しおん

maria159357

第1話栄枯盛衰



しおん

栄枯盛衰



             ―しおんー
































































                             登場人物


                                     クロヴィス・カシウス


                                     オクタティアヌス・ラビウス 


                                     エドワード・ロムレス


                                     ソーメスト・ローザン


                                     ウェルマニア・アリス


                                     デスロイア・イデアム


































































       第一陣 【 栄枯盛衰 】








































































臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない。   シェークスピア








































  ある時代、ある場所での出来事である。






  戦争とは、ほんの些細なすれ違いや、誤解、気分や機嫌によって生じる。


  だが、いつの時代の戦争も、悲劇でしかないのだ。


  何も生むことの無い無意味な戦争など、誰が始めたのだろうか。


  幾ら血を流しても、神は人々を助けようとはしない。


  むしろ、それを見ているだけ。傍観者なのだ。


  正義が悪となり、悪が正義にも成り得る世界。


  栄えたものも、いつかは滅びる。


  時代の流れは、人々に恩恵をもたらすばかりではない。


  それは、残酷な物語なのかもしれない。






  神を信じて戦う者。


  自分の力を試す為戦う者。


  愛する人を守るため戦う者。


  未来を夢見て戦う者。


  正義を貫いて戦う者。


  それぞれの想いは違えど、目指すものは同じ。


  【生きること】


  それだけ。






  私たちは今、精一杯生きているだろうか。


  私たちは今、自分を誇れているだろうか。


  私たちは今、誰かを愛せているだろうか。


  そしてこれから、愛して生きていくのだろうか・・・。








  歴史の闇へと葬られた人々もまた、確かに存在していた。


  決して見ることの無い光を目指し、歩いていたのだ。






  「おお。やっと我が妻になる決心がついたのか、アリス。こちらに来なさい。


  「・・・はい。」


  薄気味悪く笑う男の後ろをついていくアリスという女。


  十六歳くらいだろうか、巻いているわけではないが、生まれながらに巻かれたような綺麗なカールの髪を肩まで伸ばし、ヒール姿で優雅に歩く。


  白く柔らかい肌に、筋の通った鼻、二重瞼はぱっちりとしていて、少し幼さは残っているものの、『綺麗』の二文字を表したような少女である。


  薄ピンクのワンピースを身に纏い、そこからはぽってりとした腕と足を覗かせている。


  男は、アリスよりも年上のようで、外にあまり出ていないのか、アリスと同じくらいに白い肌をしているが、肩幅はがっちりしている。


流し目がやけに目につく以外は、癖っ毛の紫髪を持ち、男にしては綺麗で長い指で、前髪をかきあげる。


  紋章が大きく描かれた扉の前に来ると、男はアリスの背に手を回し、部屋の中に入るように、手で扉の中へと促す。


  ギィ・・・、と重い扉が開いて耳障りな音が聞こえると、中からは何か生臭い臭いを感じた。


  「さぁ・・・。アリスよ。誓いの儀式といこうか?」








  「クラウド様。本当に良かったのですか。」


  ウェルマニア家、第四十二代王、『ウェルマニア・クラウド』御歳五九の長老でもあり、この国の最高権力者である。


  しかし、重い病にかかっており、指揮権は部下の中で最も信頼出来る男に渡している。


  その男は、今この場でクラウドに話しかけている、黒髪の青年、『クロヴィス・カシウス』である。


  齢二十の若さにして、ウェルマニア家随一の剣使いだが、もとは路上生活を送っていた民間人で、通りかかったクラウドに拾われたのだ。


  命の恩人でもあるクラウドの為に、必死に武術も馬術も剣術も、一から学び始めると、その才能はメキメキ発揮されていった。


  クライドの一人娘のアリスが、敵国へと嫁ぎに行って、もう半年。


  オクタティアヌス家の第一王子、『オクタティアヌス・ラビウス』の求婚を断ってきたが、度重なる国への攻撃や、市民の誘拐や殺戮を目にしてきたアリスは、政治の道具になると分かっていたが、自ら嫁ぐ事を決めた。


  「・・・アリスが決めたことじゃ。仕方あるまい。」


  「ですが・・・。ラビウスという男、悪い噂ばかり耳にします。それに、オクタティアヌス家自体、陰では何をしているかわかりません。」


  「・・・うむ。」


  クラウドは、王は一夫多妻が普通であるこの時代に、本妻一人しか取らず、その妻が亡くなっても、新たに妻を娶ることは無かった。


  子孫繁栄を望む一方で、自分が生涯で愛した女性は一人であること、アリスが産まれてきたときに、後継者と成り得る男児では無かったことを少しだけ残念に思ったが、その愛らしい笑顔を見て、とても喜んだそうだ。


  それをいいことに、他国からは求婚の願いばかりが届くが、自分の権力の向上、または維持のための結婚でアリスは幸せにはならないと、断り続けていた。


  大きくなると、アリスは自分の立場を理解し始めて、自分の望まない結婚であっても、しなければならないのだと覚悟していた。


  オクタティアヌス家に嫁ぎ、それからというもの、一切連絡は来ない。


  クラウドが若干俯いていると、カシウスが心配そうに身を屈める。


  「・・・お疲れですか?」


  カシウスが心配そうにクラウドに聞くと、首を横に振ったが、顔色が良くないと判断したカシウスは、挨拶をして部屋から出て行く。








  カシウスが長い廊下を歩いていると、声をかけられた。


  「よ。若いのに大変だな。」


  「ロムレス・・・。」


  カシウスの目の前には、空のような蒼々とした髪の青年がいた。


  『エドワード・ロムレス』。みんなから兄貴分として頼りにされているが、歳はカシウスとさほど変わらない二一である。


  「その歳で眉間にシワばっか寄せてっと、じーさんになった時、もっとシワシワになっちまうぞ。」


  そう言いながら、自分の眉間にもカシウスと同じようにシワを作って、指を当てながら険しい顔をする。


  「あ、それより、その頬どうかしました?」


  ロムレスの頬が、若干赤くなっていることに気付き、カシウスはロムレス頬を指さしながら聞いてみると、ロムレスは苦笑いをする。


  「これか・・・。レムスだよ。」


  レムスとは、ロムレスの実の妹であり、水色の爽やかな髪をしている、剣の使い手だ。


  「また何かやったんですか。」


  呆れたように、ため息をつきながら言うカシウスに、ロムレスはハハハ、と笑って、参った、というように頭をかく。


  「レムスの部屋にリストバンド忘れちまってさ、取りに行ったら寝てたから、声かけないで入っていったんだよ。そしたら、これだ。」


  自分の赤くなった頬を見せながら、がっくりしたように話す。


  戦争に置いて、女性が戦闘員として起用されることは極稀であり、レムスは剣のレベルが高かったため、起用された。


  兄であるロムレスに憧れてやってきたはいいが、なにせ来た頃は齢八であった少女も、今年十五になる。今まで後を追いかけていた兄であろうと、年頃の女の子にとっては、自分の部屋に入ってこられるのは、実の兄でも抵抗があるのだろう。


  家族なのだからいいだろうとは思うが、きっと“男”という存在に敏感な年頃なのだろう。


  肩をすくめながら笑って話すロムレスを見ていると、仲が良いのだろうと分かる。


  「これからは気を付けてください。」


  「そうするよ。」


  会話が丁度終わった頃、近くの部屋から人が出てきた。


  カシウスとロムレスが一斉にそちらに目を向けると、いかにも不機嫌なオーラを身に纏った少女がいた。


  ―噂をすれば陰。


  レムスだった・・・。


  「兄さん・・・。此処で何してるの?」


  冷めた目つきでロムレスを見つめると、ロムレスはカシウスの肩に手を乗せて、ニカッと笑いながら返事をする。


  「カシウスと世間話をしてただけだ!レムスもするか?」


  「・・・結構よ。」


  そう言うと、ロムレスとカシウスの脇を颯爽と歩き去っていった。


  「ロムレス。稽古はいいのですか?部下達の指導は最近まかせっきりになってしまいましたが・・・。」


  カシウスが、頭上にある顔に向かって話し出す。


  乗せていた手をどかして、ロムレスは思い出したように口を開く。


  「昨日は遅くまで稽古つけたからよ、今日は少し遅めなんだ。」


  「みんな成長しているのが、目に見えて分かります。俺も、より腕を磨かないと置いていかれてしまいそうです。」


  ハハ・・・、と軽く笑いながら言うカシウスを見て、ロムレスは口を大きく開けて、豪快に笑いだす。


  カシウスの髪の毛を、これでもか、というくらいにガシガシとかき乱す。


  「ハハハハ!!何言ってんだ!みんなお前に追いつこうと必死になってるってのに。そんなに謙遜した言い方するな。まだ、お前と比べちゃ可哀そうなくらいだ。」


  「そんなこと・・・。」


  カシウスが全部言う前に、男が廊下を走ってきてカシウスの前に片膝をつき、肩を何度も上下させながら呼吸を整える。


  「おい、どうした?んな慌てて・・・。」


  ただ事ではないと感じ取ったロムレスが、男に向かって声をかける。


  「はぁ・・・はぁ・・・たった今、オクタティアヌス家からの連絡がありまして・・・。」


  『オクタティアヌス』という言葉が出てくると、カシウスもロムレスも、ピクッと肩を僅かに動かして反応を示す。


  「なんだ?」


  カシウスも片膝をついて、男と目線を合わせる。


  男の肩に手を置いて、とりあえず落ち着くように言う。


  数回深呼吸をすると、男はしっかりとカシウスの方へ視線を向けて、今出る限りの声を、腹から出した。


  「・・・それがッ・・・、アリス様が・・・ッ!!!自害なされたと・・・!!!!」


  「・・・!!」


  男の報告に、目を丸くし、言葉も出ない状態のカシウス。


  そして、男はさらに言葉を続ける。


  「今朝、部屋にて・・・喉を突いて・・・倒れているところを、発見されたそうです・・・。」


  「国王には言ったのか?」


  一オクターブ声を低くして、ロムレスが冷静に男に聞く。


  「いいえ、まだです。・・・このような事実を、御報告してよいのか・・・。」


  片膝を床につけていたカシウスが立ち上がり、踵を返し、国王の部屋の方へ向かって歩き出す。


  「俺から報告する。」


  その後ろ姿を、心配そうに見ていたロムレスだったが、男を立ち上がらせて、廊下を並んで歩いていく。


  「お前は稽古の準備をしてろ。このことは、口外するなよ。」


  男はロムレスの言葉に静かに頷くと、脱力した様子で稽古場に向かって行った。


  「・・・アリスが・・・。」








  「そうか・・・。アリスが・・・。」


  ベッドに横たわったままのクラウドは、げっそりとし、青白い顔のまま報告を聞いていた。


  「クラウド様。本来、戦争は避けなければなりませんが、ここまでされても尚、歯を食いしばっていなければいけないのですか!?」


  叫ぶことはしないが、腹の底から出された声は、カシウス自身も驚くほど低く、部屋中に響き渡った。


  その声にカシウスは、慌ててクラウドに謝罪を入れると、クラウドは掌をカシウスに向けて、謝るな、と無言で伝える。


  「うむ・・・。確かに、アリスの死は嘆き悲しいものじゃ。しかしな、カシウスよ。戦争とは一言で済むものではないのじゃ。戦争となれば、国民を巻き込むのも已むを得ん。だが、戦いを好まない者もおるのじゃ。失うばかりで何も得ない戦争など、せぬ方がいいのじゃよ。」


  「しかしッ・・・!!それではアリス様が浮かばれません!クラウド様の大切なっ・・・」


  カシウスが途中まで言うと、再びクラウドが掌をカシウスに向けて、言葉を制止させる。


  「カシウス・・・。何があろうとも、戦争はするな。誰も喜ばぬ。」


  そう言うと、クライドは目を閉じて、寝てしまった。


  起こそうと口を開いたカシウスだが、病気のこともあり疲れているのだろうと思い、仕方なく部屋をあとにした。


  唇を噛みしめながら部屋を出たカシウスは、扉に背を向けた状態で呼吸を整え、自室に向かおうと足の方向を変えた。


  カシウスが部屋を出て行ったあと、クラウドの目から涙がこぼれていたことは、誰も知らない。








  「カシウス!アリス様が亡くなったって本当か!?」


  「コープス・・・。」


  クラウドの部屋から出たカシウスを待っていたのは、数年前に入ってきたコープスだった。


  紺色の髪の毛を揺らしながら近づいてきて、二重のタレ目でカシウスを見る。


  何かとカシウスのことを心配してくれるコープスは、カシウスにとって、多少心のゆとりが作れる相手だった。


  年齢が同じということもあるせいか、悩みを打ち明けることも多々あった。


  アリス死亡の情報がどこからか漏れたようだ。


  「戦争になるのか?」


  「いや。クラウド様は何があっても戦争はするなと・・・。本当に、人が良すぎる。」


  そこがクラウドの良いとこでもあり、それのお陰で自分もこの場にいることを確認しながら、カシウスはため息をつく。


  「アリス様は大切な一人娘だというのに・・・。」


  ボソッとカシウスが呟いた言葉は、虚しく廊下に響いた。


  廊下で立ち話程度のことを話すと、幾分か気持ちが楽になった気がして、コープスに礼を言うと、コープスはカシウスの腹を軽く殴り、歯を出して笑った。


  「じゃ、俺稽古あるから、行くぜ?」


  「ああ。」


  コープスはロムレスの稽古があるため、カシウスと別れ、カシウスは自分の部屋へと向かう。






  ―稽古場


  「どうした?そんなもんか?」


  余裕そうなロムレスの周りには、数人の部下が武器を持って構えている。


  剣を鞘に入れたままで、先程から一向に向こうとはしないロムレスだが、抜くほどでもないと言わんばかりに、表情はとても余裕そうだ。


  手首と首をくるくると回して、次は誰が来るのかと待っているのだが、誰一人としてかかってこようとしない。


  「だらしないぞ、お前ら。」


  肩を回しながら、ロムレスが若干ため息交じりに声を張り上げる。


  すると、一人の男が、ロムレスに突っ込んでいくが、軽くかわされて背中を蹴飛ばされる。


  蹴飛ばされた勢いのまま地面に激突した為、男は鼻を押さえながら、眉間にシワを寄せてロムレスを睨む。


  「サビエス、相手に突っ込んでいくだけじゃ勝てないぞ。今のでお前は斬られていた。ロマーユ!今度はお前が来い!」


  ロムレスに蹴飛ばされて、地面に胡坐をかきながら、仲間の攻撃の仕方を観察するサビエスは、真剣な眼差しで戦友のロマーユを見る。


  ロムレスに名前を呼ばれたロマーユは、やれやれといった具合に剣を抜くと、切っ先をロムレスに向けて、腰を少しだけ落とす。


  そして一定の距離を保って、互いに視線を逸らさない。


  ロムレスが隙を見せるのを待とうとしたが、そういう隙を見せるような男では無いため、ロマーユは一瞬で間合いを詰める。


  ―とった!


