05

 ディスプレイから顔を上げたタオの目に飛び込んできたものは、目の前で居心地が悪そうに向かい合う二人の男の姿。

「何黙ってるんですか?」

 別に直ぐに仲良くなれるとは思わなかったが、互いに口を閉ざし沈黙を貫かれるのは実に気味が悪い。

「適当に会話しとけば良いのに」

 思わず口から出てしまったのはそんな言葉で。普段から口数の多いタオからしてみれば、会話が出来ないという状況が理解できないのだろう。タオの尻尾が不満そうに左右に揺れ始める。

「話題が何もねぇんだよ!」

 そんなタオの発言に、先に反応を返したのはラウルの方だった。

「何を話せば良いか分からねぇんだって」

 見た目にそぐわず子供のように拗ねながら、ラウルは困ったように鼻の頭を掻きつつそんな事を呟く。これは何も嘘では無く彼の本心から出た言葉だろう。実に不器用な人間であるラウルは、こういった状況に置かれることがとても苦手だった。

「話題が無いならどっから来たのかを聞くなり、何があったのかを尋ねるなりって、色々工夫すりゃ良いでしょうが!」

 それに呆れたように鼻を鳴らすと、タオはヒゲを撫でながら瞼を伏せ、嫌そうに眉間に皺を寄せて悪態を吐いた。

「喋ることが出来て、伝えるための言葉を知ってるんだから、会話の仕方くらい学んで下さい。旦那のだんまりはみんな怖いって文句言われてるんですから、少しは空気を考えて!」

「煩せぇ!」

「いでっ!?」

 小気味の良い音を立てて殴られる頭。次の瞬間、タオの大きな声が部屋中に響く。

「何すんですかぁっっ!!」

 威嚇音をあげながら繰り出される攻撃。鋭い爪の先をギリギリで避け、繰り出される突きを片手で払い躱すと、ラウルはバックステップで立ち位置を変えタオとの距離を取り軽く構える。

「そういうのはお前が担当だろう! 俺は会話は苦手なんだよ!」

 何故か胸を張って言われるそんな主張。

「…………呆っれた」

 その言葉にやる気が無くなったのだろう。未だ納得はしていない様子を見せながらも、タオは軽くラウルを睨み付けると膨らんでしまった尻尾を下げながら、盛大に溜息を吐いた。

「旦那さぁ……俺よりもずっと年上なのに、何でいつもこうなんですかねぇ」

 尻尾は取り繕う表情よりも、実に雄弁に感情を物語る。先ほどよりも速い速度で左右に揺れる長いそれに、タオが少し苛ついている様子が一目見て分かるのだからそう言うことだ。

「幾ら会話が苦手だからって、いつも俺が側に居るとは限らないでしょう。俺が用事に出て居ない時、アンタ一体どうするつもりですか」

「それはその時考える」

「はぁ……」

 数秒間訪れる沈黙。

「……はいはい。もう良いですよ」

 結局、先に折れたのはタオの方だった。左右に揺れる尻尾の速度は少しずつ緩くなり、爆発していた毛が徐々に落ち着きを取り戻していく。

「まぁ、俺は旦那の事が好きでバディを組んで貰ってる立場なので、旦那のことを信じてますけどね。一応は」

 そこで漸く二人の興味がロカの存在へとシフトする。一応はこの場所にロカという存在が居るということは意識としてあったらしい。

「で、助けてやったコレなんだが、どうするつもりなんだ?」

「取りあえず、こっから外に出るまでは一緒に来て貰うつもりですけど、都合が悪いって事はないですよねぇ?」

 自分を無視して進み続ける会話。話題がこちらに振られる事がないため、イエスかノーかすら伝える事も出来ず、ロカはただ黙って聞くことしか出来ない。とはいえ、彼自身この状況でどうするかを決めろと言われると、正直悩む部分は多々あった。出来ることならタオの提案がそのまま通って欲しい。そう思いながらロカはラウルの判断を大人しく待ち続けている。

