第2話前編 異常あり

 森林公園図書館【アプル】

 本棚がいくつもあり、たくさんの本が並べられている。とても大きい訳ではないが、それなりの広さがある。所々傷んでいたり、窓に少しヒビがあったりしていて、簡易的な修繕がみられる。普段は司書以外に人はいなく、うるさいくらいに静かだ。


 自分は今、館内の机でツムグと話している。しかし、彼はどこかボーッとしている。


『ツムグ?』

「っ…おう。」

「大丈夫?声掛けてたんだけど…」

「あぁ、わりい。考え事してた。」


 そっかとだけ返して、持っている本のあるページを彼に見せる。


「スペルのは様子から見て、生物が生命の危機と判断したときの繁殖欲求だと思う。」

「危機?洞窟での日光不足か?」

「だと思うけど、にしては過剰だと思う…」


 現在スペルは部屋で寝ているが少し魘されていて、テインが介抱してる。もう少し落ち着いたら診察する、と言うと彼は頷いた。

 続けて彼に、面白いもの見つけた、と例の文献を見せる。


「この魔術なんだけど…『再取得リゲット』…同じ魔術をもう一回取れる。」

「なるほど…ん?つまり、えっと、どうなるんだ?」

「わかんない…えっと、ここに伝承紋があるから…このページに挟んで…」


 開いてあるページに自分の魂札ライセンスを置いて、 『共感シンパシー』を使う意識をする。


 『共感シンパシー

 機能端末(魂札ライセンスなど)と記憶媒体を一時的に繋ぐ中級技術


「これで…?ごめん。自分じゃ読み取れない…お願い……」


 彼は頷いて、自身の魂札ライセンスを文献にかざす。魂札ライセンスの上に、うっすらと魔法陣が浮かび上がる。はっきりと見えるようになると、ゆっくりと回転し始める。


「スペルが勝手に俺に登録した魔術、全部 樹紋じゅもんで最初読めなかったよな。」

「うん…魂札ライセンスに記載されてるの初めてみたけど、『訂正リライト』で直せてよかった…。コミュ力Sの冒険者アドベンチャーだから取得できたけど……」


 『訂正リライト

 自身の魂札ライセンスの取得済み魔術の表記を書き換える中級技術。ダッシュ作。


 読み込みを待っている間、会話して時間を潰す。しばらく話していると、魔法陣は回転をやめて小さくなって消えた。

 彼の魂札ライセンスを見ると、新たに『再取得リゲット』という候補がある。その文字面を横になぞると、フワッと浮かび上がる。タップすると、候補の欄から徐々にその文字面が消え、逆に所持の欄に徐々に同じ文字面が現れ始める。現れきったあと、彼の魂札ライセンスと自分の魂札ライセンスをタッチする。先ほどと同様に魔法陣が浮かび上がり、今度はスムーズに回転してからすぐに消えた。


「ん……えっと、操作してみて?」


 彼は再び魂札ライセンスを開き、今度は所持の欄にある『ウィンド』をなぞり、先ほどと手順を繰り返す。所持の欄に『ウィンド』の文字面が二つ並んだ。


「『ウインド』。」


 風の初級魔法術が発動する。


「魔力の消費は…基準値の二個分かな?でも…」

「威力そこまで変わらなくないか?」

「うん……」


 ページを確認する。下の方に、少し小さな文字で書かれた文章があった。


【開発途中だが、『再取得リゲット』は取ったところで役に立つシチュエーションが無いと思われるので開発を一時中断し、新しい武器の開発に人員を割くこととする。】


「ごめん、読んでから取ってもらうべきだった…」

「いや、いいさ。いつか使うかもしれない。」


 彼の言葉に静かに頷き、『収納インベントリ』から書類とペンを取り出す。


【『再取得リゲット』:同一の魔術を再び取得する。詠唱によって発動するため、同じ魔術が同時に発動される。ただ、複数分の魔術を魔力を消費するが威力は一つ分に纏まってしまう。】

