第8話 魔王


「っ………!」

「はぁ、はぁ…!」


 アウモスは渾身の一撃を食らい息が切れている。

 一方ツムグも、渾身の一撃を放ったため息が切れている。しかし、天使テインの効果により徐々に回復が進む。

 アウモスは立ち上がり、ツムグを見る。


「っ!まだか…!」


 アウモスは大剣の刃を掴む。刃を振りかぶり―


「っ!!」


 ―地面に突き刺した。


「見事だ。純白の…者よ……」


 ツムグは少し驚いたような表情を浮かべる。話がしたいと言われると、彼はあぁと言って頷いた。仲間達を呼び、集まってもらう。


「我が名は…アウモス……貴殿の…名は……」


 横たわり、彼を見る。


「ワガミ…ツムグ。このパーティーのリーダーだ。」

「そうか……良い、リーダーのようだな。」


 微笑み、ツムグを見る。

 一方、彼の後ろに立つ五名は目を大きく開き数回頷く。


「貴様の仲間は私と戦い、苦しみ…傷だらけとなり…希望が無くなっていった……」


 天を見上げながら話し続ける。


「だが……貴殿が来てから、皆が希望と、戦う意思を取り戻した。援護職は勝ち目など見えなくとも…その指示を絶対的な希望かのように信じもがいた。剣士と狙撃手は比にならない連携を、樹人と巫女は実力を最大限発揮できる状態になった…仲間の欠点を理解し、導く存在……私が求めていた…理想的なリーダーだ。」


 首がちぎれそうな勢いで頷く五名。


「おそらく私は、記憶を一部失っている。だが脳にダメージを負い、偶然……少しだが思い出したのだ…」


 自身の頭に手を添える。


「私は…どこか遠くよりこの街に来た。どのように来たかまでは覚えていない。ただでさえ数世紀も前だろうからな……だが、その時点で凄まじい術を持っていた。」

「アンデッドの魔術か?」

「いや…『極回復ハイヒール』という魔術だ…」


 真剣な顔で言うアウモス。数秒の沈黙。ゆっくりと口を開くツムグ。


「…今なんて?」

「…?『極回復ハイヒール』。」


 そうか、と静かに返す。


「極級の回復呪術…その効果は自他のあらゆる怪我を治し、かすり傷と言った軽傷や骨折や損失などの重傷…肌荒れ、疲労、髭剃り負け、乾燥、シミ」

「美容好きだな。」

「ああ、失礼。そしてその術を発揮できる役職――聖職者となり、パーティーメンバーを集め冒険をしていた。仲間たちと過ごし、魔物や魔王軍に挑み…やがては魔王の元へまで……」


