第9話おまけ【美少女(自称)戦士☆あゆみん】
菩提樹
おまけ
【 美少女(自称)戦士☆あゆみん 】
とにかく、“正義”という言葉が大好きであった。
例えば・・・
母親の迎えが遅いことに泣き乱れ、積木を先生にぶつけた友達に対し、プラスチック製のおもちゃの剣を突き付けて、こう言った。
「人を傷ちゅけた分だけ、君じちんが傷ちゅくのだよ。」
それは、彼女が幼稚園生の頃。
運動会で、足の遅い子が、遅いなりに必死に走ったというのにも係わらず、学年で二位になったことを、全面的にその子のせいにした、同じクラスの男の子に対して、見事な一本背負いをして、こう言った。
「他人を咎められるだけのことを、君はしたというのかね?」
それは、彼女が小学三年生の頃。
テストで満点を取った子に対して、僻みからか、カンニングをしたのでは無いかと言いだし、つまらぬ嫉妬をした子に対して、勢いよく拳を振り乱し、その子の顔面ギリギリのところで留めながら、こう言った。
「嫉妬とは、非常に醜い人間の感情だとは思わないかい?」
それは、彼女が小学五年生の頃。
部活の試合の時、友達の応援をしていて、相手側の学校の先生が、友達の動きは鈍いだの、動きがおかしいだの、顔が可愛くないだの言っていたのが、地獄耳のせいで聞こえてきて、それに対して、自分の番になったときに、先生を狙って相手をふっ飛ばし、こう言った。
「負けたら全て終わりだよね。」
それは、彼女が中学二年生の頃。
そして今、彼女は再び正義に目覚め始めてしまった。
「凜、お前だろ。」
「おっ、俺じゃねぇよっ!?ばっ・・・本当に!!違うんだって!」
「凜、お前は嘘を吐く時、瞬きが多くなる。」
「ゲッ!マジでか!?」
「・・・やっぱりお前か。」
「ハッ!・・・いや、ち、違うよ?俺じゃねぇよ?」
テレビを見ながら、お菓子を食べていたあゆみの耳まで自然と聞こえてきたのは、同事務所内に居座っている門倉と床宮の言い合いだった。
門倉の手には、新調したばかりのスーツ、そこには何かの跡が残っていて、見るからにスケボーの跡だということが分かる。
そこから判断し、門倉の疑いの目は床宮に向けられているようだ。
だが、容疑者・床宮凜は完全否定している。
「凜、今なら許してやるから、正直に言え。お前だな?」
「・・・・・・。い、いいや?俺じゃねぇよ?」
「・・・良い度胸だ。」
なおも否定を続ける床宮に、門倉はため息を吐いて、自分の椅子の背もたれに、そっとスーツを置くと、床宮を一瞥する。
そして、両手を合わせてポキポキ鳴らし始めた。
骨の軋む音が聞こえてくると、ギシギシとしたぎこちない動きをしながら、床宮は門倉の方を向く。
目は笑っていないのに、口元だけは若干笑みを作っている門倉の表情が、いつも以上に恐ろしく感じた床宮は、頬を引き攣らせる。
もう駄目だと思った時、門倉の肩をポンポンとあゆみが叩いたことで、何とか殴られるのを免れた床宮。
「倉ちゃん。落ちついて。」
「・・・?なんだ、あゆみ。」
「この、美少女戦士☆あゆみんが、真犯人をみつけてあげるよッ☆」
「自称をつけろ。」
こうして、あゆみの真犯人探しが始まった。
まず、あゆみは門倉と床宮の事情聴取を始めた。
事件があったのは何時から何時の間なのか、そしてその時間、二人とも何をしていたのかを聞きながら、刑事さながらメモを取り始める。
「ふんふん、なるほど。倉ちゃんが部屋の掃除をしている間に、事件は起こったのだね・・・。しかしその間、リンリンはスケボーには触っていないと証言している・・・。ムムム・・・。これは思った以上に厄介な事件かもしれないよ、ワトソン君。」
「誰がワトソン?その前に、あゆみ、お前ホームズの心算か?」
立花の大きなベージュのコートを肩にかけた格好で、お菓子のココアシガレットを口に咥えながら、完全に気分はホームズのあゆみ。
ツバのある帽子、キャスケットあたりを被りたかったようなのだが、丁度いいのが見つからず、なぜかあった麦わら帽子を被っている。
「なんであの組み合わせだ?」
「知るか。」
あゆみの不自然すぎる格好を見て、門倉も床宮も、これ以上係わりたくないと感じる。
それでもなお、自分の格好の不自然さに気付いていないあゆみは、一人悶々と事件?と思っていることの真相を突きとめようとしている。
