第9話 ありがとう


 彼が私の名を叫ぶも、彼らではなく魔王様を見る。息を切らしながら、冷静さを欠くことなく立つ。

 魔王様は残念そうに私を睨み、口を開く。


「私に仇なすとは……」

「魔王様…この街からは、どうかお引き取――」

「『反受動パラレル』=『【極回復ハイヒール】』。」


 肉体に駆ける違和と痛み。数秒すると、内側から肉体が崩れていく。先ほど援護の彼女に呪いを盗られ、回復や再生は無くなった。私に生き続けるための力と理由を与えたのはこのお方だ。そむくなら、相応の覚悟を持つのは当然だろう。


「これまでの功績に免じ魂ごと完全に破壊しよう。貴様の望んでいたようにな。愚かな我が部下よ……貴様の意思を汲み、この地の支配はせぬ。だが――」


「――あの純白の男は消すとしよう。」

「っ!?なぜっ……!?」


 魔王様は私の問いに、違和を感じた表情をする。少しすると、あぁそうかと続ける。


「貴様の記憶は私が所持しているのか……まぁよい。貴様がそれを知ったところでどうにもならない。」


 魔王様は彼らの方へ歩いていく。

 私は大きく呼吸をする。徐々に肉体が崩れていき、力を込めることも難しい。当然ながら希望はない。今から行うことには、かなり抵抗がある。だがしかし、ここで引きたくはない。

 その気配を感じたのか、魔王様は立ち止まる。振り向かず、口を開く。


「歯向かうか。よかろう……」


 空気が変わる。戦慄する状況に息をのみつつ、魔王様へ手を向ける。


「『術腐敗ジョルド』!」

「術式を腐敗じゃくたいかさせる魔術か……」


 彼らには近付けさせない。そう思いながら、このお方に叛く覚悟を決める。足元から魔法陣を展開し、周囲へ広げる。


「『戦場』…対象と範囲を狭め、代わりにここからの外出を禁じる力を底上げする。閉じ込める対象は…魔王…―――!!」


 展開された魔法陣は、魔王様の少し先まで広がる。

 先程以上の圧と、殺意が此方へ放たれる。此方を睨む瞳には、一切の宥恕はない。


「その名を……口にするな……!!!」


 全身に力を込め、拳を掲げる。大空の雲達が徐々に雷鳴を奏でる。


「『斬雷鳴ザラメ』……『鎖印サイン』!!!」


 一点わたしへ降り注いだ雷を纏う。腐敗した肉体に落ちた雷のエネルギーを生体電気へ、熱エネルギーを運動エネルギーへと変える。もう動けぬ身体に、最後の力を。


「それはこの場のみでしか使えぬ。いや、正しくはここで死ぬ……承知の上だろうがな。」


 地面に突き刺した刃を掴む。迫り、刃を振り落とす。だが押すことさえできず砕けてしまう。刃を投げ捨て、『腐敗オルド』を込めた拳をぶつける。


「はぁ……」


 静かに掌を向けられるが、構わず攻撃を続ける。右足を勢いよく後ろに振る。上半身を反りながら、今度は前に蹴りあげる。


「ぬぅあぁぁぁっ!!!」


 蹴り上げた脚に再び力を込め、勢いよく落とす。


ドゴォォン


 轟音が鳴り響き、土鉾が舞う。地面は半径三メートル、深さ十メートルほど陥没した。穴のなかで、地層の側面に触れる。魔力を流し込み、土砂にエネルギーを与える。


「『屍泥駒デッドロック』!」


 大地の側面、地面、上部から幾体もの土人形を形成し、魔王様へと向ける。絶え間なくその数を増やしていく。

 しかし、腕の一振で全てを吹き飛ばされた。ただの土塊だ、仕方がない。再び土人形を形成しけしかける。

 魔王様は内一体を掴む。その土人形はダランと脱力した素振りを見せたあと、先程以上にしっかりと立つ。それは周囲にいた他の土人形に向かい走り、自身の頭部前方に魔法陣を展開する。紫色の魔法陣は、前方に圧力のようなものを放ち、土人形達を破壊する。当然だが、私のもつ魔術によるものではない。

 魔王様は続けて、静かに呟く、


「『極回復ハイヒール』。」


 当人を中心に、周囲へ魔法陣が広がる。破壊された土人形達が徐々に修復されていく。そして此方に向き、走ってくる。

 拳一発で大破できるかと思ったが、通じない。一体が私の肩を殴る。先程の魔王様の魔術の影響もあり、肩から腕が砕けるように吹き飛ぶ。そのまま数体の土人形が私を殴る。だがもう私の肉体には、痛む感覚などない。