「都合が悪いってこたぁねぇが……」

 歯切れの悪い言葉で語尾を濁すと、ラウルは一度ロカを見て考え事を始めてしまう。暫しの沈黙。感じる居心地の悪さに、ロカは困った様に眉を下げ床に視線を落とす。

「小僧。取りあえず聞くが、お前さん、一体何が出来るんだ?」

「何がって……」

「ああ。スキルの話ッスよ」

 言葉が足りないラウルのフォローはタオがすかさず入れてくれる。ただ、その問い対してロカは即答することが出来ず狼狽えることしか出来なかった。どう答えた良いのか解らず噤んだ口。再び、沈黙が辺りを支配してしまう。その事に痺れを切らしたのだろう。再び同じ質問を繰り返すラウル対し、漸く絞り出せたのは次のような言葉だ。

「……解らないんです」

「は?」

 この解答には両者とも予想外だったようだ。聞いた言葉に似たような表情を浮かべ固まった後、互いに顔を見合わせハンドサインで会話を始めてしまう。

「ってか、ちょっと待ってくださいよ! ロカさん、アンタ、自分のスキルが解らないって!?」

「冗談で言っているんじゃないよな?」

 ロカには解らなかった。【スキル】というものが何を意味するのかもそうなのだが、何故それを【解らない】と答えただけで、こんなにも驚かれるのかが理解出来ない。大体、始めから自分の理解出来る範囲をとうに越えてしまっている状況が目の前にあるのだ。言い争う巨大な異形を見た時からずっと続いている混乱をどう整理すれば良いのか。その糸口が全く見つからない事に不安を覚え歪む表情。

「あ、あれデスかね?」

 そんなロカの反応を見て、タオが渇いた笑いを零しながらこう呟く。

「記憶喪失ってやつ、だったり?」

 実際は記憶喪失などではなく、本当に解らないというのが正解なのだが、彼等はその一言で何かを察し納得してくれたようだった。それならば仕方無いと頷くと、再び戻る「どうするべきか」という相談。

「参ったな。スキルが解らないんじゃあ、どう指示を出すべきか判断がつかん」

「まぁ、旦那、人を使うことも守る事も雑っすからねぇ」

 会話は常に堂々巡り。ロカの頭に過ぎるのは、置いて行かれるかも知れないという不安だった。

「とはいえ、無事に助かった訳ですし、足も動かせるみたいなんで……町に行くまでは一緒に来て貰うってのがベストって感じじゃないかと思うんすけど」

「お前が面倒をみるって言うなら、まぁ、良いんじゃねぇか?」

「ま、そうなりますか」

 話はまとまったらしい。下を向いたまま黙っていたロカの両肩に軽い衝撃が走る。

「大丈夫ッスよ! ここに置いてったりはしねぇんで、町まで一緒に行きましょう」

 顔を上げると、無邪気に笑うタオの顔が目の前にある。

「移動は徒歩になっちまうんで、歩くのは自分でってことになりますが、俺もフォローしますから」

「う、うん」

 知らない世界で出会った不思議な二人組。感じている不安を取り除くように、タオがロカの頭を優しく撫でてくれる。

「無くしまった記憶。早く戻ると良いッスね」

「あ……」

 思わず「そうじゃない」と言いかけた時だった。

「一体何ナノヨォォォッッッッ!!!!」

 部屋中に響く大きな金切り声。背後にある瓦礫の山の一部が、勢いよく宙に浮かび上がる。

「キャアアアアッッッ! 何ヨコレェエエッッッッ!! 何ナノヨォォォッッッッ!!!!」

 瓦礫の山の中から現れたのは言い争っていた異形のうちの一体。女形のそれが蹌踉めきながら立ち上がると、狂ったような叫び声を上げ喚き散らす。

「アイツモ居ナイジャナイ!! コレジャア子供ガ作レナイワ!!」

 どうやら探しているのは言い争っていた相手の姿のようだ。反射的に振り返ったロカは、慌てて瓦礫が重なっている場所へと視線を向ける。女形の異形とは異なり男型の異形は未だ沈黙を続けている。重なった瓦礫の山は動く気配が無く、その下に広がる緑色の液体は少しずつ範囲を広げて床を浸食し始めていた。

