第11話後編


 【エティム銀行】

 クローバーの親が経営する銀行で、このビギニングの街で唯一かつこの国においても、そこそこ名高いチェーン店。


 とある一室。部屋の真ん中にはソファーが二つと、その間に低い机が一つ。部屋には出入口はもちろん、照明や棚、テーブルがあるものの窓はない。

 フロントや通路はきらびやかで上品な印象を受ける意匠をしていたが、ここは厳かで重々しい印象を受ける。

 ソファーにはツムグを挟むようにダッシュとハセラが座っていて、ハセラは俯き黙ってちょこんと座る。


「今回ので足りないなら自分お金だすけど…」

「いや、いいよ。額自体は間に合うん…だけどなぁ…」


 扉が開き、ニコニコしたクローバーが中に入ってくる。片手に書類を持ち、スタスタと歩く。ソファーに座り、ツムグと向き合う。


「はい、ごめんね待たせちゃって!まず借りた分の書類と、壊した分の書類ね~」 


 机に数枚の書類を並べ、彼にペンを手向ける。

 彼は軽く目を通してサインする。


「借りた名義はツムグくんだから、借り物の破壊者はツムグくんね。まずレンタル代が1万ラプテ!」

「まぁ、そうなるよな…」


 彼はは手元にある紙幣をそのままスーっとだす。


「うん!で、破損の賠償額だね。剣の基本価値が5万ラプテ!」


 続けて金貨ゴォルデンをトレーに並べる。これで以上かと彼が問いかけると、彼女は微笑みながら頷く。

 ハセラとダッシュがほっとする。意外にもすんなり済んだように思えたからだ。

 しかし、ツムグは依然表情を変えずにいる。

 

「と、言いたいけど…」


 彼女は彼を茶化すように、あるいは煽るように続ける。


「貸してすぐに壊すようじゃ、このあとは信頼されないかもねぇ?」

「……はい、そうですね。」

「お金はもちろんいただくけど、お金だけじゃあ、これはちょっと償えてないような気がするな~…う~ん…どうしよっかな~?」


 彼は再び、心ここにあらずというような声と表情ではいと頷く。

 クローバーに対してハセラが突っ掛かる。


「ま、待ってくれ?僕が壊したのにとやかく言うのはあれだが、手続きや金銭は済んだんだ。それに今回は魔王軍討伐のためだったのだから、ここはどうか…」

「ん~?ふ~ん…」


 それに対し彼女はポケットから手帳を取り出し、パラパラとページを捲りながら淡々と喋る。


「先月末、ハセラさんとクロルさんが喧嘩して街中の設備や備品を一部損壊。」

「あっ…」


 ハセラの表情が固まる。ツムグが目線をむけるも、合わせず黙っている。


「同じく先月末。テインさんが無償で怪我の治療や浄化をしまくった結果、街の経済が一部不循環化。さらに先週、通行人に声をかけられたダッシュさんが街中でパニックになり街が一部煙幕に包まれる。」

「すぃ~…」


 彼はもう諦めたのか、あったなそんなことと半分笑いながら呟く。


「今週の初め、スペルさんがツムグくんを探すため街の植物を操り一部半壊。」


 彼はそれを知らなかったのか、少し顔をしかめる。


「ちなみにツムグくんが迷子になったのが原因。」


 ひゅぅ…という何とも言えない声を漏らす。


「あと、クロルさんがツムグくんに陰口をたたいた者たちをシバいた暴行事件が数件、ハセラさんが押戸と引き戸を間違え破壊したことが数件、スペルさんが好みの男性を捕まえようとした事件が数件、テインさんがミスって高出力の精神支援の御呪バフを放ち近くにいた住人たちのテンションをぶっ壊した事件が一件、ダッシュさんの税金手続きの遅延が二回、ツムグくんが至る所で女性を誑かしてその女性たちによる渋滞が数十件、さらにツムグくんの誘拐事件及びその捜索の手続きが数件……」

「しゅぅ~……」


 クローバーは手帳をパタンと閉じる。三人の方に目をむけ、優しく微笑む。


「その手続き、処理、貸与、修繕…私たちがやったんだけど~…なにか言ったかなぁ?」


 二人は小さい声でごめん(なさい)と言って黙り込む。ツムグには目を向けれず、俯き目を閉じている。

 彼女は構わず話続ける。


「恩を仇で返すような真似はしないよね~?ツムグくんいい人だからね~?ちゃ~んとお願い、聞いてくれるよねぇ?」


 煽るように問いかけると、彼は深く呼吸をして、目を閉じる。

 顔を手で覆いながら上を見上げ…すごく嫌々ながらに口を開く。


「……。」

「はい、いい子♪」


 対してクローバーは嬉々として答える。撫でてあげようかと問いかけるも、彼はいらんと断る。

 ハセラとダッシュは気まずそうに彼を見る。


「え、えっと…」

「あぁ、気にするな。どうにかなる。」


 とはいうものの、大きな溜め息を溢す。二人はビクッと驚く。彼は先程まである程度礼儀正しくしていたのだが、自棄糞やけくそかもう構わず振る舞う。ダッシュの両肩に手を置き、優しく抱き寄せる。彼女の背中を自身の胸に付くように抱き締めながら、ハセラの方に倒れる。

 抱き枕のようにされるダッシュはかなり戸惑っているが、申し訳なさが勝っているので、照れつつ身を委ねる。

 一方膝を枕のように使われているハセラも同じく受け入れる。

 クローバーはおやおやと微笑み、日付の記載がある手帳をパラパラとめくる。


「まずは来週かな。詳しくはあとで話すから、明日の朝来てくれるかな?」

「了か~い……」


 腑抜けた返事を返す。彼女がしばらくいて良いよというので、彼はそのままダッシュを抱き締めながらハセラにもたれかかる。

 横たわったままで、あぁそうだとまた自棄糞やけくそに近いような調子で彼女の方を向く。


「なぁ、お願いしたいことがあんだけど。」

「ん~?もちろん、私たちでどうにかできるなら構わないよ~。」

「じゃあ……」


 そして、クローバーに追加で要望を伝えて、彼らはみんなのもとに向かった。

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