第2話漆黒の世界






しおん

 漆黒の世界



    力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。   パスカル






































  ―カシウス隊


  早朝 午前四時


  朝日が昇る前から、カシウスたちは身を潜め、相手の様子を窺っていた。


  刻々と過ぎていく時間の中、ただ沈黙が続く。


  暗いながらも、戦場に横たわる人間の屍の形ははっきりと分かり、昨日起こったことが鮮明に思いだされる。


  悲鳴とも思える叫び声は、痛みから来るものなのか、虚しさからくるものなのか、単に戦争という状況での狂ったものなのか・・・。


  息を潜めているのは、きっとオクタティアヌス家も同じであろう。


  午前五時少し前になると、狼煙が上がり出した。


  ウェルマニア家とオクタティアヌス家の中間地点だろうか、よくは分からないが、もしかしたらオクタティアヌス家から出ているのかもしれない。


  モクモクと上がった狼煙を見ると、一斉にその場に立ちあがった。


  「行くぞ。」


  カシウスが、その場にいる仲間に告げると、みな静かに頷いてカシウスに続いて剣を振るっていく。


  愛馬に跨ると、今日も嬉しそうに啼いていて、カシウスが頭を撫でると、勢いよく奔り抜けていく。


  ロムレス達も、狼煙が上がったと同時に雄たけびを上げて飛びだして行く。


  先陣を切って奔り抜けていくロムレスの後から、仲間がどんどんついてくる。一気に地響きがして、身体が必要以上に揺れる。


  喉から血が出るほど、声が枯れるほどに叫び続けて、一体コレが誰に届くというのか。


  そんな事を思いながらも、ロムレスは自分に気合を入れる為に叫んだ。


  この日もまた、戦争が始まる。








  ―同日 某所


  奴隷市場から、距離にして五~六kmほどの薄暗い場所に、それはあった。


  コンクリートに囲まれた四角い建物は、中に入るとひんやりとしていて、足音が耳に直接響いてくる。


  一つ目の扉を開けると、待ち構えていたように、男が立っていた。


  「イデアム!ブライト!遅かったな。・・・ん?その女は?」


  緑の髪の少女をじっくりと見ながら、その男がイデアムに問いかける。


  「ああ。マリアってんだ。今日から一緒に生活させっから、よろしくな。可愛いからって、いじめんじゃねえぞ?」


  イデアムが笑いながらそう告げて、銀髪をかきあげると、隻眼がやけに目立つ。


  マリアを助けたときにはそれほど気にしていなかったが、一度気になると、気になってしょうがない。


  マリアは、周りの一見怖そうなイデアムの仲間に会釈をすると、近くにいた女の人が、マリアに上着を持ってきて、肩にかけてくれた。


  女性用のものであることが、大きさから推測出来る。


  少し厚みのあるその上着は、きっと季節で言うと秋から冬にかけてのものだ。今のマリアにとっては、安心出来る暖かさだった。


  「ブライト、戦争の状況を説明してやれ。」


  コンクリートの上に直に置いてある大きめのソファに、ドカッと座ったイデアムが、ブライトに向かって手を上げて頼んでいる。


  マリアと同じ緑の髪を揺らしながら、ブライトが仲間に対して戦争の状況を伝えていくが、マリアにはどちらがどちらか分からず、そもそも何故自分が此処に連れてこられたのかと、ずっと不思議に思っていた。


  それを聞こうとしても、ブライトは説明しているし、イデアムは目を瞑っていて、寝ているのか聞いているのか分からない。


  おろおろとしているのを見て、上着を持ってきてくれた女性がマリアに話しかける。


  「大丈夫?奥にベッドあるから、そこで休む?」


  「あ・・・いえ、大丈夫です。えと・・・。」


  「私はジュアリ―。マリアでいいかな?よろしくね。」


  ニコリ、という効果音が聞こえてきそうなほどの笑顔で迎えてくれたジュアリーに、マリアはどうしてよいか分からず、とりあえず会釈する。


  そんなぎこちないマリアの行動に、ジュアリ―はフフフ、と笑う。


  説明をし終えると、ブライトはイデアムの許まで行き、何かを指示されている。


  それを横目に見ていると、ブライトと目が合った。


  ツカツカと、マリアのところまで近づいてくると、ブライトは口を開く。


  「イデアムさんが呼んでる。」


  そう言われて、イデアムの方を見ていれば、ニコニコしながらマリアを手招きしていて、嫌とは言えずにイデアムの許に向かう。


  足を大きく広げていて、いかにも偉そうな感じなのだが、どう見ても威厳が足りないように見えてしまう。


  マリアがイデアムの許まで行くと、目を細め、口は弧にしながら話しかけられた。


  「マリアよ、なんであんなとこにいたのか、教えてもらえると有り難ぇんだけどよ。ま、無理にとは言わねえし、知ったところで今更どうにも出来ねえし。此処にいる奴らは、全員過去をぶちまけることで信頼し合ってる。干渉するつもりも共有するつもりもねえけど、個人的な過去をいつまでも引きずられても困るからな。」


  ソファに座った状態のままのため、マリアを見上げる形になっているイデアムだが、奴隷市場で男たちを斬っていた本人とは思えないほど、優しい瞳をしている。


  綺麗に輝く銀髪の隙間から覗くその瞳は、マリアにとって心地良いもので、自然と涙が出そうになったが、なんとか堪える。


  初めて会った人物に、自分の過去を言うのは正直気がひけたが、今マリアの周りにある空気の安心感から、話すことを決意する。


  それに、マリアには此処以外に帰る場所は無くなっていた。


  唇を強く噛みしめた後、マリアは意を決して話し始める。


  「姉が・・・いました。」








  ―ヴェローヌ隊


  「ヴェローヌ。俺達もロムレス隊と合流した方がいいんじゃないか?」


  オクタティアヌス家に直接向かおうとしていたヴェローヌ隊だったが、途中に待ち構えていたオクタティアヌス軍の兵士達と、一戦交えることとなってしまった。


  なんとか切り抜けられたが、この後も何が起こるか分からない今の状況を打破すべく、ヴェローヌは一人悶々としていた。


  他の隊の状況を知らされて、ヴェローヌは作戦を変更しようと考えていたところだった。


  「ん~。でも、ロムレスんとこにはジャック隊とアーンクル隊もいるし、俺達が行っても、逆に敵に見つかり易くなるだけじゃないか?」


  大勢いる方が心強いが、それでは一気に攻撃をしかけるとき、敵に見つかってしまう可能性が高い。


  様々なリスクも踏まえて、最良の道を考えるのが隊長の役目であり、責任である。


  そして、先手を打ってこその攻撃だ、とヴェローヌは考えているのだ。


  「そういや、コープス達はまだ残ってるんだったな?」


  連絡の確認を、近くにいた仲間に聞くヴェローヌに、仲間が頷いて答える。


  しかし、その直後、新たな報告が入ってきた。


  「ん・・・?・・・・・・・・・・・何!?」


  内容に驚き、自分でもびっくりするほどの声で叫んでしまったヴェローヌに、仲間が何事かと聞いてくる。


  目を丸くし、カラカラの喉から絞る様にして声を出す。


  「・・・コープス隊が・・・襲撃にあって、ほぼ壊滅状態・・・!?」


  コープス隊は今まで順調に戦っていて、仲間の数も、多く残っていたと聞いていた。


  「なんで、急に・・・?」


  頭の中で幾ら考えても分からない事態に、ヴェローヌは髪の毛を思いっきりガシガシとかいていたが、仲間の声によって思考は停止した。


  「ヴェローヌ!敵が攻めてくるぞ!」


  「!こんなときに・・・!行くぞ!」


  未だに整理出来ていない報告の内容など、剣を抜いてしまえば忘れかけたが、脳の隅では、そればかりを考えている器官があった。


  ―襲撃にあった・・・?そんなに気を抜いていたのか?それとも・・・?








  報せは、カシウスにもロムレスにも届いた。


  コープスに連絡を取ろうとしても、無線機の調子がまた悪くなってしまい、なかなか声が届かない。


  馬を使っていたのでは遅いが、それ以外に連絡手段が見つからなかった。


  だが、戦っているときに連絡馬を走らせても、敵がその馬を追ってしまっては、元も子も無くなってしまう。


  とにかく今は、目の前のことに集中しようとするカシウスとロムレス、それぞれの隊は、ひたすら剣を振りおろし、斬っていく。


  レムスにも連絡は届いたものの、然して気にすることなく、自分の援護と言う仕事に専念する。


  ―おかしいわ。何かがおかしい・・・。何かしら?


  モヤモヤしたものを抱えながらも、城への攻撃を見極めて砲撃を続けていく。








  ―オクタティアヌス家


  「ハハハハハハハハハハ!!!」


  お腹を抱えながら笑っているのは、ラビウスだ。


  耳元から聞こえてくる朗報に、喜びを隠せないようで、受話器を持っていないほうの手で目を覆うようにしていて笑っている。


  相手の方はと言うと、ラビウスの笑い声を聞いても特に感情を表に出すことはなかった。


  《ラビウス様、五月蠅いです。もう切りますよ。》


  「クククク・・・・。ああ、悪い。連絡ありがとよ。」


  カタン、と受話器を置くと、また堪え切れなかったのか、お腹を抱えて大笑いをし始めた。


  「ラビウス様、どうなさいましたか。」


  「ああ、ユースティアから連絡があってな。朗報も朗報。吉報も吉報。あっちが崩れ始めたんだ。」


  テーブルへと近づいていき、アルティアが運んできたワインを口に含み、幸せそうに口元を歪める。


  「アルティア、これだから戦争は止められねえよ。」


  「これだから、とは?」


  一気に飲み干してしまったグラスに、またワインを注ぐアルティアの方を向き、またすぐに窓の外を眺める。


  三日月に歪めた口元は、玩具を与えられた子供のようだ。


  「“信じた者が馬鹿を見る”ってことかな?」


  大体の事が理解出来たのか、それともラビウスの嗜好に興味が無いのか、アルティアは何も言わずに窓の外へと目をやる。


  昨日とさほど変わらぬ景色にため息をつきそうになるが、ため息をつくとラビウスがまたそれに対しての話題を振って来ると思い、踏みとどまった。


  それにも係わらず、ラビウスはまた勝手に話し出す。


  「あ~、ホントに人間ってやつは見てて飽きない。信者だからといって、神様に救われるわけではない。賢者だからといって、理論で報われるわけじゃない。強者だからといって、権力には敵わない。・・・ま、力も地位も権力も命も、金で買えるような時代だしな。戦争オタクみたいなのいたら、戦争も金で売ったり出来るようになんのかね?」


  どうでもいいというように、適当に相槌を打ちながら聞きながらしていたアルティアだが、ふと、ラビウスが出した名前に反応する。


  「オーディンが今の時代にいなくて助かったよ。」


  「・・・オーディン?なんかそんな神様的なものの名前、聞いたことあります。」


  「神ねぇ・・・。神っていうには、目障りな神だったらしいけどな。」


  ラビウスは鼻で笑うと、少しだけ不機嫌そうに眉間にシワを寄せながら、無理に笑顔を作る。








  ―革命家


  マリアが、イデアムにだけ聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで口を開く。


  「姉は精神障害を持っていて、母親は小さいころに病気で他界しました。母が亡くなってから、父は仕事を辞めてお酒に溺れる日々を送っていました。貯めていたお金をほとんど使ってしまった父は、私にゴミ山から何か集めてお金に替えてこいと言ってきました。その日から、私は毎日ゴミ山に行って、何かないかと探していました。そんなある日・・・。」


  急にマリアの口が重くなり、イデアムは、無理強いはしない、ともう一度言うが、首を横に振って再び話し始める。


  「ある日、いつもより早く家に帰ると、変な声が聞こえてきたんです・・・。苦しそうな・・・悲しそうな・・・。それがなんなのか分からなくて、私は声の聞こえる部屋まで行きました。・・・そしたら、知らない男の人と姉が、身体を重ねていたんです・・・。父はすぐ傍でそれを見ているだけで、止めようとしませんでした。行為が終わると、男性が父にお金を差し出したんです・・・。その時、気付きました。父は姉が精神障害者であることをイイことに、それを利用して売春をさせていたんです。何も知らない姉は、泣くこともせずに笑っているだけでした・・・。でも、奴隷市場の存在や、そこでは精神障害者でも、女ならば高値で売買されていることを知ると、父は姉を簡単に売り払いました。・・・そして、姉が売れてお金が入り、そのお金さえも使い果たすと、私も売りに出されたんです。」