  そう思ったロマーユだったが、背後に感じた気配に、青ざめる。


  「惜しいな。」


  サビエスと同じように蹴飛ばされたロマーユは、悔しそうにロムレスを睨む。


  「よし、じゃあこれから、三人一組になって実戦式の稽古に入る。」


  ロムレスが、みんなに聞こえるように言えば、自然と三人ずつ組まれていくが、サビエスとロマーユは二人になってしまった。


  二人でも問題は無いが、一対一だけの練習では、実戦で大勢と戦う時の練習にはならない。


  「お前らんとこには、俺が入るからな。」


  当然のようにロムレスが二人のところに入り、稽古を始めようとした時、大きな音がしてきた。


  「なんだ!?」


  その場にいた全員が、一斉に同じ方向を見ると、そこからは煙が出ていて、ロムレスは状況を把握するために、待機するように指示して、自分一人だけ現場の方へ向かう。


  残された仲間たちは、ざわざわとし出すが、慌てることは無く、皆でロムレスからの連絡を待つことにした。








  「カシウス!!なんの騒ぎだ!?」


  ロムレスが軽く息を切らせて走っていると、カシウスと会った。


  カシウスは展望台から双眼鏡で煙の方を警戒していて、目から双眼鏡を離すと、険しい顔をしながらロムレスを見る。


  「オクタティアヌスだ・・・。」


  「・・・え?」


  眉間にシワを寄せたまま、ロムレスに双眼鏡を手渡すと、カシウスは腕を組んで何かを考えている。


  カシウスから受け取った双眼鏡で、ロムレスも煙が立っている方を見てみると、確かにオクタティアヌスの城の方角から、大砲のようなものが見えた。


  「どういうことだ?なんで急に・・・。」


  ウェルマニア家から戦争をしかけるならともかく、オクタティアヌス家から戦争を仕掛けてくる理由なんてないはずなのだが、オクタティアヌス家は暇つぶしで他国と戦争をしたことのあるような国だ。


  不愉快なことだが、国王には戦争はするなと言われているカシウスは、どうしようかと模索していた。


  ウェルマニア家の王であるクラウドは体が悪い。今戦争になるわけにはいかず、そもそも理由も分からないのに、自分一人の決断でウェルマニア家を動かすわけにはいかなかった。


  すると、今度はウェルマニア家の敷地内から、砲撃を放つ音が聞こえてきた。


  急いで音の聞こえた方へと走ったカシウスとロムレスだが、そこには誰もいなく、ただ砲弾を放った大砲だけが残されていた。


  火薬を使ったあとがあり、誰かが反撃したと判断出来た。


  「くそっ!誰がこんな早まった真似を・・・!!!」


  拳で力いっぱい大砲を殴りつけると、目を閉じて深呼吸をしたカシウスは、ロムレスに指示する。


  カシウスの小指のあたりが真っ赤になっていて、痛いだろうが、それよりも苛立ちの方が上回っているようだ。


  「ロムレス。俺は今からクラウド様に報告に行きます。兵士達に、冷静になるように伝えてください。それから、さっきの反撃で戦争になるかもしれません。一応、その心の準備もしておくようにと・・・。」


  「わかった。気を付けろよ。」


  互いに向かうべき場所へと走って行く。








  クラウドの部屋の前につくと、ノックを三回し、ドアノブを回して中に入っていく。


  「失礼します、クラウド様。」


  カシウスが、寝ているであろうクラウドにも聞こえるくらいの声量を出して、扉を閉めてゆっくりとクラウドの許に近づく。


  目をゆっくりと開いたクラウドは、表情を変えずにカシウスに問う。


  「今しがた、こちらから砲弾の音が聞こえたのじゃが、気のせいかのう?」


  「・・・いえ。誰かは分かりませんが、勝手に反撃したものがおりまして・・・。オクタティアヌス家の機嫌によっては、戦争に成りかねません。クラウド様、地下室へ避難なさってください。」


  カシウスがクラウドの耳元で、懇願するように言うが、クラウドは首をゆっくりと横に振った。


  天井を見つめながら、掠れた声で、だがしっかりとカシウスに聞こえるように諭す。


  「カシウスよ・・・。ワシはこの国の王じゃ。主らが戦うならば、ワシも共に戦おう。主らだけを残してワシだけ生き延びるなど、断じて出来ぬことじゃ。足が悪くとも、目が見えぬとも、明日死ぬ身体であろうとも、王が自分だけ生きようなどと考えてはならぬ。」


  「しかし・・・。クラウド様がいなくては、この国は誰が統制なさるのですか!?私共の代わりなど、幾らでもおります!クラウド様に拾われた日から、私の命は、クラウド様の、この国の為に捧げると決めております!」


  カシウスが、クラウドのベッドの端を掴むように握り、クラウドに自分の声がよく届くようにと顔を近づける。


  カシウスの言葉に、クラウドはふるふるとまた首を横に振り、天井を仰ぎながら、言葉を紡ぐ。


  「よいか、カシウス。そのようなこと、今後二度と言うでない。ワシの代わりがいないというのなら、主らの代わりもまた、誰もいないのじゃ。命は誰かの為にあるのではない。自分の為にあるのじゃ。何があろうと、生きることを優先してよい。怖いなら、戦わずに逃げてよい。・・・そう、他の兵士達にも伝えよ。」


  柔らかな言い方の中にも、強いものを感じたカシウスは、反論することも出来ずに、ただ頷いた。


  スッと立ち上がると、クラウドに向かって一礼し、その場を立ち去る。


  すぐにロムレス達がいるであろう場所まで向かうと、カシウスに気付いた戦友のヴェロ―ヌが駆けつけてきた。


  茶髪を揺らしながら、いつもはヤル気の無い目つきのヴェローヌの顔つきも、今はキリッとしている。


  「クラウド様は?戦争になるのか?俺達はどうすればいい?」


  「・・・落ち着け。クラウド様はご無事だ。」


  カシウスの周りには、次々に人が集まってきて、皆一様に不安そうな顔をしていた。


  カシウスは先程、クラウドから言われたことを伝えると、家族の元へと連絡を入れに行く者や、そのまま兵士を止めると言って、去っていくものもいた。


  しかし、それを止めることはしなかった。


  戦争が嫌いな者もいるだろう、自分の命が大切なものもいるだろう、どうなるか分からない戦争で、愛する者と一緒にいたいと願う者もいるだろう。


  それぞれが様々な想いをもっていることを知っているからこそ、クラウドも『逃げていい』などと言ったのだ。


  「カシウス!」


  そこへ、走って近づいてきたコープスが、息を切らせながら慌てた様子で口を開く。


  「オクタティアヌス家の軍隊が、こっちに迫ってきてるぞ!!!」


  それを聞くと、一斉にゴクリ、と唾を呑んだ。


  カシウスは、地平線の向こう側に見える黒い線上のものを見つめると、再びクラウドの許へと走っていった。








  「そうか・・・。もう攻めてきおったか・・・。」


  「はい。」


  「・・・仕方あるまい。カシウス。主に指揮権を与える。敵を迎え撃つのじゃ。」


  「よろしいのですか・・・?」


  戦争が始まってしまう。自分の指揮で、仲間が生きるか死ぬか・・・。クラウドの病気もどうなるか分からない。まだ経験の浅い自分が・・・。


  そう思っていることを感じ取ると、クラウドはカシウスを見てニコリ、と笑う。


  「大丈夫じゃ。自分が正しいと思ったことをやればよい。」


  背中を後押しされる形となったが、クラウドの言葉に少し安心したカシウスは、いきおいよく頭を下げると、部屋を出て行った。








  「これから戦争になる。戦う意思のある者だけ残れ。少しでも怖いと感じたら逃げろ。命を無駄にはするな。それから・・・。」


  目の前にいる兵士一人一人を見ながら、カシウスは涙が出そうになるのを堪える。


  「みんな・・・生きて・・・。生きて此処に、戻って来るように!後は、ロムレス、コープス、アーンクル、ヴェローヌ、レムス、ジャック、それぞれの隊長の指示に従うように。逐一報告も忘れるな。」


  カシウスを含む七隊に区分されているため、全員に指示を煽るのは難しいと判断したカシウスは、経験もそれなりにあって、剣術などに長けた者を隊長とした。


  カシウスが手を上げると、いっきにバラバラになって散って行く。


  ―頼む。生きていてくれ。


  自分でも、綺麗事を言っているのは分かっていた。


  戦争において、全員が無事に帰って来れる確率など、自分が思っているよりも低く、もしかしたら全滅する可能性だってあった。


  しかし、剣を取った以上、泣き言は言えない。


  ウェルマニア家を守るため、仲間を守るため、勿論自分を守るため、そして、未来を守るために。


  「俺達は、特攻隊であるロムレス達が先制攻撃を仕掛けたら、その援護を行う。各自、武器の準備をし、不備がないか最終チェックをしておけ。」


  そう言うと、カシウスは馬小屋へと向かう。


  そこには、数十頭の馬がいて、自分の主人を待っていた。


  カシウスが入ってきたことに気付いた一頭の馬が、尻尾を振りながらカシウスに近づいていき、ヒヒン、と啼いた。


  「アイトーン。またお前に頼る日が来てしまった。」


  馬の顔を撫でながら話しかけると、カシウスの愛馬であるアイトーンは、嬉しそうにヒヒン、とまた啼いた。


  もう少しこうしていたかったが、再会もそこそこにして、アイトーンに銜と手綱を付ける。


  アイトーンを外に連れて行くと、近くにあった手すりに、紐を軽く結んでおく。


  「ここで待っていてくれ。すぐに戻る。」


  カシウスの言っている事が理解できているように、またヒヒン、と返事をし、カシウスの背中を愛おしそうに眺めていた。








  ―オクタティアヌス家


  「ハハハハハハハ!!!笑いが止まらんぞ!やっとウェルマニア家と戦争する日が来た・・・。おい、ユースティア!俺の剣はどうした?」


  オクタティアヌス家、王位継承権第一位のオクタティアヌス・ラビウスは、絢爛豪華な調度品と装飾品に囲まれながら、弟である、オクタティアヌス・ユースティアに自分の新品の剣についてを聞く。


  「ラビウス様の剣でしたら、もう磨き終わり、すぐにご用意出来る状態にございます。」


  「うん。そうか。ならいい。」


  聞いたわりには興味無さそうに、ピーナッツをつまんで口に頬張ると、今度は赤ワインを流し込んで満足そうに笑う。


  長めの足を組み直して、優雅に優雅に薄ら笑う。


  「しかし、アリスはイイ女だったなぁ・・・。まだ十六だってのに、顔も身体も女になっててよぉ・・・。ああ、今思い出しただけでも涎が出るぜ・・・。」


  気味悪く肩で笑いながら、手で口を拭く真似をする。


  妻として娶った相手が死んだというのに、悲しむというよりも、死んだことにさえ愛しさを覚えているようだ。


  ラビウスの弟のユースティアは、そんな兄を見ても表情を特に変えることなく、ただ戦争をしに行く兵士達を眺めているだけだ。


  「いいか、全員の首を持って帰って来いと伝えろ。それから、逃げ出し奴も同罪と見なす。俺の文句を言った奴もだ。反抗的な奴はみんな殺せ。反逆者も弱者も愚者もいらねぇ。あ、そうそう。ローザンの野郎は特攻させろ。あいつは馬鹿に忠実だからな、喜んで死にに行くだろうよ。」


