朝チュン
「ねぇ、海斗、香との関係......どうするの?もし付き合うとかなったら私......迷惑かな?ねぇ、どこにいるの?」
香と解散した後、Uターンしてきたであろう透が、鍵を開け、部屋に入ってくる。
「と、透!ちょっと待ってくれ!」
「ひゃっ!な、何?いきなり大きな声出して......っていうかどこ?キッチン?」
玄関から靴を脱ぐ音が聞こえてくる。
「ま、待て待て待て!本当に待ってくれ!」
「な、何よ?なんか入ったらまずいことでもあるの......?」
「......ないんだ......」
「え?」
「俺、今服を着てないんだ!だから少し外で待っててくれ!!」
「......もういいぞ。入っても。」
玄関のドアを開け、ドアの前で待っている透に話しかけ、部屋に招き入れる。
「っていうか、なんで......その裸だったの......?まさか今日の香とのこと思い出して......」
「違う!ただ風呂に入ろうとしてただけだ!」
透が良からぬ勘違いをしようとしていたので慌てて止める。
「そ、そっか.......」
すこし気まずい空気が流れる。 そりゃ少し前まで知ってる男が服を着ていなかったのだから乙女として気にする部分もあるのだろう。 この空気を打破するために俺が先に口を開く。
「で、さっき何を言おうとしてたんだ?晩飯には少し早いだろう?」
話しながらリビングの時計に目をやると午後5時過ぎ。スーパーの誘いなら分かるが、香の名前がでていたことから、それ関連の話だと予測がつく。
「いや......私がこうやって家事をしに来るのも、香が彼女になっちゃたらできないのかな......なんて」
「別に......付き合うつもりはないよ。今は活動に専念したいし。だから、彼女に時間を使える自信がないんだ。」
「好きにさせてくれ~みたいなこと言ってたのは.......?」
「それはそれを全部捨てるぐらい好きになったら付き合うという意味で......」
(何必死に弁解してんだ。俺。)
「私が海斗と話してたら、香にとって邪魔かな、私」
「あいつはそんな奴じゃない......と思う」
「そ......」
あの日、俺の前で泣いた女の子は、そんなことを考える風にはとても思えなかった。
そんな会話の後二人は口を開くでもなく、ただ行き場を無くした視線を部屋の中で泳がせていた。
そんな時間が少し続いた後、俺は天井を見つめながら独り言のように呟く。
「そういえば......さ、透ってなんで俺の事好きになったんだ?」
「ふぇ?な、なんであんた知ってんのよ!今までそんな素振り見せたこともないくせに......」
横にあったクッションを持ち上げ、顔をうずめながら聞き返す。
「いや、前に透が自分で言ったんだろ?ラク様のファンって。 それが何でなのか、気になっただけだ。 言いたくないなら別にいい。」
「~~~!!///」
透が手に持っていたクッションを投げてくる。
「な、なんだよ急に!」
「何でもない!そんな知りたいなら教えてあげるわよ!」
そう言って、透が口を開く。
「そんなに面白い話じゃないわよ......?それに恥ずかしい......話だし......。
「俺が聞きたいんだ。」
透の目をまっすぐ見つめ、自分の率直な気持ちを告げる。
「そ......私ね、この高校に小さいころから憧れてたの。 桜の綺麗な通学路、綺麗な校舎、制服......小さいころにテレビでみた時からここだ!って決めてたの。 でも家からは遠いし、一人暮らしする必要があったの。 親に頼み込んで、家事も出来るように練習して、やっと認めてもらえて、自由だ~って思ってたの。 海斗は知らないでしょうけど、入学式のする少し前に私、倒れたの。」
「病気......とかか?」
「ううん、睡眠不足。 私、寝れなかったんだよね。全然。 入学式の1ヶ月前ぐらいから。 それで病院に行ったんだけど異常は無くて......ただのホームシックみたいな? 馬鹿だよね。 自分で一人暮らしするって言ったのに......誰もいない部屋で、水の音一つにびくびくして......」
俺は当てはまらなかったが、義務教育を終えたばかりの子供が一人で暮らすのだからおかしいことではないのかもな。
「それでね?私、インターネットとかで寝れる曲とか全部試したの。 でももちろんダメで......でもあんたの......ラク様の声を聴いたらすぐに眠れたの。 なんか低くて、優しくて、包み込まれるような......そんな声......その日は久しぶりにぐっすり寝て、朝に起きた。」
