新たな理解者と勘違い
俺が”ラク”であると香にバレてから、初めての登校日。
俺はあの日、帰ってから香に俺がラクだとバラさないようにメッセージを送っておいた。
「大丈夫だとは思うが...」
教室のドアの前でそんなことを呟きながら意を決してドアを開ける。
そこには見知ったいつもの日常があった。 ある一点を除いては。
いつもは俺が教室に入っても誰も気づかない。 気にも留めない。
それが日常だった。
しかし、今日はクラスメイトが俺に気づき、見てくる。
(香のやつ...もしかして言ったのか...?)
そんなことも考えたが、あの日話した香はそんなことをするようなやつには思えなかった。
俺は視線を気にしながら、足早に席に着く。
すると、名前も知らないクラスメイトの内の一人に声を掛けられた。
「あのっ!その席の人のお友達ですか? そこの人まだ来てないので、少しお話しませんか?」
不思議に思いながら返事をする
「いえ、ここ僕の席です」
「え?嘘?そこはもっと地味っぽい人が...」
そこまで言われて、理解する
「あ~...イメチェンですよ。イメチェン」
「れ、連絡先交換しませんか!!」
「い、いいよ?」
今まで言われたことがないセリフに少し戸惑った。
(香の腕がよかったんだな...)
そう思いながら俺はスマホを取り出し、連絡先を交換する。
「あ、ありがとうございます!」
その動作を皮切りに、他の女子たちもこちらに近寄ってくる。
今まで体験したことのない人口密度と、刺さるように痛い男子たちの視線。
俺はどうすればいいか分からなくなっていた。
「この人だかりは何なの?」
そういいながらこちらに歩いてくる透が見えた。
「ご、ごめん!俺、白井さんと用事あるから!」
そう言って、透の白く、細い手を掴む。
「え?ちょ、何!?黒崎君!」
「悪い、ちょっと協力してくれ」
そう小声で囁き、教室を出る。
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しばらく歩いた後、生徒の姿が見えないところまできた。
「ふぅ~...ここまでこれば大丈夫だろう」
「あの...いつまで握ってるの...?手...」
「あ、あぁ、悪い」
そう言って、慌てて手を放す。
「別に、悪い気はしないけれど...」
「え?」
「な、何でもないっ! そ、それでさっきのは何だったのよ?っていうか、髪、切ったのね」
「あぁ、イメチェン...みたいな感じで」
「そ...それが原因で人だかりができた、と?」
「多分...俺みたいなやつがイメチェンしてきたのが面白かったのかな?」
「はぁ...」
透が大きなため息をつく。
「もういいわ、早く教室戻りなさい。 授業が始まれば、女子たちも声かけてこないでしょう。」
「そうだな、戻るわ」
そう言って俺は教室に向かって歩き出す。
「皆にバレちゃったじゃない...!!」
透が小さく呟いたその言葉は、俺の耳には入らなかった。
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「せめて...お昼休みぐらいは...」
四限が終わり、俺は授業の合間に話しかけてくる女子たちの対応で疲れ切ったいた。
「よっ、モテ男」
そこには香が立っていた。
「香の腕が良かったみたいだな」
そう言って、俺は安息の地を探そうと立ち上がる。
「ちょいまち、ちょいまち、せっかくだし一緒にお昼食べようよ」
「嫌だよ、香二人で食べるなんて目立つじゃん」
「目立つからこそだよ~ 私と食べれば、他の子も寄ってこないんじゃない?」
...一理ある。 現に、俺と香が話している時には誰一人と寄っては来なかった。
「...食べるか」
「おうよっ」
俺は自分の席に座り、香がその対面に座る。
「そういえば、あの事言わないでいてくれて助かる」
もちろんラクの事だ。
「あ~私、秘密は守る方だからっ!」
えっへん、とでも聞こえてきそうな程に胸を張る。
(やめてくれ、ただでさえ豊満な胸がさらに主張を強めるせいで目のやり場に困る)
「もしかして...海斗、私の優しさに惚れちゃった?」
からかうようにそんなことを聞いてくる。
「そんなわけがないだろう」
そんなことを言いながら、俺は買ってきたパンを食べる。
「香のお弁当、自分で作ってんのか?」
「ん~?そだよ? 私、結構家事出来るんだよね~ あ、もしかして私の家庭的な一面に惚れちゃった?」
「なわけあるか」
といいながら素直に関心する。
他愛もない話をしながら、お昼を食べる。
(こんな明るい食事、一人暮らしを始めてからしてないな...)
そんなことを考えていると
「あなた達...何をしているの...?」
透だった。 しかし、いつもの透ではなかった。
怖い。 明らかに怒っている。
何故か不機嫌な透の圧に、俺は怖気づいていた。
「なにって、一緒にお昼食べてるんだよー。ね?海斗?」
「海斗.......?」
透から放たれるオーラがより一層怖くなっていく。
「し、白井さんも一緒に食べれば?」
不機嫌ながら透はそこらへんにあった椅子に座る。
「か、香もいいよな?」
「うん!全然いいよ~?」
「香...?」
空気がさらに重苦しくなる。 教室にいた生徒も、気まずさからか数名脱落者が出ている。
「し、白井さん?今日は何でそんな不機嫌なんですか...?」
恐る恐る俺は尋ねる。
「透でいいっ!」
キレ気味でそう返された。
(教室では白井さんって言ったのそっちだろ...)
