第6話 〝革命札《レヴォカード》〟

 今、眼前に立つ純白の男。息を切らしながらこちらを睨む。

 ここには最高位のスペックを持つ者しか入れぬ結界がある。この男なのか?だが先程の徴兵により呼ばれなかったということは、先の者たちには劣るのだろう。

 援護職の姿がない。逃げたか、気配遮断の術か。


「衝撃波?いや、打撃波か?威力は然程でもないな…」


 感触としては〝風〟の魔法術に近いが、速度と威力が伴っていない。〝水〟…いや〝音〟だろうか。近接系ブルーの共鳴術の感触もある。

 術を使い奴の肉体を見ると、自己強化の呪術の形跡がある。


「『スピード』、『キュアー』。」


 速化の呪術と武器硬化の奇術…武器も持たずか?

 距離を詰め、殴りと蹴りを放つ。なるほど、手袋を硬化したか。だが軽い。呪術はあの巫女には劣り、打力はあの剣士よりも遥かに低い。


「『魔成与奪マナストリーム』っ!『煙幕』っ!!」

「っ…次は援護職の術か。」


 煙により周囲が包まれ、中から地面を叩く音が聞こえる。植物が急速に育ち、蔦や根が足に絡みつく。〝生命〟の魔法術か、〝植物〟の呪術か…もとはあの樹人族の術だろう。

 なるほど、おそらく此奴は最高位の社交性を有している。


「はぁ……くだらんな…!」


 無意識に、声を少し荒らげた。『腐敗オルド』を使用し、絡んでいた植物を腐敗させていく。


「攻撃力、精密度、魔力量、性能、細工…全てが先の者たちに劣る。何故ここに来た?」


 らしくもない。殺意か、それとも憐れみか。

 なぜか問いたくなった。知りたくもないはずなのに。


「仲間だなんだと言い、身を捨てるか?死すればそれで終わりだ。貴様のような弱者は、誰も求めていない。人に縋るばかりの貴様は、誰からも信じられず、頼られん。」


 問いかけるうちに、沸々と、静かに苛立ちが込み上げる。

 少年は目を閉じ、呼吸を整える。


「俺は、クロルくらいの技量で弓を使えない。」


 その言葉は、とても卑屈で


「ハセラみたいな馬鹿力を持ってないし、スペルほど魔法術を扱えない。」


 情けなく


「テインほどの性能でスキルを使えない上に運も悪いし、ダッシュ並の知識や経験値を持ってない。」


 弱気な言葉だった。

 争いの場において弱音は命取りとなる。戦場で戦意を失えば、待つのは当然敗北だ。

 なのにこの男の言葉は、胸を張るような声色で、負ける気など更々ないように感じる。


「だけど、だからこそ俺は迷わず頼るんだ。」


 手も足も、その声も…恐れによって震えている。だが瞳は、一向にこちらを見ている。

 先の者達は、みな不安な瞳だった。恐怖や死を前にすれば当然だ。逃げぬだけ称賛に値する。

 だがこの少年が来た瞬間…みなの瞳に希望が灯された。


なんかなくても…」


 聞き馴染みはない。だが、聞き覚えのある言葉だ。


「こんな俺を信じてくれる仲間の数だけ、俺はどこまでも強くなれる!」


 遠い昔の記憶だろうか…そんな者を求めていた気がする。込み上げていた激情が、徐々に消えていく。


「左様か…」


 だが、我輩にも成すべきことがある。


「『腐乱剣フランケン』…!!!」


 大剣を掲げると、より大きく、禍々しい姿へと変化し輝く。放たれる光を少年に浴びせ、『パワード』、『スピード』、『回復ヒール』と唱える。もうこれらの術は使用出来ない。愚かで哀れだが、蛮勇と信念に免じ一撃で終わらせる。

