第5話おまけ【 お兄ちゃんの憂鬱 】




しおん

 おまけ  【 お兄ちゃんの憂鬱 】



  ロムレスは、廊下を一人で歩きながら、悩んでいた。


  ―レムスには、どうして男が出来ないのだろうか。


  六つ違いの妹は、小さいころから男勝りなところがあったのは確かで、見た目は、兄から見ても、まあ、可愛い部類に入るだろうと思っていた。


  水色の髪の毛のせいか、もともとの性格のせいか、クールというよりも、人間味が無いと思われがちだが、とても仲間想いの良い妹だ。


  年頃だというのに、好きな男の一人も出来ないのかと、安心している半面、心配でもあった。


  しかし、ロムレスもただ黙って見守っていただけでは無い。


  レムスがもしかしたら好きかもしれない男の候補を、数人考えていたのだ。


  第一候補は、統制力のあるカシウスだ。


  レムスの指導係だった時期もあり、信頼もされていて、剣の腕も群を抜いているのも確かだ。


  第二候補は、マイペースなアルティアだ。


  いつもジャージでやる気は無いが、集中力は抜群で、いざっていう時は頼りになる奴だ。


  第三候補は、レムスの隊にいるシャオだ。


  良くは知らないが、いつも口元を緩めている記憶がある。軽い感じはするが、礼儀はきちっとしているし、狙撃に関しては一流だと聞く。


  第四候補は・・・








  とまぁ、候補者がいくらいようとも、レムスの気持ちは分からないし、勝手に妄想を膨らませるわけにもいかない。


  「お兄ちゃんは心配なんだよ・・・。」


  深くため息をついていると、前から候補者の一人、アルティアが大欠伸をしながら大量の本を片手に歩いてきた。


  「あ。」


  「「あ」じゃねぇよ。お前、稽古の時間のはずだろ?」


  「あー・・・。なんかどいつもこいつも弱くて、倒しちまったから、読書タイムに入ることにした。」


  「・・・あ、そう。」


  ジャージのファスナーを胸元まで開けている為、程よくついている筋肉が目に入るが、すぐにロムレスの横を通り過ぎて自分の部屋に向かってしまったので、肩幅が思ったよりも広いのを見ることしか出来なかった。


  目的も無くフラフラと廊下を歩いていると、今度はシャオが歩いてきた。


  「あれま。レムスのお兄さんじゃないですか。」


  「よっ。」


  鍛錬上から帰ってきたのか、シャツも汗だくになり、首からタオルを巻いて、口元を拭っている姿は、なんとも男らしい。


  引き締まった筋肉を見て、自分もトレーニングをしっかりしようと思ったのは、ロムレス本人だけが知っている。


  「あ、そうだ。今日の夜、裏庭で宴会するらしいですよ。お兄さんも行きますよね?」


  「あ?そうなのか?まあ、仕事が無ければな。」


  「よかった。じゃ、俺休憩してきます。」


  目を細め笑うと、シャオは爽やかに去っていった。


  一旦自室に戻ることにし、机に積まれた資料に手を伸ばして、ハンコを押していく。


  同じような腕の動きをしていると、筋肉も分かってくれるのか、無駄な動きが少なくなるが、一方で感覚が麻痺していくのを感じる。


  右手だけがマッチョになりそうだ。いや、その前に筋肉痛に襲われる事だろう。


  腕だけが脳からの信号を無視するように動き続け、結果、早く仕事は終わった。


  部屋を出ると、丁度カシウスが部屋の前を通り過ぎるところだった。


  「あ、お疲れ様です。」


  「あー・・・確かに疲れた。あ、そういや、今日宴会あるんだって?」 


  「ああ・・・。そんなこと言ってたような、言ってなかったような・・・。」


  「カシウスも出るだろ?折角だしよ。」


  肩に手を置いて半ば強制的に頷かせると、満足気に裏庭に向かう。


  裏庭には、すでに数人の仲間が集まっていて、料理もお酒も揃い始めている。


  久々の宴会に心躍らせているロムレスだったが、よく考えてみると、ふとあることに気付き、周りを見渡した。


  ―・・・未成年の奴はジュースでも飲むのか?