  「・・・はい。」


  深深とお辞儀をすると、静かに部屋から出て行ったユースティアを見て、また満足そうに一人で身体を仰け反らせて嗤いだす。


  「ハハハハハハ!!!良く出来た弟だ!これならオクタティアヌス家も安泰だな。」


  そして、残り少なくなったグラスに、赤ワインを足して、これから死に行く兵士達に向かって乾杯をした。








  ―奴隷市場にて


  「さあさあ!今日は新鮮な若い女が入ったよおぉおおぉお!!なんと、十三のピチピチな女だ!!まだ顔は餓鬼だが、身体は大人の女!!そうだ!幾らで買う!!?」


  一人の男が両手を大きく広げながらショーのように話すと、周りにいた男達が一斉に集まってきて、一緒に騒ぎだした。


  「女を見せろー!!!」


  「女だ!久々の女だ!それも十三!!?」


  「ケケケケケ!!!これでしばらくは愉しめそうだな!!」


  「女奴隷!欲しい!俺に譲ってくれえぇえええぇぇえ!!」


  熱気に包まれ始めると、最初の男が、大きめの箱をゆっくりと、焦らす様に開け始めた。


  すると、そこから艶やかな緑色の髪が見え始め、すらりと伸びた手が見え、薄い布一枚に包まれた女が出てきた。


  今にも脱げてしまいそうな布を、無表情ながらも恥ずかしそうに押さえ、なんとか見えない表情をしている。


  「脱げえぇぇえええぇー!!!」


  「そうだ!!見せろー!!お前は身体を売るのが仕事だろう!」


  「ほら!手をどけるんだよッ!!!」


  今にも飛びかかってきそうな男たちに囲まれながらも、女は腰辺りまで伸びた髪をゆっくりと耳にかけると、その子供らしからぬ色っぽさに、みな息を呑んだ。


  「ひゃ・・・百モルー・・・。百モル―払う!!!俺が買う!」


  モル―とはこの時代、この世界でのお金の通貨である。


  「いや、俺は五百モル―払うぞ!!はぁはぁ・・・。」


  卑しい男に値段をつけられながらも、女はその様子をじっと見ている。


  「一千モル―!!!」


  「いや、三千モル―だ!!!俺があの身体を買うんだ!!!邪魔するな!!」


  「私が四千モル―だそう!」


  「五月蠅いぞ、貴様ら!!!我らが一億モル―払う!!」


  「何をぉおおおぉぉお!!!?」


  ついには、男たちが殴り合いを始めてしまった。


  それでも、女はニコリともせずに、その光景を見ている。


  しかし、はらり、と纏っていた布を剥ぐと、男たちは女の身体を、舐めまわす様にして見始めた。


  大事なところは手で隠してはいるものの、それでも大体は見えてしまっていて、それがさらに男達の欲情を煽っていた。


  値はさらに上がって行き、結局、三億モル―の値で、とある貴族に買われた。


  「さてと、仔猫ちゃん?今夜は可愛がってあげるからね・・・。」


  貴族の屋敷につくと耳元で言葉を囁かれ、そのまま舐められる。


  体中を指が這って行き、女は甘い吐息を吐く。


  ―ああ・・・気持ち悪い・・・。








  オクタティアヌス家の兵士達が、ウェルマニア家の敷地を取り囲んでいくのを想像しながら、ロムレス達は部屋で作戦を立てていた。


  どこから攻めてきて、どういう攻撃を仕掛けてくるか、また、オクタティアヌス家の指揮官はどういう考えで戦争しているのかなど、考えなければいけないことは山ほどあった。


  ロムレスを隊長とした特攻隊は、まず最初に敵に向かっていくこと意外に、まず最初に死に向かっていくようなものだ。


  怖くないと言えば、嘘になるだろうが、誰も口には出さない。


  そして、そろそろ出陣の用意をしに行こうと、みな辺りを気にしながら一人一人部屋を出て行く。


  最後にロムレスが、手に持っていた地図を懐に小さくしてしまいながら部屋を出ると、そこには珍客がいた。


  一瞬目を見開いて驚いた表情を見せたロムレスだが、すぐにいつもの笑顔をつくった。


  「レムス。お前、自分の隊はどうした?」


  「・・・。狙撃の準備をしておくように言っておいたから平気よ。」


  「隊長が持ち場を離れちゃダメだろ。カシウスに頼りにされてんだからよ。」


  いつも優しく、けれど力強く笑いかけてくれるロムレスの笑顔は、今ばかりは、いつもよりも硬いように感じた。


  レムスが何も言わないため、ロムレスは頭の中で?を作ったが、レムスの頭を大きな手で撫でると、自分の準備に向かう。


  「兄さん!」


  「ん?どうした?」


  ロムレスが、自分の名前を呼ばれて後ろを振り返ると、涙目になって自分をみている妹が立っている。


  驚きはしたが、レムスが言わんとしていることが分かっているロムレスは、いつものように優しく頬を緩ませる。


  「じゃ、行ってくるから。」


  昔であれば、妹を安心させるために、幾らでも抱きしめただろう、幾らでも言葉をかけただろう、幾らでも笑っただろう。


  だが、戦う事を決めたあの日から、自分の強さを守るために、貫く為に、自分を甘やかす行為は止めてきた。


  背中に感じる視線を払い去り、ロムレスは剣を手に取る。緩めた頬も緊張させて、レムスの泣き顔さえも忘れようとする。


  ウェルマニア家の玄関口につくと、そこには自分を待っていた仲間がいて、仲間の顔を一通り見ると、みな笑い、一様に頷く。


  「行くぞ!遅れを取るな!」


  ロムレスの掛け声とともに、周りからはオクタティアヌス家の馬の足音が聞こえてくる。


  ロムレス達も馬に乗り、ロムレスを筆頭にして剣を振るう。


  「うおぉぉおぉおおぉ!!!」








  「特攻隊が行ったか・・・。よし、俺達も行くぞ。」


  カシウスは愛馬のアイトーンに優雅に跨ると、腰にさしてあった剣を取り、天高く掲げる。


  それを合図に、銃声や砲弾、剣の交わる音が聞こえる。


  ―もはや止められはしないだろう。


  「アイトーン・・・。」


  優しく愛馬の首を撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。


  それを見て自分も落ち着いたカシウスは、ロムレス隊の援護に向かう為、馬を走らせ始めた。


  「特攻隊に続け!必ずや勝利をクラウド様に届けるのだ!!」


  「「「うおぉぉおおぉぉぉぉぉおおおおぉ!!」」」


  馬の唸り声と共に、カシウス達も戦場へと向かう。








  《ローザン、聞こえるか。こっちは大分やられた・・・。そっちはどうだ?》


  「こっちも怪我人が多数出てる。・・・だが、これくらいで怯むわけには行かない!ラビウス様が、我らの隊に特攻を任せたのだ!命を捨てても勝つのだ!」


  《ああ、そうだな。しかし、ウェルマニア家の奴ら、こんなに戦い慣れしてるなんて思っていなかったからな・・・。油断した。》


  「こっちから援軍を送るか?」


  《そうしてもらいたいが、今移動するのは危険だ。的に成りかねない。しばらくは、なんとか耐えよう。また、連絡する。》


  「わかった。」


  無線を切ると、ローザンは先程掠った銃弾を思い出しながら、震える。


  まだ齢十四、命を捨てるには早すぎる年齢ではあるが、戦争中は命ほど不確かで邪魔になるものはないと感じた。


  恐怖に駆られながらも、なんとか自分の主君である、オクタティアヌス・ラビウスの期待に応えようと必死になっていた。


  自分の存在意義は、戦争での活躍、それだけであって、ただ能天気に生きているだけでは、自分の存在意義は無いと思っている。


  だからこそ、戦争にも積極的に出ていて、この若さにして隊を任されている。


  「ラビウス様は私を信頼して下さったのだ・・・!此処で引くわけには・・・。」


  目の前で、味方が倒れて行くのを見ながらも、助けることはしない。


  それが、戦争中の普通の光景なのだ。


  助けられるかもしれない命であっても、それを見ぬふりして、見えぬふりをして、剣を振るうのが役目であり、決意でもあった。


  戦争はいつも怖い。いつ自分が死ぬか分からないうえに、一人ずつ味方が死んでいくのを見ながらも、何も出来ることは無い。


  二の腕をギュッと握りしめると、ローザンは再び敵に向かって行く。








  ―レムス隊


  「レムス、狙撃のご指示を!」


  「・・・。待って。今の状況をよく見て。あれじゃ、仲間に当たるかもしれないじゃない。人の心臓や脳に当てるのだって、そんなに簡単な事じゃないのよ。」


  「しかし、このままでは・・・。」


  仲間の言っていることも分かるが、あの人混みの中には、自分の兄もいる・・・。


  そう思うと、レムスはなかなか狙撃の指示が出せないでいた。


  ―兄さん・・・。


  レムスは、何かを決心したように、自分の腰にある剣の柄をギュッと握りしめ、くるりと踵を返した。


  「レムス!?何処へ?」


  仲間はみな驚いてレムスを止めるが、レムスは至って落ち着いた様子で、上半身だけを仲間の方に向けて、水色の髪を靡かせる。


  「私も戦場へ向かう。相手から狙撃してくるまで、こちらからはしないで。身を守るための狙撃なら大目に見るわ。でも、なるべく逃げなさい。いいわね。」


  「レムス!待て!」


  「一人で行くな!」


  仲間の言葉に、後ろ髪を引かれる思いのレムスだが、此処で待っているのは性に合わない。


  ―死んだって構わない。その為に強くなったのに・・・。








  ―コープス隊


  「サビエス!ロマーユはどうした?一緒じゃないのか?」


  先程から、いくら探しても見つからない仲間を、一番仲の良さそうなサビエスに聞くが、首を横に振る。


  「ロマーユいないのか?」


  そこに、ヴェローヌがやってきて、やはり辺りを見てもいない仲間を心配する。


  「どうしたんだ?俺達の隊だって、そろそろ出るってのに・・・。」


  「何か連絡でもしてるのかな?」


  「連絡ゥ?」


  まだ何も自分達は始まってないのに、ロマーユは何をしに行ったというのか、それも分からぬままいると、ロマーユがフラフラ現れた。


  「ロマーユ!何処に行ってた!これから敵陣に行くぞ!」


  「ハハハ・・・分かってるって。ちょっと最期の煙草を吸いに行ってたんだ。」


  そう言うと、悪びれた様子もなく、コープス達の間を歩いていく。


  コープスはため息をつき、一度全員集め、作戦を伝える。


  「いいかみんな!クラウド様は怖いなら逃げてよいと仰った。だが、逃げていたら何も守ることなど出来ない!俺についてくるなら、命は元から無いものと考えろ!」


  コープスが高々と剣を掲げれば、コープス隊の全員も剣を天に掲げる。


  「行くぞ!敵の首を討ち取れ!」


  おおー!、という声を上げると、コープスと数人は馬に跨り、他の者は走って敵陣へと向かう。


  大地が震え出し、空気が振動し、馬が嘶き、人間が吠える・・・。


  ―戦場とは、天地が逆転するような感覚だ。








  ―オクタティアヌス家


  「失礼します。」


  「おお。ユースティアか。戦争が始まったそうじゃな。指揮はラビウスが取っているのじゃろう?」


  「はい。」


  「それなら、安心じゃ。」


  ユースティアの前にいるご老人は、オクタティアヌス・ビラドン。


  今年で五七になる、オクタティアヌス家の現時点での王であり、ラビウスとユースティアの実の父親でもある。


  もともと、ラビウスとユースティアは実の兄弟では無い。ビラドン王は、正室の他に、十三人の側室を王宮においていて、勿論その全員と関係を持っていた。


  ラビウスは正室の子、ユースティアは側室の子なのだ。


  他にも男の子を孕んだ側室はいたのだが、なぜか、流産になってしまったり、産まれたとしても障害を持って産まれたり、ある程度まで育って安心していると、急に亡くなってしまったのだ。


  『正室の嫌がらせ』だと囁かれたり、『側室同士の潰し合い』だとも言われているが、真相は今でも分かっていない。


  ラビウスは傲慢で我儘で、それでいて貪欲な子供時代だったが、一方のユースティアは大人しく、いつもラビウスの後ろをくっついて歩く事が多かった。


  「父上。二十分後に援軍を送りこもうと思うのですが、ラビウス様はこちらに残ると仰っているのですが、誰を指揮官に致しましょう?」


  「そうじゃな・・・。」


  ビラドンが考え込み、ユースティアに背を向けた瞬間、ビラドンの背中に激痛が走る。


  ぎっくり腰かとも思ったビラドンだったが、自分の腰辺りに腕を回すと、ぬるり、と生温かいものを感じた。


  それが『自分の血』であることに気付き、驚いてユースティアを見るが、特に表情を変えること無く、ラビドンを蔑むように見ている。


  「ユ・・・ユース・・・。」


  「貴方のような、弱者・愚者はいらないと、ラビウス様が仰った。それに、女性を娶ることしか考えていない色に溺れた年寄りなど、これほどまで排除に相応しい者がありましょうか?」