  いつの間にか、そこにいた者のほとんどがマリアの話を真剣に聞いていて、話が終わるとジュアリ―がマリアの肩を抱きしめる。


  微かに震えているマリアを見て、大丈夫よ、と小さく声をかけている。


  今まで表情の無かった少女の目には涙が溜まっているが、それを落とさないようにとしている。


  ゆっくりとイデアムが立ちあがり、マリアの前まで髪をかきながら歩いてくると、その大きな掌を、マリアの頭の上にポンッと乗せる。


  それと同時に、一気に涙が溢れ出し、マリアはそれを必死に両手で拭っているが、全く言う事を聞いてはくれない。


  コンクリートの上に零れた涙は、跡を残しながらも徐々に消えていく。


  「よく話してくれたな。」


  頭上から降って来る、低音の落ち着く声に、マリアはまた泣きそうになる。


  何度も何度も目を擦っていると、頭に乗せていた手を下ろして、イデアムが豪快に笑いだす。


  だんだんとマリアの目が赤くなっていくのを見ると、ジュアリ―がポケットからハンカチを取り出して、それをマリアに渡す。


  マリアが泣き止んでくると、イデアムが本を持ってきて、なにやら真剣に読み始めた。


  「また読んでるのか?その本。イデアムさんは本当に好きだな。」


  仲間の一人が、イデアムの本の背表紙を見ると、そう言った。


  途端に、他の仲間も笑いながら、何度目だよ、などと言っていて、言われた本人も笑っていた。


  マリアはイデアムの読んでいる本の背表紙を見て、首を傾げていると、ブライトが名前を綴り出す。


  「・・・クラウディウス・オーディン。過去の英雄だ。英雄と呼ばれていたのも、陰での話なんだ。」


  「クラウディウス・オーディン・・・?」








  ―カシウス隊


  「カシウス。覚えてるか?」


  「あ?何をだ?」


  敵を薙ぎ倒しながら、リコラウに聞かれたため、適当な答え方になってしまったカシウスだが、リコラウは目の前の敵を見ながら、至極楽しそうに続ける。


  「オーディンの話だよ。クラウディウス・オーディン。俺達にとって、最高の英雄の名だろ?」


  「ああ。それか。当たり前だろ。」


  その強さは鬼以上と言われ、龍よりも轟き、虎よりも吠え、馬で駆ける姿は風のようだと、歌によって受け継がれてきた英雄叙事詩の中の英雄だ。


  だが、それは陰での話であって、世間的には悪役にされ、表舞台から存在を消されてしまった『光に愛されない英雄』ということから、『メフィストフェレス』とも言われていた。


  メフィストフェレスとは、ドイツに伝わる悪魔であって、光を愛せざる者の意を持つ。


  『悪』として世界に名が広まったが、真実を知っていた者達が、オーディンのために歌を作ったのだ。


  それが、永い年月を経て、人々に語り継がれているのだった。


  「どれほどの英雄だろうとも、悪だと言われれば、それを受け入れるしかなかった時代は、もう終わったんだ。」


  カシウスが、目を瞑ってすう、っと息を吸って、ゆっくりと目を開く。


  「未来を見るのは、俺達だ。」








  ―『クラウディウス・オーディン』 


  十六世紀の初期、とある小さな村に、ひとつの産声が響きだした。


  彼の名は、『クラウディウス・オーディン』、元気な男の子で、母親も父親も、それはとてもとても喜びました。


  すくすく育って行ったオーディンは、友達と遊ぶのが大好きで、毎日遊んでばかりいました。


  オーディンは優しく、そして強く逞しく育って行きました。


  艶やかな黒髪は、風さえも惑わせている様で、大きくなるにつれて、オーディンは村一番の働き者になりました。


  ワイン用の葡萄を育てていた彼の許に、ある日、城の使いの者が現れました。


  村でも評判の良いオーディンを、城で雇いたいという事でしたが、オーディンは両親の事を考えて、断りました。


  しかし、両親はオーディンの幸せを願って、城へと行かせました。


  毎日毎日稽古をしていくうちに、オーディンは城の誰よりも強くなり、次の戦争では、第一線で戦えるまでになりました。


  そして戦争の日、オーディンは剣を手に戦いました。


  結果は、『勝利』だったのです。


  けれど、戦争に勝ってもなお、相手国の兵士や市民を殺して行く国王のやり方に反対すると、今度はオーディンを敵とみなしたのです。


  幾ら強いとはいっても、味方のいなくなってしまったオーディンが、どれだけ剣を振るおうとも、自分の傷が増えていくだけでした。


  いよいよオーディンは捕まってしまい、公開処刑されることとなりました。


  国王は高みの見物で、伸びた髭を手でさすって見ているだけです。


  オーディンは叫びました。


  『目をお覚ましください!戦争で命を奪い、それ以上奪うなど、ただの殺戮ではありませんか!!』


  ですが、それを聞き入れてもらえることはなく、国王にまで牙を向いた『狂犬』、または『反乱』として、様々な拷問に合いました。


  幾つもの拷問を受けてあと、首を斬って落とされました。




  風に乗って唄は紡がれ


  時に乗って声は綴られ


  空に抱かれ愛は語られ


  海に抱かれ君は産まれた


  




        ―書物・『クラウディウス・オーディン~メフィストフェレス~』より一部抜粋―








  ―オクタティアヌス家


  「っていうのが、大まかな内容で、後半のは今でも歌い継がれているっていう唄の一部分だ。」


  ラビウスが、まるで自分のことのように誇らしげに話したかと思えば、いきなり馬鹿にしたように笑いだした。


  「馬鹿な英雄もいたもんだよな?命を懸けて戦ったってのに、まさかそれを仇で返されるなんてな。・・・いや、仇で返されただけのほうが、まだマシか?ハハハハ!!まあ、結局のところ、英雄なんていって知られてる奴はほんの一部だろうし、正義を貫くだけじゃ、自分までは守れねえってことか?」


  アルティアは、一人で淡々と話していたラビウスを横目に見ながら、気付かれないように小さくため息をついた。


  自分の意見に対しての意見を述べ始めたラビウスを、軽蔑の目で見ていると、いきなりラビウスが行動し始めた。


  ワインを口に含みながら、オーディンの本を探し始めたラビウスだが、なかなか見つからずに、諦めて椅子に座りなおした。


  探し始めてからわずか一分ほどでの妥協である。


  「あったと思ったんだけどな~。」


  「英雄になんて、ご興味がおありで?」


  英雄とは程遠いことをしているラビウスに、アルティアは棘棘しい口調で問いかける。


  だが、アルティアの厭味を聞いても、ラビウスの不気味な笑みは消えない。


  「興味ねぇ~・・・。俺は自分で自分が英雄なんて器じゃねえ事くらい分かってるぜ?俺は単に、いつの世も英雄は死んでく運命だな、と思っただけだ。」


  「・・・それは、ウェルマニア家のカシウスの事ですか?」


  「カシウス・・・。」


  名前を口に出すと、少しだけ表情が消えたが、すぐに口元から歪みが戻ってきて、足を組んで肘をかける。


  「英雄って言うには、ちと力不足だな。・・・だがまぁ、結果的には同じ運命を辿るんだろうけど・・・。」


  ラビウスとカシウスに因縁があるのかは知らないが、ラビウスはカシウスのことを快くは思っておらず、きっとカシウスもラビウスを敵視しているのだろう。


  見下す様にして窓から戦場を眺め、ラビウスはまた笑う。


  「英雄だろうが悪役だろうが、生き延びたもん勝ちだろ。なぁ?」


  アルティアに同意を求めているのか、それとも独り言なのか分からなかったため、アルティアは一応返事を返した。


  ワイングラスを一度手に持って、中の液体を床に零して行けば、そこに血のようなシミが出来上がった。


  「あ~あ。今日は何すっかな?」


  床に出来たシミを見て、アルティアは心の中で盛大なため息をつき、またひとつ掃除が増えた、と眉を顰めた。








  ―革命家


  「じゃあ、そのオーディンって人は、味方に殺されたってことですか?」


  おずおずと、イデアムの話に対して、マリアが口を挟む。


  薄い布とジュアリ―の持ってきた羽織いものだけに包まれていた体は、イデアムの仲間が持ってきた服によって纏われていた。


  その為、今は白い大きめのワンピースの中に、ズボンを穿いた格好で、近くの椅子に腰をおろしている。


  「ああ。田舎産まれ育って、そのまま生活してた方が、幸せだったのかもしれねぇよな。しかもオーディンが処刑された後、報せを聞いた両親も、自分達を責めて、身投げしたらしい。死んでも死にきれねえよな。俺だったら、化けて呪い殺すかもしんねぇな。」


  最後の方は、冗談っぽく笑いながら言っていたイデアムだが、マリアは何か考えるようにして眉を顰めていた。


  か細い声が、部屋の中の冷たい空気を振動させる。


  「時代が変わっても、人間は変わってないんですね。」


  マリアの言葉に、みんな一瞬反応を見せたが、すぐに笑顔に戻る。


  「ま、俺達は革命家だからな。変えていくのが使命ってやつだ。」


  「なんだ、イデアムさんにしては珍しく真面目な事言ってるぞ。」


  一気に笑い声に包まれ、マリアもつられてクスクスと笑えば、ジュアリ―がマリアの頬をつねりながら可愛い、と喜ぶ。


  イデアムが本を懐かしむように眺めていると、ブライトが一本の剣を持ってきて、マリアに渡した。


  「?」


  マリアが首を傾げると、ブライトがそれに気付いて答える。


  「此処にいる以上、戦えるようになってもらう。誰にでも良いから、剣の稽古を毎日つけてもらってくれ。」


  ブライトの手から渡された剣は、思ったよりも軽かった。


  こんなものなのかと思ったが、イデアムやブライトの腰にある剣は、明らかにマリア自身のものよりも重そうに見える。


  「剣は少し軽めのものにしてある。それに慣れたら、それよりも重めの剣を渡す。」


  剣を初めて持ったマリアは、みんなの腰にかけてある剣を見て、自分もその一員となるために、剣を強く握って決意をした。


  「わかりました。よろしくおねがいします。」


  すると、早速ジュアリ―が剣のイロハを教え始める。


  その近くでは、ブライトが周りにバレないようにイデアムに近づき、イデアムのみんなに背中を向けるようにすると、コソッと耳打ちをする。


  「オクタティアヌス・ビラドンが、第二王子のユースティアに刺殺されたとのことです。おそらく、第一王子ラビウスの差し金かと思われます。」


  言い終えると、すぐにイデアムの耳元から口を離してイデアムを見る。


  「そうか。」


  短く響いたその言葉に、ブライトは何かを感じ取り、聞くか聞くまいか迷った末に、結局聞くことにした。


  「イデアムさんとラビウスは確か、同じ歳でしたね。兵士時代に何か嫌な思い出でもあったんですか。」


  銀髪を揺らしながらかき乱し始めると、イデアムは苦笑いをしてブライトを見る。


  「思い出ってほどのもんでも無ぇけどな。馬が合わねぇんだよ、あいつとは。価値観・思考・視野・景色・感覚・感情・人間味とか、色んなもんに対して、一度も一致した覚えがねぇんだ。真逆ってわけじゃあねぇんだけど、なんていうか、あいつはズレてんだよ。そのせいだろうけどな。凸凹だの犬猿だの、そっちの方がまだマシな関係に思えてくるくらいだ。」


  「まあ、イデアムさんも多少変わり者ですからね。」


  ブライトの言葉を聞いて、ハハハ、といつものように豪快に笑いだしたイデアムは、それについて否定することは無かった。


  「それにしても、ビラドンを殺したメリットなんて、あるんでしょうか?」


  「なーに、あいつはただ、自分より上の存在が好きじゃないだけだろ。目の上のタンコブってやつか?なんにせよ、俺達も動き出さねえとな。」


  真剣にジュアリ―の話を聞いているマリアの方をちらっと見て、イデアムは呟いた。


  「イデアムさんも、本当に良かったんですか?革命軍なんて名乗って。オクタティアヌス家に仕えていた時代、ラビウスからの信頼も厚かったというのに。」


  それを聞くと、今度は小馬鹿にしたように喉を鳴らして笑う。


  「ブライト、それはお前も同じだろ?・・・それに、ラビウスは誰も信頼なんてしちゃいねーんだよ。俺が反乱起こして革命家名乗り出したって、楽しみが増えたと思っただけだろうよ。」


  片手の掌を上にして、呆れたと言わんばかりに肩を上下に軽く動かして、イデアムは嘲り出す。


  顔を天井に向けるイデアムの隻眼が、余計に哀愁を漂わせた。


  その時、ジュアリ―がマリアの肩を抱えながらイデアムとブライトの許にまで来た。


  「なんだ?」


  顔を正面に戻して、気だるげにイデアムが聞けば、ジュアリ―がマリアの方を一瞥してから話し出す。


  「マリアが、イデアムさんの隻眼歴史を聞きたいんだってさ。」


  「・・・。は?」


  真面目に稽古をつけていたのかと思えば、そんなことを話していたのかと、イデアムはポカン、と口を開けたままになってしまった。


  「・・・ハハハハハ!!!そうか。言って無かったな。まあ、大した歴史ではないんだけどな。」


  隻眼の理由を知っているのか、ブライトはため息をついて部屋の奥へと行ってしまった。


  それを目で追ったマリアだが、その場に残った革命家たちがいきなり笑いだし、隣にいジュアリーも笑いだしたことから、きっとみんな知っているのだろう。


  「これはな、小さい頃、階段から落ちて傷ものになったんだ。今でも若干青紫っぽさが残っててな、それで隠してんだ。」


  「・・・失明したのかと思ってました。」


  本当に驚いたように、自分の考察を明かしたマリアの言葉に、ジュアリ―が大笑いする。


  「そもそも、紛らわしいもんしてるから悪いのよね?眼帯が格好いいとか思ってるんでしょ。」


  「え、カッコいいだろ?なんか謎の男、みたいな感じで。」


  そんな話していると、ブライトが部屋の奥から戻ってきて、まとめたのであろう請求書を差し出してきた。


  「忘れていましたが、イデアムさんが街中で暴れた時のものです。正当防衛だなんだの言っても、イデアムさんが壊したことにかわりありません。よって、店の修理費や公共物破壊の弁償など全て込みで、304,502,208モル―だそうです。」


  ブライトの手から紙っ切れを受け取って、書いてある事を再度確認するように眺めるイデアムは、突然紙っ切れを破り出した。


  しかし、その行動に驚いていたのはマリアだけで、他の仲間は平然としていた。


  紙切れが虚しく宙を舞い、華吹雪のように落ちていく。


  「あーあ。細けぇことをグチグチと・・・。男なんて助けたくもねぇってのに助けてやって、その恩がこれかぁ?やってらんねぇよ。」


  仲間たちはみんな大笑いしていて、ブライトだけが呆れたようにため息をついていた。


  そして、部屋の隅にあった樽を開けて、酒を飲み始めた。


  「ま、酒でも飲んで忘れるとすっか。」


  わーっと、一斉に酒に向かって行く周りの人達の流れを、ただ茫然と見ているマリアは、同じく興味無さそうにしているブライトの許へと向かう。


  「あの、いつもこんな感じなんですか?」


  「ああ。いつもこんな感じだ。」


  へぇ・・・、と軽く返事をしながらイデアムたちを見ると、とりあえず悪い人には見えないし、愉しそうに飲んでいるので、良しとすることにした。


  マリアやブライトはお酒を飲めないため、みんなの様子をじっと観察しているだけなのだが、良く考えてみれば、自分達以外にも未成年者もいるはずだ。


  ―・・・いいのかな?








