不安と救世主
「よしっ、行くか!」
今日はクラスメイトの花咲さんの家がやっている美容室で髪を切ってもらう約束があった。
「にしても... 少し暑いな...」
それもそのはず。 もう7月に差し掛かり、日々強くなる日差しと虫の鳴き声が夏の近づきを主張していた。
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しばらく歩いていると花咲さんの家がやっているという美容室に到着した。
俺は少し額に流れている汗を腕で拭い、店の中に入ると同時に冷たい冷気に包まれる。
「あ!いらっしゃい黒崎君!」
「あぁ、今日はよろしく頼む」
「でも今日は暑いね~!あまりの暑さに夏服着ちゃったよ!」
いつもの制服とは違う露出の多さに俺は戸惑っていた。
同年代の女子と比べると、圧倒的な成長を見せている花咲さんの胸は、薄手の夏服のせいでより強い主張をしていた。
抗えない引力に視線が引き寄せられる寸前、花咲さんに声を掛けられる。
「じゃ、こっちの席に座って!」
「あぁ。」
危ないところだったと感じながら、俺は席に着く。
「黒崎君はどんな髪型がいいとか希望、ある?」
「いや、特にない。 お任せになってしまうが、いいか?」
「おっけ~!最初からそのつもりだったし、昨日から考えておいたの!ちょっと架空の人物になっちゃうんだけど...雰囲気似てるし、この髪型似合うと思うの!」
「なんかのキャラクターとか?」
「うん!そう。 黒崎君が知ってるかは分からないんだけど..."ラク"って分かる?」
一瞬、背筋が凍る。 バレたのかと思ったが、そういう意味で言ったのではなさそうだ。
「え、え~っと...俺、こんなかっこいい雰囲気は似合わないんじゃないかな~?今までこんな短い、かっこいい系の髪型したことないし...」
「いや、あたしの見立てによれば結構いい線行くよ!目出してたら黒崎君めちゃかっこいいし!声と目の色は違うけど、まじリアルラク様かと思ったもん!」
「あはは、お世辞でもうれしいよ。 そんなに言ってくれるなら...一回お願いしてみようかな?」
「うん!任せて!じゃ、まずシャンプーからだね!」
洗髪が始まってすぐ、会話がなくなる。
俺は前日に考えていた話題を振り返っていた。
まずは...
「花咲さんっていい腕前してるな。さすが美容室の娘、みたいな」
「あはは、褒めてもなんも出ないよ。 っていうか香でいいよ!名前」
「そう言ってくれて正直助かる。 実はどのタイミングで呼べばいいか迷ってたんだ」
「ぷっ あはは! そんなの気にしないで呼んでいいのに~ 黒崎君って結構面白い人なんだね?」
「俺のことも海斗でいいよ」
「りょーかい。 よろしくね!海斗」
「あぁよろしく」
そこでいったん会話が終わる。
「あ、あのさ、香ってオシャレだよな!」
「そうかな? ありがと。雑誌のやつとかだから、あたしのセンスじゃないけどね」
「いや、着こなしてる香の元がいいんだと思うぞ」
「へ...へへへ、そんな褒めてもなんもでないよ?」
「ほんと俺みたいな陰キャと違って明るいよな、香は」
一瞬、香の表情が固まる。
「そ、そうかな。あはは...」
(何か地雷を踏んだか?)
何か重苦しい空気が流れたタイミングで洗髪がおわる。
「じゃ、次はカットだね!サクサク切っていくよ!」
しばらくカットしたところで香は手を止める
「わぁ~...ほんとにラク様みたいだね!」
ラクのイラストを思い返しながら鏡を見る。
(自分では分からないな...)
ラクは本来Vtuberでもなく、ただの顔の出さない配信者として活動する予定だった。
配信の許可を親に話している最中、一歳年下の妹が
「私がイラスト書いてあげる!おにぃっぽいやつ!」
妹のイラストが上手なことは知っていたが、イラストを描くのは大変だし、負担をかけるのもいけないと思ったので断ろうとしたが、親と妹が思いのほかノリノリだったので話が勝手に進んでいった。
完成したイラストを見て、(俺っぽいとは何だったのか...イケメンすぎるだろ...)と思っていたが、妹が書いてくれたイラストということで俺は気に入っていた。
そんなことを考えていると...