  そう言いながら、振り向いたところを、再び小刀でビラドンの腹を刺せば、力なく床に倒れて行った。


  ユースティアを見上げながら、力無い手を伸ばすが、床から数ミリも上がらないまま、その場で力尽きた。


  ユースティアは、汚れた小刀をビラドンの腹から抜くと、何事もなかったかのように部屋を出て行く。


  そして向かった先は、ラビウスのいる部屋だ。


  「ラビウス様。」


  扉に立っているユースティアに気付き、その手に握られている、血塗られた小刀を見ると、ラビウスは満足そうにニヤリと嗤った。


  「よくやった。下がっていいぞ。」


  「はい。」


  ラビウスが手をヒラヒラと動かして『出ていけ』と合図すれば、ユースティアは頭を下げて、そのまま戦場の中へと馬を走らせた。


  「アルティア。ユースティアの代わりに、俺の護衛についてくれ。」


  「はっ。」


  オクタティアヌス家一の剣の使いとも言われるラビウスが、自分の右腕のように頼りにしているアルティアという男は、一礼して部屋の中で待機する。


  「若者が時代を動かす時代なんだよ、じーさん。」








  ―ロムレス隊


  「はぁはぁ・・・。随分とこっぴどくやられたな・・・。」


  肩で息をしながら、岩場に身を顰めたロムレスは、怪我をした仲間の応急処置を行う。


  包帯も消毒液も何もない中で、隊の全員の腰に巻いてある布を外して、傷口を押しつけるようにして止血を試みたものの、なかなか血は止まらない。


  白かった布は、みるみる真っ赤に染まっていき、それを押さえているロムレスの手までもが、血で赤く染まっていく。


  ―ヤバいな・・・。医療道具なんて此処には無い。


  ―けど、取りになんて行ってたら、いつ襲われるかもわからねぇ。


  ロムレスは、岩場の陰から戦場を見るが、何度見ても慣れない悲惨さであった。


  呼吸も浅くなり、脈拍も弱まってきた仲間を励ましながらも、ロムレスは最悪の状況を想定する。


  ―いや、そんなこと考えるべきじゃないな・・・。


  「た・・・たいちょ・・・。」


  「どうした?」


  息を荒げながら自分の戦服を力強く掴んでいる仲間を、不安にさせないように声をかける。


  「はぁ・・・はぁ・・・・。お、俺・・・が・・・・。はぁ。俺が・・・敵に、つ、突っ込み・・・・ます・・・。はぁ・・・・。も、もう・・・。はぁ。俺、助か・・・助かりませ・・・。はぁ・・・。だから・・・。はぁ。」


  仲間の目から、溢れた涙が零れてきた。それがロムレスの手に滴り落ちると、その暖かさが伝わってくる。


  周りにいる仲間も、それを見て耐えきれずに下を向く。


  「モイス、大丈夫だ。そんなこと言うな・・・。まだ生きてるだろ?」


  諭す様に、血と涙が交じった布を押さえながら、ロムレスは仲間に向かって言葉をかけるが、モイスは弱弱しく笑い、否定する。


  「はぁ・・はぁ・・。たいちょ・・・。俺の、か、身体・・・に、自ば・・・く、用の・・・手榴弾・・・下さ・・・。」


  悔しさが残る中、ロムレスはモリスの手に、手榴弾を置くが、渡した自分の手をなかなかひく事が出来ずにいた。


  すると、そんなロムレスの胸中を察したモリスは、自ら身体を起こし、震える手に手榴弾を収め、ロムレス達に向かって笑いかけた。


  「・・・!!」


  唇を噛みしめるロムレスの肩に、弱く頭をつけると、荒い呼吸のまま話す。


  「俺・・・、ロ・・・ムレスた、達に・・・会え・・・・、よかっ・・・!!」


  そう言うと、涙を拭って、言う事を聞かない足を無理矢理立たせ、岩場から身を乗り出す。


  それと同時に、ロムレス達は岩場から移動し、別の場所へと避難し、反撃するタイミングを見測る。


  刹那・・・―


  銃声が聞こえてきて、モリスの身体を次々に貫いていくのが、視界の端に見えた。


  血だらけになっていく仲間を助けることが出来ないもどかしさ、自爆させることを望んだ仲間を止めることが出来なかった無力さに苛まれながらも、馬を呼び、跨って準備を整える。


  「うあぁあああァあぁァァあぁああ アぁああ アああ ぁぁァあ!!!!」


  けたたましい音とともに、砂埃が立ち、その隙にロムレス達は反撃を開始した。








  ―カシウス隊


  「思ったよりも数が多いな・・・。」


  冷静に周りを見て、状況を把握しようとしているカシウスの後ろから、オクタティアヌス家の兵士が剣を振り下ろすが、カシウスは華麗に相手の剣を払う。


  愛馬のアイトーンから一度降りて、歩けないように足を負傷させると、再びアイトーンに跨って戦場を駆け抜ける。


  ―しかし、オクタティアヌス家の王子二人ともいない・・・。


  ラビウスとユースティアの顔だけは見たことがあるカシウスだが、戦争を仕掛けておいて、どちらも指揮官として戦場に来てはいない。


  ならば、誰が指揮を取っているのかと、それを不思議に思ったカシウスは、馬をひたすら走らせていた。


  「ふぅ・・・。アイトーン!帰ろう。此処から先は危険だ。」


  敵の領地に足を踏み入れる崖の一歩手前で、カシウスは愛馬を止める。


  ―やはり、いなかった・・・。


  崖の上から全体を見ても、それらしき人物は見当たらなかったことに、眉を潜ませながらアイトーンの手綱を引くと、勢いよく仲間のもとへと走り出した。


  その途中、崖の下の道を走る一頭の馬を見た。


  「!」


  それが、『ユースティア』の方であることがわかったカシウスは、一旦アイトーンを止めて、ユースティアの来た方向を振り返り、また走らせた。


  アイトーンがリズミカルに走ると、大地は踊り、風は唄い出す。


  一瞬だけ、自分が戦争に加わっているとは思えないほどの心地良さを感じながらも、鼻を掠める人の血の臭いだけは拭えなかった。


  「アイトーン。お前は本当に、走るのが好きだな。」


  こんな戦争中にも係わらず、可愛らしく啼く愛馬に向かって、カシウスは、柔らかく微笑んだ。 


  「・・・この世界の誰もが、お前みたいならいいのにな・・・。」








  ―敵陣


  「くそっ!」


  ローザンは、苛立たしげに自分の膝を叩いた。


  精神的にもまだ未熟な少年は、今の自分の苛立ちを、何処に、誰にぶつければいいのか分からないままいる。


  産まれ持った金髪が風に靡く度、水面に反射する光のように、輝いている。


  「ローザン、落ち着け!まだ形勢は五分五分くらい・・・。押されてるわけじゃあないんだ!!」


  「・・・完膚なきまでに叩き潰さなければ意味など無い!!」


  冷静になるようにと助言をしてきた仲間を、力いっぱい殴りつけたローザンは、肩を上下に動かしながら息をし、周りにいる仲間を睨みつける。


  ローザンに睨まれると、誰も彼もが視線を逸らして下を向く。


  齢だけで上下関係をつけるのなら、ローザンは明らかに下から数えた方が早いのだが、ラビウスに忠実に動くローザンは、ラビウスにとってイイ手駒であった。


  剣も、小さいころから習わされていただけあって強く、オクタティアヌス家の中では、三本の指に入るほどの実力者である為、誰も文句など言えなかった。


  「お前ら、良く聞いておけ。どれだけ力を固持しようと、どれだけ権力を誇ろうと、どれだけ金をばらまこうと、どれだけ歳を重ねていようと、戦争など勝たねば意味が無い。戦争において命乞いをするなど以ての外!そんな辱めを受けようものなら、俺がオクタティアヌス家の恥にならぬよう、この手で始末してくれる!」


  幼い顔と声からは想像出来ない言葉に、みな息を呑む。


  そして、誰一人として口を開くことなく、ローザンの指示を待った。


  「役に立たぬ者は死んだ方が仲間の為。」


  そう言うと、ローザンは馬に跨って再び出陣する準備をする。


  次々に他の兵士も馬に跨って、ローザンの後に続いていく。


  「栄光は我らの手にある!行くぞ!!」








  ―コープス隊


  「サビエス!お前は東から。ロマーユは中央から。分かったな。連絡はこまめに取るように。」


  「わかった。」


  二人して返事をすると、それぞれに散らばるために、馬に跨る。


  「サビエス。」


  「なんだ?コープス。」


  少しサビエスと話をすると、コープスは自分の馬に跨って、颯爽と走って行った。


  「どうしたんだ?サビエス。」


  心配そうにロマーユが聞くと、サビエスは首を横に振って馬を走らせる。


  ―きっとコープスのことだ。何か作戦を伝えたんだろう・・・。


  そう考え、ロマーユも馬を走らせた。








  カシウスが自分の陣地についた時、なにやら騒いでいるのが分かった。


  「どうした?」


  アイトーンから降りて手綱を持ちながら、騒ぎの中心人物であろう人物を見つけると、カシウスは驚いた顔をした後、苦い顔を向ける。


  「レムス。どうしてお前が此処にいる。城から狙撃の援護だと聞いたが。」


  レムスは、十五の幼い顔のまま、身体をくるりと方向転換させて、カシウスの方に向かってズカズカと歩いてくる。


  あと一歩でも近づけば体がぶつかるであろう距離まで来ると、レムスはカシウスを睨みつける。


  「私も戦う。援護は部下に頼んだし。」


  困ったように、カシウスは頭をかき、落ち着くように言うが、レムスは至って落ち着いていた。


  「第一線にお前を出すわけにはいかないんだ。早く持ち場に戻れ。」


  カシウスが突き放す様に言うと、レムスは不機嫌さを強調するように、眉間にシワを寄せて拳を作り、その拳をカシウスに向かって突き出した。


  周りの仲間がそれをみて呆気に取られている中、カシウスだけは怯むことも、目を瞑ることもしないでいる。


  肘が曲がったまま突き出された拳が、小刻みに震えているのが分かる。


  声も震えているが、それを隠す様に強気の態度で牙を向く。


  「私が女だから!?カシウス!!女が戦場にいたらいけないの!?戦ったらいけないの!?男だったら戦えたの!!?」


  拳を引っ込めたと思ったら、今度はカシウスの胸倉を掴みあげる。


  「レムス!止めろ!これはカシウスの一存じゃないんだぞ!これはっ・・・!!」 


  「止めろ。・・・いい。」


  レムスが強いのを知っている仲間は、何とかして止めようとしたが、カシウスは落ち着きながら仲間の言葉を遮る。


  軽くため息をつき、睨むわけでもなく、笑うわけでもなく、無表情のまま口を開く。


  「殴りたければ殴れ。殴って気が済むならな。殴り終わったら持ち場に戻るんだ。」


  カシウスの顔面を殴ろうと、再び振りあげられた腕は、カシウスに当たることは無かった。


  カシウスの目の前で止まり、そのまま下へと下ろされた。


  「・・・兄さんに言われたんでしょ・・・。」


  「・・・。」


  ゆっくりと、掴んでいた腕を離すと、レムスは悔しそうに唇を噛みながら、踵を返して戻って行った。


  その背中を見つめて、カシウスは首元を摩りながら、またため息をつく。


  「まったく。困った兄妹だ。」








  ―オクタティアヌス家


  「ふぁああァぁ・・・。眠ぃなぁ・・・。」


  ラビウスが何度も大欠伸をしていると、アルティアが紅茶を運んできた。


  「お!気が利くな!」


  紅茶を口に運びながら、ラビウスは戦争の様子を、遠巻きから眺めている。


  口元を歪めてはいるが、笑っているわけではなく、その目はまるで、つまらない映画を見ているようだ。


  いっそ、早送りをして、さっさとエンディングを見たいという顔をしている。


  悠々と足を組み、ただ報せを待ってるだけだが、ラビウスは戦争を仕掛けた張本人にも係わらず、まるで他人事のような表情をしている。


  「アルティアさー、今回の戦争どう見る?」


  優雅に香りを楽しんでいるラビウスから振られた問いに、アルティアは冷静に対処する。


  「ウェルマニア家が思った以上に戦い慣れていますので、現時点では優勢とも劣勢とも言えないでしょう。」


  「やっぱそうか~?あそこの親父は平和主義者だから、絶対に戦争になっても勝てるような訓練してないと思ったんだけどな・・・。なんでも、カシウスっていう若ぇーのがいて、そいつがネックになってるらしいんだけどよ。・・・あれ?この情報って、アルティアから聞いたんだっけか?」


  「・・・はい。知らせた記憶がありますので。」


  情報源から聞いた情報を、情報源に話すという、なんとも滑稽な事をして、一人で笑うラビウス。


  弟のユースティアが戦場に向かった事など忘れているかのように、足を組み直す。


  そして、また別の話を切り出す。


  「・・・にしても、アリス以上の女なんてこの世にいるのかね~。」


  「何です、藪から棒に。」


  遠くの方に見える砂埃の中から、小さな黒い影がちらほらと見え隠れする。


  それが仲間なのか、それとも敵の姿なのか、また欠伸をしながらアルティアを見ずに、ククク、と喉を鳴らして笑う。


  「いやなに、アリスは躾さえしとけば、もっとイイ女になったとは思わねえか?いや、俺は思うんだよ。髪だってあんなに柔らかくて、肌もつやつやで、冷たい目はぱっちり二重。薄いのに色気のある唇と、色白だが不健康では無い辺りもいいな・・。細すぎず、ちょっとまだ幼児体型が交じったところも、俺としては本能を駆り立てられたんだがな・・・。」


