第5話おまけ②「名もなき英雄」
シャドウ・ライト
おまけ②「名もなき英雄」
おまけ② 【 名も無き英雄 】
ある小さな村での出来事。
「おい、どうせうちの畑から盗んだんだろ」
「返せよ!泥棒!」
「その服も盗んだんだろ!脱げよ!」
畑仕事をしていた女の子の周りには、数人の同じくらいの歳の男の子。
女の子は盗みの疑いをかけられているが、男の子たちの話には耳も傾けず、作業の手を止めることはない。
そんな女の子の腕を強引に掴み、男の子の一人が引っ張った。
その拍子に女の子は地面にお尻から倒れてしまい、それほど綺麗では無かった洋服も汚れてしまった。
男の子に腕を掴まれ、女の子は抵抗できずにいた。
そのときだ。
「お姉ちゃんから離れろ―!!!!」
「うわっ!なんだこいつ!!」
物陰に隠れていたのだろうか、別の男の子が現れた。
女の子を囲んでいる男の子たちよりも歳は下のように見えるが、手には太い枝を一本持ち、立ち向かっている。
「こいつもきったね―服着てるぜ」
「こいつら貧乏だからな!!」
「ハハハハハ!!!!」
男の子たちは女の子の洋服を脱がせようと手を伸ばした。
「止めろ―――――――――!!!!!!!」
手に持っていた棒を勢いよく振り回すと男の子の一人の顔に当たってしまい、さらに、少し血が出てきてしまった。
逆上した男の子は、棒を振り回す男の子に近寄って行くと、棒を避けて男の子に殴りかかった。
身長の差、力の差のある二人の間の上下関係は明らかで、小さな男の子はその場に倒れた。
「燈翔!」
燈翔と呼ばれる男の子に駆け寄り、女の子は男の子たちを睨みつける。
燈翔が持っていた棒を掴み取ると、女の子は立ち上がり、男の子たちに向けて一歩一歩と進んで行く。
「お前、俺らに勝てると思ってんのか?」
「馬鹿じゃねーの」
笑われても、女の子の表情は険しくなる一方で、引こうというつもりはない様だ。
男の子たちが一斉に女の子に襲いかかろうとしたとき、男の子たちはなぜか次々に倒れて行った。
男の子たちの後ろには、青年が立っていた。
「大丈夫かい?」
その青年は立派な服装を身に纏っていて、良く見てみると、遠くの方には馬に乗った兵士を引き連れていた。
よほど偉い人なのかと、女の子は感謝の言葉を言う声すら出なくなってしまった。
倒れている燈翔を起こすと、青年は横抱きにしてどこかに寝かせられないかと聞いてきた。
「あ、あの、じゃあ、家の中に」
こんな立派な人を入れる様な家ではないと思いつつ、燈翔を奥の部屋に横にしてもらうと、女の子は何か御礼をと言う。
「構わないよ。通りかかっただけだから」
ニコリと柔らかく微笑んだ青年は、ふと、女の子も怪我をしているのを見つけた。
兵士たちを数人だけ残し、後は先に帰る様に伝えてくると、青年は女の子の家にあがる。
女の子を椅子に座らせると、救急箱か何かないかと尋ねられ、女の子はその場所を伝えた。
「さっきの坊主たちにやられたの?」
「多分・・・・・・あの、私自分で出来ますから」
「やらせて。正直、あの兵士の中にいると息詰まるんだよね」
意外な青年の言葉に、女の子は目をぱちくりさせる。
傷口を消毒液で浸した布であて、その上から絆創膏を貼っていく作業を繰り返し、ようやく終わる。
「そういえば、まだ名前聞いて無かったね。私は・・・尤楼」
一瞬、青年は何を迷ったのか、言葉が詰まったようだが、女の子に向ける笑顔は変わらない。
「私は、星蘭です。さっきのは、弟の燈翔です」
「星蘭、ちゃん?良い名前だね。此処には二人で?」
「はい。親は戦で死にました」
「そうか。ごめんね」
星蘭はゆっくり立ち上がると、台所の方へ向かう。
「あんまり動かない方が」
「平気です。今、お茶でも淹れますね」
のんびりと待っていると、テーブルに温かい紅茶が置かれ、尤楼はそれを一口飲むと、表情をさらに和らげた。
星蘭も自分用に持ってきたお茶を飲んで、しばらく沈黙が続いた。
「あの」
「ん?」