「よし!完成!どうかな?」
「おぉ~プロって言われても疑わないぞこれ...」
それは心からでた言葉だった。 今まで美容室など店員さんと一対一になるのが嫌で家で切っていたので、今風な髪型になった自分はまるで別人のようだった。
「そ?ありがと、うれしい!」
「いくらだ?」
「あぁ、お会計はいらないよ!私がやりたいと思ってやったことなんだから!」
「それはいくら何でも...俺の気が済まない。感謝してるんだ。」
「ん~本当にいいのに...あ、じゃあ近くのショッピングモールで奢ってよ!」
「それだけでいいのか?なら、今からいけそうか?」
「うん!いこっ?」
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「久しぶりに来たな...」
最近は配信の関係でなかなか外に出なかったからな
「そうなの?私もあんまり来ないなぁ~」
「アイスはどこで買うんだ?」
「えーっとね...三階の...あっ!!」
「どうした?」
「あれ、あのゲーセンのぬいぐるみ...私が欲しかったやつだ!」
「あのでかいやつ?」
「うん!そう!あれ取ってきていい?ちょっと待っててほしい」
「いや、俺がとろうか?今日のお礼もかねて」
「え?でも結構難しいよ?お金結構かかっちゃうかも...」
「俺、こういうの得意だし、俺がやってみたいだけだからさ」
「う~ん、まぁちょっとだけお願いしようかな?でも、無理そうなら直ぐ変わってね?」
「あぁ」
そう言いつつ、俺は500円を入れる。
普段からゲームをやっていて、一時期クレーンゲームにもドはまりしていた俺は、あっけなく巨大ぬいぐるみをゲットした。
「すっごぉ...ゲームが得意なのもラク様そっくりなんだぁ...」
「ほれ、あげるよ」
「ありがとう!お年玉使う覚悟してたから、正直助かるよ!」
「どういたしまして。 さて、アイス買ってくるけど何味がいい?」
「んーチョコミントかな」
「おっ香はチョコミントの良さがわかる派閥か」
「当然じゃん、チョコミントはフレーバーの王でしょ」
「激しく同意する。じゃ、行ってくる」
「あ、お金渡すよ」
「いいって、お礼はアイスとぬいぐるみってことで、行ってくる」
このままだと無理にでもお金を渡してきそうなので、早めにその場から離れる。
(にしてもチョコミントがいけるとは...案外気が合いそうかもな)
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チョコミントアイスを二つ持って戻ってくると、香は女子二人に囲まれていた。
(友達か?一旦待っておいた方がいいか?)
そう思ったが、香のいつもの明るい雰囲気が消えていた。 それよりもっと暗い...
(とりあえず、間に入るか。)
「すみません、俺の連れに何か用ですか?」
「あれ?花咲さんの彼氏さんですか?」
思っていたよりも物腰柔らかな雰囲気におれは拍子抜けした。
「違いますよ。」
「ふ~ん。花咲さん、ずいぶんカッコいい人だね?邪魔しちゃ悪いし、退散するとしますか!」
「じゃあね!花咲さん!」
「...ぁ...うん...じゃあね...」
そういって振ろうとした手にはうまく力が入っていなかった。
二人にな無言の時間が流れる。
「とりあえず...アイス食べるか?」
香は小さく頷き、アイスを食べ始める。
アイスを食べながら少し無言の時間をはさみ、俺は意を決して聞く
「あの...さっきの何だったんだ?」
「...気になるよね...」
「いや、無理に言わなくてもいい。 俺は香の気持ちを優先したい」
「ううん、私が聞いてほしいの。 前に...進みたいから」
「帰りながら話そっか」
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二人ともアイスを食べ終え、ショッピングモールを後にする。
俺はなにも話さなかった。 香の言葉を待とうと思った。
しばらく歩いた後、香が口を開き始めた。
「私...ね? 中学生のころ、学校に行けなかったの。 病気とかじゃない。心の問題。」
「心...」
「中学二年生の終わりごろまでずっと普通で、友達はそこそこいたし、部活も、勉強も頑張ってた。 ううん、頑張りすぎたのかも。」
俺は黙って聞いていた。
「それでね...? なんか高校とか将来のこととか、分かんないけどなんか、怖く...なっちゃって... 学校に行って、わざわざ空気読んで、話題考えて話て...って考えてるとなーんか面倒くさくなっちゃって。 多分その時は疲れてたんだと思う... それで学校休み始めたら、なんか...行けなくなって...」
