第1話後編

 図書館に近い所で、スペルが樹木の塔のような所の上におり、魘されながら使役術を使う。私はハセラとともに、操られる樹木に応戦する。


「ゔぅああっ…大樹魔導ッ…『大蛇オロチ』ッ…!!」

「スペルっ!落ち着―」

「邪魔ぁあ゛あっ!!」


 樹木が大きな蛇のように縦横無尽に暴れる。前方に魔法陣の盾を作ったが、樹木により破壊され、そのまま私も吹き飛ばされる。背中に強い衝撃が走る。擦過傷ができ、骨も折れているかもしれないが、幸い頸骨は庇えた。天使の体質により自動で治癒が始まり、10秒ほどで綺麗さっぱり傷が消えた。

 依然樹木は暴れ、ハセラは槍のように降り刺さる攻撃を避けつつ、そのまま伝って駆け上がる。


「退けぇえ゛!!」

「『行雲流水』!〝一刀流〟…〝流渦ながれうず〟!」


 左から樹木が襲う。ハセラは刀の峰でその攻撃を受け止める。力の流れのまま横に回転し、いなす。だが足場にしていた樹木が振り上がり、彼女を地面へ叩き落とす。

 彼女は衣服が少し痛んだものの、自身に傷はほとんどなく、窪んだ地面からむくっと立ち上がる。急な衝撃により少しよろけはしたみたいだが、土と砂を払い、刀を握り直す。

 ちょうどツムグと、ダッシュを背負うクロルが到着する。


「ツムグ!スペルの様子がおかしい!」


 彼はハセラの言葉を聞くと、周囲の状況を確認する。

 図書館には私が張った結界があり、的に損傷はない。クロルはダッシュを下ろし弓を構える。ダッシュはそこから少し離れ、スペルをる。


「ゔぅっ…ツムグぅ…!!」


 彼の名を連呼している。大きな声で彼女を呼ぶも反応がない。それどころかさらに暴れ、樹木がダッシュの所へと向かっていく。


ドゴンッッ


「ダッシュ!!」


 樹木がダッシュに衝突する。

 しかしそこには真っ黒な、大きい繭のようなものがあった。


「無事か!?」

「ダッシュ!ねぇ!?」


 二人が呼び掛けるも返事がない。しかし数秒後、黒い繭は霧のように溶け、中にいたダッシュの手に収まっていく。


「ごめんっ…これっ、完全遮断するから、テレパスも声も聞こえない…」


 彼は安心しつつ、スペルを正気に戻すべく動く。自身の喉に触れ「『拡声メガホン』」と唱える。大きく息を吸って彼女を見る。


「スペル!!!!!」

「あっ…ゔぅ…!!」


 聞こえているのかいないのか、彼女は依然変わらず魘されている。彼は数秒考え、仲間の方を見る。


「ダッシュ!状態の解析!ハセラは前衛、クロルは後衛で図書館を守れ!」


 ダッシュは頷き、近くの木や地面に触れながらスペルを観る。クロルとハセラは図書館へ向かう。


「なんで一緒なの!?」

「言ってる場合じゃないよ!」


 クロルは軽い攻撃や小さな攻撃を撃ち落とし、ハセラは重い攻撃や大きな攻撃を受け止める。


『使役術が不安定なまま使われてる!スペルの精神状態が樹木にも伝播して暴れてるから、術者本人に魔術を使わなくても動きは止められる!』


 ダッシュからの伝達テレパスを受けたようで、彼は私にそれを伝える。

 離れた場所から両掌を向ける。6mより離れると狙いがズレるが、この大きさなら流石に外さない。


「『爽快リフレッシュ』!『冷静クールダウン』!『安堵リラックス』!『不安払拭ネガティブクリア』!『目眩解消グッドルック』!『光在れ』!『ケア』!」


 樹木の所々が光り、光った辺りの動きが鈍る。使役術により同機しているスペル自身にも、僅かに影響があるようだ。


「うぅ……ふぅ…!」

「よし、『パワード』!!」


 彼は脚を強化し、動きが鈍った樹木を足場として駆け上がる。

 先程よりも遅い枝や幹が振り払うように襲う。彼は精神系の御呪バフを詠唱しつつそれらを叩く。拳を受けた箇所に御呪バフが流し込まれ、動きがさらに鈍る。

 彼女のもとまで辿り着くと、そのまま抱き締め詠唱する。


「『魅了ウィルラヴ』…!」


