第4話おまけ①「兄の説教」
シャドウ・ライト
おまけ①「兄の説教」
おまけ① 【 兄の説教 】
薗家の長男として産まれてきた劉圭は、今、怒っている。
それは、昨日確かに大切にしまったはずの劉圭の洋服が、憐れな姿で見つかったからだ。
黙ったままの劉圭を、両親も心配そうに見守っているが、劉圭の視線はある場所へと移動した。
そこにいるのは、まだ立つことを覚えたばかりの弟、義景で、あうあうと声を出しながら、母親の膝へと乗る。
にぱーっと愛橋を振りまいている義景に、母親は笑顔を返す。
義景を睨みつけるように目を細めている劉圭に、父親は近寄って行って、背中を叩きながら言う。
「劉圭、そんな顔で義景を見るな。あいつはまだ小さいんだ。洗えばまだ着られるだろうし、もし嫌なら新しいのを・・・・・・」
途中まで話した父親だったが、劉圭はじとーっと義景を見続けていた。
短く丸い手足を懸命に動かしている義景は、まだ何も分からずにニコニコと笑っている。
母親のもとから抜けだすと、今度は父親のところに来て、またもや精一杯に愛情表現を繰り返す。
「義景」
「あうー」
「あうー、じゃない」
「まんま」
「お兄ちゃんは怒ってるんだぞ」
「まんまー!!」
会話になっていない会話を聞いている両親は、二人の様子が面白くておかしくて、思わず笑ってしまった。
それに気付いた劉圭は不機嫌そうな顔をし、頬を膨らませる。
「義景もちゃんと話せるようになったら、喧嘩するのかしら」
「どうだろうな。まあ、喧嘩は悪い事じゃないからな」
「そうね」
なんて、呑気な会話をしている両親の横で、劉圭の格闘は続いていた。
「いいか、義景。これからお兄ちゃんが言う事、良く聞くんだぞ」
「あーあー」
「これは、お兄ちゃんの大事な洋服だ。そして、義景が汚してぐちゃぐちゃにしたんだ。人の物を勝手に触っちゃだめだ」
「あーうーうー」
自分よりも小さな手が差し伸べられると、劉圭は一旦はその手を掴んだが、すぐに床に戻した。
「あーあー」
「まだ分かんねえだろう。そのへんにしておけ」
「ダメ。こういうことは、最初が肝心だから」
「言葉が分からねえうちから云ったって、無駄ってこった。それに、お前だって小さい頃、よくあったんだぞ」
「何が?」
その時のことを思い出したのか、母親がクスクスと笑いだした。
劉圭の頭をガシッとつかみ、髪の毛をわしゃわしゃとかき乱しながら、父親が話す。
「お前がまだ今の義景くらいのときだ。ある日起きてみると、俺の顔にひでー落書きがしてあった。それも油性のマジックでな」
「そ、そんなことしてない」
「したんだよ。で、シャワー浴びてなんとか落としたんだけどよ、今度はお前、部屋中に落書きを始めたんだ。だから、ここの部屋の壁紙は一度張り替えてもらった。義景も落書き好きにならなきゃいいがな」
「・・・・・・」
頬を膨らませたままではあるが、自分の行いを聞いて、義景を強く攻めることができなくなってしまった。
「罪を犯そうという思考にはまだ至って無い。ってことで、許してやれ」
「あー」
「馬鹿にされてる」
「憎まれ口叩かれてもな、可愛いって思う様になるぞ」
「ならない」
プイッと顔を逸らして拗ねる劉圭だが、そんな顔をして怒るのもまだ子供の証だと、父親は劉圭の髪をかく。
父親の手から離れようとする劉圭だが、まだ弱いその力では、父親の腕から逃れることは出来なかった。
簡単に父親の肩に乗らされると、天井が近くに感じる。
「義景が大きくなったら、こうしてお前に肩車する機会も減るんだな」
肩車をしたまま、それほど広くはない部屋をぐるぐる回っている父親と、義景を抱き上げて座っている母親。
「頼もしい一方で、寂しいな」
父親の髪の毛をいじっていた劉圭は、その言葉に動かしていた手を止めた。
またいじっていると、父親は母親の隣に座り、肩から劉圭をおろした。
母親の膝の腕には義景、父親の膝の上には劉圭、という格好でしばらくいたが、ふと母親が劉圭を見る。