【記 6269年/6/6】


「これで、いいかな。もうちょっと詳しく読んだら、ツムグの強化に使えるものがあるかもしれない。この新しい武器ってやつとか…」

「おう、頼む。」


 今のスペルにとって、彼は刺激物かもしれない。


(いつもだけど。)


 なので、自分だけがみんなのもとに向かう。


☆☆☆☆☆☆


 彼は立ち上がり、本でも読むかと呟いた。何かに集中してないと、考えてしまうからだ。

 歩いて本棚を見渡す。一冊手にとって、表紙を見る。パラパラと中を見て、パタンと閉じた。また少し歩いて、一冊手に取る。今度は開くこともなく本棚に戻した。

 静かな館内に、彼の足音だけが響く。


 数分、そんな徒労を続けていた。出入口の扉が開いて、一人の女性が入ってくる。黒いズボンと白い長袖シャツの上から、濃い緑の帽子とエプロンのようなものを身に付け、長い黒髪を束ね纏めている。本がいくつも入ったトートバックを肩に提げ、さらに両手で分厚い本を数冊運んでいる。

 彼はスタスタと出入り口に歩き、持ちますよといって持っていた本を受けとる。


「っとと、ありがとうございます」


 いえいえと返しつつ、スペルが仮眠室で眠ってることを伝える。彼女が自分は行かないのかと聞くので、先ほどの件を伝える。少し驚いた表情を浮かべたあと、無事だったことを聞くとほっと安心した表情になる。


「そうだ、ダッシュが古い文献を持ってます。」


 彼が『再取得リゲット』についても少し話す。後で借りてきますねと伝える。

 彼女は頷いて礼をいったあと、あぁそういえばと鞄から一つ本を取り出す。少し前の雑誌か何かだろうか。とある本のページを彼に向ける。


「スキルの付録なのですけど、こちらはお持ちすか?」


支援系イエロー封止ロック』:対象のもつ魔術をランダムで一つ封じる中級呪術。】


「この前新聞で付近に魔王軍の目撃情報がありまして。魔王軍にはこのような魔術がいくつかあるそうなので。もしかしたら、その文献の魔術で対処できるのではないかと。」


 なるほど、と言って雑誌を受けとる。『封止ロック』を読み取り取得し、自身に向けて使用する。所持の欄を見ると、『ウィンド』の文字面に罰印バツが記されている。手のひらを床に向け、『ウィンド』と詠唱するが何も起こらない。


「その状態で『再取得リゲット』するとどうなりますか?」


 先ほどの手順で『ウィンド』を選ぶ。罰印の状態でも選択は可能だったが、所持の欄に出ると罰印が付いた。


「うわ…入れた途端に停められた…」

「えっ!?えっと…あっ!この魔術、名称で識別してるんですね…」


 雑誌にあった備考欄を読み、彼女は申し訳なさそうに謝る。彼は優しく微笑み、大丈夫ですよと返す。


「あとでダッシュにも教えておきます。」


 彼女はしょんぼりとした様子で本を仕舞い、新しく持ってきた本を整理する。ツムグも彼女を手伝う。

 一頻り終わったあと、彼はふと呟く。

 

「名称か…名称?名称なら…」


 彼女の言葉について少し気になったようで、再び魂札ライセンスを取り出す。『訂正リライト』といってから、罰印の『ウィンド』をなぞる。浮かび上がった文字は、先程より少し薄い。


「えっと改名は…『風圧ふうあつ』とか?」


 薄くなった文字の上につまむような状態の指を二本置いて、すいっと開ける。すると文字が大きくなる。今度は指一本で、薄い文字の上から文字を書く。今度は開いた状態の二本指を置き、すいっと閉じる。もとの大きさに戻った文字をタップすると、所持の欄に戻る。


「あら!名前を変えれば判定外になるんですね!」

「外で試してみます」


 先程よりも少し明るい表情と声色で、外に出ていく。

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