第13話 新生活の始まり


 湖から数㎞歩いて着く繁華街。見渡せば旬の食材、流行りの衣類、安売りの家具、少し古めの本など、様々なものが売られている。床屋や飲食店などもあり、なかなかに賑わいでいる。

 そんな街中を横に並んで歩く三人の冒険者達。

 まず、右側には赤茶のポニーテールの女性。左の指で、目に写った店を指す。


「あの服可愛い~!」


 左側には白い髪の少年。指された方向を見て、あぁと頷く。


「暇あったら旅行とか行きたいな。」

「あっ!いいね!」


 そしてその二人に双方から腕を組まれ歩く紫黒の無造作ボブヘアーの女性。顔を少し赤らめている。


「許して…許して……」


 事は少し前に遡る。


☆☆☆☆☆☆


 新居に来て、彼らはいくつかの作業を行った。間取りの確認、周囲施設・店舗へのアクセスの確認、設備の点検、部屋割り決め等。

 彼ら新居は円型の屋敷で、壁沿いに部屋がある。中央は広場のような空間があり、廊下のような役割をしている。


「で、部屋割りは決まったけど。」


 彼らは本日冒険の依頼は受けない。引っ越しの作業があるというのは勿論だが、彼が数日前に斬首により死に、蘇生したばかりだからである。


「みんな何か気になったことあるか?」


 彼が問うと、テインが答える。


「おなかが空きました。」

「うん。そうだな。」


 早朝から引っ越しの荷造りや準備を行い、ここに移動していたので皆朝食を取っていない。


「ご飯食べるの~?でも少し埃っぽくな~い~?」


 スペルの言う通り、この屋敷は少し埃っぽい。

 この屋敷はツムグの犠牲ろうどうにより格安で購入したが、そもそもかなりの高額だ。中々買い手は見つからなかった。資産家であるクローバーの一家が所有していたものの、十分に管理ができないままでいた。


「確かにご飯も食べたいけど、もう少し掃除してもいいかもね。」


 ハセラが言うと、ダッシュが続ける。


「掃除道具は、家で余ってたの持ってきたよ。」


 ダッシュが掃除道具を取り出すと、ハセラも自身の荷物から雑巾や箒を取り出した。


「外の雑草もボーボーだから、手入れした~い」


 と、スペル。続けてツムグが「じゃあ」と口を開く。


「分担して買い出しと掃除をしよう。まず掃除だな。室内はハセラを中心にテインと二人で頼む。外はスペルに任せていいか。」

「かまわないよ。」

「はい。」

「いいよ~。」


 次にクロルとダッシュに目を向ける。


「二人は俺と買い出し。」

「うん!」

「う、うん…」


 二人は返事をする。ダッシュは『収納インベントリ』の中に手を入れ、いつもの透明マントを取り出す。羽織ろうとしたところ、後ろからツムグが両手を彼女の両肩に置いた。顔を覗き込むように近付ける。