  ―カシウス隊


  「ぐあッ!!」


  「リコラウ!」


  カシウスたちが戦っている最中、近くからリコラウのうめき声が聞こえてきたため、名前を呼んで確かめる。 


  カシウスの掛け声に対して、多少息を荒くしながらも、リコラウ本人が返事をしてきた。


  「大丈夫だ!ちょっと、脇腹を浅くやっただけだ。」


  心配をかけまいとしているものの、呼吸が荒くなっていることから、応急手当をしなくてはと考えているカシウスだが、今の状況では何もできない。


  ちらり、と見てみると、脇腹からの出血が確認できた。


  「カシウス!」


  名前を呼ばれ、声が聞こえた方へと顔を向けると、そこには愛馬のソルジャーに乗っているイオ―ジュの姿があった。


  「俺がここは守るから、リコラウの手当てしてやってくれ。」


  「イオ―ジュ。お前の怪我だって、良くないんだぞ。落馬したらどうする!?」


  「なに、平気だ。そんときは腹括って死ぬよ。それに、落馬なんてドジな事しねぇよ、安心しな。」


  シッシッと、手を払うような仕草をされて、カシウスは気をつける様にと伝えて、リコラウを抱えて岩場の陰に隠れた。


  地面に自分の腰に巻いていた布を敷き、その上にリコラウを横たわらせると、カシウスは手際よく掌サイズの救急道具を取り出して、処置を始めた。


  銃弾が貫通していたことで、体内に残っていなかったのが、救いだった。


  安堵のため息をつくと、大雑把に消毒をし、包帯でぐるぐると巻きだす。


  「悪いな。」


  申し訳なさそうに、小声で話すリコラウに対して、カシウスは淡々と言葉を紡ぐ。


  「そう思ってるなら、そんな暗い顔するな。イオ―ジュだって、足怪我しててもなんとか戦ってるだろ。消毒したから大丈夫だとは思うが、あんまり派手に動くなよ。細菌が入ったら大変だ。それから、オーディンの話だが・・・。」


  一旦止まったカシウスを見ると、物憂げな表情を浮かべている。


  「オーディンは未来を見られなかった。それは、仲間がいなかったからだ。自分の考え方に同意する者がいなかったからだ。・・・でも、俺達には、その仲間が沢山いる。きっと、産まれてくる時代が多少ズレていただけの話で、思考や感情は俺達に似ていたはずだ。だから、オーディンの意志を受け継ぎ、来世にまで届ける義務が俺達にはあると思ってる。」


  時代は流れるだけだが、その中で生きている人間や動物は、確かに進化し、変化をし続けている。


  いつの時代に産まれてきても、後悔することも誇りに思う事もあるのだろう。


  そんな矛盾した感情や理性や情勢といった中で、生きていることだけは事実なのだ。


  カシウスは、少しだけ頬を緩ませて笑うと、リコラウの傷の具合を片手で確認してから、ゆっくりと立ち上がった。


  「リコラウ。俺は、名なんか残らなくても良いと思ってる。」


  「え?」


  カシウスに手を差し伸べられ、慌ててその手を掴むと、思いっきり引っ張られて、リコラウは自分の足に力を入れなくても立ち上がれた。


  「こうして今俺が生きていることは、今の俺が知っていればいい。ただ、こういう戦いは、もうしないようにと、それだけを知ってもらえればいい。」


  「・・・相変わらずの甘ちゃんだな、カシウスは・・・。そんなんじゃ、敵にやられるぞ。」


  「そうかもな。・・・まあ、戦争だからな。死ぬかも知れないっていう覚悟はしてる。」


  そう言うと、互いに目を合わせてフッと笑いあった。


  そして、カシウスとリコラウは、仲間達が戦っている戦場へと、再び剣を振るいに向かった。


  「アイトーン!向かうは太陽の先だ!」








  ―ロムレス隊


  「ロムレス!どうする?ヴェローヌたちの方は、なんとか一隊だけで対処できる人数だって連絡あったが、コープスんとこは・・・。くそっ!!どうなってんだ!?」


  ジャックが、苛立たしげに敵を斬りながら、ロムレスに話しかける。


  「落ち着け、ジャック。とにかく、此処をなんとかしねぇと、話しになんねぇだろ?・・・それにしても、なーんでさっきから人数が増えてきてんのかね・・・。斬っても斬っても減らねぇなんて、ゾンビみたいだな。」


  ちょっとお茶目を言った心算のロムレスだったが、それを聞いているのかいないのか、ジャックはブツブツと不安の小言を言っていた。


  ―ホントに、どういうこった?敵を囲んでいたはずが、いつの間にか逆に囲まれる形になってるし、なんか変な空気だな・・・。


  自分達の周りの状況を冷静に見ながら、感じる違和感の正体を探した。


  「ロムレス。それにジャックも。まだ何とかみんな無事みたいだな。」


  「アーンクル。当たり前だろ?こいつらは、俺が直々に稽古つけたんだからな。そんじょそこらの、ただ剣を持ってる奴とは話が違う。」


  「・・・それより、レムスの方は大丈夫なのか?連絡取ってるのか?」


  アーンクルが、ロムレスの妹であるレムスの心配をしてきた。


  それに対して、ロムレスはヘヘヘ、とはにかむ様に笑いながら、青い髪の毛を少しだけかいた。


  「連絡取りてぇのは山々なんだが、手が空いてねえし、それに、あいつなら大丈夫だろ。下手に心配すっと、嫌がるだろうしな。ま、あいつだって隊長任されてるくらいなんだ。なんとかやってる。」


  心配ないと、自分に言い聞かせるようにも聞こえたロムレスの言葉は、アーンクルにとって、レムスを信頼していなかったようで、申し訳なさを感じるものでもあった。


  「ま、生死を確認するにゃあ、互いに生きて帰ればいいだけの話だろ?戦争中は、幾ら心配したってし足りねぇし、どうすることも出来ねえからな。とにかく、自分が生きて帰ることだけを考えて剣を振れ。」


  そうロムレスが言い終えるのと同時に、敵からの攻撃を受けたが、ロムレスは余裕そうに避けると、相手の剣を自分の剣で折って、首筋に剣を突き付ける。


  ロムレスの軽やかな身のこなしに、ついていけない敵は、ゴクリ、と唾を飲む。


  「オクタティアヌス家もウェルマニア家も、平穏に暮らしてりゃあこんなことにはならなかったんだろうけどな。始まっちまったもんはしょうがねぇ。」


  突き付けられた剣に怯えている敵に対して、ロムレスはあくまで冷静に、そしてマイペースに話す。


  「悪く思うなよ。お前に守るもんがあるように、俺にだって守りたいもんがあるんだ。」


  そう言うと、さらに剣を首に近づけたため、敵の兵士は、その剣の冷たさを直に感じていた。


  しかし、それが喉を通り過ぎることはなく、その代わりに後頭部に激痛が襲った。


  「うっ・・・!!」


  バタリ、とその場に倒れた兵士を見て、剣を腰にしまった。


  「・・・言ったわりには甘いな。」


  「そういうな。敵に情けかけるわけじゃねえけど、やっぱり人を斬るってーのは、なんだか嫌な気分になるしな。」


  後頭部に刺激を与えて、気絶をさせただけのロムレスに、アーンクルとジャックは甘いと言うが、それでもロムレスは間違っているとは思っていなかった。


  辺りを見渡すと、敵の数が徐々に減ってきているのが分かった。


  「アーンクル、ジャック。俺はコープスたちの方に行ってくる。後は頼んだ。お前達も、この二人の指示に従うように!」


  ロムレスが、自分の隊員に少し大きめの声で伝えると、みな一斉にロムレスの方をみて、返事をした。


  「じゃあ、行ってくる。」


  アーンクルとジャック、その他の仲間がロムレスに敬礼をすると同時に、ロムレスは愛馬に素早く跨り、コープス隊の許へと走らせた。


  馬に乗ったことによって狙いやすくなったロムレスを、ここぞとばかりに狙っては来るが、その攻撃がロムレスに当たることは無く、その手前で、ウェルマニア家の仲間によって防がれた。








  ―敵陣


  そのころ、ユースティアはローザンの許へと向かっていた。


  「・・・そろそろか。」


  手綱を引いて馬を止めると、ローザンが蹄の音を聞きつけて、一目散に目の前まで来て膝をつきだした。


  まるで餌を待っていた犬のように、キラキラと目を輝かせながら現れたローザンを見ても、ユースティアの表情はピクリとも動かなかった。


  「ユースティア様!お待ちしておりました!」


  「出迎え御苦労。それで・・・。状況はあまり良くないらしいな。」


  「はい・・・。しかし、全力を尽くしています!」


  「・・・全力を尽くすだけでは意味が無い。その先に勝利の文字が見えないようでは、幾らゴミ共が死んで行っても仕方ない。」


  馬から降りること無く、ローザンを見下しながら淡々と言葉を並べていくだけのユースティア。


  「今から此処は俺が指揮を取る。いいな?ローザン。」


  「!はい!」


  ユースティアがいてくれることに心強さを感じているのか、ローザンは満面の笑みを浮かべながら喜んだ。


  近くには、ローザン自身が手をかけた仲間の死体が転がっているというのにも係わらず、そんなもの見えないというように話しこんでいる。


  純真無垢な忠誠心は、歪んだ方向に向かってしまったのだろうが、ラビウスたちにとっては、それは都合のいいものでしかなかった。


  まだ十四の幼い子供の正義は、まるで『走狗』のように扱われている。


  ウェルマニア家の様子を窺いながら、ユースティアは指示を出して行くが、疲れきっているのか、兵士達は思うように動く事が出来なかった。


  「何をしている。さっさと戦え。」


  「しかし・・・。」


  「なんだ?」


  この世のものとは思えないほどの、冷たい視線を向けられると、誰一人として、ユースティアに反論出来るものはいなかった。


  ローザンは、ユースティアもラビウス同様に尊敬しているため、兵士達を守るような言葉をかけることもなかった。


  「言われたことも出来ないようなクズばかりなのか?」


  「早くユースティア様の言われたとおりに動け!!」


  ローザンにまで言われて、言う事をきいてくれない体に鞭を打ちながら、兵士達は戦場へと駆けだした。








  ―革命家


  「もっと!もっと手首を柔軟に動かして!」


  「はいっ!」


  マリアがジュアリ―に剣の稽古をつけてもらっている隣で、イデアムはのんびりと空を眺めていた。


  ボーッとしているだけだと、本当にこの人についていってよいのだろうかと思ってしまう。


  「イデアムさん。新しい情報が入りました。」


  「おー、なんだ。」


  やる気のない声で返事をすると、ブライトが少しの間口を閉ざしたが、ため息をつくと、情報を読み始めた。


  ウェルマニア家のことも、オクタティアヌス家のことも、戦争はどちらが優勢であって、どういう状況になっているのかなど、様々だ。


  「で、その・・・コープス?とかっての隊は、全滅したのか?」


  「全滅は免れたようですが、生き残っているのは数人のようです。」


  「なるほどな・・・。」


  「?」


  空を仰ぎながら何かを考えているのか、銀髪が太陽に当たって反射し、少し眩しい。


  イデアムは自分の前髪を指で弄ぶと、ブライトの方をチラリ、と見て、一瞬だけ真面目な顔をする。


  「その辺、もう少し詳しく調べてくれるか。」


  「はい。分かりました。」


  ブライトがイデアムに一礼して去っていくと、ジュアリ―が汗を垂らしながらイデアムの許まで近づいてきていた。


  女性にしては逞しい体つきで、額や鎖骨は汗で光っている。


  「マリア、上達したでしょ。」


  「ああ。やっぱ、若いってのはいいことだな。」


  声をかけられ、今まで空を見ていた顔をジュアリ―に向けて話をしていると、肩で息をしているマリアが視界に入る。


  銀髪は風に揺られて、隻眼は真っ直ぐにマリアを見つめる。


  「厭らしい目で見ないでくれる?私の妹なのよ。」


  「ハハハハハ。俺は幼女趣味じゃねぇっての。ただよ、普通ならああいうことがあった女ってのは、しばらくは何も出来ねえ精神状態なんじゃねえかって思ってよ。逞しいってのは合わねえかもしんねえけど、強いな。」


