1‐3 二つ名

 ガタンゴトンと揺れながら、汽車は線路を進んでいく。スペルは目を輝かせながら、過ぎ去っていく外の景色を見ている。


「これ仕組みって魔術~?」


 スペルがツムグに問う。しかし、彼はこっちの蒸気機関について詳しくない。自身が知っているのと同じ造りか分からなかったので、彼はダッシュの方を見る。


「あっ、えっと、ほとんど機械……所々に魔術が組み込まれてたりもするけど、根本は機械構造で設計されてる…」


 私はこっちの世界より、の方が比較的知っている。なので、私もこの話しは聞いておきたい。


「動力は~?」

「うぇっ……え、えっと、その、石炭とか、あと……炭、とか。」


 樹人族の彼女に対して、それを言うのは確かに気が引ける。このようなことで有名なのだと、小神族エルフが思い浮かぶ。小神族エルフたちは大自然の精霊。木を燃やして鉄を精製したり、大気や水質を汚染したりする工業・産業を嫌っていることは、それなりの人々に知られている。

 だがスペルはあまり気にしていないのか、微笑んだまま会話を続ける。


「別そんな気にしてないよ~。一々気に掛けてたら切りないし~」

「そ、そっか……」

「もし嫌なら人間族滅ぼせばいいし~」

「怖い怖い。」


 急に物騒なことを言うスペルに、ハセラが突っ込みを入れる。もし精霊の亜人族や、精霊種族が人間族と争えば、どちらも文明の半壊くらいは免れないだろう。種族によっては、いとも容易く災害を巻き起こせる。


「そうだダッシュ。新聞買ったけど読む~?」

「え、あっ、うん……ありがと……」


 先ほど売店でお弁当や飲み物、お菓子などを買っておいた。ほかにも路線図や雑誌、今言われた新聞、あと念のため耐水性の紙エチケット袋もある。


「あ、飲み物渡しとくよ!」


 食品は私が持っていて、雑誌系と紙袋、あと飲み物はクロルが持っている。彼女は買い物袋から瓶を取り出し、みんなに配る。私とスペルはリンゴジュースを受け取った。


「ツムグとダッシュは水でよかった?一応リンゴジュースもう一本買ってたんだけど。」

「おう、水で大丈夫よー」


 彼に続き、ダッシュも頷き礼を言う。クロルはハセラの方を見ながら、買い物袋からまた一つ瓶を取り出す。


「お前、石油でよかった?」

「いいわけないでしょ。」

「じゃあワイン?」

「今から依頼だし、一応僕まだ19だよ?」

「じゃあブドウジュースでいい?醸造済みだけど。」

「それワインだよ。」


 最終的にハセラは持参していたお茶で構わないと言った。

 ダッシュが机に新聞紙置いてもいいかと断りを入れる。あぁいいよ、と彼が答える。ファッション誌を読むクロルも、いいよーと答える。スペルは外を見てるから気にしてないだろうし、私とハセラは特に何もしないでいたので構わなかった。むしろ、最近バタバタで新聞を読めていなかったから私も気になる。


【 〝宝珠ほうじゅ〟ワフル王女 が中等教育学校にご進学。】

【 〝芸術王国〟アティスト 凄まじい勢いで経済成長を続ける】

【政府、妊婦の中絶に纏わる制度の改訂を検討 】


 最後の記事、王女様の朗報と一緒に何て内容を公開しているのか。重要なことなんだけれど。


「“進学式では、「帝国の未来を護れるよう、誠心誠意勉学や交流に励みたいと思います。」と挨拶なされた。”……ファラヲ帝国の王子の記事も別のページに記載か。」


 ダッシュが新聞を読み、小さい声で独り言をこぼす。しばらく読み進めていたら、彼が新聞を見ながら口を開いた。


「あの、いつ触れるか悩んでたんだけどさ。」


 ダッシュは読むのを止め、ハセラもクロルも私も一緒に彼を見る。彼は先ほどダッシュから受け取った封筒を見ながら問いかける。


「新聞の〝宝珠ほうじゅ〟ってのもそうだけど、この〝拏煥ナガン〟とか〝黎明れいめい〟っていうのは…」


 ダッシュとクロルが、あぁと答える。クロルは一度ファッション誌を置いて、上着のポケットに手を入れながら話す。


「凄い功績を出したり長く活動を続けてたりすると、を貰えるんだよね。付けたのが政府とかの公的組織か、新聞社とかの一般組織かでも価値が変わるんだけど……あ、あったあった。これがアタシの二つ名の理由わけね。」


 ポケットからシルバーのバッジを取り出した。指1本くらいの大きさで、矢が炎をまとっているような意匠で、矢はシルバー、炎はメタリックレッドに輝いている。


「冒険者ならクエストの功績とか、国か首都レベルの行事とかでいい成績出したりすると貰うことあるよ。まぁ、それでもよほどじゃないと貰えないけどね。」

「ちなみにそれは?」

「〝炎勲章えんくんしょう〟って言って、狙撃の腕前が凄いから3~4年前にギルドからもらったやつ。後ろに名前とギルド印も刻まれてあるから、身分証にもなるよ。」


 と言いながら微笑み、彼女は勲章の裏面を見せる。


「まぁ、これの後くらいから大変だったんだけど……ははは。」


 彼は、急に顔が死んだクロルを優しく撫でる。そのままダッシュの方を見て、彼女もそうなのかと聞いている。


「じ、自分は論文とかで貰った……本とか特許もあるし……」


 『収納インベントリ』に手を入れ、中から同じくバッジを取り出す。効果くらいの大きさをしていて、深い紫の宝石に、銀に輝く環が二つ交わっているような意匠がある。おそらく、クロルの勲章と同じようなものだ。


「クロルのと同じで、これも一応身分証になる……。そ、それで、公的組織からの二つ名はギルドの名簿とかにも記載されるから、依頼の時に活用される……二つ名がある人はそれほど実力があるってことだから……。」

「登録済みのパーティーは記録を残してるけど、個人や臨時のパーティーの記録は一定期間で凍結保管されるちゃって調べにくくなるからね。」

「うん……あと、ギルドだけじゃなくても、職人組合とか神聖組織でも用いられてる……」


 と話していると、少しお腹が空いてきた。お弁当の期限も1時間ほどだし、ちょっと早いがお昼にしたい。ツムグかダッシュに状態維持の魔術を掛けてもらえばよかった。

 みんなにお弁当を配り、一度ご飯にすることにした。


「私も保存の白魔術覚えた方がいいですかね……あ、ちなみにハセラは二つ名ありますか?」

「えっ、あー、いや。僕はないかな……」

「え、〝脳筋〟か〝ぼっち〟か〝筋肉女〟じゃないの?」

「君表出ようか。」

「走ってる列車で聞かないですよそれ。」

「ツムグ食べさせて~」

「列車で“あ~ん”は危ないからメッ。」

「む~…あ、ダッシュ~、『魅了ウィルラブ』の塊札スキリッドある~?」

「うぇっ、ない…無いよ……」

「え~。あ、じゃあ今作ろ~」

「それ聞いて帯革ベルト渡すと思うか。」


 時計を見ると、11時半辺りを指している。目的地まではまだまだ時間がある。わちゃわちゃ話しながら、私たちはご飯を食べ進めた。

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