01:開いた扉と望まぬ答え。

01

 自分の人生はどこまでも地味だと感じてしまう。

 運動が得意で大会に出るほど良い成績が出せるわけでもなく、勉強が得意で常に席次のトップをキープしているというわけでもなく。かといって、笑いのセンスがありクラスの人気者なのかと言えばそう言う訳でも無い。クラスの中に居ても特に気にされる事もない平々凡々な存在。それがこの人間の立ち位置だ。

 一応、得意だと思えるものはあったりするのだが、胸を張ってそれを主張出来るほどの度胸を、残念ながら持ち合わせては居ない。

 身長だって高すぎず低すぎず、体格は筋肉が有るようで無いようで。顔面偏差値にしたって、好きな相手に告白すれば「お友達で居ましょう」とやんわり断られてしまう。そんな感じで、人を惹き付けるような目立った特徴を持つパーツなんて無いのが現状。漫画や小説で例えるならモブ、ゲームで例えるならノンプレイキャラクター。それがこの石動いするぎ しるべという少年の評価である。

 確かにこの人生は退屈だと彼は感じていた。しかし、そう感じているからと言って、簡単に今の生活がガラリと変えられる訳では無いとも思っている。悪い意味で達観してしまっているのは、何事に於いても諦めという言葉が真っ先に来てしまうからだった。

 彼がそんな風に諦めるようになったのは、彼の置かれた環境に原因があるのかもしれない。

 というのも、彼には両親の他に二歳上の姉が居た。

 彼の姉は実によく出来た人間で、全てにおいて完璧という言葉が実によく似合う女性だった。神様は片方に様々なスキルを恵み与え、片方からは全てを奪ってしまったのではと疑いたくなるほど、彼と姉に対する周りの評価は正反対である。両親も出来の良い姉にばかりに期待を寄せ、特に目立たない弟には必要最低限の期待しか抱いてくれない。それは幼い頃から現在まで、一度も変化した事が無かった。そんなもんだから、彼は自身の事を長い間『要らない存在なのだろう』と思い込んでしまっていた。

 勿論、その待遇を不満だと駄々をこね、いじけて見せた事もありはするが、結局のところ、結果を残せない時点でどうやっても覆せない評価もあるのだという現実を見てからは、諦める事が何よりも楽なのだと学んでしまったのである。

 ただ、そんな低評価な生活に置いて良い事というものも存在はしている。

 彼の両親は、過剰な期待を彼に対して抱かない代わりに、彼の欲しい物は何でも買い与えてくれた。体よく厄介払いをされていると言われれば確かにその通りなのだが、これが実に彼の都合と具合良く合致してくれたもんだから、彼もそれに甘んじて両親に文句を言う事はしなかった。

 彼が欲しいとねだったものは、沢山の本と映画やアニメのDVD、そして、遊ぶためのビデオゲーム類である。

 何故それを欲しいとねだったのかと言うと、答えは実に簡単な事だ。

『この世界から離脱したい』

 そんな小さな願望があったから、それが叶わないものだと分かっていても、空想の世界で活躍するキャラクターに憧れを抱かずには居られなかった。

 彼らを見ているとそんな世界に行ってみたいと切に願ってしまう。せめて夢の中くらいは、自分自身も活躍できる場所が欲しい。そんな思いで手を付けた媒体。それらのアイテムは、彼に様々な物語を作りたいと思わせる切っ掛けとなった。初めは単純なメモ、次に世界感やキャラクターの設定資料、やがて作り出した材料を活かすための世界を作れるようになりたいと考え始め、最終的には自分で物語を書き留めるようにまでなっている。

 机の引き出しの中には、誰にも言えない不思議な世界を描き出したノートが数冊。これが彼の主張することのないと言った『得意』なことだ。

 その創作活動は今のところ、彼が一人だけで行う状態が続いていた。

 誰かに読んで貰いたいとか、誰かと創作内容について話をしたいとか。そう言う願望が全く無いわけでは無かったのだが、今はそれよりも創り出した世界を固めてしまう事に意識を集中させることを優先したいと彼は考えていた。少しずつ出来ていく世界感は見る度に面白いと感じ、自然と笑みを浮かべてしまう。自己満足でも構わない。形にする事が大事なのだと彼は自分自身に常に言い聞かせる。

 そんな創作活動だが、最近気になっているのは、これを何らかの形で売り物にすると言う事。執筆の傍らネットで検索している情報は、出版方法や書籍化、公募といったものばかりだった。

 誰にも期待されなくて良いと思う半面、心のどこかでは願っていたのだろう。

『誰かに認めて貰いたい。褒めて貰いたい』と。

 だが、その願望は叶う事がなく夢は途切れる事となる。


 その日は、学校の創立記念日のため平日が休日となっていた。もうそろそろ書き込むページがなくなってしまうノートを広げながら、今日も地道な創作活動を続けていた導は、喉の渇きを覚え顔を上げる。汗をかいたグラスから水滴が落ちないように敷いた珪藻土のコースター。その上に乗せられたグラスの中身は、気が付いたら空っぽになっていた。