  イデアムとジュアリ―は、マリアを見て、その心にまだ負っているはずの傷を、自ら補っている少女の強さを感じていた。


  「まだ十三だぜ?いきなり剣を持たされて戦えって言われてよ、それでも逃げねえでやってる。」


  「・・・そうね。」


  すると、マリアが二人に気付いて、なにやら頭を下げた。


  ペコペコと何度も下げているのを見ていると、ジュアリ―は肩を震わせながら楽しそうに笑っている。


  「フフ・・・。可愛い。」


  「じゃあ、また頼むな。ジュアリー。」


  「任せて。」


  そう言うと、マリアの許へ足を進めて、再び稽古をつけ始めた。


  マリアの体には、幾つもの傷が残っていた。それは、買われた男につけられたものが多いが、小さいころに父親からつけられたものもあった。


  青痣になっていたり、火をつけられたような火傷のあとも、切り傷までもあったが、マリアは隠すことなく堂々と出していた。


  ―・・・痛々しいな。


  イデアム達は心配そうにマリアを見ていたが、当の本人は傷に関しては気にしていないようなので、イデアム達も気にしないことにした。


  そしてまた、イデアムは空を仰ぎ見る。








  ―オクタティアヌス家


  「アルティア~。俺暇だよ。」


  「そうですか。また一人遊びでもしたらいいのでは?」


  適当に言い放つアルティアを見て軽く笑うと、思い付いたようにニヤニヤとしだす。


  「・・・気持ち悪いのですが。」


  「じゃあよ、チェスでもしねぇか?」


  「チェス・・・ですか。」


  これまで、将棋や囲碁、しりとりやクイズの出し合いやオセロなど、ラビウスとは色んな勝負をしてきたアルティアだが、チェスをやるのは初めてだった。


  そもそも、アルティアは頭脳戦はとても得意な為、ラビウスに負けたことは一度もなかった。 


  そのアルティアに、チェス勝負を仕掛けてくるのだから、ラビウスもチェスには余程の自信があるのだろう。


  「俺、チェスって一番好きなんだ。白黒はっきりしてるしな。」


  「オセロもですが。」


  「まあ、それは置いといて・・・。どうだ?どうせ俺もお前も暇人同士。このままのんびりと話をしてるだけじゃ、一日を棒に振るようなもんだろ?それに、一度くらいお前には勝ちてぇんだよな。」


  おそらく、一番最後の言葉が本心なのだろうが、悔しさがあまり滲み出ていない。


  まだ許可をしていないというのに、椅子から立ち上がってチェスの用意を始めるラビウスに、アルティアはため息をつきながら、仕方なく承諾した。


  嬉しそうに鼻歌を歌いながら準備をすると、アルティアを急かす様に、ソファの向かい側に座るように促した。


  「チェスなんて久しぶりだな~♪♪♪ユースティアとは何回かやったことあんだけどよ、あいつ意外に心理戦とか頭脳戦って弱いんだよな~。相手を見くびって前に出過ぎて、攻撃を喰らっちまったりするタイプなんだ。」


  チェス盤に白と黒の駒をばらばらと置き、白と黒のポーンをすでにそれぞれの手に握った状態で待ち構えていた。


  「どっちがいい?」


  「・・・右。」


  アルティアが答えると、ラビウスが右手を広げて、黒のポーンが姿を現した。


  「俺が先手だな。じゃ、始めようか。」


  綺麗に並べ直すと、白の駒を動かして、勝負が始まった。


  白と黒の駒が、行き交うチェス盤の上を眺めながら、ラビウスは何を感じているのか、口元を歪めて愉しそうに笑っている。


  「・・・本当にチェスがお好きなんですね。」


  「あ?なんでだ?」


  「いえ、気持ち悪いほど満面の笑みを浮かべているので。」


  「ああ。違う違う。まあ、チェスは好きだがな。チェスが出来て楽しい!って思って笑ってるわけじゃあねぇんだ。」


  「?」


  盤上の白いビショップを動かして、黒のポーンを手に取り、それを掌の上で弄ぶようにしていじっている。


  「今の戦争と照らし合わせて考えてたんだ。」


  黒のポーンの丸い部分を顎に近づけて、盤上の駒の動きをつぶさに観察を続けている。


  「キングは俺、クイーンはアルティア、ナイトがユースティア、ルークは・・・誰だ?まあ、そんな感じにな。兵士らがポーンだろ・・・そうすると、俺達の前で、俺達よりも先に死んでいく運命だ。俺を守るために必死に攻めて行っても、所詮は捨て駒みたいな扱いだ。」


  「・・・ポーンで上手く誘導したり、伏線を張ったり、ましてやポーンがキングを取ることも有り得ます。要は、ポーンの使いようですね。意外に、一兵士に首をとられる可能性もあります。」


  話しながらも、盤上ではどんどん勝負が続いていく。


  やり方としては将棋と似ているが、将棋とは違ってパズルのような感覚があり、さらには駒の移動範囲も広いものが多い。


  キングを守る戦争というなら、間違いではないだろう。


  ラビウスの笑みの正体が分かったところで、少しだけラビウスに追い込まれていることに気付いたアルティアは、急いで体勢を立て直す。


  優雅に駒を動かして行くラビウスとアルティアだが、今は二人の間に会話は無い。


  黙々と、ただ時計の針の音だけが、二人の耳の中で響いている。


  どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、ラビウスもアルティアも、途切れない集中力を持っているようだ。


  「アルティア。俺さ、チェスが好きな理由って、戦争っぽいとこだけじゃねぇんだ。」


  ふいに、話を振られたアルティアは、自分の駒を動かしたところでラビウスを見る。


  すると、先程よりも至極楽しそうに、というよりも、悪戯を考えている子供のような輝かしい笑顔で、歯をむき出しにして笑っていた。


  「こうやって、駒が減っていって、相手のキングをチェックメイトする瞬間が、大好きなんだ。」


  「・・・ああ。歪んでるんですね。性格が。」


  アルティアが、ラビウスの性格は歪曲していると言っても、それを聞いてさらに笑いだすだけで、特に怒ることはしない。


  「生まれつきだからな。」


  そう言って、白のルークを動かす姿は、様になっている。


  外見だけでいうのなら、一般的に言う『眉目秀麗』というやつなのだが、口を開けば暴言、毒舌といった言葉がこれほど似合うのかというほどに似合う。


  国王会議で国王であったビラドンについていったときも、大人しくニコニコしていたからよかったものの、いざ女性が群がって来ると、『ブス』だの『不愉快』だの『ごぼう』だの、暴言を吐くに吐いて、爽やかな笑顔を向けていた。


  その場にいた女性たちは、唖然とする人もいれば、キャンキャン騒ぐ奴もいたし、泣き崩れたひとまでいたものだ・・・。


  そんなことを思い出しながら、アルティアは少しだけ軽蔑した眼差しを向ける。


  ラビウスは隣に置いてある、注がれたワイングラスに手を伸ばすと、滑らかな手つきでステムをつまみ、ゆっくりと口元に運ぶと、今までの大人らしい仕草を台無しにするように、豪快に飲み干す。


  「その飲み方、改めてください。」


  白のポーンを取り、ラビウスの方を見ること無く注意を促す。


  「ちまちま飲むのは好きじゃねぇ。味が分かんねぇんだよ。」


  食に関して好みは無く、結構何でも食べるラビウスは、美味しいとか不味いとか、そういう味覚も持っていないようだ。


  空になったグラスを片手に持ち、空いてるほうの手でワインを掴み、並々と注ぎ直すと、それを見てまたアルティアはため息をついた。


  白と黒が交互に動くが、それを動かしている張本人等は、先程からほとんど腕しか動かさないでいる。


  そして数分経ち、アルティアがチェックメイトをした。


  「・・・。マジ?」


  「マジです。」


  う~・・・、と唸りながら、何か手はないかと試行錯誤しているラビウスだが、どうやってもキングが取られることを知り、諦めたように両手を挙げた。


  「降参~。参った参った。」


  チェス盤の上に、今まで取った黒のチェス駒をバラっと撒くと、身体を伸ばし始めて徐に口を開く。


  「さてと、そろそろ、なんか進展ねぇかな~。」








  ―カシウス隊


  カシウスは、迷っていた。


  クラウドの許に行き、現状を報告すべきか、それともこのまま戦いに専念すべきか・・・。


  コープス隊が全滅しそうになっているというのを報告しようとも考えたが、心臓を悪くしているクラウドに話せば、もっと具合が悪くなるのではないかと心配してるのだ。


  それを感じ取ったのか、弓を手にしたイオ―ジュが近づいてきた。


  「クラウド様のところ、行ってきたらどうだ?ここは俺達がなんとかする。」


  「・・・だが、俺はクラウド様に、この戦争の指揮を任された身だ。離れるわけにはいかないだろう・・・。」


  愛馬のアイトーンとイオ―ジュの愛馬のソルジャーが、互いを確かめあうように、鼻を擦り合わせている。


  アイトーンの頭を撫でると、顔をあげて、心配そうにカシウスを見つめる。


  「お前の顔見せるだけでも、クラウド様は安心するだろうぜ。な、行って来い。」


  気付くと、周りには仲間がいて、みな一様に頷いていた。


  「・・・わかった。すぐ戻る。それまで、誰一人として欠けないように・・・祈ってる。」


  手綱を引くと、アイトーンは待ってましたと言わんばかりに、城に向かって一直線に走りだした。


  風のように戦場を駆け抜ける姿は、まるで誰にも見えていないかのようで、あっという間に砂塵を超えることが出来た。


  「アイトーン。風が気持ちいいな。」


  黒髪を靡かせながら、空気を目一杯肺へと送り込むと、なんとも心地良く、アイトーンまでもがそれを喜んでいるようだ。


  戦場に残してきた仲間のことを頭の隅では心配しているが、心配していても何も変わらないということを自分自身に言い聞かせる。


  砂が舞うばかりの戦場は、前に進むのもやっとのはずなのに、カシウスもアイトーンも、身体で方角を感じているように、どんどん城の方へと近づいていく。


  城の方からは大砲の音が聞こえてきて、レムス達も城を守るために必死に戦ってくれている事が感じ取れる。


  たった一日しか経っていないはずなのに、こんなにも仲間が恋しいなんて、カシウスは自分の他人への執着に驚いた。


  親に捨てられたとき、自分がこの世に不必要な人間として産まれてしまったのだと恨み、後悔を何度も繰り返したが、こうして今此処にいる『クロヴィス・カシウス』は、生きていることに誇りを持てている。


  クラウドの暖かな人柄を思い返しながら、口元を緩めると、アイトーンもヒヒン、と啼いた。


  「お前と出会えたのも、クラウド様のお陰だな。」


  首の部分を叩くと、嬉しくなったアイトーンは、さらに速度を上げ始める。


  ―そうだ。クラウド様に勝利を捧げるんだ。アリス様の分まで、クラウド様には生きていてもらはなくては。


  リズム良い蹄の音を聞きながら、城へと急ぐ。


  ―コープスのところも心配だ。現在どのくらい生存してるのか、確認しておく必要があるな。


  ―無線機も調子が良くない・・・。荷物にしかならないな。


  無線機を胸元から取り出して、捨てようかとも思ったカシウスだが、もしも連絡が来た時、自分が出なかったら相手が心配するだろと考え、仕方なく持っていることにした。


  目の前に広がるのは青い空で、どこまでも続くその青さに、カシウスは羨ましさを持つ。


  ―地平線といい、空といい、どうしてこうも途切れないのか。


  「なぁ?アイトーン。お前もそう思わないか?」


  返事などするわけないのだが、言葉が分かるかのようにヒヒン、と啼いてくれる愛馬に、目を細めて柔らかく笑う。


  砂埃が収まってきて、やっと城の形が見えてきた。


  「見えた。なんとか城は守れてるみたいだな。」


  ホッと胸を撫で下ろしたカシウスは、一刻も早くクラウドの許に行くために、手綱を一度思いっきり叩く。


  「御免な、アイトーン。あと少しだ。」


  身体に鞭を打ってまで走らせたくはないのだが、今はそうも言っていられないことをアイトーンに伝えて、走ってもらう。


  「この戦争が終わったら、またのんびり散歩でもしような。」








  ―コープス隊


  「はぁ・・・はぁ・・・。コープス!いないのか!?」


  コープス隊の隠れ家の入り口まで来たロムレスだが、やはり誰にも会う事は出来なかった。


  ここまで来るのにも、仲間の遺体を何体も目にしては来たが、皆一様に、油断してたとしか思えないように、綺麗に体を斬られていた。


  コープスと数人はまだ生存しているという連絡があったため、今現在、探している最中なのだが、返事も何もない。


  無線機から連絡を取ろうとも思ったが、相変わらず調子が悪く、耳障りなノイズが聞こえてくる。


  「どこにいるんだ・・・?」


  ゆっくりと足を進めて行ったロムレスは、隠れ家の奥にまで遺体があることに気付いた。


  「・・・なんでこんなとこにも。」


  敵がまだいることも想定して、腰にある剣に手をかけながら、ゆっくりと一歩ずつ足を進めていく。


  ―敵がこの場所を知り、中まで攻めてきたとでもいうのか?