どんな言葉を選べばいいか分からなかった。 香の表情からは深い後悔を感じた。
「さっきの女の子達は私が元気な頃友達だった人達。 あの子達見ると、なんか思い出しちゃうんだ。 急に学校に行けなくなった申し訳なさとか、時間を失った後悔...とか」
「馬鹿だよね、私が自分で選んだ道なのにさ。」
「海斗には、学校の私はどう見える?私、ちゃんとやれてるのかな...」
「俺はただ明るい、いいやつだとしか思ってなかった。」
「...そっか...ちゃんと出来てたんだ...じゃあ、これからも頑張らなくちゃね...」
「でも違った」
香は、少し驚いたような表情で顔を上げる。 彼女が泣いていると気づいたのは彼女の目尻に溜まった涙が、バックの夕日の光を目一杯反射していたからだった。
「俺が思っていた花咲 香は強く、どんな状況でも諦めない、明るい女の子だった。 でも本当はそうじゃない。 未来を憂い、一生懸命走っていた道も、一度止まってしまったら、もう走れなくなるような女の子だった。」
俺は一生懸命考え、選んだ言葉で香に語り掛ける。 声を変えることなど、とっくに忘れながら。
「香、お前はきっと怖いんだろう? 高校入学と同時にようやく走り出せたのに、もう一度止まってしまうのが。」
香は俯き、泣いていた。 声を我慢するのは、きっと待っているからだろう。
自分を救ってくれる言葉を。
「完璧じゃなくていい。 走れなくなったら、歩いてもいい。」
「でもっ!」
香は必死に言葉を紡ぎ始める。
「でもっ!自分ができる限りの事をやらないとっ...! 後悔しちゃうから...っ!」
あぁ、この子は一人で戦ってきたのだろう。 そう思った。
自分と周りの温度差と。
自分の理想と。
自分が走れなくなったら何もかもダメになってしまう。 そんな恐怖と。
「もういいんだ。 頑張りすぎるな。 もし、香が何もかもに疲れて、歩く気力すら出ないなら、俺が手を引っ張ってでも歩かせる。 無理ならおんぶでもして連れていく。 だから...もう一人で戦うな。」
「今日からは...俺がいる。」
香が俺の胸の中でダムが決壊したように泣き始める。
「私っ...!ずっと怖かった!元気に高校に行くだけで喜ぶ両親と、それを見てもっといい子になろうって少しづつ無理をし始めてる自分に気づいてっ!!それでっ...」
夕立だろうか、気づいたら雨が降り始めていた。
俺は香を濡らさないように上に覆いかぶさるように抱きしめた。 ただ、安心させたくて。
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10分ぐらいたった頃だろうか、落ち着きを取り戻した香と、雨宿りのできる場所へと避難した。
「...ごめんね、取り乱しちゃって。」
「大丈夫だ。 辛かっただろうしな」
「私ね、高校に行こうって思わせてくれた人がいるんだ。 大好きな人。
学校に行けなくなった私は、ネットにハマって、その人に出会った。
その頃は人気はまだなかったけど、不思議な魅力があった。」
「ある時ね、思い切ってDMしてみたの。 悩みを全部打ち明けるように。
既読はすぐについたのに、返事は直ぐに帰ってこなかった。 『あぁ、そうだよね。』って思った。 でもね、三日後ぐらいに返信があったの。 『返事遅くなってごめん。 俺が手を引っ張ってでも前に進ませるから、もう一度頑張らないか?』って」
俺は、その話に聞き覚え...いや身に覚えがあった。
「その人ね、ずっと返事を考えてくれてたの。 顔も知らない私のために、必死に言葉を選んで。 優しい言葉だな~って思った。 でも同時に私が欲しい言葉だったの。 誰かに無理にでも連れて行って欲しかった。 理由が欲しかった。何かにむけて頑張る理由が。」
「その人は受験が終わるまで毎日DMで応援をしてくれた。 そんなことされたら、私はがんばるしかなかった。 高校に入ってからは不安だった。 その人にもう引っ張ってもらえない事。 応援してくれたその人のために頑張らなくちゃいけない事。
でも私は夏休みに入る前にパンクしそうだった。」
「でも...また助けてもらって、また理由を貰った...。」
俺は悟った。 もうダメだ、と。
「ありがとう。 ラク君。」
気が付けば、雨は止んでいた。
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