  一人で怪しげな笑みを浮かべながら、変態丸出しの自己分析を語っているラビウスの言葉を、アルティアは黙って聞いていた。


  ・・・のか、軽く聞きながしていたのかは分からない。


  アリスという人間に興味が無いのか、ラビウスの話に興味が無いのか、その両方なのか・・・。


  「それにしましても、嫁いでこられてからすぐに、姿が見えなくなりましたが。」


  「・・・ああ。愛情たっぷり育ててたんだけどな~。」


  また喉を鳴らして笑うと、紅茶のカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がって窓の外を優雅に眺める。


  「あーあ・・・。早く終わんねえかな。」


  そう言って、伸びをしながら部屋を出て行こうとするラビウス。


  「ラビウス様、どちらへ?」


  「ト―イ―レー。」


  「・・・。お気をつけて。」


  きちんとお辞儀をして見送ると、アルティアも窓の外をしばらく眺めていた。








  ―カシウス隊


  「ジャック隊の半分以上がやられて、アーンクル隊もほぼ半数死亡を確認・・・。」


  混乱する戦場の中を走ってきた一頭の馬の腹に手を伸ばし、仲間からの、それぞれの隊の状況を知らされる。


  無線機は妨害にあって、上手く連絡が取れない為、いざという時だけ使う事にした。


  馬を無線機代わりにして連絡を取り合っているが、唯一の移動手段でもある馬になにかあっても大変なので、最低限にしか走らせない。


  カシウスは連絡を受け取ったあと、自分の愛馬のアイトーンのもとへと行き、心を落ち着かせるために顔を撫でて和む。


  「・・・。ロムレスの隊は半数以上生存。コープス隊とレムス隊はまだ連絡なしで、俺の隊も三分の二は残ってるか・・・。」


  まだ生きている者がいるという喜びと、もう二度と会えない者がいる悲しみ。


  どちらも優先出来ない感情であって、表情に表すことは難しかった。


  「カシウス。」


  仲間に呼ばれ、アイトーンを撫でていた手を止めて、急いで陣地に向かう。


  「イオ―ジュが怪我したんだ。止血したんだけど止まらなくて・・・。」


  怪我の具合を確認するためにイオ―ジュに近づくと、イオ―ジュは身体を後ろに引きずって、カシウスから逃げる。


  「見せろ。傷口を見るだけだ。」


  片膝を地面につけて、ゆっくりと手を差し伸べるが、イオ―ジュは首を横に振って、拒む。


  パッと見た感じだと、筋が斬られている様子はないため安心するが、傷口から徐々に菌が入っていき、腐っていく可能性もある。


  カシウスが心配そうに見ていると、イオ―ジュが唇を震わせながら言葉を紡いだ。


  「俺はもう、戦えないのか?」


  「?」


  声を震わせながら言うイオ―ジュに、他の仲間が声をかける。


  「そうじゃないだろ、イオ―ジュ。カシウスはお前の怪我見るだけだ。戦えるか戦えないかはそれから決める事だろ。」


  「うっせえよ!リコラウ!戦争中に怪我した奴なんか、足手まといになるだけだって、外されるに決まってんだろ!」


  怒鳴り出したイオ―ジュは、怒りや不安、恐怖や悔しさから、仲間に罵声を浴びせる。


  「足だぞ!?足を怪我したんだ!!致命的だろ!お前らに俺の気持ちなんか分かんねえだろ!?今まで一日も休まないで稽古してたって、こんな大事な時に怪我するようじゃ、此処から追い出されても仕方ねえんだよ!!大体、戦争なんて無縁だと思ってたのに、急に戦争になって、戦って、死に物狂いで剣を振るったって、足が無きゃ何も出来ねえだろ!!?要するに、俺は邪魔ものになったってわけだ!邪魔ものはいなくなった方が、そりゃあいいだろうな!足手まといは全部切り捨てていくのが、利口な戦い方だ!!」


  怒鳴り続けたイオ―ジュが、さらに続けようとした時、冷たい音が空気を伝って、その場にいた仲間の耳に届く。


  ヒリヒリとして感覚が、後から理解出来たイオ―ジュは、自分の頬が叩かれたことに気付くと、叩いた相手の方を、目を丸くさせて見た。


  「カシウス・・・。」


  リコラウがぽつりと呟くように名前を言うと、カシウスは叩いた方の手を、身体の横に置く。


  「殴らなかっただけ良いと思え。」


  「なんだと!?カシウス!俺は・・・。」


  また怒鳴ろうとしたイオ―ジュだが、身体を射抜くようなカシウスの視線によって、その先をすることは許されなかった。


  まだ若くとも、内に秘めた覚悟は誰にも分からない。


  カシウスの視線から逃れることが出来ずにいると、再び、少し低めの声が空気を伝って耳に届く。


  「足の怪我は、確かに致命的だ。通常ならここでお前を外すのが妥当だ。」


  「・・!ほら、見ろ!」


  「通常なら・・・な。」


  イオ―ジュを含め、みんなが分からないというような顔をしていると、カシウスはため息をつきながら髪をかき乱す。


  膝に手を当てながら腰を上げると、イオ―ジュの頭を軽くペシッと叩き、片方の手を腰に当て、もう片方の手でまた髪をワシワシとかき乱す。


  「お前は弓が得意だろう?長距離戦型の弓なら、馬に乗ってる方がやり易い。だから、弓で威嚇なり援護なり出来るだろ。」


  「は?弓?」


  弓なんて此処には持ってきていないと言おうとしたリコラウは、外からイオ―ジュの愛馬が入って来るのが見えた。


  「ソルジャー・・。」


  愛馬の背に乗っている弓を見て、イオ―ジュは呆気にとられる。


  「なんでソルジャーが弓なんて・・・。」


  カシウスがソルジャーの背から弓を取り、イオ―ジュに投げる。


  「やるのか?やらないのか?」


  「・・・!やるに決まってんだろ!・・・でも、百発百中とはいかないけど・・・。」


  語尾がだんだんと弱まって来ると、仲間は少し不安げな声を上げたりしたが、それもカシウスの一言で消える。


  「弓の名手、オリオンを超えるって豪語してたのは何処のどいつだ。それに、お前の家は代々弓を武器として習うんだろ?だったら、自信持て。どのみち、お前以外の奴には無理だ。」


  そう言われると、イオ―ジュも決心して、肩を借りながら愛馬のソルジャーに跨った。


  「バランス取れるか?」


  心配そうに、リコラウが聞くが、足というよりも腰でバランスを取っているため、変に力が入らずに、逆に取りやすそうにしている。


  「平気だ。手綱を背中にかければ、落ちないだろうし。」


  さっきとは別人のように活き活きとしてるイオ―ジュを見て、仲間もみんな安心する。


  それを見てカシウスも安心したようにため息をつく。


  「なら、三分後にまた反撃をする。弾の準備もしておけ。」


  アイトーンの顔を撫でに行くと、アイトーンも嬉しそうにヒヒン、と啼いた。








  ―レムス隊


  「レムス隊長!狙撃の準備は出来ています!ご指示を!」


  自分の隊のもとへと帰ってきたレムスは、カシウスに八つ当たりしたことを後悔しながらも、頭の中を切り替えることに専念した。


  頭をブンブンと勢いよく振ると、乱れた髪のまま、戦場を見渡す。


  「この城を守るための狙撃、己の身を守るための狙撃、仲間を守るための狙撃は許可する!無意味な犠牲を産む狙撃をした者は、私が直々に殴り倒す!各々、配置について、各自の判断で狙撃せよ!」


  レムスが、周りの全員に聞こえるように叫ぶと、全員が一斉に敬礼をし、自分の持ち場へと走っていった。


  小型の双眼鏡で辺りを確認し、どの方向から攻撃されてもいいように、四方八方に配置した。


  ウェルマニア家とオクタティアヌス家の中間ほどのところで起こっている現状を、誰よりも早く察知して指揮をしようと考えていたレムスだが、その責任を背負っている背中を、優しく叩かれた。


  「シャオ・・・。何か用?自分の持ち場に戻りなさい。」


  「まあまあ。そー硬くなんなって。お前がカシウスんとこ行ってる間に連絡あってさ、お前の兄貴も無事だそうだ。安心しろ。」


  「・・・そう。」


  ホッとしているはいるが、それを顔には出さないレムスに、シャオは笑いながらレムスの頭の上にポンッと手を置く。


  「お前の兄貴も必死に生きてんだ。お前も投げやりになんじゃねえぞ。」


  頭の上に置いていた手を浮かせて、目を細めて柔らかく笑うと、シャオは持ち場に戻って行こうと背を向けた。


  その背に向かって、レムスが言葉を投げつける。


  「シャオ。『お前』って言うのは止めろと言ったはずでしょ。私だって自分の名を誇りに思ってるの。それを邪険に扱わないで。」


  「はいはい。エドワード・レムスちゃん?」


  「・・・。『ちゃん』はいらない。」


  自分の持ち場に向かい背を向けながら、軽く腕を振りながら去っていった。


  ―兄さんは無事・・・。きっと大丈夫。


  自分の気持ちを落ち着かせるように、心の中で唱える。


  すうっ、と息を吸いながら見上げた蒼穹は、地で起こっていることなど知らないように、とても綺麗でいて、雲は自由に飛んでいた。


  ―なんて美しい空なんだろう・・。


  ―大地ではこんなに醜い争いをしているというのに。


  レムスは、再び砂が舞っている大地の方へ視線を向けて、目を細める。


  「・・・神の御加護を・・・。なんて。馬鹿みたい。」


  得体のしれない神になど、自分の命や仲間の命を左右されて堪るものかと、レムスは自分の髪の色でもある空を睨みつけた。








  ―敵陣


  「どうなってる!?どうしてウェルマニア家の攻撃を避けない!?」


  「すみません、ローザン様!どうやら、導火線の数本が湿っていたようで・・・!今新しいものと取り換えておりますので、もうしばし!」


  「湿っていただと・・・?そんな初歩的な確認もしなかったのか?」


  ローザンの視線を受け、急激に下がった体温を感じながらも、口答えすることはなく、ただ何度も謝った。


  しばらく待つと、新しいものが用意された。


  「ローザン様、準備が整いました。これで、いつでも攻撃できます!」


  「・・・そうか・・・。」


  そう言うと、ローザンはゆっくりと大砲の方へ近づき、チェックを始めた。


  「大砲管理の責任者は・・・誰だったか?」


  ふと呟かれた言葉に、周りの者は血の気の引く思いで互いの顔を見渡すと、一斉に一人の男の方へと視線が集まった。


  ローザンは、その集められた視線を追って行き、その男の名を呼ぶ。


  「・・・お前か?ファウル?」


  ファウルと呼ばれた男は、ガクガクと口を震わせながらも、静かに頷いた。


  視線を逸らしているファウルに対して、ローザンは真っ直ぐに睨んでいて、ファウルがゴクリ、と唾を飲む音まで聞こえそうなほどに静まり返っていた。


  「ファウル。其処に立て。」


  ローザンが指差したのは、陣地から数十m離れた崖の下だった。


  大人しく返事をして、ローザンが指差した崖の許へと一歩一歩、進むことを拒む足に力を入れて、なんとか辿りつく。


  ファウルが崖の下まで着くと、ローザンは手際よく大砲に砲弾を詰めて、導火線に火をつけ始める。


  やろうとしていることは、誰の目から見ても明らかだった。


  「ローザン様!そこまでしなくても・・・っ!」


  止めに入ろうとした男に対して、ローザンはゆっくりと振り返ると、氷のように冷たい目をしていて、その場にいた全員がゾクッとした。


  身の毛もよだつ思いに、誰も口を開くことを忘れてしまった。


  「我がオクタティアヌス家に敗北など赦されない。ましてや、ラビウス様の邪魔にしかならぬ存在など、不必要。この世に生きる権利を与えられるのは、忠実な賢者だ。強者だけが生き残る事が出来るのだ。仲間同士で傷の舐め合いなど馬鹿げている。ラビウス様の為、オクタティアヌス家にとって足手まといとなる者は、このソーメスト・ローザンが排除する。」