  ―いや、それにしてはそれほど荒らされた様子は無い。


  ―敵が一人で乗り込んできた・・・?それは有り得ないな。


  様々な可能性を考えながら、横たわる遺体に手を伸ばし、掌で瞼を下ろしていく。


  知っている顔ばかりのその屍の山に、本当なら目を背けていたいところだが、今は小さな情報でもいいから手に入れたいロムレスは、一体一体をじっくりと観察したり、傷跡を確認したりしていた。


  ―剣を抜く前に、すでに斬られたのか。


  入口付近にいる仲間は、腰に剣を刺したままの状態で、奥に進むにつれて剣を抜く気配あった為、そう判断した。


  ―だが、そうすると、なぜ敵に気付かれた?それに、もっと早く剣に手をかけてもいいはずだ。


  色々と考えが頭をよぎるものの、一向にまとまらない。


  とりあえず、遺体の身元や数を一人一人確認していき、隠れ家を後にすることにした。


  隠れ家を出て辺りを見渡すと、丘の上に教会があるのを見つけた。


  「・・・神にでも祈ってるのか?」


  少し冗談交じりに思いながらも、仲間の中には信者もいたため、いる可能性はゼロではないと思い、歩いて向かう事にした。


  神なんて信じていないロムレスにとっては、縁遠い場所であり、少し向かうのも気がひけたが、仲間が一人でも多く無事であればいいと願いながら、呼吸を整えて向かった。


  愛馬で行ってもよかったのだが、それほど遠いわけでもないし、敵がいるとしたら、蹄の音とか啼き声でバレテしまうということもあり得るので、ロムレスは仕方なく自分の足で歩を進めていくことにした。


  草が生い茂っている砂利道は、足音を隠すのには不都合であり、ロムレスは出来るだけ草が多く生えている場所を歩く。


  高地になるにつれて風は強くなり、冷たい。


  青い髪が、空のように流れていく。


  歩いてるとき、ロムレスの脳裏よぎった、現実という無常で残酷な悲劇と、希望という歓喜や恍惚とした喜劇の裏表一体となったものが、浅い胸の傷跡から、深く深くまで抉っていくような感覚に襲われていた。


  十分、もしくは十五分くらいした頃だろうか、教会の前まで辿りついた。


  ―?中に誰かいる?


  何かが聞こえた気がして、そっと扉に近づいて耳を扉にくっつけるが、物音が聞こえなく、そっと扉を開けながら中の様子を窺う。


  一番最初に目につくものは、やはり十字架だった。


  入口から何列にも並んだ椅子の先に、高くなっている場所があり、そこにパイプオルガンがちょこんと置いてある。


  何mあるのかは知らないが、大きい十字架は天井から吊るされた状態だ。


  静かに中に入り、扉も音をたてないように閉める。


  教会の中を歩き廻りながら、一歩一歩、確実に歩を進めていくと、人影がゆらり、と揺れた気がして、ロムレスは腰から剣を抜いた。


  ―誰だ?


  人影は、ロムレスに背中を向けたままの格好でいて、その手には剣がしっかりと握られている。


  誰かまでは分からなかったが、戦闘服から、ウェルマニア家の者、つまり仲間だということは判断出来た。


  敵では無いことがわかり、今まで殺していた息をすぅっと吐いて、その仲間の許まで近づいていく。


  「おい。そこで何をしてる?コープス隊の奴か?他の仲間はどうなった・・・?」


  ロムレスが、自分の視界に写っている背中に向かって話しかけてみるが、未だにロムレスの方を見ようとはしないため、不思議に思い、眉間にシワを寄せながら、さらに近づいた。


  「!!なっ・・・。」


  そこで目にしたものは、悲惨な光景だった・・・。


  剣を手に持っている仲間の足下には、同じ戦闘服を着た一人の男が倒れていて、剣についている血のように、身体を真っ赤に染めていた。


  「なにがあったんだ・・・!?」








  ―革命家


  ブライトが、イデアムに頼まれた仕事に行っている間、マリアの稽古はずっと続いていた。


  「はぁッ・・・。」


  激しい運動などしたことのないマリアにとって、一日中の稽古はとても辛く、精神的にも肉体的にも悲鳴を上げている状態だった。


  「大丈夫?少し休みましょうか。」


  ジュアリ―がタオルと飲み物をマリアに差し出すと、御礼を言いながらそれを受け取る。


  筋肉痛に襲われ始め、脇腹も痛いのだが、自分のために時間を割いてもらっていることを考えると、なかなか言い出せないでいた。


  ジュアリ―以外の仲間は、みな互いに稽古をしていたり、情報を集める為に出かけていたりと、忙しそうにしている。


  きっと役割分担というものがあるんだろうと思いながら、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


  「・・・あの、みなさんは、もとから反乱しようと考えていたんですか?」


  隣で飲み物を口に運んでいるジュアリ―に、ふと感じた疑問をぶつけてみた。


  「ああ。私達、もともとはオクタティアヌス家の兵士だったの。でも、国王のやり方にも、王子たちのやり方にも賛同出来なくてね。それで、イデアムさんが先陣をきって、革命を起こそうって言って・・・。信頼できる人だし、強いし、そのままオクタティアヌス家にいるより、ずっと良いと思ってね。」


  「そうだったんですか。」


  額にかいた汗を拭きながら、ニコッと笑って答えてくれたジュアリ―に安心し、飲み物をそっと口に運ぶ。


  横目でイデアムの方をみると、お酒を片手に、何か本を読んでいた。


  それはやはり、マリアには理解出来ないような難しそうな本で、マリアはただ眉間にしわを寄せて、それを見ることしか出来なかった。


  すると、マリアに視線に気づいたイデアムがにこやかに笑いながら本を閉じて、マリアとジュアリ―の方に近づいてきた。


  「どうだ?調子は。ま、まだ始めたばっかりだしな。」


  ポンッと、マリアの手に大きな掌を乗せて、ワシワシと撫でる。


  「それより、この戦争にはいつ参戦するつもりなの?それに合わせてマリアちゃんの調整もするんだけど。」


  「参戦ねぇ~。最初は初っ端からって考えてたんだけどよ、なんてーか、状況がくるくると何回転もしてるからな・・・。」


  今度は、自分の銀髪を触りながら、グシャグシャとかき乱し始めた。


  「革命家ってのは、マイペースにやるもんだ。自分の変えたいときに、その瞬間を見極めて行動を起こせるように、今は情報を集めることが先決だ。・・・それに。」


  「それに?」


  ジュアリ―がイデアムに問うと、イデアムの目がギラリ、と熱を帯びた。


  「カシウスっていう、ウェルマニア家の若いのが、意外と良い動きしてくれるからよ。」


  「そのカシウスって子の手伝いでもするの?」


  「手伝う気はねぇが、助言くらいはな。」


  そう言いながら笑うと、イデアムは再び自分の座っていたソファに座りなおして、閉じていた本を開き、読みなおし始めた。


  銀髪がゆらゆらと風に乗って流れているのを見ているだけで、一日過ごせそうなくらいに、とても心落ち着く光景であった。


  そんなマリアの感情を読んだかのように、ジュアリ―がマリアの耳元で囁く。


  「・・・本を読んでるときは、知的に見えるんだけどね。どうしてこうも話すとイメージ崩れるのかしらね?」


  最後は、マリアに同意を求める様に話し掛けられ、いきなりのことに困ったマリアは、とにかく曖昧な返事を返しておいた。


  そして、またジュアリ―と剣を交え始めたマリアは、運動不足で少し痛い脇腹を摩りながらも、強くなる為に剣を振るった。


  チラッとイデアムの方を見てみるが、すでに自分の世界に入っていて、真剣な眼差しで本を読み耽っている。


  片手には酒を持っているものの、仲間と楽しげに話している時とは別人のように一変する。


  最初に会った時は、どんな人かと言えば、適当な感じでヘラヘラした印象もあったイデアムだが、みんなに慕われているところを見ると、リーダーとしての素質は十二分にある人のようだ。


  ブライトがしっかりしすぎているからなのか、それとも持って生まれた天性の才能というべきものなのか、それはよく分からないが、とにかく、イデアムに、この革命軍についていってもいいんだという、安心感が生まれていることは確かだった。


  少し重い剣を両手でしっかりと握りしめながら、一つに縛った緑の髪を揺らして、マリアはジュアリ―と向かい合う。


  マリアがジュアリ―と再び稽古を始めると、イデアムは本を読んでいた手を休めて、酒を飲みながら、稽古中の二人を眺める。


  「・・・。」


  昨日まで人身売買しながら生きていた目の前の少女を、なぜ連れてきたのかと聞かれれば、それに対しての答えなど持っていなかった。


  『死にかけた女』、それだけの感情だったのかもしれない。


  死人みたいな面をした幼い子供は、最後の最後に『恐怖』を体験することになった。


  だが、ブライトとイデアムが助けた瞬間、少女は『安堵』の表情に包まれていて、目には涙を溜めていた。


  ブライトが同じくらいの歳で安心したっていうのもあったのだろうが、自分の価値なんて、所詮自分には分からないものだ。


  他の人とふれあって、信じあって、生きて行って、愛し合って、やっと死に際に価値を見いだせるくらいに、不確定で不安定で不明瞭なものを、無いからといって不安だけ抱えて生きていても仕方が無い。


  マリアを連れてきたのは、マリア自身は分かっていないマリアの価値を、自分たちが見つけてやりたいと思ったからなのかもしれない。


  そんなことを考えていると、ジュアリ―と目が合いそうになったため、しれっと酒を飲みながら、再び本を読み始めた。


  「あー・・・。酒はいいな。」








  ―オクタティアヌス家


  「ラビウス様。」


  「なんだー?」


  やる気の無い返事を聞きながら、アルティアはラビウスとのチェスの勝負を続けていた。


  本当は、チェスではなくて何かもっと体を動かすものにしないと、運動不足で、攻められたときに大変だというアルティアの話など、右から左に流したラビウスは、どうも頭脳戦が好きなようだ。


  盤上の駒の動きを確認して、何手先も読んでいるラビウスの表情は、真剣そのものだが、時間制限をつけていなかった結果、かれこれ十分も考え込んでいる。


  「早くしてください。」


  「もうちっと・・・。」


  全く手を動かそうとしないラビウスを見て、アルティアは諦めて、テーブルに置いてあるワインに手を伸ばす。


  口の中に広がる香りを楽しんでいると、やっと手が決まったようで、ラビウスはニコニコしながら駒を動かした。


  「・・・。」


  それに対して、アルティアは即座に反応し、駒を動かす。


  「え。」


  早速、予測していた手とは違ったアルティアの反撃に、ラビウスは顔を引き攣らせながら笑っていた。


  また待ち時間が出来たと思ったアルティアは、空になったワイングラスにワインを新しく注ごうと、ソファから立ち上がり、ワインを持つ。


  背中からは痛々しいほどの視線を感じるが、今は無視を決め込む。


  注ぎ終えて、自分のソファに戻って座ると、ラビウスはもうお手上げというように、ソファに寝そべっていた。


  「・・・まだチェックメイトもしてないんですが。」


  「あーあ。やってられっか。なんか戦争も負けそうで、幸先悪いだろーが。」


  すでに勝負を投げだしたようで、アルティアの方を見ることも無く、ガブガブとワインを飲み始めた。


  床に零れたワインなど気にせずに、最後にはラッパ飲みをして全部喉へと注いだ。


  「ユースティア様からも、あれっきり連絡きませんね。ウェルマニア家の動きも、そろそろ把握しておきたいのですが・・・。」


  「連絡無いんなら、大丈夫なんだろ、きっと。あいつは俺を尊敬してるし崇拝してるが、どうも兄としては見ていないように感じるんだよ。アルティアはどう思う?」


  「・・・。尊敬し崇拝しているかも理解出来ませんが、兄として見ていないのは、当たっていると思います。」


  淡々と悩みを打ち明けているラビウスに、アルティアは若干面倒臭そうに答えていく。


  互いに互いの顔を見ること無く話している光景は、独り言を言っている様にも見える、不思議な空間を作っている。


  「正室だとか側室だとか、そういうことを気にはしてねぇと思うが、なんなんだろうな?」


  「ただ軸が定まっていないように感じているのではありませんか?」


  「お前、本当に俺のこと慕ってる?」


  眉をハの字に下げながら笑っているラビウスが、チェスの続きをいきなり始め、自分の駒を動かして、アルティアの駒を取った。


  そして、その駒を軽く上に投げて、掌で受け取ったり、また投げたりして遊んでいた。


  いつもの歪んだ笑みを浮かべると、ククク、と喉を鳴らして笑うラビウスに、アルティアは冷静に駒を移動させる。


  また考え込むかと思いきや、ラビウスはすぐに駒を移動させて、ニヤリと笑う。


  「まあ、何事も心理戦なわけだ。つまり、演技が重要ってことだ。」


  「勉強になります。」


  思ってもいない事を口にするアルティアは、もはや何を考えているのかも分からない目の前の男に、深くため息をつく。


  チェスに集中しているのかと思えば、取った駒を逆様にして、立つかどうか試していたり、数個を積木のように重ねようなどと、無茶なことに挑戦していた。


  目の前の駒を眺めて、自分の駒を動かそうとしたアルティアに、ラビウスがワントーン低い声で話しかけてきた。


  「アルティア。」


  「はい。」


  「そろそろ、薬が効いてきたころだと思わねえか?」


  「薬・・・ですか?」


  何のことを言っているんだろうと思ったが、とりあえず駒を動かして、ラビウスの駒を取る。


  チェス盤からラビウスに視線を移動させると、歪んだというべきか、純粋な笑みというべきか、その判断に困るような笑みを浮かべながら、アルティアの駒を人差し指と親指で挟みながら、天井を仰いでいる。