「別に、不機嫌なんかじゃない。 親友が変な男に引っかからないか見張ってるだけ」
そう言って透と香は仲良く話し出した。
俺は時々その会話に相槌を打ちながら、静かにお昼を取った。
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放課後、変える支度をしていると、透からメッセージが来た。
『今日も一緒に帰る。 校門前にいるから。』
俺は了解の意のスタンプを送り、校門に向かおうとしたところで、声を掛けられる。
「かーいとっ! 今帰り?一緒にかえろっ?」
香が声をかけてきた。
「あー...透と帰る約束をしてるんだ、香も一緒に来るか?」
「もち!」
そういって俺より少し前を歩き始める。
『香も誘っておいた』
そうメッセージを入れる。
少しして、返信が来る。
『ん』
...あいつ、やっぱなんか不機嫌だよな?
「香から離れて」
校門に着いた直後にそんなことを言われた。
「っていうか!あんた達いつの間にそんな仲良くなってんの?」
俺と香の間に割り込みながら透が質問する。
「土曜日、からかな? 私が海斗の髪を整えてあげたの!」
「ふ~ん...それだけでずいぶん仲良くなるのね。 なに?海斗、口説きでもしたの?
あんたにそんな度胸あったんだ。」
...このままだとあらぬ誤解を招きそうだ。
俺が否定する前に、香が話す。
「口説かれてなんかいないよ! ただ...一緒にショッピングモールのゲーセン行って、アイス食べたりしただけ!」
「ふ~ん、ずいぶんエンジョイしてたのね?」
怖い、目が怖いです。
「髪を整えてくれたお礼に奢ったりしただけだ。やましいことなんてない。」
「ふ~ん、どうだか」
そういって香と話し始める。 自分の親友を心配してか圧があったが、なんとか取り繕えたようだ。
「香、ほんとに大丈夫だった? あいつに変なことされなかった?」
(透は俺をどんな奴だと思ってんだよ... 俺にそんな度胸ねーよ)
「んーとね、あっ! 『今日から俺がいる...』ってイケボで囁かれながら、雨の中抱きしめられたよ!」
終わった。
俺は華麗なターンを決め、ダッシュで逃走を図ろうとした。
「まて。」
透の殺気に、動く事が出来なかった。
「そんなこと、したのか?」
恐ろしいまでの冷酷な、抑揚のない声が耳に突き刺さる。
「はい...」
言い逃れなど、する気力もなかった。
「~~!!!」
透が、小刻みに震えだす。
「わ、私はっ! 海斗のすっっごい秘密知ってるんだきゃら!」
噛んだな、こいつ。 というか、言うのを忘れていた。
「あぁ、ラクって香にバレた。」
透が固まる。
「...え?知ってるの?香」
「うん、びっくりしたよね!」
「バレて...デート...名前呼び...」
透が少し、涙目になっていた。
「どうした?透、腹でも痛いのか?」
「もうしらない!」
そういって透は家の方向へ走っていく。
「どうしたんだ?あいつ...」
「海斗って結構Sだね?」
「何のことだ?」
「んーん、何でもない! ちゃんと透に説明しといて?ちょっと遊びすぎちゃった」
舌を少し出しながら香は言う。 あざとい。
「じゃーね、海斗」
「おう」
手を振りながら香も走って帰っていく
「...俺も帰るか...」
透の不機嫌の理由を考えながら帰路につく。
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その日の夜、俺は決めていた。
問題解決のための、俺にしか使えない知恵袋。
「OKリスナー、女の子との仲直りの仕方」
『ついにラクに春が来たか...』 『お父さんそういう話聞けてうれしい』
『裏山』
「違う!そういうんじゃない!ただ、なんか喧嘩したままは嫌っつーか...仲直りしたいだけ!友達として!」
『恋だな』 『好きなの?』 『好きじゃん』 『ラクかわいい』
「そういうんじゃなーい!真面目に聞いてんの!教えて!」
『デートに誘って物奢る』
「やっぱ物か」
『強引なkiss』
「それって仲悪くならない?」
『ならん』 『いけ』 『その方法で彼女と仲直りしました』
「へぇー結構いけんだ!」
『www』 『ラクおもろい』
「え?なに笑ってんの?まぁいいや、他にも!」
『その系統だと壁ドンじゃない?』 『←それだ』
「壁ドンって漫画とかのやつだね!俺も知ってる!そういえば両親がそれで仲直りしてたわ!」
「じゃあ、デート、キス、壁ドンで仲直りできるんだよな?」
『完璧』 『天才』 『余裕』
「ありがと!マジ助かった!」
そこまで話した段階で、スマホから通知が鳴る。
『海斗...出かけるは良いんだけれど...ちゅーと壁ドンは恥ずかしいかも...絶対ダメってわけじゃないけど...ムードとかあるし...』
俺はその画面を見てフリーズする。
そういえばこいつ、俺のファンだったわ。
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