第10話 凱旋


 樹木が大きな半円の繭を形成する。横の長径はおよそ12m、高さは6m。

 急いで転がる彼の首を拾い上げる。意識は失っているので、急いで身体とくっつける。魂結びの術が間に合わなかったが、スペルの繭によりどうにかなりえる。さらにスペルに樹木で固定具をつくってもらうも、血が絶えず流れていく。流れ出た血を、樹木が吸いそのまま彼に戻していく。

 ハセラとクロルが周囲を見渡し警戒する。

 十余分ほどで、ダッシュが頚の縫合を済ませる。ハセラのもっている刀の破片をクロルに加熱してもらい、患部を焼く。さらに上から樹木で無理矢理押さえる。クロルは彼の胸に手を置き、心臓マッサージの準備をしている。


「【死に絶へし】【汝の御魂みたまよ】【今一度】【眩く光り】【御身へ還れ】…!」


 精霊系ライト『蘇生』

 肉体から離れた魂を呼び寄せる、召喚術に近い上級呪術。

 魂結びの術に比べ、成功率は6割といったところ。しかし、スペルとツムグには契約があったはず。繭にもスペルの魔力と魔術が流されているので、どうにか霧散は避けられたと思われる。

 彼の身体は微かに光を纏った。

 クロルが心臓マッサージを続ける。頚の怪我に血が滲み、徐々に溢れていく。ダッシュがスペルから魔力を受けとり、そのままツムグへ流す。


「…あっ。」


 彼の顔に自身の顔を近付けていたハセラが、そんな声を漏らす。


「……キスで目覚めるのはお姫様か王子様だって相場は決まってんだが。」


 彼の声が聞こえる。口が動いている。呼吸をしている。目を開いている。よし、成功したようだ。


「ちちちちがう!いや、ちがくもないけど…心臓マッサージしようとしたけど砕けるからやめろって言われて…代わりに人工呼吸で」

「それより『回復ヒール』!『回復ヒール』!!」

「『魔成与奪マナストリーム』!!」


 首に集中的に呪術を流し込む。ダッシュも同じく首…へ重点的に魔力と魔成を流し込む。ある程度の傷跡や縫い目が残ってしまうものの、徐々に傷口は綺麗になっていく。


「ツムグっ!!」

「ツムグ~!」

「ぐえっ…おい五秒前まで首無しの死体だったんだぞ…もっと丁寧にいいいいたいいたいいたい!!!」


 抱き締められ、繋げたばかりの首が凄く痛む。クロルは慌てて離し、心臓マッサージを始める。スペルも植物を離し、ゆっくりと彼の頭を地面に下ろす。これにより、彼の血流は徐々に回復する。


「『活性化ガッツフレア』!『ケア』!はぁ…はぁ…よ、よかったです…生き返って…!」

「つ、つつ、ツムグっ…!」

「ツムグ、おかえり…!」


 全員泣きじゃくりそうな顔で彼を抱き締める。


「あぁ、ただいま、みんな。」


 あぁ、よかった。また、彼の声を聞き落ち着く、

 先ほどまで戦っていた地面の損傷は残っておらず、かわりに多くの傷を纏った、禍々しく、おぞましい…そして誇らしい武装品が散らばっている。


「みんな。」


 少し恥ずかしそうにしつつ、彼は胸を張って私たちを向く。


「信じて待ってくれて…ありがとな。」


 皆は少し照れつつも、生き生きとこたえる。


「当たり前でしょ!」

「当たり前だよ。」

「ちょっと被せんな。」

「被せてない。」


 睨み会う二人。いつも通りだが、少しいつもより微笑んでいる。三人も、ツムグを見ながら微笑む。


「大事な人だからね~」

「私たちを信じてくれるリーダーですから!」

「うん…待ってた。来てくれるって…信じてたから。あと、テレパスもうけたし…それに、その…いつも信じてくれるから…ツムグのことは、ずっと…信じてるっ…」


 珍しく、彼は表情をうっすら赤めながら、私たちから目を反らす。


「たとえすぐにそこら辺で女引っ掻けてきたりしても!アタシのとこに戻ってくるって信じてるよ!あとこの前街中でツムグにちょっかいかけてきた人にガン飛ばしてるのも許してくれるよね!」


 彼の表情は固まり、目線は此方に向く。


「やけに女慣れしてても、ウチに一途だって信じてる~…あと下着勝手に盗ってることも許してくれるって信じてる~」

「待ておい。」

「僕がさっき借り物の刀を砕いたことも許してくれるって信じてるよ。」

「おい。」


 ついでに私も便乗する。


「信じてるので、えっと、この前間違って食べたツムグのおやつのことも許してくれるって信じてます…」

「あぁうん。知ってたよ。」

「えっ。」


 次々と、ここぞとばかりに述べまくる。一方、ダッシュは口を閉じている。静かにそっぽを向くダッシュの方に、みんなの視線が集まる。


「…」

「じ、自分はなにもっ、なにもない…」


 目を泳がせながら、歪な抑揚をつけた言葉で返す。

 相手は通称、コミュ力お化け。隠せるわけもなく、数秒見つめられる。


「おい顔に情報提供してもらうために俺の写真無断で売ったって書いてあるぞ。」

「ブフッ……」

「図星かよ。」


(((いやちょっとダーッシュ!!!!)))


 多分、スペル以外の三人が内心かなり焦っている。

 彼は浅く息を吸う。はぁっ、と軽くため息をつきながらまた私たちを見る。でもその目付きは、どこか微笑んでいるようにも見えた。


「クロルとスペルは一旦おいといて、テインはそれくらい素直に言うこと。ハセラは仕方がないが、あとでクローバーんとこ一緒に来い。」

「っ!」

「う、うん…ごめん…」

「そういうときは『ありがとう』って言うもんだぞ。よし…じゃあ…」


「凱旋…とでもいくか!」


 ツムグがスペルを背負う。私とダッシュは彼を挟むように彼にとなりに立つ。ハセラとクロルは並んで後ろを歩く。

 軽やかで、健やかな歩みで、道を進む。

 さっきまで死にかけて、というか彼は実際死んでいた。なのに一緒にいるこの時間は、そんな恐怖や絶望も凌駕するほど、生の実感と喜びが満ちている。

 全員が微笑み、街へ向かい歩いていく。どこか誇らしいような、清々しいような表情で。





「あ、ダッシュ。後でガチ説教な。」


 しばしの沈黙。集まる視線。彼が振り向くと、ダッシュは無言のままマントを羽織った。


「待ておい消えるな!!」

「わぁ、わっ、揺れる~…」

「あっ!待ってよ!」

「僕らも走ろうか?」

「はい!行きましょう!」


 誰かと共に生きる日々の幸福は、決して色褪せない。私はそう思う。


「ほらどこだ抱き締めてやる!俺のハグは高いんだぞ!出てこいオラァアアア!」

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