  悪魔のような笑みを浮かべると、トーンを下げたままで話し続ける。


  「そ。あっちのじーさんさ、薬飲んでんだよ。でさ、毎日毎日少量ずつ毒を盛ってたってわけ・・・。運がいいんだか悪いんだか、多分そろそろ致死量に達するころのはずなんだよな~・・・。」


  クラウドに毒を盛っていたという初耳の内容に、驚いた様子のアルティアは、少しだけ目を丸くさせていた。


  「・・・そうですか。ならば、きっとそのような報告が、入ってきてもいいころですね。」


  「だがよ、誰も気づかなかったら、報告も入ってこねぇだろ?だから、そこはちょっとつまんねぇんだよな。」


  「見張りや護衛くらい、いると思いますけど。」


  「いや。あのじーさんは、そんなもんいらねぇから、戦ってこいっていうタイプだな。」


  そう言いながら、身体を起こしてチェス盤を確認し、手の中でアルティアの駒を弄びながら自分の駒を動かす。


  「ま、いずれ入ってくるだろうことを願って・・・。」


  満足そうに口元に弧を描き、窓の外を眺める。


  アルティアはラビウスの背中を見つめた後、部屋の中になる本棚に目を向けると、ところどころ本が抜けていて、その本は山積みになって、ラビウスのデスクの上に置いてあった。


  だが、毒薬に関するようなものは何一つなく、それを疑問に思ったアルティアは、それとなく聞いてみることにした。 


  「毒なんて、どこから手に入れたんですか?」


  「あ?あー・・・。薬草とか調べたり、そのへんに詳しい奴に聞いたんだよ。」


  「・・・そうでしたか。」


  これ以上聞いても教えてくれそうに無かった為、一旦諦めて、とにかく誰か協力者がいたんだ、という事だけを知った。


  「ローザンよりも俺に忠誠を誓ってて、ユースティアよりも俺を神のように崇めてて、アルティアよりも俺を慕ってる奴だ。」


  「・・・慕っていますよ。ラビウス様。ただ、性格が合わないだけです。」


  ハハハハ、と声をあげて笑うラビウスは、腹を抱えながら訂正をし出した。


  「俺が信頼してるかどうかは別だぜ?ただ、重要なのは、俺の為にどこまで行動してくれるかだ・・・。信頼関係なんていらねぇ。利用できるものを利用する。それだけだ。」


  取ったアルティアの駒を床にばらまき、壁に立てかけてあった剣を取り、床に突き刺した。


  「信頼関係より、利用価値だ。」








  ―レムス隊


  「レムス隊長!誰かが近づいてきます!」


  「?誰かしら・・・。」


  馬を奔らせて、たった一人で突っ込んでくるなんて馬鹿な真似はしないだろうが、身を乗り出して確認すると、すぐに誰かがわかった。


  「!カシウス!」


  風に靡く艶やかな黒髪やちょっとした馬の乗り方のくせ、そして、何よりも主人しか乗せない馬として手懐けが難しいアイトーンに跨っていることから、容易に判断出来た。


  レムスの口からその名を聞くと、みなが一様に声を上げる。


  「どうしたのでしょうか!?何かあったのでは?」


  「・・・。」


  「行って来いよ。ロムレス隊長のことかもしんねぇし。」


  迷っていたレムスに、自分の持ち場から近づいてきたシャオが声をかける。


  「此処は俺達に任せろって。なぁ?みんな?」


  シャオが大きめの声で、この場にいる全員に聞こえるように言うと、仲間がみんな、笑いながら背中を押してくれた。


  隊長としてどうなんだろうと思ったレムスだが、此処はみんなの好意に甘えることにした。


  レムスはみんなに礼を言うと、急いで階段を下りていく。


  レムス達がいた城の展望台から、大人二人がすれ違えるくらいの幅の螺旋階段を、何段も何段も駆けていく。


  螺旋階段をおりきると、次はクラウドの部屋に行く為に、今度は通常の階段を下りていかなければいけない。


  「カシウス!」


  「!レムスか。」


  階段を下りると、カシウスの背中が見えたため、大きい声を出して呼びとめると、肩をピクッと動かして、少し驚いた表情のカシウスと目が合った。


  「何かあったの?」


  「いや。ただ、クラウド様に現状報告をしようと思ってな。」


  「私も行くわ。」


  城にいる唯一の隊としても、クラウドの事が気になっていたレムスは、丁度いいと思い、カシウスと一緒にむかうことにした。


  カシウスとレムスが国王室につくと、三回ノックをするが、中から返事が聞こえてこない。


  「クラウド様・・・?」


  その後も数回ノックしてみるが、やはり返事が聞こえてこないので、先に痺れを切らしたレムスが、ドアノブに手をかけて、勢いよく回して開けた。


  ドアノブは思っていたよりも簡単に軽く回す事が出来、その軽さのあまり、レムスの身体は若干、前に傾いた。


  いつもようにベッドに横たわるクラウドを見て、寝ているのだろうと思い、安心して近づいていったカシウスだったが、その顔を見た瞬間、身体が重くなった。


  「?どうしたの?寝てるの?」


  カシウスの後からやってきたレムスが、クラウドの顔を覗き込むと、そこには青白い顔をして、すでに冷たくなっているクラウドが目に入った。


  「クラウド様!?クラウド様!!!!」


  身体を揺すってみても、ピクリとも動かない。


  「そんな・・・どうして・・・?」


  膝をつきながら、目に涙を溜めたレムスに対して、カシウスは何も言わずに、胸の前で十字をきる。


  「最近は急激に体調を崩していた・・・。」


  クラウドの手の中にある写真を手にとってみると、それはアリスの数少ない写真の一枚だった。


  ―クラウド様、いつもこれを見ておられたのか・・・。


  いつも部屋に入ると、何か見ていたものを、枕元に隠してしまっていたため、それが何なのかを知ることが出来なかった。


  こういう形で知りたくはなかったカシウスだが、安らかに眠っているクラウドに、黙祷をする。


  「・・・レムス。お前は持ち場に戻れ。」


  「!クラウド様が死んだって言うのに、戦争なんてしている場合じゃないわよ!」


  キッと、カシウスを睨みつけながら立ち上がり、今にも胸倉を掴みそうになりながらも、なんとか堪えていた。


  しかし、カシウスは目を伏したかと思えば、ゆっくりと開き、レムスを見て強めの口調で、もう一度言った。


  「持ち場に戻れ。」


  キツく言われると、レムスは言葉が出なくなってしまい、しばらくカシウスと睨む会う形になってしまった。


  観念したレムスが、ゆっくりと口を開く。


  「・・・カシウスはどうするの。」


  視線をクラウドに向けて、枕元にアリスの写真を戻すと、カシウスは扉に向かって歩き始めた。


  「カシウス!」


  何度も大声を出して、カシウスの背中に向かって呼びかけても、小さくなっていくだけの後姿を見て、レムスは仕方なく持ち場に戻った。


  カシウスとは小さいころから言い争いなどした事が無い。


  というのも、カシウスもレムスも無頓着というか、喧嘩をするほどの体力を使いたくないと考えているからだ。


  自分よりも少しだけ大人びている・・・大人なカシウスを羨ましく思いながらも、レムスは自分を奮い立たせて階段を上っていく。


  だがその足取りはとても重く、今目にしてきたものを、仲間に伝えるべきかどうか迷っていた。


  ―今精神的にダメージを受けることは避けたいわね・・・。


  持ち場に戻ると、仲間がレムスに気付いて声をかけてきた。


  「レムス隊長!カシウス隊長は何用で?」


  「・・・こっちの様子を確認しに来ただけよ。続けなさい。」


  一人、少し離れた場所で戦場を見つめていると、カシウスを乗せたアイトーンが、駆け抜けていくのが見えた。


  戦場の砂塵に吸い込まれるように走っていくその姿をじっと見ていると、背中から、カシウスよりも少し高い声が聞こえてきた。


  「クラウド様になにかあったのか?」


  レムスが驚いて後ろを振りむくと、シャオが、レムスと同じようにアイトーンを見ながら聞いてきた。


  「・・・。何でもないわ。」


  「沈黙は『何かあった』って言ってるようなもんだぞ。」


  「いいから。とにかく、今はこの戦争を終わらせることが先決。それからのことはそれから考えればいいわ。」


  そう言って、カシウスが走っていくのを見届ける前に、くるりと身体を反転させて、仲間に指示を出して行く。


  「この城は、何があっても私たちが守るのよ。」


  先程よりも強い決意を示した瞳は、仲間も自然に、何かを感じ取ったようにレムスを見て、一斉に空気を変えて、反撃をし始める。








  ―教会内


  ロムレスの目の前には、横たわっている仲間と、その隣で剣を片手に立ち尽くしている仲間がいる。


  剣には血がべっとりとついていて、床に滴り落ちている。


  ロムレスは、横たわっている仲間に近づいて、膝をつきながら、その身体をゆっくりと起こしていくが、冷たさが伝わってくるだけである。


  その冷たくなった身体の持ち主は、誰であろう仲間のロマーユだった・・・。


  すでに脈は無く、力なく落ちていく手は、床にぶつかった。


  「・・・。どういうことなんだ?サビエス。」


  隣で、血塗られた剣を手にしているサビエスを問いただそうと、ロマーユの身体を教会の椅子の上に運び、背中越しにサビエスに語りかける。


  返事が聞こえないのを不思議に思い、視線をロマーユからサビエスに移す。


  「?」


  何も言わずに呆然と突っ立っているサビエスの方へと向かい、その胸倉を掴みあげて、目線を合わせるようにしたが、それでも口を開かなかった。


  「何とか言え。お前、裏切ったのか!?」


  語尾が強くなってしまったが、今はそんなことどうでもよくて、この状況についての説明をしてほしかった。


  すると、明後日を見ていたサビエスの視線が、やっとロムレスと絡まった。


  「・・・裏切り者は・・・ロマーユだ。」


  「何・・・?」


  聞き捨てならない言葉に、酷く不愉快そうな顔をしたロムレスだが、サビエスは気にすることなく話を進めていく。


  「あいつは・・・ロマーユは・・・俺達の情報を売ったんだ・・・。だから、コープス隊は壊滅状態にまで追い込まれたんだ。あいつのせいでッ・・・仲間がッ!!!」


  「・・・証拠は?なにか確証があったのか?」


  「・・・。あいつは、いつも単独行動を取っていた。誰かとコソコソ連絡を取り合ってもいた・・・。」


  サビエスを殴ろうとも思ったロムレスだが、グッと堪えて、掴みあげていた胸倉を思いっ切り離した。


  「それはっ・・・。」


  何か事情を知っているようなロムレスだが、言おうか言うまいか迷っているようだった。


  「・・・とにかく、ロマーユは俺達を裏切るような奴じゃない!それはお前だって分かってるだろう!?一番ロマーユを見てきたのはお前のはずだ、サビエス!なんでそのお前が、ロマーユを信じてやれなかったんだ!!?」


  カラン、と剣を床に落とすと、サビエスは十字架を見上げるように近づいていき、自嘲気味に笑いだした。


  「ハハ・・・ハハハハハ。裏切り者には死を!!!それが仲間を守るための唯一の方法だ!そうだろ!?ロムレス!お前だって、きっと俺と同じ立場になれば、仲間だろうとなんだろうと、剣を振り下ろすだろう!?ロマーユは敵だった!だから俺が報復として、あいつを地獄に落としてやったんだ!それの何がいけないんだ?」