「そっか......」
「まぁ、私が起きた時にまだ配信をしてたのには驚いたけれど」
「それは春休みだったからだよ......」
クスッと笑う透に意味のない言い訳をする。
「でも朝までずっとその声が聞こえてたのは安心した......」
「今は寝れるのか?」
「えぇ、ずっと寝るまで海斗の声聞いてるし」
そんなことを言われると少し照れてしまう。
「つまんない話だったでしょ?」
そんなことを聞いてくる。
「いや......俺の活動が人のためになってるって知って嬉しいよ」
「そっか......よか.......った......」
透はソファーにもたれかかって寝てしまった。
「俺の声ってそんな寝れるのか......?」
自分の新たな可能性に気づいていると、眠ったことで力が抜けた透が肩から床に倒れそうになる。
「っと.......」
透の華奢な肩に腕を回し、床に衝突する前に受け止める。
「すぅ~......すぅ~......」
今の衝撃で起きてしまうかと思ったが、どうやらまだ眠っているらしい。
「どうしようか.......」
腕を肩に回しているので必然的に距離が近くなる。
香とはまた違った女性特有の花のような香りが鼻腔をくすぐる。
健全な男子高校生とクラスメイト。広い家には二人っきり。
(こいつ......ほんとに綺麗な顔してるよな......)
パラッ...... 透が耳にかけていた髪が俺の腕に触れる。
「っぶね~......」
おかげで理性を取り戻し、頭をいったん冷やす。
「失礼しますよ~っと......」
透を家族が訪れた時のために用意していた客室に運ぶことに決め、お姫様抱っこをする。 経験がなかったので持ち上げられるか不安だったが、案外容易に持ち上げる事が出来た。
久しぶりに入る客室。 埃っぽいかもとも予想していたが、どうやら透がしっかり掃除をしてくれていたらしい。
「ほんと、感謝してもしきれないな......」
客室のベッドに透を寝かし、部屋を後にする。
「今日は泊めるか.......」
時刻は12時を回り、日課の配信を終えた後もまだ透は眠っていた。
配信をしている間に起きるかもとも思い、配信部屋の前に書置きをしていたが、どうやら無意味だったらしい。
「俺も寝よう......」
眠い目を擦り、ベッドに入るとすぐに意識が遠のいた。
「.......斗.......かいと.......海斗」
「......ん~?」
眠っていたところに声を掛けられ、目を開けずに返事だけする。
(夢......?懐かしいな)
俺は一つ下の妹を思い浮かべていた。 小さいころはよく寝かしつけていたものだ。
「寝れない......外怖くて出れないし.......スマホの電源切れたからあんたの声聞けない......」
「んもぉ~めんどくさいなぁ~」
「......ごめん......」
「こい」
手探りで声のしたほうを探し、手を掴み、引っ張る。
「ひゃ......///」
そんな声がしたが、気にせず布団に引きずり込む。
「あなたはだんだん眠くな~る......」
そんな事を言いながら頭を撫でる。
「こんにゃの......寝れりゅわけにゃい......」
数回繰り返してるうちに反応がなくなる。 それに続くように俺もいつの間にか意識を失っていた。
チュンチュン.......
鳥のさえずりで目が覚める。
「ん?」
いつもと違う腕の中にある違和感。
「......すぅ~......すぅ~」
寝ていた。 透が。 腕の中で。
「どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
あわてて距離を取る。 確かに俺は一人で眠りについて、その時は透は客室にいたはずだ。
「......ん~?......おはよぉかいとぉ......」
一人暮らしを始める時に大きい方がいいかと考え買ったダブルベッドの片側に眠っている透が目を擦りながら目を覚ます。
「......きょうもかっこいいね......//」
「......へ?」
きっと俺はまだ寝ぼけているのだろう。 俺が何かを聞き間違えたのだろう。
その言葉は頭が冴え、みるみる顔が赤くなっていく透を見て聞き間違えではないことを確信した。
「ち、ちがっ///ちがうのぉぉぉ!!///」
いつもの日常に、いつもの部屋に、いつもの朝に、いつもと違う声が響き渡る。
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