  ローザンが話している間に短くなっていった導火線によって、大砲が吠え、砲弾がファウルの身体を貫く。


  一瞬にして粉々になった仲間の身体を見て、多くの者が口を押さえて驚きを隠せないでいる中、一人だけは違った。


  ローザンだけは、十四とは思えないほど冷酷な表情を浮かべ、仲間に次の指示を出した。


  風に靡いてる髪は、まるで太陽のような輝きを放っているが、心の中に蠢いているのは、太陽などでは無く、闇に近い『忠誠心』だった。


  「これからウェルマニア家に攻撃をする。散々やられた分、それ以上の仕返しをしてやれ。」


  ローザンの一言で、大砲が再び啼き出した。


  「負け戦をしに来た馬鹿な連中を、跡形もなく吹き飛ばせ!」








  ―コープス隊


  《配置についたか。》


  「はい。サビエス班、東の配置につきました。」


  《ロマーユ班も中央についたぜ。》


  《よし・・・。三十秒後に攻撃する。いいな。》


  「了解。」


  ―プツッ・・・。


  無線を切ると、サビエスは目の前に広がる惨劇に目を奪われる。


  ―なんて事だ・・・。もう何人もの優秀な仲間を失った・・・。


  すぐに三十秒が経ってしまい、一斉に敵を囲うようにして攻撃を仕掛けるが、剣を交える度に、仲間か敵かも分からない人が倒れていくのが、僅かに視界に写る。


  余所見をしては自分が殺されることを知っていながらも、どうも目の前のことに集中出来るような心情ではない。


  助けを求める仲間を助けにも行けず、サビエスはただ剣を振るう。


  一方のロマーユも、サビエスと同様の感情に振り回されていた。


  ―終わりが見えねえよ・・・。こんな戦争・・・。


  冷たく響く剣同士の叫び声は、鼓膜を通って確かに聞こえてくる。


  「ロマーユ!何をボサッとしてる!」


  ハッと気づくと目の前に敵がいて、その背中をコープスが剣を振りおろしていた。


  「悪い。ちょっと考え事してて。もう大丈夫だ。」


  「それならいいが。この状況だ。また助けられるとは限らないからな。」


  「おう。」


  コープスがまた敵と剣を交え始める。


  ため息をつきながら、自分が今いる戦場を見渡すと、戦争を止めようとする者が誰一人としていないことを悲しく思い、下っ端である自分達が戦っていることに意味などあるのかと、手に握られている剣をさらに強く握りながら、身体を動かした。


  敵が倒れ、仲間が倒れ、その中で何にも見えないふりをして、ひたすら剣を振るう。








  ―オクタティアヌス家


  「あー。やっぱり暇だ。アルティア、まだユースティアからは連絡ねえのか?」


  「はい。まだです。」


  「落馬でもしたか?」


  「そうかもしれませんね。」


  「・・・そこは否定しとけよ、一応。」


  先程から、椅子に座ってうーんと背を伸ばしているラビウスの傍らで、アルティアは冷静に言葉を返していた。


  退屈そうにしているラビウスが、煙草は無いのかと聞かれたアルティアは、眉間にシワを寄せて無言で否定する。


  「あ、そうだ。しりとりしよーぜ、しりとり。」


  いきなりしりとりを持ち掛けられたアルティアは、見るからに嫌そうな表情を作る。


  すると、丁度アルティアの部下から連絡が入ってきた。


  扉付近でごにょごにょと少しだけ話をすると、部下はまた忙しそうに廊下を走っていった。


  「なんだー?」


  「ユースティア様からです。『着いた』だそうです。」


  「おー、なんとも抽象的な。まあいいや、着いたんだな。これから面白くなるといいな・・・。てか、面白くさせる為にあいつを行かせたんだしな。」


  「面白くというと?」


  色々と言いたいような気もしたアルティアだったが、今のラビウスには何を言っても無駄だと思い、淡々と続ける。


  「いや、何でもいいんだ。遊び道具が増えたら尚いいな。」


  そう言うラビウスは、口元を歪め、目は笑わないという、なんとも言えない不気味な笑みを浮かべた。


  背もたれに思いっ切り寄りかかっていた背を離し、前のめりになって戦場を眺める。


  「さぁ・・・て、と。我が弟は、どう動いてくれんのかな?」


  弟をも駒として掌で動かそうとしているラビウスの脳内は、誰にも理解は出来ないだろう。


  それでも、傍らで立っているアルティアは、特に驚くわけでもなく、蔑んでいるわけでもなく、興味無さそうにしていた。


  舌舐めずりをするラビウスは、悪役にふさわしい。いや、悪役なのだろう。


  「あ、そうそう。アルティア、しりとり。」


  「・・・離婚。」


  「え、続ける気ねえの?・・・りんご。」


  「誤算。」


  「・・・・・・・・。ゴリラ。」


  「ライオン。」


  「・・・・・・・・。ラッパ。」


  「パンプキン。」


  「・・・・・・・。パンダ。」


  「ダスキン。」


  「え、それあり?てか、俺、一人しりとりになってんだけど。」


  「一人遊びが上手になられましたね。」


  「はぁ・・・。お前だけは考えが読めねえなぁ・・・。」


  そう言いながらも、ククク、と喉を鳴らしながら余裕そうに笑っているラビウスは、すっかり冷めてしまった紅茶を口に運ぶ。


  「新しいのを入れてきましょうか。」


  「猫舌だと、飲みたいときにすぐ飲めねえんだよ。」


  猫舌どころの話では無く、もう冷たいだろう紅茶を、優雅に優雅に飲む。


  喉を通る冷たい感覚に満足すると、ラビウスはまた足を組み直して、頬杖をつきながら喉を鳴らして笑う。








  ―ロムレス隊


  「くそ・・・。はぁ・・・。」


  カシウス達の援軍のお陰で、なんとか場を持ちこたえられてはいるロムレス隊は、最初にほとんどの襲撃を受けた為、とてつもない犠牲を払ってしまった。


  特攻隊の隊長としては、なんとも情けないという思いに打ちひしがれながらも、悲しむばかりの心を切り替えなければいけないことに、憤りさえ感じる。


  ―仲間の死さえも、悼む暇も無いなんてな・・・。


  敵も仲間も、幾重に重なった屍の一部となっていて、誰が誰かを識別することも難しくなっている。


  積み重なった遺体の中から、仲間だけでも探しだしたいと思いながら、今は耐えるしかなかった。


  ―レムスも、無事か・・・?


  ―カシウスは?みんなは?


  人の心配などしている場合ではないのに、ロムレスの頭の中はそれで一杯だった。


  遠くの方で聞こえる悲鳴も、近くで聞こえる銃声も、人の胸をえぐる様な音として耳に届くはずなのに、狂ってしまって、その音さえも心地良く感じてしまうのが怖かった。


  時代の波に逆らうなどと、そんなのは夢物語であって、現実問題として時代には上手く乗っていくことが生き抜く秘訣なのだ。


  だからといって、人が死んでいくのを見るというのは、いつまで経っても慣れない。


  「ロムレス隊長!」


  「なんだ。」


  走ってロムレスの許に来た仲間の腕からは血が出ていたが、そのことではなく、カシウス隊に関する内容だった。


  「カシウス隊長から連絡がありまして・・・。」


  仲間の口から、死んだ仲間のことや、まだ戦っている仲間の事を聞かされる。


  「そうか、わかった。ありがとな。怪我は大丈夫か?」


  「あ、はい。これは俺のじゃなくて・・・。」


  仲間を助けようとしたときに浴びた返り血・・・。


  その言葉を言う事は無かったが、沈黙の中に詰まった想いを、ロムレスは感じ取った。


  そして、紙で剣を拭き、再び大地の唸りが聞こえる戦場へと向かう。


  生温かい風を切りながら駆けていく間にも、敵や仲間が次々に倒れていくのが見えるが、あえて真っ直ぐ前だけを見つめて奔った。








  ―ウェルマニア家 一室


  「・・・・・・・。アリス。」


  クラウドは、部屋に虚しく響き渡る自分の声を聞き、それが現実であることを再認識する。


  ―ウェルマニア・アリス


  小さいころから気が利き、優しく、そして強い子であった。


  いじめは嫌いで、裕福な家庭で育ったのにも係わらず、質素な暮らしを好んでいた。


  クラウドの影響なのだろうが、老いてから出来た可愛い娘には、少しくらい贅沢をしてほしかったクラウドに、アリスは首を横に振るばかりだった。


  オクタティアヌス家に嫁ぐ時も、嫌なら嫌と言えば良いものを、自己犠牲によってウェルマニア家を守ったのだ。


  アリスには好きな男がいたと小耳に挟んでいたクラウドは、アリスが選んだ男であれば間違いは無いと思い、アリスの恋を応援する心算だった。


  しかし、その相手を聞くことも出来ぬまま、嫁いでしまった。


  「アリス。」


  もう一度声に出しては見ても、それは現実味を増すばかりであって、返事をする本人はもういないことに、今まで溜まっていたものが溢れそうになる。


  枕元にある自分の愛娘の写真を取り出すと、そっと顔の部分に触れるが、触れられない温もりを感じると、耐えきれなくなった無念さや寂しさが、どっと押し寄せてきた。


  嗚咽しながら静かに泣くクラウドは、再び写真を見ようとするが、目の前は濁っている。


  アリスの思い出の品といっても、物欲が無かったためにほとんど何も残ってなどいなかった。


  残っているのは、数着の洋服と、クラウドの妻の形見であるイヤリングとネックレス、古びた数足の靴と数枚の写真だけ・・・。


  オモチャも必要以上の生活用具も何も無い。


  ―お父さん、私、結婚の話を受けようと思うの。


  ―政治の道具でも構わないわ。私は幸せになります。


  ―お父さんがお母さんだけを愛しているように、私も愛されに行くだけよ。


  ―時代だもの。仕方ないわ。


  ―ありがとう、お父さん。行ってくるわ。


  アリスとの会話を思い出して、クラウドは天井を見上げる。


  こんな時代に産まれなければ、アリスは幸せに暮らしただろう。


  こんな時代に産まれなければ、アリスは自由に生きられただろう。


  こんな時代に産まれなければ、アリスは心の底から笑っていただろう。


  こんな時代に・・・。


  時代とは、良くも悪くも流れ続けて行くものだ。過去に科学者が定義したものが訂正されたり、新たな技術が生まれたり、本当に愛し合ったものが一緒にいられたりする一方で、何かを得るために犠牲を払ったり、貧困の差が生まれたり、こうして命を自ら削ったり・・・。


  クラウドは、今も戦場で戦っている者達の事を考えながら、ただ祈っていた。


  「みな、無事でいてくれ・・・。こんな老いぼれの命などくれてやるわい。じゃが、まだ皆若い。命を無駄にすることは無いのじゃ。・・・死神よ・・・。いるならば、ワシの命だけ持って行け。あやつらの・・・、ワシの息子達の命を狙う死神共を引きつれて、ワシの命を取りに来い!」


  アリスの写真をグッと握ると、くしゃくしゃになってしまった。








  ―敵陣


  「ふぅ・・・。」


  自分の味方のいる陣地に無事についたユースティアは、辺りを見渡して現状把握に専念していた。


  「ユースティア様だ!」


  「救世主が来て下さったぞ!!」


  ユースティアの登場に、あちこちから歓声が上がるが、普段通りの表情のまま部下達の前に出る。


  右から左へと頭ごと動かして、全員が味方であることを確認すると、未だに騒いでいる部下を止める様に、掌を出して『制止』を促す。


  すると、一斉に静かになり、ユースティアが口を開く。


  「ラビウス様は呆れている。誰がこんな醜態を予想した?我がオクタティアヌス家は、ウェルマニア家とは違って、幾度も戦争を経験してきたはずだ。それは何故か分かるか?単に、今は亡きビラドン様の暇つぶしなどでは無い。」


  『今は亡き』という言葉を聞くと、少なからず驚きの声を上げるものが出てきた。


  「言い忘れていたが、ビラドン様は先程病死したと報告があった。」


  自分で手をかけておきながら、まるで他人事のようにさらりと流したユースティアだが、誰もそれについて追求する者はいなかった。


  「今までの戦争は、今回の為の練習だと言える。分かるか?ウェルマニア家との戦争に備えての戦争練習だったというわけだ。それにも係わらず、成果を出すばかりか、互角にしか戦えないとはどういう事だ。」


  冷めた目つきで、部下達を見下すユースティアに、一人の部下が手を上げる。


  「?なんだ?」


  「あ・・・あの・・・。」


  手を上げたはいいが、周りからの痛いほど突き刺さる視線に、心臓が飛び出てしまいそうになりながらも、その若い部下は口を開く。


  「戦争の練習って・・・、その戦争で命を落とした仲間が大勢います・・・。」


  「・・・それがどうした?」


  おずおずと話をする若い部下に対して、年齢はそれほど変わらないユースティアは、堂々としている。


  薄紫の髪の毛を靡かせながら、男の言葉を待つ。


  「その・・・。今までの戦争を、懸命に戦って死んでいった仲間にたいして、練習だった、では私は納得がいかないのですが・・・。」


  「・・・。」


  「仲間の命を、オクタティアヌス家の為に勇敢に戦った仲間の命を、そんなに粗末に扱うのはいかがかと・・・その・・・・思いまして・・・。」


  ユースティアの沈黙に耐えきれずに、部下の男は、最後の方の言葉を濁す様に言った。


  その後、数人も同じような批判を、ユースティアに対してぶつけていった。


  「・・・そうか。言いたいことはそれだけか?」


  「あ、はい。」


  「お前ら、そこに並べ。」


  ユースティアに顎で指定された場所に、数人の部下達が下を向いて整列していく。


  殴られるのだろうか、それとも土下座をさせられるのだろか、はたまた指を一本切られるのだろうかと、恐怖を抱えたまま並ぶと、ユースティアは他の者達に離れる様にと伝えた。


  何が始まるのかと思い、下げていた視線を少しだけ上げる。


  すると、そこには短機関銃を手にしたユースティアが、無表情で立っていた。


  「ユ・・・ユースティア様・・・!?」


  部下が恐る恐る声をかけると、平然とした様子で答える。


  「まず・・・。」


  「へ?」


  気だるそうに話し出したユースティアに、部下は裏返った声を出すことしか出来なかった。


  「まず第一に、『仲間』じゃない。そこは間違えるな。仲間なんて悠長なこと言ってると、命を落とすぞ。付け加えると、お前らは『オクタティアヌス家』という盤上で動かされてるただの『駒』だ。第二に、死んでった奴らは、勇敢じゃない。役に立たなかったクズ共だ。そもそも、誰が死んでいったかなんて、俺達は覚えていない。第三に、オクタティアヌス家の為に戦ってると思っているのは、お前らの勝手な思想だ。誰もオクタティアヌス家の為に戦えなどと言ってはいない。お前ら自身で決めた道だろう?死のうが生きようが、俺達に関係ない。」


  腹の底にまでのしかかるような低音を響かせると、ユースティアは一気に引き金を引く。


  次々に批判をした部下が血だらけになって倒れて行くが、それを助けに行こうとするものなど、一人もいなかった。


  何発もの銃弾を身体に撃ち込まれながら、膝から崩れていく。


  時間にして、僅か三十秒の出来事。


  血の海が出来上がっても、ユースティアは顔色ひとつ変えること無く、短機関銃を置いて、指示を出し始めた。


  オクタティアヌス軍の兵士達は、二度とユースティアに口答えはしないと誰もが思い、一刻も早く戦争が終わることを願った。








  ―レムス隊


  「三時の方向、八時の方向、十一時の方向、大砲・・。放て!」


  ドカーンッ!