「・・・何してんだ、お前ら。」
「おやじ。おかえりさない。」
「おっさん!」
仕事から帰ってきた立花が、事務所に入ってすぐに疑問を投げかけてきた。
ソファに座りながら、帰り道に買ってきたゼリーをテーブルに並べている立花に、門倉が一から説明を始めた。
この空気のワケが把握出来た立花は、あゆみをちらっと見て、ため息を吐く。
面倒臭そうにゼリーのビニールの部分を開けると、プラスチックのスプーンを使って掬い取り、口の中へと運んでいく。
門倉はナタデココのヨーグルトゼリーを選ぶと、同じようにして口へ入れる。
「凜、そろそろ自供しろ。」
「じ、自供って・・・。」
「だいたい、スケボーの跡がついてたんだから、凜以外の犯人がいるわけないだろ。あれは、スケボーの試し乗りをしたときに付いた跡だろ。」
ゼリーを乗せたスプーンが震えているのを、門倉も立花も見逃さない。
ゴクリ、と唾を飲んで、自分の犯してしまった罪を伝えるべく、勇気を振り絞って声を出そうとしたとき、邪魔が入る。
「あゆみん☆解決!」
なんだか、勝手に解決したらしいあゆみが、自信満々にふにゃっと笑いながら、門倉の許に近づいてきた。
ツンツンと門倉の二の腕を突きながら、あゆみは結論を述べた。
「実に簡単な事件だったよ。ワトソン君。」
「俺がワトソンか。」
門倉のツッコミも気にせず、今度は事務所の中をぐるぐると歩き始めたあゆみは、門倉の椅子にかかっているスーツに目を向ける。
そして、虫めがねで何かを見て、フンフン言っている。
次に床宮のテーブルにまで行くと、床宮のスケボーを虫めがねで見る必要は無いが、軽く見てまたフンフンと独り言。
ゆっくりと立花の隣に腰掛けると、ゼリーに手を伸ばして口に含める。
食べ終えた容器をゴミ箱に捨てると、あゆみの推理ショ―が始まった。
「犯行は実に計画的。さらには緻密な計算が成されていて、いくら名探偵といえど、解決するのに少々時間がかかってしまいました・・・。」
「本当に無駄な時間だったな。」
最初から床宮を犯人だと思っている門倉にとっては、あゆみの推理などどうでもよく、聞くだけの価値も無いと思っていた。
「今回の犯人は、非常に頭の良い人間です。何せ、この私を苦しませたのですから。」
「修司、凜。悪いが、もう少しだけ付き合ってやってくれ。」
ホームズになりきっているあゆみに、呆れたようにため息を吐いていると、立花が軽く手を上げながらお願いと謝罪をする。
立花に言われたら、拒否は出来ないことも無いが、拒絶は出来ないため、二人は仕方なくあゆみの芝居に付き合うことになった。
じれったい話し方をするあゆみだったが、いよいよ犯人の名前を告げる時がきた。
「そう・・・犯人は・・・。」
ダラララララララララ・・・・・・・・・・・
耳鳴りか、空耳か、何処からかドラの音が聞こえてきたような気がして、辺りを見渡す門倉と床宮だが、どこにもドラは無かった。
「貴方です!」
ビシィッ!!!っと、あゆみ、否、ホームズは指で犯人を指し示した。
「ごめんさないィィィィィッ・・・!!!」
いきなり、門倉に向かって床宮が頭を下げて謝りだした。
だが、あゆみが指を指したのは床宮では無く、なんと、スーツを汚された門倉本人だった。
それに気付いていない床宮は、何とか門倉に許してもらおうと、必死になって、普段はあまりしない土下座をする。
あゆみは目をパチクリとさせて、門倉を指していた指を、ゆっくりと移動させて床宮に向ける。
「私の目は誤魔化せませんよ、リンリンさん?貴方の犯行であることは、明白。火を見るより明らかです!」
「つい・・・ついやってしまったんですッ!!スケボーを修理し終えて、具合を見たかっただけなんですゥゥゥッ!!!!!!」
「罪をお認めになるんですね?」
「認めます!認めますから、どうかお許しください!!!」
片膝を床につけ、床宮の肩にポンッと手を乗せると、あゆみは首を横に振りながらため息を吐き、ココアシガレットを噛み砕く。
まるでショートコントでも見ているような感覚の門倉と立花は、特に二人を止めることも無く、じっとしていた。
頬杖をついている門倉は、話に進展がないことを悟ると、椅子にかけてあるスーツを綺麗にするべく、クリーニング屋に行こうと考える。
