第5話 魔王軍襲来・後編
中の空気が徐々になくなり、ついに呼吸が出来なくなってきた。絶対自分空間は自他をほぼ完全に隔てる。空気も光も熱も圧力も。
だから自分は、この戦況を初めて目にした。
装備や服が焼け焦げ、気絶しているハセラ。
そして抱きかかえるようにその下にいる、擦り傷や焦げ傷のあるスペル。
岩がぶつかり、頭から流血し倒れているテイン。
同様の怪我をしつつ、情緒が乱れているクロル。
そして、こちらを睨む魔王軍の剣士。
「…出てきたか。さて、次は貴様だな。」
「っ!えん…『煙幕』!」
煙で周囲を包む。地面に触れながら、詠唱を行う。大地に魔法陣が染み込むように沈んでいく。
数秒後、一振りで煙をすべて払われた。彼奴はこちらを見ると、そこかと静かに呟く。
息を切らしながら、必死に距離を取る。
「みっともないな。」
逃げ出していいなら、逃げ出す。でも、今はまだ抗わなきゃ。絶望に満ちる戦況を走る中、頭に直接彼の言葉が届いたんだ。
それは自分にとって…いや。自分達にとってそれは十分すぎる程の希望であり、勇気である。
魔王軍にそれは悟られていない。
「まずは貴様から……?」
「はっ、はぁ……掛かった……!」
「罠?あの煙のなかで、あの刹那で作ったというのか……」
彼奴の足元に、先程の魔法陣が浮かび上がる。水平だった魔法陣は、彼奴の脚をとらえるように縦向きになる。
自分に攻撃系はほとんどない。しかし、今はいい。距離を取りつつ、掌を向けて詠唱する。
「『
手元にパッと物体が現れる。大剣を狙ったが、得たのは彼奴の手元にあった岩だった。おそらく鎧に組み込まれた
「っ…なら…『アポート』…!」
詠唱とともに、地面に落ちた岩を叩くように触れる。パッと消え、彼奴の頭上に岩が出現する。当然岩は落下し、彼奴の頭に降り落ちる。効き目はほとんどないと思われるが、砂ぼこりが目に入ったようで目を閉じている。
(あの様子を見たところ、おそらくハセラやスペル、クロルの攻撃もダメージはない…そしてアレは粉塵爆発が起きた結果……!)
こちらを静かに睨んでくる彼奴を見ながら後ろに下がる。『
「この、小癪なっ…」
罠を破壊し、立ち上がる。大剣を振りかぶり、こちらに殺意を向けながら迫りくる。
恐怖に耐えながら、再び掌から煙を発生させる。煙は瞬く間に周囲を包む。
「だからそれは無駄だと……!」
彼奴の周りに煙幕ができた瞬間を狙い、後ろに飛びながら信号銃をもう一度発射する。
初級魔法術は、それと同系統てある魔法術の基礎である。何度も使い、よく研鑽を重ねることで使いこなせるようになれば、『煙幕』の性質や『ウォーター』の水質をコントロールできるようになる。
この煙幕の粒子は、可燃性となるよう細工をしておいた。
「『絶対自分空間』!!」
「ぬぅっ…!!?」
信号銃の弾により、着火される。
他のパーティーとも距離がある。自分はテリトリーで守ることができるため、害はない。
十秒ほどしたのち、『絶対自分空間』を解く。黒煙が立ち、空気は熱を帯びている。
「はぁ…はぁ…あと…ちょっと、なのに…!」
彼奴は依然立ちながらこちらを見ている。鎧からは周囲と同じように煙が上がり、熱を帯びて少し赤くなっている。所々に粉塵がついているものの、損傷は見られない。
「はぁ……基礎戦闘力や体力はないが…判断力、手数、対処…他を巻き込まず、自身も害を被ることのない作戦。評価しよう…だが…」
大剣の切っ先をこちらへ向ける。
「時間稼ぎとしてだ…!注意を削ぐことはできよう…実際あの4人からは離れ、あの樹人族が植物を使い手当てをしている…」
彼奴の言う通り、スペルが大樹を構えながら、植物でメンバーの止血や消毒をしている。
「だが…それをしたところで…先に死ぬのが貴様になっただけだ…!!」
彼が来るはずだ。自分は信じてる。あと数秒、少しでも長く持ちこたえる。
(考えろっ……次は…多分、突き技…!)
彼奴は大剣を後ろに引き、切っ先を向ける。上半身を捻りながら、大剣を握る腕を伸ばす。当然、頭や胸にでも受ければ死ぬ。ちょうどその軌道とぶつかる位置に、右の手を伸ばす。
「っ!!いん…『
『
「小賢しい…!!」
「うっ…!……あっ!!!」
魔法陣から抜き取り、高くまで振りかぶる。
だが、作戦は完了した。
「……お…そいよ…っ!」
ここは先程の位置から、比較的街の入り口に近い位置。後ろから、こちらへ駆け寄る彼の足音が聞こえる。
「『オーバーワーク』…!」
その声が聞こえたあと、大剣を握る彼奴の手に、見えないなにかがぶつかりる。不意打ちにより大剣が手から離れる。彼奴が睨む。そこにいるのは、一人の少年。自分達にとって、絶望を壊すような、逆境を覆すような切り札。
揺蕩う、独特なスタイルの白い髪。
鋭く、だけど優しい目付き。
何故か落ち着くその
「俺は、
「我が身を懸けて…
え、普段そんなこと言わないでしょ。
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