「劉圭、こっちおいで」
ニコッと笑い、父親に義景を渡して劉圭を抱っこしようとしたが、義景より重いその身体を、一回では持ち上げられなかった。
せーの、と声を出して劉圭を抱こうとすると、劉圭に拒まれる。
「そんな無理して抱っこしなくていい」
劉圭の言葉に、きょとんとした顔の母親は、劉圭の両頬を軽く抓る。
「無理してないでしょ。劉圭が大きくなったんだから、当たり前のこと。義景だって、大きくなれば抱っこもしてあげられなくなっちゃうのよ。それに、今しか出来ないでしょ」
そう言って、父親の力も借りて、劉圭を自分の膝の乗せることが出来た。
満足そうに笑って、劉圭の髪の毛をずーっと、ずーっと、ひたすら触っている。
父親の腕の中にいる義景は、身体を丸めるようにした昼寝に入ってしまう。
「下ろして」
「えー、まだちょっとしか抱っこしてないじゃない」
「恥ずかしい」
「誰が見てるわけでもないのに?」
「それに」と続けると、母親は劉圭の顔を自分の方に向けさせ、楽しそうに笑う。
「劉圭ったら凛々しくなってきちゃって」
間近に母親の顔があり、劉圭はその身をもがけるだけもがいて、なんとか逃げようとするが、顔を触っていた手はいつの間にか身体を取り囲んでいた。
両手ごと抱きかかえられてしまっては、劉圭もどうすることも出来ない。
義景が涎を垂らし始め、その涎が順調に父親の洋服へと向かって行くのを見て、母親はポケットからハンカチを取り出す。
その瞬間、劉圭は母親の腕から逃れ、義景の涎もハンカチへと吸い込まれた。
「もー。逃げちゃった」
そう言いながらも、義景の口もとを拭いている母親は、なんとも愛おしそうに義景を見ている。
父親から義景を受け取ると、小刻みに身体を揺らす。
ゆらゆら揺れているのが気持ちいいのか、義景は一向に起きる気配を見せない。
夜になってようやく目を覚ますと、父親と母親が周りにいないことに気付く。
「やっと起きた」
父親はシャワーを浴びているが、母親は料理するための食材を廉家にもらいに行っている最中で、ここには劉圭しかいなかった。
細めていた目がぱっちりと開くと、大きな黒い目が劉圭を捉える。
「あー」
短い手を必死に伸ばし、劉圭を捕まえようとするが、その腕では全く届かなかった。
何度も何度も伸ばすが、劉圭もその届かない手をつまもうとせず、じーっと見ていただけ。
「あー」
しばらくすると、父親がシャワーを終える音が聞こえた。
そう思っていると、急に義景が不安そうな表情になり、劉圭を見て声を出して泣き出してしまう。
「え?!」
耳がキーン、とするその泣き声に、父親は着替えながら「どうした」と聞いてくるが、劉圭には何も分からない。
泣き続けている義景を父親が抱っこしてあやしてみるが、泣きやまない。
母親も部屋に戻ってきてすぐに義景を抱くが、あうあう言うだけで、サイレン同等の力を放つ泣き声は続く。
「劉圭が抱っこしてみれば?」
いきなり手渡された義景を、無意識に受け取ってしまった劉圭だが、その重さに耐えられず、ベッドに座って膝に乗せるかたちとなった。
「うるさい」
「そう言わないの。子供はみーんなこうなの」
泣き続けていた義景だったが、ふと、劉圭を見て泣き止む。
「あら」
「ほう」
両親はその様子を観察していたが、していたが、義景はじーっと劉圭を見続ける。
あまりにじーっと見つめられたため、劉圭は義景の小さな手を握る。
すると、義景はにぱーっと笑い、口を懸命に動かして、何かを言おうとするが、何を言っているのかはわからない。
「あーあー」
「なんだ、義景」
「にいに」
「!」
その後、義景が同じ言葉を言う事はなくなったが、両親もしっかりと聞いていた。
「まー、義景。今、お兄ちゃんを呼んだのね」
「お兄ちゃんを認識出来るようになったか」
それから少しして、劉圭が義景の手を繋いでいるところを見た者がいたそうな。
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