 剣へ集う魔力と雷が、周囲の植物を焼き焦がしていく。

 少年は煙で自身を囲む。だが呪術は使用できない。回避する暇は無い。


「『斬雷鳴ザラメ』…!」


 大剣を振り、腐敗を纏った鋭い雷撃を放つ。地面は抉れ、焦げ、腐っていく。煙のなかで、轟音と共に爆ぜる。


「……無駄な殺生だったな。」


 ため息を吐くように呟いた。まさか、僅かに期待でもしていたのか。

 煙幕は晴れると、少年の影も形もなく、悲惨な姿の地面だけが残っていた。仲間達が名を叫ぶも、当然返事はない。奴らへ振り返り、ここに来た目的を進める。


「魔王様は寛大だ。この街の者たちが全員支配下となるのなら…労力として生かしてくださるという。選べ、無駄に抗いあの少年のようになるか…魔王様に仕えるか…」


 しかし彼女たちは耳を傾けず、ただ揺らいでいる心を抑えていた。無理もないか。


「ふぅ…ふぅ……!!」

「はぁ……!!!」

「スペルっ!クロル!!落ち着いてください!!」


 弓使いと樹人は呼吸を乱し、巫女がそれを宥めている。気を失っている剣士と、そのとなりに座る援護者。

 だが…


「落ち着いてください!!」


「貴様らはまだ強くなれる。我が指導の元、魔王軍へ貢献す――」


 その瞳は、依然希望を灯していた。


「ツムグが無事で嬉しいのはわかりますが!!!」


「る、なら…ば……」


「落ち着いてください!!!」


 聞き間違え…だろうか。今、少年が無事と――


「言うなよっ…!!!」


 見上げると、拳を構えた少年が落ちてくる。落ちる威力のまま、我輩の頭を殴る。威力は依然低い。だが先程より呪術の気配が強い。

 あの術は、使用していた術の効力も腐らせる。なぜ残っている?それにおそらく別の呪術も重ねられている。


「はぁっ!だっ!!おらっ!!!」


 繰り出される打撃は、依然弱い。通用しないため構う必要はないが、鬱陶しい。『固腐敗ゴオルド』を展開すると、察しが良いのか距離を取られる。

 少年は拳を握り腕を引く。間合いの外だろうにも拘らず、拳を突き出す。


「『オーバーワーク』!」

「っ!」


 これだ。この男の面倒な術は。おそらくくうを叩くことで打撃が飛ぶ。先程の強化で威力も上がっている。拳の動きで軌道はわかるが、打撃自体は見えない。

 少年は小石を拾い、弓使いの共鳴術を用い投げる。当然、ダメージにはならない。さらに掌から、拳程の炎を放つ。これも当然、ダメージにはならない。


「『オーバーワーク』っ…!!」


 やはり威力は強くはない。だが意識が削がれる。大剣が振り下ろすが、硬化した手袋でいなされる。距離を詰めたため、拳が届く間合いに入ってしまった。しかし、威力が高ければ厄介だが、気にする必要はない。


「『オーバー』ァ……!」


 強く拳を握り、鋭く睨み付け腕を引く。


「『ワーク』!!」


 跳び上がり、拳を額に放つ。

 本来、こんな拳が通用するわけがない。この肉体が勝る。


 そのはずだった。


 瞬間、額から痛みが駆け抜ける。頭痛や吐き気に見舞われ、立ちくらむ。


「なっ…!?」


 混乱と痛みが襲う中、少年が再び拳を握る。


「『オーバーワーク』!」


 顎を殴られ、再び痛みが駆ける。


(状態異常の呪術、何かの魔法術か…っ…思考がまとまらない…)


 少年は再び迫る。顔への打撃。胸部へ打撃。右足を伸ばし、続けて脇腹への蹴り。久しく受けていなかった有効打が、何度も繰り返しぶつけられる。


「はぁ!はぁ…!やっぱ効いてんな!」


 何が起きている。この程度の威力では硬度を超えることなどない。そもそも、『固腐敗ゴオルド』の範囲内でなぜ腐敗しない。

 少年が拳を構える。


「『オーバーワーク』!!!」


 拳を掌で受け止め、握り潰そうとした。だが受けたとほぼ同時に、手の甲から打撃が飛んできた。


「なるほど…煩わしい術だ。」


 おそらく、複数の術が混合されたものだ。あの詠唱に含まれているのは魔法術『ウィンド』、遠隔系の共鳴術『ショット』、近接系の共鳴術『大攻水』、支援呪術『パワー』。

 人体に脳、口、声帯はそれぞれ一つ。複数の詠唱を同時には出来ない。しかし、あの詠唱によりそれを可能にした結果、魔成は世界の理から逸れた結果を生んだ。


 少年は握りしめる拳に更に力を込め、自らを鼓舞するように叫ぶ。


「俺らの革命ターン…忘れんじゃねぇぞ!!」

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