  レムス隊は、十二の小隊に分かれて、それぞれの方向から来る攻撃から城を守っていた。


  各々の判断に任せると言ったのだが、ついついレムスは指示を出していた。


  「あ・・・。御免。」


  口を押さえながら謝るレムスに、隊の仲間はクスリ、と笑って指示を出してくれるように頼む。


  「隊長。やはり隊長の声がかからないと、いつもの調子が出ません。」


  「そうです。隊長に負担がかかってしまうかもしれませんが、ご指示を出していただけませんか?」


  次々とお願いされると、嫌とは言えなくなってしまうレムスは、小さく頷いて返事をした。


  「ただし、隊長と呼ぶのはやめて。それから、負担だなんて思って無いから。それが私の仕事。」


  呼ばれ慣れていない言葉に照れながら、レムスは水色の髪の毛を一つにまとめる。


  「男気だな~。カッコいいこと言ってくれんじゃんか、レムス。」


  「・・・。どうしてシャオに呼ばれるとイラッとするのかしらね・・・?」


  レムスが、シャオの方を目を細くして少し睨むようにして見るが、シャオは気にもせずにハハハハと笑っている。


  どことなく、自分の兄に似てはいるが、まだ兄の方がマシなのではないかと思うくらいに、目の前にいる男は軽そうだ。


  体つきは一見華奢に見えるが、一応ロムレスと稽古をしているときに、腹筋が割れているのを見た覚えがあり、腕についた筋肉も、自分についている筋肉とは全く違った。


  だが、いつも口元を弧に描いているせいか、そう言う風には見えない。


  シャオに背中を向けて、隊をまとめる言葉をかける。


  「各隊、何か小さな変化でもいいから、見つけたら言うようにして。間違いだっていいわ。別に鳥を見つけようが、舞ってるゴミを見つけようが、何でもいい。発見が遅れて全滅するよりはマシだから。」


  レムスの、冗談のような内容に、仲間はまた笑いだした。


  「じゃ、気を引き締めて行くわよ。」


  真剣な眼差しになったレムスが剣を手にとって、オクタティアヌス家の方へ向けると、一斉に自分達の方角に集中を始める。








  ―奴隷市場


  緑の髪の少女は、再びこの場所に戻り、売られていた。


  十三の少女は虚ろな目のまま、金を差し出して、なんとか自分を買おうとしている男たちに囲まれながらも、冷静に買われる男たちを観察していた。


  此処にいるほとんどが、貴族の格好をした男たちなのだが、どいつもこいつも人の身体を舐めまわす様に見ながら、息を荒げているのが分かる。


  ワザとそういう服装でいるというのもあるが、こうも歳の離れた男たちに、厭な視線を向けられてばかりでは、流石にため息がでてしまう。


  先日自分を購入した男は、別の若い女を他の闇市場で買ってきて、少女に飽きたという事で戻されてきた。


  まだ幼い顔と、少し大人びてきた身体を男たちにくっつければ、男どもは簡単に喜ぶ。


  《それでは、なかなか買い手が見つかりませんので・・・、此処で、公開遊戯に入りたいと思います!!!》


  仕切っている男がそういうと、会場は一斉に熱気に包まれる。


  ―公開遊戯?


  その言葉を聞いたのが初めてだった少女は、心の中で首をかしげていたが、仕切りの男が説明をしていく。


  《ええ・・・、初めてのお客様もいらっしゃいますと思いますので~、簡単に説明させていただきますと、公開遊戯とは、皆さまが見ているこの公の場で・・・なんと!試しに少女と身体を交えることが出来るというものでございます!!》


  男たちが興奮に満ちているのが分かるが、少女は頭の中が真っ白だった。


  「・・・そんな話っ・・・。」


  ―聞いていない


  そう答える前に、一人の男が少女の目の前に現れた。


  少女よりも少し大きいくらいの男は、短髪で顎鬚を蓄えており、ニヤニヤと少女の身体を見ると、勢いよく少女の身体を傾ける。


  「・・・!」


  バランスを崩して、お尻から地面につくと、男が覆いかぶさってきた。


  抵抗しようとするが、力では敵わず、服脱がされそうになる。


  男の荒い息遣いが近づいてくる度に、鳥肌が立つが、少女の力ではそれを防御することは出来ずに、男の力によって腕を拘束される。


  そのとき・・・。


  少女の前にいた男が宙に浮いていて驚いていると、男を投げ飛ばす少年の姿が見えた。


  少女に背を向けているため、年齢も分からなかったが、まだ大人になりきれていない声の高さからして、少女と同じくらいだろうか、と推測した。


  「誰だあぁ!?貴様!!」


  「我らに刃向かって、ただで済むと思っているのか!?」


  「ガキがぁああァ!!その女をよこせ!」


  男達が次々に少年を囲もうとするが、少年は言葉を発することなく、静かに男達に向かって歩いていく。


  綺麗な緑の髪を揺らしながら、少年は男たちを薙ぎ倒して行った。


  しかし、また新たな男たちが少年に向かって、今度は剣を振りおろしながら向かってくる。


  キィィィィンッ・・・


  金属同士の弾く音が聞こえたかと思うと、男達は泡を吹きながら倒れて行く。


  ふと、少女の背後から男が近づいてきたことに気付く。


  「もう大丈夫だよ。そんなに怖がらないで。」


  そっと肩に触れて、手に持っていた羽織りものを少女にかけると、少年がくるりと、後ろの男の方を向いて、一礼した。


  「お前らあぁぁぁぁあぁ!!!名を名乗れ!!!」


  緑髪の少年が男の方の睨むと、それだけで男は腰を抜かす。


  それに対して、銀髪の男が少年を宥める様に肩に手を置いて、後ろに引かせる。


  「人身売買たぁ感心しねぇなぁ。」








  ―カシウス隊


  オクタティアヌス家に向かって行くカシウス達は、イオ―ジュの弓の援護もあって、なんとか互角以上に戦う事が出来ている。


  剣は血で濡れていて、だんだんと切れ味が悪くなっていく。


  カシウスは懐から布と紙を取り出して、一回だけ剣の血を拭っていく。


  頬や服にも、何人もの血を受けていて、生温かかったはずのそれらの血も、今やもう冷たくなっている。


  ―嘆かわしいな・・・。


  戦争と言う場に立っていると、見えなかったものが見え始め、見えていたものが見えなくなってしまう。


  倒れて行く仲間も敵も、誰一人として戦争を望んでなどいなかっただろう。


  そんなことを考えると、その思考に邪魔されてなかなか剣を振り降ろせない。


  ―無駄に血を流すというのは、嫌なもんだな。


  辺りを見て、切られそうになっている仲間の許に駆けつけて、カシウスはまた一太刀浴びせる。


  「カシウス!あいつら、もう勝てないと踏んで、自害し始めてるぞ!」


  「何!?」


  急いでオクタティアヌス軍を探すと、あちらこちらで、腹を切ったり頭を銃で撃ち抜いたり、味方の介錯をしている姿まで見られた。


  それを見たカシウス達は、敵であるにもかかわらず、声を張り上げる。


  「何をしてる!止めろ!」


  敵であっても止めようとするが、カシウスの言葉など聞くわけも無く、カシウス隊と戦っていたオクタティアヌス軍小隊の人達が自らの命を落としていく。


  「止める必要はない。」


  一頭の馬が来たかと思うと、馬に跨った男が口を開く。


  戦闘服から、オクタティアヌス軍の人間だという事は理解出来たが、顔を見て驚く。


  ―この男・・・。ユースティアとかいったよな。


  ラビウスの義弟であることを知っていたが、突然の登場にじっと観察してしまった。


  「お前がウェルマニア家の若頭のカシウスだな。」


  「・・・そんなんじゃねえよ。」


  いきなり上から目線の言葉をかけられ、馬鹿にされたような、味方が死んでいくのを止めもしないこの男に、カシウスは今まであまり口にした事の無い口調になってしまった。


  カシウスの荒い口調を聞くと、少しだけ口元を弧にして、すぐにまたヘの字に戻すと、淡々と話し出した。


  「ならば、血塗られた騎士、とでも言っておこうか?まあとにかく、そいつらは勝手に死ぬことを選んだんだ。止める必要はない。これ以上足手まといが増えるようなら、百害あって一利なし。」


  そう言うと、馬の手綱を引いて、また何処かに行こうとする。


  このまま行かせた方が利口だとも思ったが、口が勝手に動いていた。


  「あんたらは、仲間をそういうふうに扱っているのか。」


  「・・・どいつもこいつも仲間だなんだと・・・。綺麗事も大概にしておかないと、後で泣きをみるのは貴様らだぞ。」


  馬を勢いよく走らせる途中、イオ―ジュが弓でユースティアを狙ったが、いとも簡単に弾かれて、地面に落ちて行った。


  「・・・。」


  小さくなっていく馬と、馬に跨ったユースティアの背中を眺めて、カシウスは少しだけ顔を歪めた。








  ―オクタティアヌス家


  「アルティア。」


  「なんですか。」


  豪華な椅子から立ち上がったラビウスは、扉の近くに立っているアルティアに声をかける。


  アルティアは軽くラビウスの方を見て聞き返すが、窓の外を眺めていたラビウスはふいに口元を歪めて、手招きをする。


  首を傾げながらもラビウスの隣にまで向かうと、指で指されたほうを見る。


  「あれは・・・。」


  窓から見えたのは、一人の男が短機関銃を持って、整列させた男たちを撃ち殺しているところだった。


  「ユースティアだ。」


  「いいのですか?兵が減ると、それはそれで不都合を生じると思いますが。」


  「ああ、いいんだ。もともとの兵の数が違うんだ。多少あいつが殺したって、それほど変わらねえし、きっとユースティアに文句でも言ったんだろうよ。」


  顔を少し上げながら笑うラビウスは、こういう状況を楽しんでいるようだ。


  「それにな、虫も殺せねえような顔した奴に殺されるって、なんか怖いだろ?」


  「・・・どんな理由ですか。」


  アルティアが呆れたようにため息をつきながら、空になっている紅茶のカップを見て、新たな飲み物を用意しようとする。


  「あ、ワインがいいな。赤ワイン。」


  「ロゼワインもございますが。」


  「あ、じゃあそっちで。」


  「かしこまりました。」


  部屋から出て行って十分ほど、アルティアがワインとワイングラスを持ってきて、ラビウスにグラスを渡す。


  グラスに注がれていくピンク色のロゼワインを眺めて、ラビウスは頬杖をつきながら笑う。


  注ぎ終えたワイングラスへと手を伸ばすと、細長い指で形をなぞる様にしながら持ち、ゆっくりと唇に触れさせる。


  そのまま口に含んで、その味を堪能しているが、味の善し悪しが分かるのかと聞かれれば、きっと分からないのだろう。


  「いかがですか。」


  「ん~。美味いと思う。」


  曖昧に返事をすると、また続かないしりとりを始めようとする。


  「ラビウス様は、何故こんな遠まわしに戦争を仕掛けたのですか。ウェルマニア家など、消そうと思えばいつでも消せるでしょう。」


  アルティアの言葉を聞くと、振り返らずに、肩を震わせながら喉を鳴らして笑いだし、ワイングラスをテーブルに置く。


  「なんか理由があった方が、他国から文句出にくいだろ?単に気に入らないから戦争しました、なんて言ったら、オクタティアヌス家が危ないっての。ただでさえ、ウェルマニア家の方が評判がイイのによ。アリスは戦利品でも良かったんだけどな・・・。ま、それは仕方ねえな。」