「何ヨ、何ヨ! アンタ達、一体何ナノ!?」

 それが何を意味するのかは異形にも解ったのだろう。反応のない瓦礫の山に舌打ちを零すと、異形は鋭い目で三人の事を睨み付け怒鳴りつけてきた。

「アンタ達ガ私ノ旦那ヲ殺シタノネ!? 子作リもマダダッテイウノニ最悪ダワ!! 許サナイ!!」

 次の瞬間、振り上げられた異形の足が勢いよく床に向かって振り下ろされる。

「タオ!」

 言葉と同時にタオが動き、ロカの身体を抱え飛んだ。

「旦那! ちょっとお願いします!」

「分かってるから早くしろ!」

 短く唱えられる聞き慣れない言葉。その詠唱が終わると同時に、ラウルの手元に現れる大型の剣。再び異形の足が持ち上がり、ラウルを目掛けて振り下ろされると同時に、彼は勢いよく剣を振り上げその足を払った。

「ちょっとここで待ってて下さい」

 部屋の隅まで一気に走ると、大型の家具の側にロカを下ろしタオはそう指示を出す。

「ちょっくら片付けてきますんで」

 言い終わると同時にタオは異形に向かって走り出す。

「まっ……」

 て。そう言いかけたところでロカは言葉を飲み込み、大人しく家具の陰に隠れ膝を抱えた。今自分が出て行ったとして、自分に何が出来るんだろう。そう思ったから故の行動だったのだが、無力な自分が情けなくて悔しくて仕方が無い。せめて二人の邪魔にならないように、言われた通り大人しくしている事。それが唯一自分に出来ることだと自身に言い聞かせ。事の顛末を見守る事に決める。

「タオ! 早くしろ!!」

 焦ったようなラウルの声が辺りに響く。

「今やってますから、ちょっと待って下さいよ!!」

 それに応えるようにタオも大きな声で叫んでいる。合間合間に聞こえてくる不可思議な音。それが一つ区切られる毎に、光の柱が地面から現れ異形の動きが鈍くなる。

「タオ!!」

 異形の爪が剣を捉えた事で身動きが取れなくなったラウルが苦しそうに相棒の名を呼ぶ。

「コレで最後ッスからもう暫く我慢して下さい!!」

 今までよりも早い音の流れ。それを唱え終わった瞬間、青い柱が現れ、異形が苦しそうに悶え始めた。

「旦那! 完成したッスよ!」

「了解!」

 その言葉と同時に、ラウルが勢いよく剣を振り上げる。その勢いを利用して、彼を押え込んでいた形の爪を払うと、バランスを崩した異形は背後から地面へと倒れ込んだ。と、同時に、異形を押さえ込むようにして柱から伸びる幾筋もの光の帯。これらは素早く異形の身体に絡みつくと、彼女を締め上げ自由を奪い取ってしまう。

「悪いがコレで終いだ!」

 大声でそう宣言した瞬間、振り上げられた大剣の先が朱く染まる。炎を纏った刃。高く掲げたそれを、ラウルは躊躇うことなく異形に向かって振り下ろす。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!!」

 響き渡る絶叫に室内にある調度品が小刻みに揺れた。

 辺りに木霊する脳を揺さぶるほどの強い振動。思わず顔を歪め両手で耳を塞ぐが、それよりも大きな波紋は容赦無くロカの耳を襲い通り抜けていく。全身に立つ鳥肌と、小刻みに揺れる体の震え。何が何なのか分からないまま終わった戦闘に、意識が追いつかず何の感情も湧いてこない。

「ふぅ」

 ロカとは違い、彼らはこう言う状況に慣れているのだろう。

「思ったよりは呆気なかったッスね」

 今は動かなくなってしまった異形。それを眺めながらタオは機嫌良さそうにそう呟いた。

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