 彼の瞳が、マゼンタに近い紫色に光る。『テレパス』と声で同時にスペルを呼ぶ。

 彼女は受けた呪術により、彼同様に瞳の色が薄紫に染まり、少し動きがゆっくりになる。

 しかし次の瞬間、彼は樹木により縛られた。


「ツムグっ、ツムグっ!えへへっ、ツムグ捕まえたっ!やった…つがい…!あとは…光ぃ…!!」


 樹木が私を捕らえる。キツく締め上げられながら、『魔成与奪マナストリーム』に近い魔術によって魔力が吸われていく。ミチミチと音を立て食い込んでいき、千切れるような痛みがだんだんと強くなる。

 彼女は笑みを浮かべながら彼を掴む。口を開き、舌を枝のように伸ばす。それは彼の顔に纏わりつき、互いの顔を寄せ合うように引く。

 彼は体は縛られ、口が塞がれているので攻撃も詠唱も出来ない。しかし、私の頭に直接言葉が届く。


『…っ!テイン!たまになれ!』

「っ!は、はい…!」


 私は体全体に意識を巡らせる。どこか機械的な玉に、白い翼と天使の輪がついている姿に変身した。天界での神の使い、或いは精霊としての姿―オーブ・スタイルと呼んでいる。

 人型アドベンチャー・スタイルから変身したことで、樹木との間に隙間が生まれた。


(ナイス判断ですツムグ!ナイスラックです私!!)


 これによりできた隙間で抜け出し、彼の元に飛び駆ける。樹木が追うが、するりするりと回避する。多少掠るものの、樹木達の動きは単調だ。私はそのまま徐々に加速し、二人のもとに辿り着いた。


「『閃光フラッシュ』!」


 強い光によってスペルは怯み、後ろに下がる。慌てて私たちを捕らえるべく樹木の拘束を増し、繭のような玉を形成する。しかし――


バサッ…


 大きく広がる真っ白な翼が、樹木を穿つ。眩く輝く白き翼…天使の翼。

 拘束は解かれ、私の翼を有したツムグが立ち上がる。

 現在私の精神体――魂はおそらく彼の肉体の内側にある。彼は首元、肩、胸元、上腕、膝、脚に白い装甲(オーブ・スタイルの肉体)を纏っていて、その装甲は所々に黄金の意匠があり、翼はその装甲から生えている。

 二つの翼の間、首の後ろの辺りには背負うように天使の輪が浮かんでいる。

 装甲には感覚がないが、翼には感覚がある。彼の行動意思に同期させることも、私の意思で動かすことも出来そうだ。飛行が可能となり、さらに御呪バフなのか、二人分の身体機能なのか、運動に必要な筋力だけでなく、思考力や視力聴力も強化されている。

 スペルは私たちを捕らえるべく、先ほどよりも速く樹木をけしかける。『魅了ウィルラブ』により、意識はツムグに集中していて周囲への攻撃はない。空中でそれらを搔い潜る。


『この状態だとテレパス以外おそらく使えませが、私の魔力と天使の性質、そして所持しているスキルはツムグに継承されてます!』


 彼はよしと頷き、迫りくる樹木を避け続けたあと、スペルの元へと駆けつける。


「あっ、ツムグっ!ツムグっ!」

「ここだよ。」

「ふへへ…捕まえた〜…」


 周囲の樹木が、閉じ込めるように包む。

 彼は抱きつくスペルを優しく抱き締めかえす。ぎゅっと抱き締めたまま、耳元で優しく囁いた。


「『賢者ナレッジタイム』…」

「ん…あ……」

「落ち着け。落ち着け。ここにいるよ。」


 体の力が抜け、ツムグにもたれ掛かる。私が人型に戻ると、彼女は彼の胸に頭を委ねた。彼が優しく背中を撫でると、乱れていた呼吸や脈拍が徐々に安定していく。


「寝かせとこう。」

「はい。『冷静クールダウン』、『快眠グッスリープ』…」


 だんだんと瞬きが増え、目蓋が下がり、スペルは眠った。彼は彼女を抱えたまま、自身が立っている樹木の塔に触れる。掌とその付近が白緑色に光り、樹木の塔がゆっくりと地面に潜っていく。

 三人も駆け寄り、魘されているスペルを介抱する。

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