  両手を伸ばしてストレッチをし、またワインを飲みだす。


  まるでビールでも飲んだかのような声を出すと、唇を自分の舌で軽くペロリと舐める。


  「人生愉しく生きなきゃいけねえよ?アルティア。それが例えどんな内容だったとしてもだ。生きてる事を実感したかったら、死と直面してみればいい。あとはそいつ次第だ。だからな?この戦争だって、それを確かめるためだと考えりゃあ、悪くはねえと思わねえか?」


  「・・・肯定は出来かねますが、なるほど、といったところですね。」


  「おお。なんとも妥当な感想だな。」


  ケラケラと笑いながらワイングラスをクルクルと回して、中に入っているピンクの液体を見つめて満足気に笑う。


  「これだから、戦争は止められねえ。」


  「(戦争依存症?)・・・。」


  至極楽しそうにしているラビウスは無視することにして、アルティアはまた扉の近くまで移動した。








  ―コープス隊


  「サビエス!ロマーユを見なかったか?」


  コープスが、剣を片手にロマーユを探していた。


  サビエスが何かと知っていると思ってきてはみたが、ロマーユの場所は分からないようで、首を横に振った。


  それを見ると、徐に肩を落としてため息をつく。


  「そうか・・。」


  「どうかしたのか?」


  互いに背を合わせて、敵から身を守りながらも話を進めていく。


  「いや、少し気になっていることがあって。まあ、いいんだ。大したことじゃない。」


  「?気になること?」


  サビエスがその先のことを聞こうとしても、なかなかコープスは口を開こうとしない為、追究しようとはしなかった。


  オクタティアヌス軍の襲撃にも冷静に対処しながら、仲間の心配までするコープスを、サビエスは少なからず尊敬していた。


  ―それにしても、ロマーユは何してんだろう。


  前々からマイペースな奴だとは思っていたけど、戦争中までマイペースでいられると、色々と問題が生じてくる。


  連絡が遅くなったり、最悪連絡が取れなくなると、ウェルマニア家にも支障をきたす。


  剣を振るう度に血が飛び散り、顔にも戦闘服にもついてしまう。


  「他の隊でほとんど残ってるのは、カシウスんとことロムレスんとこだけか?」


  「ああ。あと、レムスのとこもだな。俺達の隊も、もうそろそろヤバいな。」


  「そうだな。攻撃範囲とか人数がバレてる気がする・・・。」


  先程から、幾ら作戦を立てて攻撃を仕掛けに行っても、なぜかそれを上回る人数が準備をしていて、先を読まれている。


  何度も何度も攻撃の仕方を変えてみても・・・だ。


  それを不思議に思っていたサビエス達だが、それが何故かを知ることは出来なかった。


  「ロムレス達と合流して戦った方がいいんじゃないか?」


  サビエスがコープスに提案をしてみるが、それは却下された。


  「いや、今の俺達じゃ、逆にロムレス隊に迷惑をかけかねない。もう少し状況を見てからにしよう。」


  「わかった。」


  肩を上下に動かして、切れる息を整えながら剣を振るうが、敵の数は減りそうにない。


  だが、それでもサビエスとコープスは、ひたすら剣を振るった。


  それは何の為かと聞かれれば分からないが、それでも剣を振るい、何かの為に戦わなければいけなかった。


  自分の為、仲間の為、明日の為・・・。








  ―ロムレス隊


  ロムレス隊は、ジャック隊とアーンクル隊を周り、残った者達を引きつれて戦っていた。


  カシウスに合流した事を連絡して、ロムレス隊の陣地まで戻る。


  ―現時刻 午後十時十分


  「はぁ・・・。今日のところは、この辺で終わりだろう。みんな、よくやってくれた。ゆっくり休んでいいぞ。」


  ロムレスにそう言われると、みんな一気に倒れ込む。


  簡単な調理しか出来ず、お腹も満足にならないままだったが、生き残れたことに感謝しながら腹に収めて、見張りを交代しながら就寝した。


  ―ジジッ・・・ジジッ・・・。


  無線からノイズが聞こえてきて、何かとロムレスがいじっていると、声が聞こえてきた。


  《・・ム・・ス・・・・・か?・・・・・の・・?》


  「?誰だ?」


  無線機を一回だけバンッと叩くと、今度はちゃんと聞こえてきた。


  《ロムレス聞こえるか?こちらカシウス。聞こえたら返事をしてくれ。》


  「ああ、聞こえるぞ。カシウス。」


  《よかった。ずっと調子が悪かったから。ジャックとアーンクルの隊と今一緒ですか?》


  「そうだ。もうみんな休んでる。」


  《今日は一旦終わったようです。お疲れ様です。ロムレスもゆっくり休んでください。きっと朝早くに狼煙が上がると思うので、それを合図にしてください。それでは。》


  カシウスが伝えることだけ伝えて会話を終わらせようとすると、ロムレスが言葉を繋いできた。


  「カシウス。お前に聞こうと思ってたことがあるんだけどよ。」


  《?なんです?》


  無線機を通した機械的な音にもかかわらず、相変わらず人を落ち着かせる声だな、とロムレスは思いながら、一度深呼吸をしてから言う。


  「なんでカシウスは、戦闘員になったんだ?」


  今聞かなくてはいけない質問でもなかったのだが、今のような状況だからこそ疑問に思い、なんとなく聞いてみたかったのだ。


  少しの間があり、カシウスがキョトンとしている顔が浮かんでくる。


  自分でもどうしてこんな質問をしたのか分からないロムレスは、声には出さなかったが、あ、の口の形をする。


  《・・・今更な質問ですね。》


  「まぁな。ちょっと今思っただけだ。」


  自分の髪の毛を乱しながら、ロムレスははにかんで笑う。


  無線機の向こう側で、少し悩んでいるカシウスの姿を思い浮かべながら答えを待っていると、困ったような口調で言葉を並べてきた。


  《ただ、クラウド様への恩返しなんです。俺は力も教養もなくて、何も出来ないと思ってたんです。・・・でも、剣を教えてもらったときに、剣一本で守れるものがあるなら、それを守りたいと思ったんです。本当は、誰かの上に立つような人間じゃないいんですよ、俺は。それでも、クラウド様の役に立ちたくて。》


  照れ臭そうに話すカシウスに、いつもと違った人間らしさを感じたロムレスは、聞こえないように笑う。


  《・・・今笑いました?》


  勘が鋭いカシウスの言葉にも笑ってしまいそうになったが、平然と否定する。


  きっと口を少し尖らせてすねているであろうカシウスの顔を浮かべるだけで、また笑いだしてしまいそうになる。


  「いや、なんかカシウスって、律義っつーか、従順っつーか・・・。ま、なんにせよ、恩返しをするかしないかはお前の勝手だけどよ、一番の恩返しは、国王よりも長生きすることだぞ。こんなとこで死んだって、喜ばれないからな。」


  《・・・そうですね。》


  「俺が言いてぇのはそれだけ。じゃ、お前もちゃんと休めよ。」


  《はい。失礼します。》


  「おう。」


  無線を切ると、冷たい風が耳元を擽っていく。


  見張りの仲間意外は、ほとんどがぐっすりと寝ていて、口を大きく開けて鼾をかいている者までいる。


  みんな疲れているし、極度の緊張状態から解放されたのだから仕方ないと思い、ロムレスは見張りに挨拶だけして、自分も身体を休めることにした。


  下は土にはなっているが、やはり背中が痛い。


  誰にも聞こえないようにため息をつくと、胸ポケットに入っている十字架を握りしめて、目を瞑った。








  ―オクタティアヌス家


  「あーあ・・・。結局今日は此処までか。対して面白いことは無かったな・・・。なあ?アルティア?」


  「そうですね。我々も休みましょう。」


  アルティアに愚痴を言おうとしたラビウスだが、それを感じ取ったアルティアは阻止するように遮った。


  暗くなった戦場を眺めていたラビウスも、つまらなさそうに欠伸をして、大浴場へと足を進めていく。


  タオルだけを手に持って、今にもスキップしそうなほどに上機嫌で歩いている。


  「明日は何時くらいに始まりそうだ?」


  「おそらく・・・午前五時頃かと思われます。」


  首をコキコキと鳴らしながら聞いていたラビウスは、大浴場につくと服を脱ぎ始めたが、ズボンに手をかけたところでピタリ、と止まった。


  「?いかがなさいましたか?」


  「・・・。お前さ、どこまでついてくるつもりだ?」


  「護衛しろと言われましたから。それなりに。」


  「風呂くらい一人でゆっくり入らせろよ。ワインでも飲んでていいから。」


  手の甲をアルティアに向かって出し、シッシッという仕草をする。


  アルティアは大人しく一礼をすると、扉を閉めて出て行った。


  それを確認しないうちにズボンを脱ぎだして、脱衣所に放ると、タオルを肩に担ぐようにして浴場に入っていく。


  「ああ~・・・。一日の疲れが取れんな~・・・。」


  一番何もしていないラビウスが、誰よりも疲れたような声を出し、肩をぐるぐると回しながら浴場に浸かっていた。


  百人は入れそうな大きな浴場に、一人しか入っていないというのも、妙な光景だ。


  東西南北に、それぞれ獅子、蛇、龍、虎の置物があり、口からお湯が出てきていて、その出ているお湯を直接肩に当てながら、肩を解している。


  「ユースティアの奴、カシウスとは接触したかぁ?それとも・・・ロムレスの方か?ま、どっちでもいいや。あいつならなんとかするだろ。」


  独り言を言いながら、ついには鼻歌を歌い出した。


  お世辞にも上手とは言えない鼻歌は、誰に聞かれるわけでもないため、浴場に盛大に響き渡る。


  一方のアルティアは、許しを貰ったワインを飲もうとしていたのだが、いちいち新しいワイングラスを持ってくるのは面倒であり、だからといってラビウスの使っていたものは使いたくなく、結果、諦めることにした。


  「一気に静かになったな・・・。」


  窓から見えるのは暗闇だけで、聞こえるのは夜風の音だけ。


  いくつかの小さな炎が見えるが、それはきっと陣地で灯しているものだろうと判断した。


  「さてと、明日はどうなるか。」


  少し温くなってしまったワインを片手に持って、ラビウスの部屋を出た。








  ―奴隷市場


  「貴様あぁああァぁァあ!!誰だ!我らは貴族!選ばれた者だぞ!!?」


  男が吠えている間も、銀髪の男はしらっとした顔のまま首を鳴らしていて、少女の隣では、緑が見の少年が膝をついている。


  「あの・・・。」


  おずおずと、隣の少年に向かって言葉を投げかける少女に、少年は特に表情を緩めることなく視線を向けた。


  「貴方達は・・・?」


  少年に問いかけたつもりだったが、なぜか銀髪の男が反応した。


  「しっかし、酷い目にあったな。あとは俺達に任せておきな。」


  優男に見える銀髪の男に向かって、男達が束になって襲いかかっていくが、少年のときと同様、いや、それよりも遥かに静かに、そして冷酷に男達の身体が切り裂かれていった。


  目の前に広がる血の海に、恐怖と言うよりも安堵から涙を流してしまう少女。


  司会をしていた男さえも、逃げまどうように慌てふためいていて、見苦しく命乞いを始めている。


  「す、すまねぇ・・・!!!その女はやるっ!!た、タダでだ!なっ!?俺は助けてくれよ!!!俺は女を買ったことなんかねぇんだよ!!」


  腰を抜かしているうちにも、銀髪の男が切りつけていくと、残ったのはその司会の男だけになってしまったため、余計に焦っている。


  銀髪の男が、司会の男を冷たく見下し、嘲るように喉を鳴らして笑う。


  「けど、売ってたよな?」


  「俺は・・・買って無い・・・買って無いんだああァぁあ・・・。」


  「売ってたよな?」


  今までよりも低くなったトーンに、男はビクリと身体を震わせ、銀髪の男の方を、口を開けたまま見上げている。


  鋭い視線からは殺意しか感じられず、男は恐怖のあまりに失禁してしまっている。


  「俺達の名前・・・知りたいんだっけか?」


  「ひいィッ!!!」


  四つん這いになって逃げようとした男の背中を思いっきり蹴飛ばすと、男は簡単にうつ伏せに倒れた。


  倒れた男の前方に移動すると、銀髪の男は無表情で足で顎を上げさせる。


  「個人的には、どうせ一生会わなくなる奴に名乗っても仕方ないと思うんだよな。けど、どうしたもんか、教えてと言われれば教えてやろうという、イイ性格の持ち主なんだ。」


  変わった人だという印象しか放っていない銀髪の男の顔から、徐々に笑みが戻ってきた。


  「けど、どうせ教えるなら、むさ苦しいおっさんよりも、可愛い女の子に教えたいね。」


  そう言うと、男の背中に剣を突き刺し、ゆっくりと抜いて綺麗に血を拭きとる。


  少女の方に近づき、銀髪の男が問いかける。


  「名前は?」


  「え。ああ・・・、えと・・・。マリア。ローザキレス・マリア。」


  「歳は?」


  「十三。」


  「そうか。この緑ッ子はブライト。歳はマリアよりもちょい上の十五だ。」


  そう言うとブライトはマリアに一礼をしたため、マリアも軽く会釈をする。


  「んで・・・。」


  銀髪の男は、膝を折り曲げてマリアと目線を合わせる。


  「俺は、デスロイア・イデアム。革命家だ。よろしくな。」


  





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