1‐9 農村、第一夜


 【半目の池】

 ヴァテンダと隣村の間にある池。

 ここから村へ水路が流れていて、村の農業を支えている。

 高所から見た池の形が、目を薄く開いているような形に見えなくもなかったので、地域住民からはこのように呼ばれている。


 現在 19:43

 池とヴァテンダの間にあるこの辺りは、明かりが少なく星と月が周囲を照らす。南方には100m程で村があるが、東西には田畑が広がっていて、その先はずっとずっと暗い。

 これまでの報告によると、お化けかかしは村の北方――つまり、こちら側から出現しているらしい。

 ウチらは今、革命団ろくにんの他に、歩哨隊長の人、一般歩哨隊員が2人、合計9人でこの場所にいる。

 隊員たちは盾と棍棒を握っているが、隊長の人は棍棒を腰に携えながら剣のみを握っている。ただ、腰を見るともう一つの武器がある。剣のような刃がついているが、持ち手のところが変な形をしている。


「それなに~?」

「ん?あぁ、これは銃剣といって、銃口の先端に刃が付けられた武器だ。ザボスからの支給品でな。」

「魔術はあるの~?」

「いや、無いな。作る過程ではあるかもしれんが、もとは数世紀ほど前に農民同士の争いによって作られた武器だからな。昔ザボスのお偉いさんがその武器を見て、改造したんだとさ。」

「へ~」


 魔具には魔術が組み込まれていて、魔道具には魔術を模倣したプログラムとかいうものが組み込まれている。これは機械で、魔力や魔成によらない武器だ。樹人族の村で引きこもっていたから、あの汽車というものにももちろん人間族の文明にはかなり興味がある。


『ゴーストクローが集まってきてる。』


 全体にツムグのテレパスが届く。ゴーストクローは、その名の通りの魔獣だ。


 【ゴーストクロー】

 生前強い生命力を有していた場合、あるいは人為的な術により発生する幽霊烏。その鳴き声は、耳にした生物に害を成すほど不快である。肉体は持っていないため、直接接触はできないが、ゴーストのため冷気を纏う。上位の個体になると、魔術(邪なる秘術)を使うことができる。


 たしかに、不穏な魔力・魔成の気配を感じる。ウチは霊を視認する魔術は持っていないのでしっかりと捉えることはできないが、霊の宿している魔力や魔成で少しくらいは位置が分かる。

 ゴーストクローは知能が高い魔獣……魔術を使うほどに成長する個体さえいる。それに加え、群れを成して奇襲することもあるので要注意だ。

 ただ、今回はなんだか異様だ。気配がどんどん強くなる。群れを成すとはいっても、急遽集まるならせいぜい5とかだ。それにしては、気配が濃い。


「別の気配もする~……」


 小さい玉くらいの気配……そちらを見ると、地面からかぶがにょきっと生えていた。絶対さっきまでなかった。そしてまた1つ、にょきっと生える。また1つにょき、にょき、にょき……徐々に増えていき、7つの蕪が現れた。