「はぁ、はあ!!『ラグ』ッッ!!」


 この数を相手にするのは分が悪い。どうしようもなく、捨て身の一手を進める。


「『鳴陸ナロク』ッッッッ!!!」


 先ほどの『斬雷鳴ザラメ』よりも、数倍大きな雷が穴に向かい落ちる。離れた所からその戦況を見ていたワガミは叫ぶ。


「おいっ、アウモス!」


 黒煙と土埃が舞う。少しは通用していて欲しいものだ。



「衰えたな。いや、疲労と弱体化と、蓄積されたダメージか……」


 私の頭部を掴み、失望したような声色で述べる魔王様。ワガミが此方を見ている。

 破壊された地面は復元されていき、岩に乗り浮かんでいく。  


「くっそ…!アウモス法治魔術これどかせ邪魔だ!!」


 彼は殺させない。せめて、彼らだけでも次へ紡ぎたい。

 頭部を掴む腕を、残っている手で握る。魔力を長し、魔術を使う。


「戦うのであれば、全盛の貴様と戦いたかったもの……?」

「はっ…ふっ…はぁ…『食喰ハック』…!」


 それは微かにだが、魔王様の腕を侵食し始める。最後の一瞬まで、抗い続ける。


「『腐敗オルド』…『痛裂グリフ』……!!」

「もうそんなことができぬように……終わらせよう。」


 もう一方の手で私の肉体に触れ、引き抜くように腕を動かす。それにともない、肉体から靄のようなものが抜き取られる。

 そして、投げるように地面に叩きつけられる。


「っ…!!『斬雷鳴ザラメ』っ!」


 詠唱するも、なにも起こらない。抜き取られたあれは魔力か…いや…


「貴様の魔術は、生きた記憶は……私が承ろう。」


 『戦場』の魔法陣が崩れる。恐らく、術者から主導権が変遷したからだろう。

 直感が、己の未来を悟る。その時、私が最後に思うのは…


「ワガミ……!」

「っ!」

「逃げろ!!」


 最後にできた、戦友たちだった。


「はぁ!?なにいってんだ!?そんな状態の」

「頼むっ…!逃げてくれ…生きてくれ…!!!」


 心より思う、彼らの無事。そして、最後の望み…


「っ…」

「私を、覚えていてほしいんだ…!!」

「!」

「だから…!!逃げてくれ…走れ……走れ!!」


 声を荒らげ叫ぶ。当然それは怒りでも、憎しみなどでも決してない。


「いぃっ…!!くそっ!クロル!テインを纏って逃げろ!!」

「えっ!?」

「っ…!」

「ダッシュ!ハセラとスペルと一緒にマントに入れ!ハセラは二人を担いで走れ!!」

「っ!?」

「わ、わかった…!」

「ツムグは…」

「俺は自分で行く…!」


 指示に従い彼女達は動く。彼は此方を振り返らず、私の名を呼んだ。そして、大きく息を吸いさらに叫ぶ。


「ありがとう!!!」


 短くも強い言葉が、私の心に強く響く。


 その光景を見ていた魔王様は、無表情のまま、悲壮感にまみれた声色で呟く。


「はぁ…また、見るとはな……」


『みんな!逃げてくれ!!!頼む!!』

『はっ!?でも』

『いいんだ…!逃げてくれ……俺たちじゃ敵わない…!』

『そんなっ…―――っ!!』

『―――!!お前も…!!』

『俺はいい!お前たちが生きてくれ!これは俺の、はじめての命令だ!』


『生きろ…!逃げろ!!!!』


 私の頭を過る声。これは恐らく、かつての記憶。


「あの日…仲間の命を、未来を信じた……貴様は最後まで、変わらぬのだな…」


 慈悲か、感嘆か、あるいは…それは魔王本人にしか理解しえない。


『聖者さん!治してくれてありがとう!』

『リーダー!今日もありがとうね!』

『助けてくださり、ありがとうございました。』


「あぁ…そうか……」


 徐々に消え行く憎悪。まるで霧が晴れるような感覚。


『いっつもありがとう!』

『心配してくれてありがと…でもね!あんたとなら、魔王だって怖くないよ!!』

『俺らはお前についていくさ。俺らを仲間にしてくれてありがとな。』


「私が…最後に言った、心からの叫びは―――」


 ずっと封じ込んでいた記憶。私の生きた、最後の記憶。


「ツムグ!!」

『みんな!!』


 重なる想いと言葉。きっとそれは…


「私と…出会ってくれて……!」

『俺と…出会ってくれて……!』


 実に儚くも…


「『ありがとう!!!!!」』

「っ……!!」


 眩い―――


「さらばだアウモス。いや…〝光の〟…」


「“タナカ・オサム”。」


 地に伏せた私へ、魔力の塊が落とされる。

 私は彼らを見たまま微笑む。自分がかつてどう生きたのか。どんな生き方をしたのか。そして、今を生きるものに意思を託すことができた喜びに…出会えた彼に感謝して。

 かつての仲間たちが、彼が、そして彼の仲間たちが、私を知ってくれている。その彼らを誰かが知っている。

 人の記憶は、生きた真実は不朽なのだ。ワガミ・ツムグ。も、お前を覚えた。

 ありがとう。きっといつか、また出会えたら……そのときに……


 やがて静かに、安らかに、アウモスの魂は無に帰していった。

 だが、彼が生き、死んだその事実はこの世界に存在し続ける。人の記憶へと―――

 




 『オーバーフロー』により身体機能を強化し、魔王から離れていく。振り返らず、一心不乱に駆けていく。

 だがそれは突然、そして当然のようにいた。


「もう…よい……失うのは…」

「え…」


 彼の目の前に立つ魔王。ツムグは止まらず、拳を握り構える。


「仲間を手にかけるのは…!」

「『オーバーァァ…!!!」

「懲り懲りだ!!」


 傾き、下がっていく視界。

 鋭い痛みを感じた次の瞬間、彼の意識は、赤く染まりゆく地面に沈んでいく。

 魔王は一瞬で姿を消した。

 だがどちらも同じく、その目は最後まで互いを睨んでいた。


 「まずい!!ツムグが!!!」

 「スペル!ダッシュ!!応急処置の準備を――」



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