「たまには、透明マント無しで出掛けるのもいいんじゃないか?」

「え…」


 その言葉を聞くとクロルも、ピコン!という表情をする。


「そうだね!引っ越したばっかりなんだから、近くの人達に挨拶もしなきゃだし!」

「ち、近くの人達だって隣人って距離じゃないし…ひ、ひとりで出掛けることも少ないし…」

「え~?」


 二人の会話をきいて、ツムグは少し考える。「あぁ」と思い出したように微笑む。


「そういえば…結局俺の写真の行き先はクローバーだったな。」

「ひぇ…う、うん……」

「クローバーが言ってたけど、町を煙に包んだりしたそうだな。」

「は、はい…」


 ハセラが離れたところで、「僕らかなりの問題児らしいよ」とスペルとテインに呟いた。二人とも、「あれはバレてないはず」と言って目を泳がせる。

 ツムグが「あの二人は後で処すとして。」と言うと、二人はそそくさと去っていった。


「まぁ、俺も人のこと言えないんだけど…みんなのでこの屋敷はかなり安くしてことだし、来週は追加で仕事をさせてことになったし、全然良いんだが…」


 微笑みながらダッシュを見る。そんな彼に、クロルも便乗する。彼女の両手を握り、ブンブン振る。


「ほらほらダッシュ!せっかくなら服着替えよ~!」

「え、ちょちょ…」


 戸惑いながらも首を振り、拒否する素振りをする。クロルは明るい声で続ける。


「ナンパとかがあってもアタシが追い返すから!」

「…」

「…」


 彼女の目の前にいるダッシュも、その肩に手を置いているツムグも黙り込む。


「…」

「…」

「…」


 雑巾を絞っていたハセラも、庭に出る準備をしていたスペルも、箒と塵取りを用意していたテインも、みな作業を止め黙り込む。

 みなの心境を察したクロルが口を開く。


「…言いたいことあんなら言えや」

「よしじゃあダッシュ。着替えんぞ。」

「うん…」


 みな作業に取りかかる。


☆☆☆☆☆☆


「やっぱり恥ずかしい…」

「え~?マント無しで外にいるのは別普通じゃない?」

「そうじゃなくて、この状態…」


 ダッシュは両腕をツムグとアタシに組まれ、街中を歩いている。当然目立ってしまっている。


「ダッシュは何か買っておきたいものあるか?」

「あ、う、うん…いくつか…」


 スペル達からもいくつか買って欲しいものがあると頼まれている。

 スペルは庭に埋める植物の種や苗。あとは野菜や果物。

 テインはみなで使う食器の一式と、調理道具。あとはおやつと茶葉。

 脳筋は特にないとは言ってたけど、肉か豆乳かプロテインパウダーが欲しいって言ってたかな。やはり脳筋だ。


「ご飯の材料から買おうか。まずはあそこの青果店に行こう。次に肉屋で、最後に雑貨店寄ろう。」


 アタシとダッシュは頷いて、彼の言うように青果店を向く。

 時間に余裕があったら服も見たいな、と最後に繋げる。こういうさりげない気遣いのような、無意識で呟く一言が彼の良さであり、よく人を誑かす理由の一つだ。

 この前は、なんか知らない女性に言い寄られてたけど、前々から知っていた相手のようだった。流石に前の住所から多少離れた場所に引っ越したわけだから、そういうのも減るだろう。

 と思った矢先。青果店に入った数秒後、一人の店員に声を掛けられる。


「あ!ツムグくん!」

「チャープさん。」

「珍しいね!こんな…とこ…で…」


 声をかけてきた店員は、十代くらいの女性だった。アタシ達を見るや、明らかにテンションを落とす。


「あぁ、そうだな。チャープさん、ここで働いてるんだ。」

「え、あ、うん!親のお店なんだけどね!」


 彼女は気を取り直して、ツムグと会話する。何を買いにきたのと問いかけ、彼が答えると、強引に彼を引き案内する。非力なダッシュは(もともと恥ずかしかったから離したがってたということもあるんだけど)、パッと彼を離した。

 そしてそのあと、スペルから頼まれていた種や苗、そして今晩のおかずになる野菜や果物を取りレジに向かった。アタシらはその間、その二人の後ろを着いていった。


「また来てね!」

「ん~」


 彼はお金を支払い、右手で商品を受け取る。こちらへ来て、再びダッシュと腕を組む。

 店からはなれるとき、ふと店員の方を見ると、その目はとても鋭く嫌なものを見るような目だった。


「ねぇツムグ。アンタいつもなにしてんの?」

「何も。」

「あの、それよりもう腕組むのやめない…?」


 尚、アタシとダッシュはずっと腕を組んでた。


☆☆☆☆☆☆


 次は肉屋さんに来た。扉を開き、中へ入る。すると再び声を掛けられる。二人は依然、自分の腕を離さない。店にはいるときくらいは離しても…


「ツムグお兄ちゃん?」

「ん?イニマちゃんか。」


 今度は幼い女の子だ。十歳…よりも若いかな?さっきの人はともかく、こんな子どもどこで知り合ったんだろう…

 ギルドでは冒険者向けのクエスト以外にも、草むしりや清掃、臨時の店員といったものもある。おそらくそこ経緯だろうけど。


「お兄ちゃ~ん!」


 ツムグの足にむぎゅっと抱きつく女児。ツムグは優しく頭を撫でる。


「…この人達は?」


 子どもがしちゃいけない目をしてる。さっきの店員が、自分達の去り際にした目付きだ。


「俺の仲間。」


 ツムグがすんなりと答える。直ぐにはっきりとそう答えるところは、かなり好きなところだ。クロルもなんとなくだけど嬉しそうだ。

 が、女児は小さい声で「でもイニマの敵…!」と言っている。マジで?と思ったけど、まぁ、所詮子どもだよね?やめてね?自分らの家に来るとか…クロルとスペルが仕留めに行くから…

 彼がおつかいに来たのかなと問いかけると、彼女は首を振り母のお店だと答える。そして、ピンッと指を横に向ける。


「マジか。」


 彼がその方向を見る。自分達もつられてそちらを見る。そこには、女児の母親とおぼしき女性が、目を大きく開きこちらを見ている。

 彼は自分の腕を離すと、「ごめん、先に雑貨屋行っててもらえるか。」と言う。女児がピシャッとカーテンを閉めている。

 なんとなく嫌な気配がするので、言われた通り外に出る。


ガシャンッッ


 扉を閉めて数秒後、中から女性の怒号とともにそんな音が聞こえる。


「怖いなぁ…ツムグ怪我とかしなきゃ良いんだけど…」

「うん……うん?」


 先日彼の脚を撃ち抜いた人が何か言ってる。

 が、決してその感想は口にしなかった。

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