 【スカルタニップ】

 人の頭蓋骨スカルのような蕪の植物魔獣。自然発生した個体や、人間が作った農作物に魔成が宿った個体がある。

 地域によってはカボチャや別の根菜植物により発生し、総称はスカルジャック(寄生する・された頭蓋骨の意)。

 研究が続いている最中だが、何故かルタバガ(蕪に似た植物)により発生すると強い個体になる。


「ツムグ~、スカルタニップも出てきている~」


 発生した方向を指し、彼に伝える。


「ソダート、指揮はどっちが執る?」

「そうだな。よし、お前に任せよう。部下の名前はブロンズ髪の方がスボル、濃茶の髪の方がドナットで、研修中。どっちもカブの相手くらいならできる。」

「あぁ、暗くて髪の違いが分かんないけどよろしく。」

「おなしゃす!」

「おいスボル、依頼で来てくださった助っ人だ。言葉遣いに」

「明るい俺がスボルで、このねちっこいのがドナットっす!よろしくおなしゃす!」

「誰がねちっこいだ。」


 ハセラとクロルみたいな感じだ。二人に比べたらマシかもしんないけど。

 まぁ顔が好みじゃないし、ウチは覚えなくていいかな。

 ちなみに巡回部長の人は別地区に、記録部長の人は歩哨署で仕事だって言ってた。


「ツムグ、来た。」


 彼が弓と矢の切っ先で示された方向を見る。ウチらも釣られてその方向を見ると、西の方の畑の一か所に、先ほどまでは無かったはずの案山子が、ポツンと1つ佇んでいた。

 十字に組まれた木の棒に、枯れ葉か羽 辺りでも詰めた藁袋が胴体のように取り付けられている。風に揺蕩う布の切れ端や木片、素材を縛り付けるための蔓や縄、頭のように取り付けられたぼろぼろの帽子……その廃れた姿と、忽然と現れる演出しゅうせい。間違いない。


「お化けかかしだな……よし。」


 彼は周囲を見渡して、まずは味方の位置、次に敵のおおよその数と位置、そして周囲の環境を確認する。よし、いつもの感じだ。


「『目印ポインター』……」


 援護系パープルの低級技術、『目印ポインター』。魔力を固めてボールを生成する、召喚術や基礎魔術に近い魔術。浮遊させ特定の箇所に動かせて、範囲は力量や環境によるけど距離感を把握できる位置になら自由に飛ばせる。遠くにすればするほど消費魔力が増える。

 薄紫のボールを形成し、自身の背後に浮かべた。そこを指さしながら、ダッシュの方を向く。


「ダッシュ、ここで周囲の確認。」


 ダッシュは頷いて、小走りでそこに移動した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 小走りだけで、もう体力がかなり減ったみたいだ。


「みんな。今からダッシュの場所を中心に、位置の指示や連絡を行う。今回は情報収集や様子見のために、防御陣形でいく。」


 彼は『目印ポインター』を解除して消し、次の指示を出す。


「クロル、テイン。二人で空を飛んで、東側のゴーストクローを対処。火災の危険があるから、火は使わないように。テインはできれば、同時に『テレパス』で周囲の確認とサポート。」

「はい。」

「りょ~かい!」


 テインは変身し、〝キューピッド・モード〟としてクロルにくっつく。あれ、今度ウチもやってみたい。

 クロルはテインが付くと、表情を明るくして敵を見上げる。


「9時の方向でハセラは前衛、スペルは後衛。お化けかかしを頼む。畑に踏み込むのはよくないだろうから、スペルが樹木で足場を作ってくれ。」

「了解。」

「ん~」


 ハセラは刀を構え、案山子の方に少し近づく。ウチは同じ側の、ダッシュから離れすぎないくらいの位置に立つ。『華帝災園ガーデニング』を展開して、彼の指示で動けるようにしつつ、カブたちが来ても対処できるようにする。


「ソダート、12時の前衛頼めるか。」

「あぁ、いいぞ。カブどもをやればいいんだな。」

「よし。ドナットは1時の位置で、防御中心の後衛。」

「かしこまりました。」

「スボル、4時の方向で前衛、周囲の確認を頼む。」

「うっす!でも俺索敵下手っすよ?」

「ダッシュが気づけば、『テレパス』で俺かクロルを呼ぶ。ただ、そっちがガラ空きにならないようにしてほしい。」


 彼がそう言うと、明るい歩哨はまた返事をして、畑の方へ振り向いた。12時の二人は、指示通りその方向へ向かい武器を構える。

 彼自身はそうやって指示をしながら、近接の4人に『魔除けの祈り』を施した。これにより、ゴーストや邪属性の相手にダメージを与えられる。

 そのあと、全体を見渡せる6時の方向に行った。


「それじゃあ、やんぞ。」


 農村でのクエストの、第一夜が始まった。

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