「……んだよ……」

 中身がなくなってしまったグラスを手に取ると、導は大きな溜息を一つ零す。正直に言えば椅子から立ち上がるのは面倒臭い。とは言え、丁度切りの良いところまで資料をまとめ上げたのと、息抜きをしたいと悲鳴を上げている身体。作業を終えるタイミングとしては最適だと判断し思い切って筆を置くと、彼は椅子から立ち上がることに決める。滅多に部屋に家族が入ってくる事はないのだが一応は念のため。開いていたノートを閉じ引き出しに仕舞ってから、鍵を掛けて出た自室。向かうのは一階にあるキッチンだ。

 隣の部屋からは、最近デビューしたばかりのアイドルグループの音源が流れてくる。その曲は流行に速い姉が気に入ってリピートしているもので、今度友達とカラオケに行ったときに歌うのと懸命に練習しているものだった。導自身、その曲に興味を持った事はないが、毎日しつこく流れてくるメロディは嫌でも頭の中に入ってしまう。気が付けば口ずさむメロディ。複雑な音階が混ざる部分はあるが、基本的には歌いやすい単調なメロディラインは、耳に馴染むと聞きやすいと感じるから不思議だ。

 足音を立てて階段を降りると、静まりかえった廊下をキッチンに向かって進む。両親は共働きのため、今は姉と二人きり。姉は自室で歌とダンスの練習に勤しんでいるのだろう。どちらにせよ自分には関係無いと冷蔵庫を開け、冷やされていた麦茶を取り出しグラスに注ぐ。先ずは一杯。それを一気に飲み干し、もう一度注ごうとしたところで、導は手を止める。

「……買い物、行こうかな」

 集中していた事で忘れていた空腹感。冷蔵庫の中には母親が作ってくれた昼食がラップで包まれた形で用意されてはいる。姉は既に食事を済ませてしまったらしく、それは一人分だけ残されている状態で。それが決して不味いという訳では無いのだが、何故かこの時は無性にジャンクフードが食べたくなってしまった。

 使っていたグラスを洗い水切り籠の中に入れてから、導は一度部屋へ戻る。目的地は近所のコンビニエンスストア。持っていく荷物は最小限で、愛用している財布と携帯端末。椅子の背持たれに掛けっぱなしのパーカーを羽織ると、姉に声を掛けることなく玄関から外へ出た。

「……眩しい」

 外に出ると日差しを遮るようにして手で顔を庇う。時刻は未だ三時を過ぎたところ。漸く日が傾いてきたとは言え、遮る雲が無い青空に浮かぶ太陽光はそれなりに厳しかった。光量が変わった事で覚える目眩。それは直ぐに納まったのだが、瞼を閉じると残像のアウトラインが黒い空間に浮かび上がる。

「急ご」

 中途半端に履いた靴につま先を地面で叩く事で足を滑り込ませると、導はコンビニに向かって歩き出した。

 普段は何も気にせず歩くいつもの道。ただ、今日がカレンダーでは平日なのに、学校を休んで外に出ているという状況だと、少しだけその景色も異なって見える。向かいからやってくる自転車には買い物帰りの主婦の姿。前籠には買ってきたであろう食料が。後ろのリアキャリアにはチャイルドシートが付けられていて、シートの中には可愛らしい女の子が座り流れる景色を楽しむように眺めながら、ペダルを漕ぐ母親に向かって何かを話しかけていた。

 通りに出ると信号に捕まり一時停止。速度を落とした軽自動車が数台と、バイクが一台。乗用車が一台でワンボックスカーがその後に続く。向かいには、遊びに行った帰りだろうか。女の子のグループが、携帯端末のディスプレイを見せ合いながら楽しそうに盛り上がっている様子が見て取れる。

 車両用信号が赤に変わり、右折矢印が表示されてから数秒後。規則的なリズムで音を鳴らしながら歩行者信号が青表示へと切り替わる。音に反応し顔を上げ、色を確認してから動かす左右の足。特にそれをする意味なんて無いと分かっているのに、気が付けば白いラインを選んで渡ってしまうことに気が付き緩めた口元。子供の頃に何気なくやった癖というものは、中々直らないものらしい。信号を渡りきって暫くすれば、歩行者信号は赤に切り替わり、再び車両用信号が青く点灯する。背後から聞こえるエンジン音を背に、導は淡々と歩き続けた。

「…………ってのをどうやってくっつけようかなぁ」

 ワンブロック分歩いた角で右に曲がると目的地の場所を知らせる看板が見えてくる。通い慣れている店だ、意識せずとも迷う事はない。そのせいだろう。つい独り言が多くなってしまったのは。

 店の中に入り手に取った籠に適当にカップラーメンを入れてからレジに並ぶ。待っている間気になったのはフードストッカーで、丁度出来上がったばかりのチキンが実に美味しそうに見えて仕方が無い。会計を済ませるついでにそれを追加注文すれば、後は帰って食すだけ。急いで帰宅しようとコンビニから出たときだった。

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