プロローグ5 紫黒の学者:ヒット・フューチャー・ダッシュ


 〝亜人〟

 樹人族の様な種族としての亜人ではなく混血の、特に人間と別の種族の間に生まれた存在の総称。

 小神族エルフとの間に生まれれば人と小神族の亜人ハーフエルフ妖怪族あやかしとの間に生まれれば人と妖怪族の亜人はんようとなる。

 また後天的な亜人として、死後に動くアンデッドや、機械との融合を施されたサイボーグなどもある。

 狭義では先天的なもののみを、広義では後天的なものも含める。


 また、夢の中に現れる悪魔族により子を成すことも多々あるそうだ。


☆☆☆☆☆☆



 左の鞘に一度、御呪バフを施した刀を納める。

 一方、アンデッドは手を伸ばしながら、ゆっくりと歩いてくる。


「〝一刀流・居合い〟…〝海閃かいせん〟…!」


 先ほどのクモと同じように、抜刀の軌道上にあったアンデッドの腕はスパッと斬られた。斬られた腕の手の側は、剣の威力で少し飛び、アンデッドの足元にゴヂョッと落ちた。切断面は先ほどの『浄化ヘブンズ』の時に現れた蒸気のようなものが僅かながらに発生している。


(御呪バフの効果もあるのだけれど、末端部分は比較的腐敗が早いからすんなり斬れるようだ。)


 刀を右上にあげたまま刃が下を向くように構え直し浅く息を吸う。左足アンデッドの左側の首の付け根から、右脇腹にかけて刃を通す。断面は静かに流血し、ゆっくりと半身が落ちる。

 再び刀を構え直すハセラ。彼女とテインの頭に、姿が見えない仲間の言葉が直接流れてくる。


『その個体以外は残留魔力が少ないし、内部破損がひどいから、まとめて浄化できるよ。』


 ハセラは一歩引いてテインの方を向く。


「テイン、頼むよ。」

「はい!『浄化ヘブンズ』!」


 腕をアンデッドの方向へ向け、掌を大きく開く。詠唱に伴い、地面に先程と同じ魔法陣が展開される。先程よりも大きく、アンデッド達全員に至るくらいの広さである。そして発現した光の柱により、アンデッド達に残っていた魂は徐々に天に昇って行き、朽ちていた肉体は綺麗さっぱり消えていった。


「ハセラ、刀に血は残っていませんか?」

「大丈夫だよ。あぁ、ダッシュ。ありがとうね。」


 純白の少年達の方を向き一言礼を言う。


「多分こっちにいないぞ。」

「えっ。」


 アンデッド達が出てきた通路とは反対側の壁。そちらにある通路からも、再び聞こえてくる音。


「あっちからも来るね。アタシやる?」

「ん……いや。多分ダッシュがいる。」


『テイン、御呪バフ貰っていい?』


 テインの前方の虚空から、ナイフを握った手のひらが姿を見せる。彼女は頷いて、両手でその手を握る。


「『パワード』!」

「ありがと……」


 ナイフはまた姿を消した。そして通路の奥からは、やはりアンデッドが出てきた。他の個体と目立った違いは特に見受けられない。


「ゔぅ…ゔっ…!?」


 虚空からナイフの刃が現れ、アンデッドの心臓の位置に刺さる。ナイフが薄紫色の微弱な光を纒い、アンデッドの魔成マナと魔力を奪っていく。その薄紫色の流れは、所持者自身に向かっていく。

 ナイフを一度心臓から抜き、続けてアンデッドの蟀谷に突き刺す。そのまま脳みそにまで到達し、再び光を纒い流れを成す。


「ゔぅ……ぅ…っ…」


 アンデッドは全身が脱力する。ナイフが抜かれると、引かれた慣性により立っている状態を維持できず倒れた。姿を見せないナイフの仲間はすでにその場におらず、押し倒されるようなことはなかった。


『アンデッドは魔力を奪いながらなら、脳へのダメージが少しでもあれば回復できなくて倒れるよ。辛いだろうから浄化して……』


 少年の脳内に直接語りかける。少年はテインの方を向く。


「テイン〜。」

「はい!」

「クロル、ハセラ。警戒頼む。」


 二人に周囲の警戒を任せ、少年とテインはアンデッドの元に近づく。少年に腕を絡めてるスペルも一緒について来る。

 テインは先ほど同様に掌を向ける。アンデッドを見たまま、「ダッシュ、離れましたか?」と問いかける。脳内に直接「クモの所にいる。」と返答が来る。それを確認すると、テインは詠唱を行う。


「『浄化ヘブンズ』。」


 アンデッドは浄化され、衣類等を残してまた消えた。

 ダッシュと呼ばれた透明な仲間の言葉が、今度は少年の脳に届く。


『これはラバスパイダーかな。弾む糸を作れる。罠にも活用されるから、多分もともとこのダンジョンのどこかで飼育されてたんだと思う。サンプルとして持ち帰えるね。』

『おう。』


 いつの間にかスペルは少年のところからクモ達のところへ、ないしダッシュのもとへと近付いていた。虚空に向かって手を伸ばす。


「ん〜、ここだ〜」

「あぇっ、う、あっ……『煙幕』!!」


 虚空を掴むと、シュルルと布がすれるような音がして、何もなかった空間に1人の女性の姿が現れる。

 スペルに驚き、咄嗟に初級の魔法術を使用する。煙によって付近が包まれる。


「スペル駄目ですよ!もう!ダッシュ〜、どこですか〜?」

「ん〜、『ウィンド』〜。」


 今度はスペルの初級の魔法術によって風が起こり、発生した煙が晴れていく。壁の方の隅っこに、どこか怯えたように座り込むダッシュ。


「あっ、ダッシュ〜、ごめん〜」


 露になった彼女の姿。少しボサボサとした紫黒色のボブヘアーが耳や目元まで伸び、前髪に隠れた先には、引き込んでくる闇ような瞳がある。しゅっとした眉毛と長い睫毛を持っていて、クロルよりも濃い隈があるが、ぱっちりとした二重のつり目をしている。すっと綺麗な鼻と、(普段は)落ち着いた印象を受ける口。その口の左側、少し下には黒子ほくろがあり、どことなくハセラと同じような大人びた印象を受ける。

(https://kakuyomu.jp/users/milklupia/news/16818093074468669144 )


「あ、来るとき疲れませんでしたか?」

「だい、じょぶ。はっ、ハセラに、背負ってもらってた、からっ……」

「え、何それ知らない。」

「え、お前嘘でしょ?」

「いや、ホントわかんなかった…」


 ダッシュは立ち上がり、距離をとったまま、スペルの方に掌を向ける。


「あ、マント……『奪取スティル』……」


 ダッシュの手元はパッと光って、気付けばスペルの掴んでいたマントを握っていた。


「わぁっ。ここだとマントは外してても〜…ん〜?」

「ん…あっ…」


 二人は何かに気づいたように、中央の通路を見る。


「どうかしたか?」

「うん〜…綿いる〜…」


 二人が綿飴と呼ばれた存在に気がついたのは、索敵のスキルによるものではなく、種族によるところが大きい。ダッシュが少年に問いかける。


「じ、自分、やる?」

「いや、俺やるよ。」


 座り込むダッシュに手を伸ばし、引っ張って立ち上がらせる。一度手を離すと、今度は互いに手を少し挙げて優しく叩き合わせた。

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