  「冷静になれ、サビエス!ロマーユは仲間を売るような奴じゃない!俺達の為に、何か手を考えていてくれたんだ!」


  仲間を殺したことで、平常心を失っているサビエスを、少しでも落ち着かせようとしたロムレスだが、サビエスはロムレスを見下す様にして、腰に隠してあった短剣を向ける。


  今まで見たことのないサビエスに、ロムレスは対処法を考えてみるが、何かを信仰している様子のサビエスは、ロムレスの言葉など、ほとんど聞いていないのだろう。


  首から、肩、腰、足と、ゆっくりと十字架に向き直すと、いきなり膝をつき始めた。


  「?サビエス?」


  「主よ。私の手は血で汚れてしまいました。この手で、仲間の命を奪ったのです。そして今、また、命を奪うつもりです・・・。お許しください・・・。」


  言い終えると、ふらり、と立ち上がって、ロムレスに向かって襲いかかってきた。


  瞬発力の効いた攻撃に驚きはしたが、距離があったために、何とか避けることが出来たロムレスだが、血眼になっている仲間を止める術は無かった。


  短剣をロムレスに投げつけると、その隙に床にあった剣を拾い上げて、ロムレスに飛びかかっていく。


  「!!止めろ!サビエス!」


  短剣を弾くと、床に勢いよく突き刺さった。


  「ロムレスもロマーユと同じなのか・・・?お前もウェルマニア家を裏切るのか?」


  「何を言ってんだ!!目を覚ませ!!」


  虚ろな瞳を揺らしながら、ロムレスに剣を向けるサビエスに対して、後戻りが出来なくなることを覚悟して、ロムレスは剣を抜いた。


  今までは敵を斬っていた剣で、仲間を斬るなんて出来るのだろうか、一瞬の迷いも、相手にとっては好機にしかならない。


  狂ったように剣を振り下ろしてくるサビエスに、ただ受け止めるだけのロムレス。


  椅子に横たわるロマーユの遺体にまで傷をさらにつけていくサビエスに、それを喰いとめるために必死のロムレス。


  二人の攻防はしばらく続いた。


  ロムレスは、このまま仲間同士で体力の削り合いをしている暇はないと思ってはいるが、サビエスは精神が崩れていて、理性も何もあったものではない。


  教会の中に響く剣同士のぶつかり合いの音さえも、サビエスの耳には届いていないのかもしれない。


  一旦サビエスとロムレスが距離を置いたところで、もう一度落ち着いて話そうと、ロムレスはサビエスに向かって言葉を投げかける。


  「サビエス。お前がそこまでロマーユを疑うのにも、何か理由があるんだろ。敵になにか吹き込まれたのか?」


  戦争という、『死』と隣り合わせの時間を過ごせば、誰でも怖くなるし、逃げ出したくもなく事は承知していた。


  足が竦んで動けなくなる兵士や、発狂してしまう兵士も見てきた。


  ウェルマニア家は、他の家に比べると戦争などしないほうの平和なところではあるが、いざという時のために、他の国や家同士が戦争しているのを見に行って、本当の戦争になったときにも、しっかりと戦えるように準備をしていた。


  文献では分からない事を知る、良い機会であったが、仲間に殺される兵士も目にしたし、ボロボロに泣いている兵士もいた。


  血だらけの兵士を助ける兵士などいなく、みな自分のことで精一杯のように見えた。


  だからこそ、自分たちの戦争では、決して仲間は見捨てないようにと、実戦に近い稽古もしてきたはずで、精神的にも支えてきたはずなのに、どうしてこういう事態に陥ってしまったのか、それがロムレスには不思議でならなかった。


  今尚剣をロムレスに向けて、口元をニタリ、と歪めているサビエスは、今までのサビエスではないようだった。








  ―オクタティアヌス家


  ラビウスは、チェスの駒をランダムに動かして遊んでいた。


  一方のアルティアは、部屋の隅っこにある本棚から資料を取り出して、その資料の整理をしていた。


  BGMはラビウスの鼻歌だったのだが、あまりにマイナーな曲が多かった為に、アルティアにも分かる曲にしてほしいと頼まれたのだが、一般的に知られている曲をあまり知らないラビウスは、仕方なく黙っているのだ。


  「なぁ。」


  「何です。」


  アルティアは作業の手を止めることなく、ラビウスに返事を返す。


  また暇だの何かしようだの言いだすのかと思い、構えていたアルティアだったが、ラビウスから返ってきた言葉は、全く違うものだった。


  「俺さー、やっぱ歪んでんのかな?」


  「はい?」


  戦争の事を言っているのだろうと思ったアルティアは、資料に目を通しながら、適当に答えることにした。


  「まあ、歪んでいなくはないでしょうね。」


  「・・・遠回しな言い方したな。結局、歪んでるって言ってんじゃねぇかよ・・・。」


  「自覚がおありなんでしょう?」


  「まあな。」


  チェスの駒で遊ぶのも飽きたようで、ソファに全身を預けたままで、顔だけを天井に向けて話を続ける。


  「アリスのことなんだけどよ、俺なりには、ちゃんと愛した心算なんだぜ?」


  「・・・ああ、そっちでしたか。」


  戦争の真っただ中だというのに、急に、自害した元婚約者の名前を口にしながら淡々と話しているラビウスに、興味無さそうに答える。


  新しい資料を本棚から取り出して、付箋がついているところもついていないところも、全部に目を通しているアルティアの頭の回転は、素晴らしい。


  「ハハハ。ま、人の愛し方は人それぞれってことか?それにしても、俺の何がいけなかったんだろうな?ユースティアに聞いても、特に何も言って無かったんだよな・・・。親の愛情なら存分に受け取ってきたし、それに比例するくらいに俺は他人を愛してきた心算だ。なのに、なんでだ?アルティアの意見を言ってくれると、今後の参考になる可能性が零ではないだろうよ。」


  「さあ。その愛し方が受け入れられなかっただけの話じゃないんですか。」


  アルティアの適当というのか、的確というのか、まあそういう意見を聞くと、ラビウスは首をうんうんと縦に動かして、納得していた。


  「そうかもな。俺、昔ストーカーみたいな女と結婚させられそうになったことあんだけどよ、流石に断ったもんな・・・。ストーカーだぜ?怖くねぇ?」


  ふとアルティアの方を見たラビウスだが、アルティアが真剣に資料整理しているのを感心しながらも、邪魔するように言葉を紡いでいく。


  「ま、それはおいといてよ。男も女も、互いに沢山の人数会うのによ、その中から一生を共にする『運命の人』とやらを見つけられるもんか?だいたい、運命だなんて口にする奴は、碌な奴じゃぁねぇけどな。あ、俺もそうか?まあいいや。愛し合うだのなんだのいいながらも、人間も動物も植物も、子孫を残す為の繁殖行動だろ?時間が過ぎりゃあ愛情も薄れてくのに、なんで一時だけ他人を好きになるんだろうな?本能か?縄張りにしても一夫多妻にしても、動物と一緒だもんな・・・。え、人間と動物って何が違うんだ?言語くらいか?知能か?」


  ベラベラと話しているラビウスを横に、話の半分も聞いていなかったアルティアが適当に返事を繰り返す。


  資料の整理が区切りがいいとこまで終わった為、休憩するのにソファに近づいていき、ワインを飲もうと伸ばした腕を止めて、ひっこめた。


  飲もうと思ったワインは、ラビウスによって全て飲み尽くされてしまっていて、残っていなかったのだ。


  ため息をつき、本棚のほうへと戻る。


  今日中に終わるのかと思うくらいの本の多さで、アルティアは投げだしたい衝動を抑えて、なんとか作業を続けていた。


  「ああ、そういや、戦争の方は優勢なのか?」


  やっと本題に入ったラビウスを背中に感じながらも、資料をぺらりと捲って、現状の報告を始める。


  「相変わらず大きな動きはないようです。ウェルマニア家で何か思わぬ事態があったようですが、こちらとしては支障ありません。それから、クラウド死亡についての報告は未だ入っていません。以上です。」


  資料から顔を上げること無く、ラビウスに伝えたアルティアの様子を眺めていたラビウスは、その答えが予想通りだったようで、ククク、と喉を鳴らした。


  「さて、と・・・。こっからが楽しくなるんじゃあねぇの?」


  「?何がですか?」


  「ああ、俺の趣味の話だ。」


  ソファから窓の外を眺め、足を組んで爽やかに笑う。








  ―教会内


  「サビエス!いい加減にしろ!」


  教会に、ロムレスの怒声が響き渡るが、サビエスの表情はちっとも変わらない。


  もはや、ロムレスは自分の胸の中に孕んだ感情が、怒りなのか悔しさのか悲しみなのか嘆きなのか、それさえも分からないまま叫んでいた。


  だが、その声が、目の前の仲間の耳には届いていないことに、酷くショックを受けた。


  「ロマーユを殺しておいて、お前は何とも思わないのか!?今まで一緒に生きてきた仲間なんだぞ!」


  ロムレスがそう怒鳴っても、サビエスは無情な視線を向けるだけである。


  「・・・もしも、ロマーユを殺したことを何とも思わないんだったら、お前は最低の人間だな。」


  ピクッと眉を動かして、不機嫌そうな表情をしたが、まだすぐにニタリと笑う。


  「今、お前の目を覚まさせてやる。」


  剣を持つ右手とは反対側の左の肩の上に、剣の切っ先を乗せて、右膝を少し曲げ、左足を後ろに引いた格好で、サビエスをギラリ、と狙う。


  先程までとは違う空気を纏ったロムレスに気付くサビエスだが、決して引くことはなく、ロムレスに向かい合うようにして剣を構える。


  そして何よりも、サビエスの顔つきも変わっていた。


  敵を薙ぎ倒す時のような鋭い目つきで、ロムレスを睨みつけるが、そのサビエスの視線さえも覆い尽くして喰うように、ロムレスの目つきは尖っていた。


  互いに見合って呼吸を悟られないようにしている。


  どこからか風が吹いてきて、ロムレスとサビエスの髪の毛が揺れると、二人は一斉に相手に突っ込んでいく。


  サビエスは、ロムレスの喉元を狙って剣を振るうが、それは虚しく風を斬っただけだった。


  そして、ロムレスがサビエスの剣を狙って右腕を動かすと、サビエスの剣は根基の方から折れて、切っ先は冷たく床に突き刺さった。


  そのまま剣をサビエスに突き付けたロムレスは、眉を下げてサビエスを見る。


  「サビエス。ロマーユは俺達の仲間だ。誰が何と言おうと、俺達の仲間だ。お前だって、本当は気付いてるんだろ・・・?なんでこんなことをした?」


  さっきまでの怒鳴り声とは正反対の、柔らかく優しいテノールを耳で受け入れると、サビエスはいきなりボロボロと泣き出してしまった。


  膝から崩れ落ちて咽び泣くサビエスに近づき、ロムレスは自分の剣を腰に戻し、サビエスの肩に手を乗せた。


  「サビエス・・・。」


  「うっ・・・。ま、まだ・・・この手に・・・か、感触が、残って・・・。」


  サビエスは自分の両手を震わせながら見つめると、その両手で耳を塞ぐようにして吠え始める。


  「俺はッ・・・!!ウェル・・ア家のため・・・、のに・・・。・・・んで、こんな・・・。」


  悔やんでも悔やみきれない過去の現実に、事実に、サビエスの心は崩壊寸前だったのだ。


  ロムレスに現実であることを指摘されて、自分の手に残っている、敵を斬る時とは違った感覚に、麻痺しそうになったのだ。


  もともと、サビエスはとても仲間想いの人間だ。


  勿論、サビエスだけではなく、みな一様にそうだと言えるのだけれど、サビエスの場合、仲間を思うあまりに、無茶な行動に出るときがあった。


  だから、それを上手く止めることのできるロマーユと同じ隊にしたのだけれど、まさかこういう事になろうとは、ロムレスもカシウスも、ましてやクラウドも思っていなかっただろう。


  「ど、どうすれ・・・い・・・?俺は・・・取り返しの、つ、つかない・・・と・・・。」


  途切れ途切れの言葉は、聞き取りづらいものだったが、それをちゃんと一字一句効き洩らさないように耳を傾けていたロムレスには、サビエスが何を言いたいのか、その想いが理解出来た。


  ―どれだけ辛いものを背負っていたんだ・・・。


  カタカタ小刻みに震えるサビエスを励まそうとも思ったが、励ますような言葉も、慰めるような言葉も、逆に非難する言葉も見つからなかった。


  サビエスの背中に手を回して、ゆっくりと背中を摩りながら、眉を潜ませ目を細める。


  「・・・。」


  しばらくすると、サビエスは目を擦りながらゆっくりと立ち上がり、教会の大きな十字架の下へと歩き出した。


  「サビエス・・・?」


  ふらり、ふらり、とやっと足を前に出している状態のまま、十字架を仰ぎながら歩いていくサビエスの背中を、ロムレスはただ立ち上がって見ることしか出来なかった。


  ギシギシとなる壇上に上がれば、まるでロムレスは自分が何か演劇の観客のような錯覚に陥る。


  その時、サビエスの手に、ギラッと光るなにかが見えた。


  ロムレスがふと視線を床に戻すと、さっきサビエスの剣を負った時の、切っ先の部分が無くなっていた。


  ―まさかッ・・・!?


