「んー、帰る」


 「え、もう帰るの?」


 本を持ったまま、だるそうな背中を向けて歩き出した遵平を、仄はただ眺めていた。








 「先生、いつもありがとうございます」


 「いやなに、当然のことだよ」


 「先生、私、新しいバッグが欲しいの。まだ世界で100庫しか出てないやつ」


 「買ってあげるよ。どこに売ってるんだ?」


 「先生ったら、この前私にマンション買ってくれるって言ったじゃない。約束、ちゃんと守ってくださいよ?」


 「ははは、そうだったね」


 見るからに高級な料亭に当然のように入り、高級そうな着物を着た女将に迎えられ、慣れた様子で一室まで案内され、言わずとも出てくるこれまた高級そうな料理たち。


 並べられている魚や牛や豚たちは、さぞかし苦しい思いをしたのだろう。


 美しいとは人間が思うだけであって、飼われ切られ喰われる身としては、ついにこの時が来てしまったとしか言いようがない。


 しかも、それらの料理をちょこちょことつまむだけで、綺麗に食べきろうなどとは思っていないような男女が、箸を少しだけつけると、すぐに偉そうな男に寄りそう。


 そして次々に紡がれる言葉が、まるで麻薬のように脳内に響き渡り、感覚を麻痺させているようだ。


 「さて、そろそろ帰ろうか」


 「えー、もう帰っちゃうんですか?」


 「もうちょっとだけー。いいじゃないですかー」


 「今日は結婚記念日だと妻に言われてね。なるべく早く帰ると言ってあるんだよ」


 「そんな大事な日に、私たちとここに来たんですかー?」


 ハハハ、と笑ったかと思うと、男は領収書を貰って帰って行く。


 その途中、花束でも買って帰れば妻の機嫌が悪くならないだろうと、そんな安易な考えで花屋に立ち寄る。


 そして、そこに咲いている綺麗なバラを見つけると、花屋に頼んであるだけ全部買占め、綺麗にまとめてもらった。


 片手にバラを抱えながら帰っていると、数メートル先から男が歩いてくるのが見えた。


 暗くて良く見えないが、その男は本を読んでいるようで、花束を抱えている男に気付いてすらいないだろうと、男は特に気にせずすれ違おうとした。


 いや、実際、普段通りすれ違った。


 ただひとつ違ったことと言えば、男とすれ違った後の意識が無いことだけ。


 バタン、と全身から力が抜けて、その場に倒れてしまった。


 人が通らないような道を通ってしまったからなのか、倒れた男に気付く者はおらず、結局早朝になって犬の散歩をしていた人によって見つかった。


 その時にはすでに心肺停止状態で、急いで救急搬送もされたそうだが、男は助からなかった。


 綺麗に咲いていたバラはまだ赤く笑い、男の帰りを待っているかのようだ。


 救急車もだが、警察も来て現場を調べようとしていたが、防犯カメラも店もほとんどないこの道で、目撃者などいなかった。


 病院に運ばれた男は蘇生も出来ず、そのまま亡くなってしまったらしい。


 男が亡くなったことで、マスコミは面白がってこれを大きく取り上げる。


すると、これまで隠されていた政治的な仕事も、それに関わった人間も、男の素顔が明かされるようになった。


 最初は同情していた人たちも、やはり黒だったのかと、自業自得だと言い始める。


 「すみません、何かあったんですか?」


 「いえね、ここで政治家の人が亡くなっているのが見つかったんですって」


 「へえ、政治家が」


 「そうそう、なんて言ったかしら。あの、一時自殺者まで出したっていう人」


 「そうですか、怖いですね」


 野次馬の中に紛れこんだ遵平は、本を開いて口元を覆い隠したまま、目の前で繰り広げられているまるで喜劇を見つめる。


 くるりと踵を返すと、再び本に目を向ける。


 目立った外傷もなく、かと言って病気を持っていたわけでもない男が突然、死んだ。


 歳というほどの歳ではなかったにしろ、世間に公表されていく男の本性に、家族は怯える日々を送ることになる。


 事件なのか事故なのか、何も分からないまま時だけが過ぎ、結論としては急な発作と診断されたようだ。


 現場から遠のいていく遵平は一旦足を止めると、少しだけ振り向いた。


 本を口元に当てたまま、何の感情もない眼差しを向け、そして、呟いた。


 「はい、成敗完了」








 これは決して、あなた方の世界とは違うということを、ご理解いただきたい。


 なぜなら、あなたという存在も、本当にそこにあるか疑わしい創造物にすぎないのだから。




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