  ウェルマニア家に限らず、まだ二十代に満たない者も大勢いて、当たり前のように戦争に参加させてきたが、今になって考えてみると、一応未成年はお酒を飲めない。


  とはいっても、自分はよく隠れて少しだけ飲んだことのあるロムレスは、お酒に強かったため、バレることも無かったのだ。


  出されているテーブルをぐるっと見て回ったが、ジュースはまだ用意されていないようだ。


  近くを通りかかったヴェローヌに聞いてみると、皆酒を飲むとのことだった。


  カシウスが知れば、きっと注意するだろうと思って、もう出されている食事をつまみ食いしているうちに、宴会が始まる時間になった。


  「おいカシウス。」


  「何ですか?」


  まだお酒の事を知らないのか、平然とした様子のカシウスに、先程のことを言ってみる。


  「いいのか?未成年に酒呑ませて。」


  「ああ。あれは、お酒に見せかけたジュースだと聞きましたが。」


  「あ?」


  明らかにお酒だと思われるビンの中には、お酒ではなく、ジュースが入っていると言うカシウスだが、ロムレスがそれを口に含んでみると、案の定、間違いなくお酒だ。


  こんなにアルコールの強いジュースがあって堪るか。


  ジュースでは無いことをカシウスに伝えようとすると、すでにカシウスはお酒を飲んでいて、しかも酔っぱらっている様子も無い。


  よほど強いのだろうか、それとも単に鈍感なのか、全く気付いていない。


  ―あいつ、純粋だから騙されやすいんだな・・・。


  カシウスに言うのを諦めて、お酒をどんどん呑みながらも、ハイペースにつまみを口に運んでいく。


  ほろ酔い気分になってきた仲間達は、急に唄いだしたり、踊りだしたり、喧嘩をし始めたが、それを止めることはせずに、ひたすらクルミを食べていた。








  一時間が過ぎたころ、カシウスが少し酔ったようで、フラフラした足取りでロムレスの許まで歩いてきた。


  「大丈夫か?」


  「・・・頭がガンガンします。風邪かもしれません。部屋に戻って寝ます。」


  「・・・・・・・そうしろ。」


  それは風邪では無く、酔ったのだと、言えたらどれだけ楽だっただろうか。


  頬を仄かに赤く染めたまま、カシウスはイオ―ジュに肩を借りながら、なんとも頼り無い背中で宴会から去っていった。


  ―もしかして、あいつは鈍いんじゃなくて、馬鹿なのか?


  ふとそういう疑問も頭に浮かんだが、口の中に広がる苦みを抑えるべく、今度は一口サイズのチョコレートに手を伸ばした。


  ビターチョコレートは美味い。下手に甘ったるくなくて、中和してくれるような気がする。


  ニボシも口に含むと、少ししょっぱい感じが、精神を保たせてくれる。








  トントン・・・


  「?」


  ふいに肩を叩かれた為、顔だけをくるりと後ろに向けると、肩を叩いた張本人であろう、シャオがいた。


  眉をハの字に下げて笑っていて、何か困っているようだ。


  「どうした?」


  「いや、その・・・。」


  なんとも要領を得ないが、シャオは特に酔っているわけでもなく、頭をかきながら、視線をある方向へと向けた。


  「あ?」


  そこにはレムスがいた。


  いや、いるだけなら、なんら不思議な事ではないのだが、そのレムスは今、顔を真っ赤にして、いつもは見せないような笑顔を見せている。


  なぜか服装も女の子らしくて、白い半そでのシャツの上に、オレンジの肩紐のワンピースを着ている。


  「・・・酒呑んだのか?」


  「・・・はい。」


  「酔ってんのか?」


  「・・・そのようで・・・。」


  ハハ、と困ったように笑っているシャオに報せてくれた礼を言うと、ロムレスは手に持っていたお酒を、適当にテーブルの上に置き、レムスの許へと向かう。


  まさか、レムスが酔うと笑い上戸になるとは思っていなかった。


  仲間に積極的に絡んでいるレムスを剥ぎ取り、注意をすべく、眉間にシワを寄せてため息をつくと、レムスは思わぬ行動に出た。


  「あー!お兄ちゃんだ!」


  「!?」


  ロムレスに気付いたレムスは、ロムレスに思いっきり抱きつき、その胸板に頭をぐりぐりと押し付ける。


  可愛げが無いと思っていた妹の、予期せぬ行動に、思わず口元を緩めそうになったロムレスだが、グッと堪えて注意をする。


  「レムス、お前は酒呑むな。水でも飲んで早く寝ろ。」


  抱きつかれた格好のまま、レムスの頭を撫でながら言うと、顔を上げて寂しそうな顔をする。


  「お兄ちゃん、冷たい。お兄ちゃん、レムスのこと嫌いになったの?」


  「グッ・・・!!!」


  酔っているからだと自分に言い聞かせてはいても、今までの刺々しい態度から一変、こんなに甘えん坊な姿を見せられると、兄としては心が揺らいでしまう。


  口調も何もかもが違うレムスの頭に手を置いたまま硬直していると、隣からシャオが来て、レムスを見て苦笑いをする。


  「レムスはぁー、お兄ちゃんのこと・・・だぁーい好きだよ。」


  「・・・・・・・・・・・・・・・・グハァッ!!!」


  「あ。」


  嫌い嫌いと言われていたため、好きと言われた衝撃をまともに受け、その破壊力は、どんな戦闘機よりも大きかったようだ。


  ロムレスが完全に固まってしまったため、シャオがため息をつきながら、レムスを引きはがす。


  首根っこを掴まれたまま寝てしまったレムスに気付き、仕方なくお姫様抱っこをしてレムスの部屋まで向かう。


  放置されたロムレスは、その後宴会が終わっても、動かなかったとか・・・。








  「あれ?」 


  次の日、レムスが目を覚ますと、昨日の宴会の時の服のままだと気付き、シャワーを浴びて着替える。


  朝食を取るために食堂に向かう時ロムレスと会って、普段のように、冷たい視線を送るが、それに気付いたロムレスは、いつもの何倍も幸せを含んだ笑みを浮かべ、レムスの頭を撫でた。


  何も覚えていないレムスは、下手物を見た時のような顔になるが、ロムレスは機嫌がいいらしく、鼻歌を唄いながら去っていった。


  「・・・何アレ。」








  「やっぱ、まだレムスに男は早いな。」


  ルンルン気分で廊下を歩いているロムレスを、その後数日、ウェルマニア家にいる仲間は皆、見続けることとなった。


  その様子を見て、はにかむ男が一人・・・。


  「シャオ、何してんだ?早く飯食おうぜ。」


  「ああ、今行く。」


  男らしい、頼りになる、兄貴的存在、どっしり構えている大きい器の持ち主、笑顔が輝く優しい隊長のお兄さん、のイメージが崩れかかっている。


  意外に単純というか、ポジティブな人間らしい・・・。


  「・・・シスコン?」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る