  バッとサビエスの方を見ると、手には確実にその切っ先の部分を持っていて、サビエス自身に向けている。


  「サビエス!!止めろ!」


  瞬間走り出したロムレスだが、勢いよく振りあげられた短い剣が、サビエスに突き刺さる方が速かった。


  「うあああああァぁあぁアぁァああァぁアぁああああぁぁああぁアあッッッ・・・!!!!!」


  叫びながら、自分の心臓目掛けて振り下ろすと同時に、サビエスは床に倒れ込んだ。


  ロムレスが駆けつけた時には、もうすでにサビエスの身体は血だらけになっていて、息も絶え絶えになっていた。


  「早まったことしやがって・・!」


  急いで止血しようとしたが、すでに致死量に達するほどの血がでていて、輸血するにも、道具もなにもないため、成す術がなかった。


  「ロム・・ス・・・。も、いい・・・。これ、は・・・報い、だ、から・・・。」


  唇も顔を青くなっていき、脈も弱まっていくのが分かる。


  ―これ以上、失いたくないが・・・。


  ロムレスは、自分の唇を噛みしめるが、サビエスの容体は悪くなる一方だ。


  「ふ・・・。」


  血と共に流れ出すサビエスの涙は、床にぽつりぽつりと零れ落ちていく。


  「こんな俺でも・・・天国に、逝けるのかな・・・?」


  「サビエス、そんなこと言うな。なっ?大丈夫だ。お前、身体は丈夫だろ?安心しろ。俺がなんとか・・・。」


  ロムレスの言葉に、フルフルと力なく首を横に振るサビエスは、最期にニコリと笑い、そのまま帰らぬ人となった。


  「サビエス・・・。」


  仲間の亡骸を二つ椅子に並べると、ロムレスは拳を強く握りしめた。








  ―革命家


  そろそろ十七時になろうとしたとき、マリアとジュアリ―は稽古を止めて、夕食作りをすることにした。


  ゾロゾロと仲間が帰って来る時間帯である事を知ったマリアは、大人数ではあるが、頑張って料理をすることになったが、今まで料理なんてやった事が無いため、その手つきはとても危なっかしいものだった。


  「切らないように注意してね。あ、それは短冊切りにしてね。」


  「た、短冊切り・・・?」


  不器用丸出しのマリアに、一つ一つ丁寧に教えていくジュアリ―。


  何とか出来上がった料理を、テーブルの上に綺麗に並べていくと、次々に仲間たちが椅子に座り出した。


  「おっ。今日はマリアが作ってくれたのか!美味そうだな~。」


  「ホントだ。良い匂い~。」


  みんな褒めてくれたが、マリアは苦笑いすることしか出来なかった。


  それは、ほとんどジュアリ―が作ったも同然だからだ。


  だが、ジュアリーも他の仲間たちも、否定するようなマリアの笑みを更に否定するように、マリアの料理として食べてくれた。


  ふと、何か足りないことに気付いたマリアだが、それがなんなのか分からなかった。


  そのまま食事をし終えると、またみなは各々の仕事や稽古を始めた。


  食器を洗っていると、居間らしき場所(コンクリートのため、一番広い場所が居間として使われている)から、会話は聞き取れないまでも、声が聞こえてきた。


  「あら。ブライトが帰ってきたみたいね。」


  足りないと思っていたのはブライトだと分かったマリアだが、ジュアリ―と一緒に仕事をこなすことに集中することにした。


  イデアムの許に辿りつくと、ブライトは片膝をついてお辞儀をする。


  「で?どうだった?」


  食事を終えてからも本を読んでいたイデアムは、手に持っていた本を、自分の横に放ると、ブライトの報告に耳を傾けた。


  「ロマーユが、仲間であるウェルマニア家のサビエスという男に、殺されました。」


  「・・・。」


  一瞬、目を開いたようにも見えたが、イデアムは至って冷静に話を聞き続ける。


  「主犯の存在も確認してきました。・・・この人物です。」


  ブライトが写真付きの紙をイデアム手渡すと、それを指を伸ばしてスルリ、と受け取り、そこに書かれている内容を眺める。


  銀髪の前髪が、隻眼に僅かにかかっていて、そこから覗く視線は真剣そのものだった。


  「ご苦労だったな。今日はもう休んでいいぞ。」


  イデアムにそう言われると、ブライトはまた一礼をして、自分の部屋へと戻っていった。


  途中、ブライトの帰りに気付いた仲間に、稽古をつけてほしいと頼まれていたが、余程疲れていたのか、手を軽く上げてそれを断っていた。


  ブライトからの報告を聞いたイデアムは、その紙に書かれている事と、写真に写っている顔を脳裏に焼き付けると、クシャリ、と丸めた。


  「・・・ロマーユ・・・。」


  天井を仰ぐイデアムの悔しそうな表情は、誰にも見られることは無かった。


  一方、自分の部屋から着替えを持って、風呂場に向かうブライトも、自分がイデアムに渡した資料の内容を思い出しながら、悶々としていた。


  ―甘く見ていた・・・。まさか仲間に手をかけられるなんて、考えもしなかった・・・。


  ―イデアムさんはどうすんだろう。


  身体の隅々から髪の毛一本まで、綺麗に洗って湯につかるブライトは、揺れる風呂の水面を眺めて、頭を休めること無く回転させている。


  ため息をつき、両手で顔にお湯をバシャッとかけると、風呂から出て、もう一度イデアムの許に向かった。


  「お?出たのか。疲れたろ?もう寝ろ~。」


  軽い口調でブライトを流すイデアムを少しだけ見下すようになりながら、ブライトは近くにあった椅子をイデアムの前まで持ってきて、そこに座ってイデアムの視線を噛むように見る。


  「何を考えているんですか?」


  「あ?」


  いつになく、主人に噛みつきそうな狂犬の眼差しで問いかけてくるブライトに、目をパチクリとさせたイデアムだが、ニッと口元を弧に描くと、前かがみになって話し出す。


  「俺達は革命家だ。わかるな?」


  コクリ、とブライトが頷く。


  「オクタティアヌス家にはそれなりに恨みはある。だが、戦争に加わる事が革命じゃねぇ。今回は、たまたまウェルマニア家とオクタティアヌス家が戦争をおっぱじめたが、あくまでその両家の問題、戦争だ。だろ?」


  「じゃあ、指をくわえてみてるっていうんですか。」


  眉間にシワを寄せながら不機嫌そうに言うブライトを見ると、イデアムはククク、と笑いだした。


  笑われたことに対して、少しだけ機嫌を損ねたブライトだが、何も言わずにイデアムの言葉を待った。


  「俺が言いてぇのは、俺達には俺達の役割があるってこった。」


  「役割・・・ですか?」


  「ああ。俺は明日、カシウスってやつに会いに行こうと思ってる。別に牙を研ぎに行くわけじゃねえぞ?ただ、何も知らないってのは、罪なことだからな。」


  髪の毛からポタポタと水滴が落ちていくが、そんなことを気にすることなく、ブライトはイデアムの言葉を聞いていた。


  「俺達の目的は、オクタティアヌス家への復讐じゃねえ。あくまで『革命』だ。それだけは忘れるな。」


  言い終えると、イデアムは風呂に入るといって、自分の部屋の方へと向かって行くが、背中から聞こえてきた声によって、その足を止めることになった。


  「一緒に行かせてください。」


  椅子から立ち上がり、イデアムの背中に向かって投げつけた言葉は、マリアやジュアリ―にも聞こえた。


  イデアムはゆっくりとした動作で振り返ると、ニッと笑って軽く手を挙げながら答えた。


  「ああ。ちゃんとついてこいよ。」


  イデアムの後姿をしばらく眺めていたブライトは、早めに寝床に入ることにした。








  ―同日 二十時二十分


  今日の戦争を止める合図が聞こえてくると、ウェルマニア家もオクタティアヌス家も、みな睨み合いながら剣を腰に収める。


  ―やっと今日が終わった・・・。


  疲労の溜まった身体のまま、見張りを交代しながら就寝する。


  傷の手当てをする者もいれば、タオルで身体を拭いてから寝るものもいて、今日戦いが終わっても、また明日あることを考えると、なかなか楽しく笑ってもいられなかった。


  「リコラウ・・・。カシウスの奴、遅くないか・・?」


  イオ―ジュが、毛布を足からお腹にかけながら、隣でスープを飲んでいるリコラウに声をかけた。


  「そうだな・・。でも、何か考えてんだろう。」


  クラウドの許に城へ向かったのはいいが、どう考えても、もうすでに帰ってきていても良い時間であることを心配しながらも、カシウスは敵に簡単にやられるような男じゃない。


  実戦経験が少ないウェルマニア家にとって、カシウスやロムレスは若いのに実力のある、とても貴重な存在なのだ。


  「ったく・・・。今頃何処で何してんだか・・・。」


  ぽつりと呟かれたイオ―ジュの言葉は、リコラウにも聞こえないほど小さなものだった。


  毛布にくるまり、そのまま寝てしまったイオ―ジュを見て、リコラウもスープを飲み干すと、毛布に身体を預けて寝ることにした。








  ―オクタティアヌス家


  「ふぁあアぁアぁぁ・・・。」


  「寝たらいかがです?」


  ラビウスの大きな欠伸を見て、アルティアが呆れながら提案を出してみる。


  「そうすっか・・・。今日はなんかいつも以上に頭使った気がするしな・・・。」 


  頭を使ったとはいっても、勿論、アルティアのように、資料整理をしたわけでも、なにか本を読んでいたわけでもない。


  ただ、ゲームをしていただけなのだが、それがラビウスにとっては疲れたようだ。


  「じゃ、俺風呂入るからよ。あとよろしくな~。」


  「はい。」


  ラビウスが部屋から出ていくまで、ずっとその背中を見つめ、一礼をしたアルティアは、部屋の中で一人きりになると、窓の外から暗闇に包まれる戦場を見下ろす。


  ほんの数秒見ると、再び本棚の方へと足を進めて、一冊の本取り出して、ソファに座って読み始める。


  それは、時代とともに生き、時代とともに死んだ英雄、唄によって受け継がれてきた叙事詩。


  部屋についている小さめのシャンデリアなどの直接照明の電気は消して、間接照明の薄暗いものだけ点けて、その中で静かに本を読んでいた。


  しかし、中盤に差し掛かろうとしたとき、静けさは一気に飛んでいった。


  「出たぞ~。」


  「・・・。もう少しゆっくりでもよかったのですが。」


  正確には、ゆっくりはいっていてほしかった、のだが、一応直属の上司でもあり、今現在国王となっている目の前の男には、口が滑っても言わないように気をつけることにした。


  そして、タオル一枚で歩きまわるのも止めてほしかった。


  「・・・ラビウス様。」


  「わ~ってるよ。タオルで城の中を歩くのは慎んでください。って言うんだろ?でもよ、風呂が熱かったんだよ。」


  ドカッとソファに座ると、足を組んで、手を団扇代わりにして自分を煽いでいる。


  「何か飲みモノでも用意しましょうか。」


  「お。良いな。利尿効果の無いものなー。」


  どういう頼み方だ、と思ったアルティアだが、心の中で思っただけで、ラビウスに直接言うと色々とまた面倒になりそうなので、黙っていた。


  アルティアが腰を持ち上げて、本をテーブルの上に置くと、ラビウスはその本を見下ろしながら、へぇ、と呟いた。


  「・・・何か。」


  「いや、お前もこういうの読む時あるんだなーと思ってよ。新たな一面を見られて俺は嬉しいかもしれないぞ。」


  「不愉快です。」


  アルティアが扉に向かって歩き出すと、ラビウスは本を手にとろうと腰を曲げると、くしゃみをした。


  「・・・はぁ。何か着る物も持ってきます。」


  呆れながらも忠実に働く部下に、ククク、と喉を鳴らして、ラビウスは笑う。


  永遠の英雄になるつもりも全くないラビウスは、その本を読みもせずにテーブルの上に投げ捨てる様にして戻した。


  髪も乾かさずにいたため、今度は寒くて堪らなくなったころ、アルティアが寝巻とタオルと飲み物を持って戻ってきた。


  「ナイスタイミング。」


  アルティアからタオルを受け取り、頭にかけると、すぐさま寝巻に着替えて、髪の毛をワシワシと乾かし始めた。


  そして、飲み物を飲もうとすると、何やら見慣れぬものがあった。


  「・・・アルティア。これはなんだ?」


  「白湯です。」


  「白湯?」


  「身体が温まるそうです。まあ、トイレの方は近くなりますが。」


  とりあえず、今は寒いので何でもいいと思って口に運んでは見たが、少し飲むと、眉を潜ませながらアルティアを見た。


  「なんです。」


  「コレ、味無いよな?」


  「はい。白湯ですから。簡単に言うと、お湯ですね。お湯を少し冷ましたものです。」


  アルティアの説明を聞いて、納得したようだが、味はついているものの方が良かったらしい。


  今度からは味付きを頼もうと、心の中で決めた。


  「・・・ま、いいか。」







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