 懐かしむように、楽しそうに、そしてどこか切なそうに語る。


「魔王の元に辿り着く数年前、私は呪いをかけられたのだ。」


 皆が、ダッシュが握るカードを見る。


「【既屍廻生きしかいせい】…肉体と魂に不老不死の性質を与える…病性の呪い。」

「え、それって強化になるんじゃ…?」


 クロルが問う。アウモスは頷いて、さらに説明を加える。


「あぁ、私も初めはそう思った。『極回復ハイヒール』との相性はよく、凄まじい治癒速度を得た。だが、しばらくして気付いたのだ。」

「呪いと呼ぶ所以をか…」


 少し言い淀み、口を結ぶ。ずっと、閉じ込めていた本心…恐怖を吐露する。


「老いることも、死ぬことも無い……だが、仲間たちはどうか?」

「老いるし、時には死ぬな…」


 起き上がり、胡座の姿勢に変える。ポツンと、悲しい雰囲気が漂う。


「そして『極回復ハイヒール』により、肉体と魂に刻まれたにさえ再生が付与された。呪いは再生力が動力となり、『極回復ハイヒール』の自己再生の効果をも取り込んだ。」

「自己再生の…ってことは、他者への再生はできたのか?」

「あぁ。だが、徐々にアンデッドの性質を持ち始めた私の肉体には、聖職者の支援や治癒薬は悪化を招くことになった。」


 自身の体に手を触れ、握るように力を込める。


「それでも仲間たちは私を受け入れ、冒険を続け…そして、遂に魔王様の元へとたどり着いた。」


 また懐かしそうに微笑む。同時に、手に込める力が増していく。悔しさを紛らわしているように。


「術者か魔王を倒せば呪いも解ける。それが唯一の解呪方法だった。だが…無理だった……」

「解けなかった…いや…」

「倒すことなど到底できなかった。気が付けば私も仲間たちも、血まみれになって吹き飛ばされていた…」


 彼とその仲間達が息をのむ。


「私はまず、仲間たちを治した。そして…怪我が癒えた仲間たちは――」


「――皆、逃げていったよ…」


 静かに、悲しみに満ちた顔で告げる。


「詳しくは覚えていない。ただ私はその時、声を荒らげ叫んだ。仲間たちは見向きもせず、ひたすらに駆けていた……それは覚えている。」


 クロルは悲しい声で恐る恐る、見捨てられたの?と問いかける。

 アウモスは頷いた。その後に、魔王が自身を率いれたこと、その恩義ゆえに魔王へ忠誠を誓ったこと、魔王に仕えてきたことを話した。


「私を見捨てた仲間たちや、その恨みなど忘れた。だが……今、改めて考えると…違ったのではないかと思う………」


 アウモスは淡々と話す。


「仲間たちは、不死である私を信じていてくれたのではないか。私の心が折れぬと信じ、応援を呼びに行ったのではないか。戦う準備を整えに行ったのではないかと……そして、おそらく彼女が言っていた……この呪いの研究という結果があったんじゃあないかと……」


 今となってはわからないがと自身に呆れたように、諦めたように呟く。


「このアウモスと言う名も、真名ではない。あの日の私は死んだという意も込めてな…」


 死ねない自分を殺す方法――自分という人間を一度終わらせること。


「自分自身の呪縛けってんを理由に悩ませていたのに、それでもついて来てくれた仲間を信じられなかった自分など…もう価値などない。仲間たちにも忘れられたかった。」


 ツムグは何か言うわけでもなく、真剣な顔で聞く。


「だがワガミ……貴殿らには、私を覚えていてほしい。」

「あぁ。人の名前を覚えるのは得意だ。」

「社交性Sだものな……感謝する。」

「…あ、そうそう。」


 アウモスの横に屈み、彼を見る。


「さっき…"仲間の欠点を理解し”って言ってたが…」


 仲間達を親指でぴっと指を指す。


「たしかにハセラは人に合わせるのが苦手で、脳筋で、さっきも俺の借りてきた刀ぶっ壊してるし」


 あっ、という表情をして少し焦るハセラ。


「ダッシュは極端に体力が無いし」

「し、しゃー、ないじゃん……」


 うっ、という表情をしつつ、少し膨れるダッシュ。

 

「テインはクソエイムのド天然だし」

「急に口悪くないですか?」


 はっ?という目を向け、顔をひきつるテイン。


「クロルはすぐヘラるし、束縛するし…」

「え」


 えっ、と言う声を数回漏らし戸惑うクロル。


「スペルはマイペースで四六時中発情してるし」

「四六時中誘ってくるのが悪い。」


 むんっ、と言って堂々とするスペル。

 誘ってないんだが。と小さく答えるツムグ。


「マイペースだわ、消えるわ、喧嘩するわ…好き勝手やって、纏まらない。それらは苦手なこと、弱点かもしれない…だが、点じゃない。」


 彼はそれを受け入れている。誰かに頼りたいから、頼られたいから。それ以前に…大事な仲間だから。

 彼の言葉に、アウモスはどこか呆れたように、それでいて楽しそうな顔を浮かべる。


「ふふ、ははっ……やはり良いリーダーだ。」


 空を見上げながら、清々しい声色で呟いた。

 後ろで五人が凄く頷いてる。


「貴殿に覚えてもらえること、心より光栄に思う……」

「あぁ…」

「っ…潮時か……そうだ。頼みがっ、ある……」


 懐から何かを取り出す。それは掌くらいの、四角い物で、ところどころに意匠や紋様がある。


「こっ…れは…私の…魂札ライセンス……。私が生きた軌跡を、貴君に授けたい…」


 あぁ、よろこんで――彼は自分の魂札ライセンスを取り出す。そして、アウモスの掲げる魂札ライセンスに近付ける。



「何をしている。」



 一瞬にして死を覚悟するほどの戦慄が走る。

 おぞましく、それでいて美しい。禍々しく、それでいて神々しい。

 アウモスよりも低い背丈であるにも関わらず、それ以上に圧を感じさせる。あまりの気迫に、視認しているはずの姿が定まらない。ローブのような物に身を包んでいるのか、全身を魔力が包んでいるのか。

 殺意、畏怖、混沌…なんと言えばいいのだろう。あらゆる恐怖や悲哀を凝縮したような絶望が、気付けば彼らの傍にいた。


「なぜ…ここにっ……」


 それは―――


「魔王様……!!!」


 ――この世界の終焉。絶えぬ存在。


「アウモスよ。裏切りは……恥ずべきだ。」


 アウモスは突き刺していた刃に触れる。


「『斬雷鳴ザラメ』!!」


 地に刺した刃へ雷が降り、同時に発生した衝撃波が彼らは吹き飛ばし、魔王から離した。


「アウモス!!!」

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