クリーニング屋のメンバーズカードがあったような気がして、引き出しの中を漁り始める。
その間も、あゆみと床宮のコントは続いている。
「なぜ、すぐに自首しなかったんです?」
「しようとしたんです!・・・でも、心のどこかで、バレなきゃいいという、邪悪な自分が出てきてしまって・・・!!!甘えてしまったんです!」
「分かります・・・。私も昔、倉ちゃん氏のYシャツにお菓子のカスを零した事があります・・・。その時、正直に打ち明ける事が出来ませんでした・・・。しかし、私の心には、過去に罪を犯したという鎖や枷が巻き付き、十字架を背負う事になってしまったんです・・・。リンリンさん。貴方に同じ想いはさせたくなかった・・・!!!」
「!!!ホームズ!!!」
ピクッと肩を揺らし、メンバーズカード探しを中断した門倉が、あゆみたちを見る。
「おい待て。あれはやっぱり、あゆみだったのか。」
門倉の言葉を完全無視し、あゆみと床宮は、二人の世界、というのか芝居というのか、そういう空間に入りこんでしまっている。
以前、スーツにお菓子の食べカスがついていて、当然あゆみだと思った門倉が聞いてみたのだが、今日の床宮同様に、完全否定していた。
額に手を当ててため息を吐いた門倉に、立花が同情する。
「修司も苦労人だな。たまには怒ってもいいんじゃないか。」
「・・・こんな馬鹿げたことで、そんな大人気ない真似しませんよ。」
指の隙間から、今尚続くあゆみと床宮のコントに、門倉はもうなにも言うまいと、怒りをあっという間に通り越して呆れる。
なぜか門倉にではなく、あゆみに土下座をし続けている床宮は、顔をゆっくりと上げる。
うるうると目に涙を溜めて潤ませながら、ココアシガレットを人差し指と中指で掴むあゆみを見上げ、赦しを乞う。
「私と、警察に行こう。そして、全てを話すんだ。いいね?」
「!はい!ホームズ、ありがとう!」
ポンポン、と床宮の肩を数回叩くと、床宮の腕を掴んで立たせ、事務所のドアへと向かって歩き出した。
それを見て、立花がツッコむ。
「おい。本当に警察に行く気か。」
「いいんだ、おっさん。俺は、それだけの事をしたんだ。・・・ちゃんと罪は償うよ。」
「そうだ。それでいいんだ。リンリンくん。」
あゆみと床宮が、二人して本当に警察に行きそうになったため、門倉は額に置いていた手を身体の横につけ、ピシッと背筋を伸ばす。
二人の許に近づくと、パシンッ、と良い音を響かせ、床宮の頭を叩いた。
「いい加減にしろ。警察に迷惑かけるな。」
「修さん・・・!!修さんの優しさに甘えていた俺が悪いんだ!!!」
「こんくらい、目を瞑ってやるから。あゆみに流されるな。」
「そうやってまた優しい言葉を言うから、俺は同じ過ちを繰り返してしまうんだ!」
「・・・同じ過ち?」
その時、すでにあゆみは名探偵ごっこを終わりにしており、コートも帽子も脱いで、ごろごろしながらテレビを見ていた。
コーラを片手に、ブルーベリーのパウンドケーキを一口サイズに切ることもせず、そのまま口に強引に突っ込んでいく。
思わぬ床宮の言葉に引っ掛かった門倉は、険しい顔で床宮を眺める。
あゆみの世界からまだ抜け出せないでいる床宮は、正直に自分のしてきた事を話していく。
「修さんの顔に夜中落書きしたことも!煙草を吸ってみようとして、修さんのYシャツを焦がしたことも!修さんのから揚げを一個盗んだことも!修さんの味噌汁に唐辛子を入れたことも!修さんのコーヒーに砂糖と称して塩を入れた事も!修さんのズボンの裾を踏んで汚したことも!修さんの・・・。」
今まで起こった、怪奇現象だと思っていた事柄が全て、床宮の仕業によるものだと分かり、門倉はひとまず安心する。
それと同時に、子供みたいなことをしていた床宮に、もう一度呆れる。
まだまだ門倉にしたことがあるらしく、いつ息を吸っているのか分からないくらいに話続けている床宮を見て、立花は首を横に振る。
ちらっと門倉を見てみると、文句や反論をする気力も無いようだ。
「大丈夫か、修司?」
「はぁ・・・。もういいです。」
「ま、諦めが肝心ってことだな。」
「あゆみん☆解決!」
菩提樹 maria159357 @maria159753
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