先に口を開いたのは、星蘭だった。
「尤楼さんは、お城の人ですか?」
「うん。そうだよ」
「こんな汚いところで、すみません」
「そんなことないよ。家っていうのは、家族が住めるだけの広さがあればそれでいいと思うよ。それに、一人で燈翔君の面倒も見てるんだろ?城の近くの街に住んでる子よりもずっと立派じゃないか」
尤楼の言葉に、多少照れくささを感じた星蘭だが、ふと、尤楼の自分を見る目が、何かに似ていることに気付く。
それはきっと、自分が燈翔を見ているときのような目だ。
「もしかして、御兄弟います?」
「分かる?」
「なんとなく・・・・・・」
苦笑いをして答えると、尤楼は歯を見せて笑った。
その笑顔は、今まで勝手に自分で想像してきた、城に住んでいる人の笑い方とは思えなく、無邪気なものだった。
自分が知っている大人たちも、会話しているときには笑ってくれるが、それ以外のときは無表情なことが多い。
子供だと思って気を使っていないのだろうが、子供は大人の表情を良く見ているものだ。
「弟がね、いるんだ」
尤楼が、話出した。
「君と同じくらいの歳かな。小さい頃は嫌いでね。言う事全然聞かないし。大きくなって、やっと可愛いと思い始めたら、もう刃向かってくるようになってね。まったく、成長とは恐ろしいもんだよ」
「けど、今は好きなんですね、弟さんのこと」
「どうしてそう思うの?」
「私が燈翔を見る時と同じ顔してます。口では嫌とか言っても、心から嫌いではなくて、むしろ、自分に懐いてきてくれた存在だから、すごく可愛い。守りたいって思う」
「まあ、燈翔くんと私の弟が同じだけの可愛さがあるかは別だけどね」
尤楼の言葉に、二人は同時に笑いだした。
まだ完全に笑い終えないまま、星蘭は再び口を開く。
「尤楼さんの弟さんは、きっと、尤楼さんのこと好きだと思いますよ」
「そうかな?」
そこは自信がないようで、尤楼は困ったように眉をハの字に下げて笑い、指先で頭を軽くかいた。
「だって、ヒーローみたいですもん」
「ヒーロー?」
星蘭の言葉に、尤楼は首を傾げる。
その様子が、燈翔と重なって思わず笑ってしまいそうになった星蘭だったが、なんとか堪えた。
「正義のヒーローです」
ニコニコと、少女らしい笑顔を見せる星蘭だが、一方の尤楼は意外すぎる、自分には似合わない言葉に、声を失う。
「私は、ヒーローなんかじゃないよ」
先程までとは違う、小さく弱い声が返ってきて、星蘭も驚く。
「私はね、戦で沢山の人を殺した。それも、抵抗しない人までもだ。ヒーローなんかじゃない。一人じゃ何も出来ない、弱い人間だ」
「けど」
「ヒーローは、君たちの方だ」
「え?」
控えめの声から一変、ニコッと笑顔に戻った尤楼。
「燈翔くんは、星蘭ちゃんを守る為に守る為に立ちはだかった。星蘭ちゃんは燈翔くんを守る為に立ち向かった。本当のヒーローっていうのは、勇気をちらつかせたり、ばらまいたりはしない。必要なときを見極める。無駄に戦うこともしない。私とは違う」
言い終えると、尤楼は椅子から立ち上がった。
ドアの方まで歩いて行き、ドアを開ける前に一回星蘭の方を振り返り、最後に笑う。
「じゃあ、兵士を待たせてることだし、私はこれで失礼するよ。美味しい紅茶をありがとう」
そう言って立ち去ってしまった尤楼の後を追い、急いでドアを開けると、まだすぐ近くに背中があった。
その背中に向かって、星蘭は叫んだ。
「私達にとって、あなたはやっぱりヒーローです!!!」
声が聞こえたのか、尤楼は足を止めることは無かったが、左手を軽く上に上げてヒラヒラ降っていた。
兵士のもとに戻った尤楼は、馬に跨る。
何かあったのかと詳しいことを聞かれたが、あまり話すと面倒なことになりそうなので、適当に流すことにした。
「くすぐったいな」
シャドウ・ライト maria159357 @maria159753
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