第7話ガラクタと宝石




菩提樹

ガラクタと宝石



人生に執着する理由がない者ほど、人生にしがみつく。 エラスムス












生きたいと思わねばならない。そして死ぬことを知らねばならない。   


ナポレオン






























  第七護 【 ガラクタと宝石 】




























  男がやってきた―


  挙動不審に辺りを見渡していると、立花にソファに座る様に言われたため、おどおどしながらも腰かける。


  「あ、わ、私・・・、池谷惣一郎と申します・・・。だ、大学、の、助教授をしております・・・。ええと、その、なんといいますか・・・。」


  要領を得ない池谷の話し方に、椅子に座って片足を折り曲げている床宮は、徐々に苛立ってくる。


  貧乏ゆすりをしてしまいそうになるが、一応依頼人の前のため、なんとか耐える。


  「ぼ、暴力団から、狙われて、いる、います。」


  「では、暴力団からお守りすればよろしいんですね?」 


  「あ、はい。」


  池谷のしどろもどろな話し方に痺れを切らしたのは、どうやら立花も一緒だったようだ。


  パッパッと仕事の内容を整理していき、池谷に確認を取ると、立花は門倉と床宮を呼に、池谷に紹介する。


  「一つ、伺っても?」


  「な、何でしょう?」


  「なぜ、暴力団に狙われているのでしょうか。」


  鋭い目つきで、池谷の心臓目掛けて放った門倉の問いは、見事に命中したらしく、池谷は視線を床に向けた。


  そして、どう答えようかと、唇を微かに動かす。


  なかなか答えない池谷に、立花がため息を隠しながら助けるための言葉を発する。


  「ま、答え難いことでしたら、答えなくて結構です。修司、凜、頼んだ。」


  「「はい。」」








  池谷の大学に向かうため、まず二人はスーツから大学生っぽい服装に着替えたのだが、門倉と床宮から漂う異様な雰囲気で、自然と浮いてしまった。


  それでも気にせずに歩き、池谷の助教授室に着くと、まず門倉が入ってみて、中に誰もいないこと、何もないことを確認する。


  今日の池谷の授業は、二限目と五限目だけなのだが、卒業生の論文を読んだり、授業の成績をつけたりしなければならず、何かと忙しいようだ。


  トイレに行くときも、食堂に行くときも、二人は池谷を警護する。


  「あ、あの・・・。」


  二限目が終わり、チャイムと同時に学生が教室を出て行く中、池谷が門倉たちを見ておろおろし始めた。


  「何か?」


  「あの、きょ、教授室には、入らなくて結構です。し、試験問題、とかもありますし、集中して、講義の準備などしたいので・・・。」


  門倉の顔つきに怯えているのか、それが池谷の性格なのか、どちらにせよ、池谷は門倉と床宮を交互にチラチラ見ながら、遠慮がちに告げた。


  そもそも、学校にまで暴力団が来るのであれば、防ぎようが無いようにも思う。


  今のままでは、学生の視線が強く向けられるだけで、学校側にとって、変な噂がたったり、マイナスになる事の方が多いだろう。


  「わかりました。」


  何の迷いも無く答えた門倉は、床宮と共に部屋の外で待機することにした。


  部屋の中で何をしているのかは知らないし、興味も無いが、池谷に何かあれば、それは事務所にとっても信頼の面での問題になる。


  暴力団との係わりがあるだけで、まともな事では無いし、きっと大学側にも言っていないのだろう。


  そんな事を言えば、すぐに大学から追い出されてしまう。


  部屋の前を行ったり来たりする学生を見る度に、スーツでこんなところに突っ立っていたら、相当不審者になっていたことだろう。


  大学なのだから、スーツを着ていておかしいという事は無いが、やはりスーツは浮くのだ。


  「修さん。」


  「なんだ。」


  「修さん、そういうラフな服着ると、あと二年で三十路とは思えないぞ。良かったな。」


  「・・・。」


  門倉の隣で、立っているのが疲れてヤンキ―座りをしている床宮の言葉に、軽く拳をつくり、重力に従って、床宮の頭上に落とした。








  池谷が仕事を終えて、家に帰る準備を始めたのは、午後の九時過ぎ。


  本来、もう少し大学に残って、レポートを読んだり、提出させた小テストの丸付けを行ってから帰ろうとしたようなのだが、明日に回したらしい。


  帰り道も、私服の門倉と床宮によって守られているため、傍から見ると不思議な三人組が出来上がっている。


  「あ、あの、ありがとうございました・・・。あ、明日も、よろしく、お願いします。」


  「・・・。夜の警備がいいんですか?」


  夜中に突然襲われたとしても、事務所から池谷の家まで来るのには、車でも二十分はかかるだろう。


  いい、と言われても、守ってくれと頼まれた以上、最後までやり通さなければいけない。


  「あ、はい。お二人も、ゆっくり休んでください・・・。では、おやすみなさい。」


  ペコペコと頭を下げながら、池谷は家に入り、鍵を完全に閉めてしまった。


  池谷の心遣いは嬉しいのだが、門倉と床宮に課せられた任務は、あくまで、池谷を守る事であって、それが最終目標でもあるのだ。


  「凜、俺が残るから。お前は帰っていいぞ。何かあったら、すぐに連絡する。」


  「え、じゃあ俺も残るよ。」


  「いいから。おやじには伝えておく。」


  でも、と言おうとして開いた口は、門倉の鋭い目つきによって言葉を失ってしまい、床宮は仕方なく一人で事務所に戻ることにした。


  池谷の警護を一人で続けることになった門倉は、大きめの鞄に入れてきた上着を羽織り、池谷の部屋を見張った。


  「・・・池谷、惣一郎・・・。」


  一文字一文字、確認するように声を出して呟く。


  「池谷・・・。」








  「凜、帰ったか。」


  「・・・おっさん。俺、なんか、不完全燃焼。」


  スケボーの置いてある自分の椅子に座ったかと思うと、バタリ、とテーブルに顔面からぶつかっていき、痛そうに鼻を押さえる。


  いつもなら、仕事の間は門倉とほとんど行動を共にしているためか、調子が出ないようだ。


  あゆみが、自分の大事にしているお菓子を持ってきて、床宮の顔の横に幾つか置くが、顔を上げようとすらしない。


  「まあ、こういう時もある。そんなに臍曲げるな。」


  「曲げてはいねぇけどさ。いねぇんだけどさ。なんか、こう、モヤモヤ?するってーか・・・。」


  テーブルに向けていた顔を横に動かし、九十度転がった視界に映る立花を見る。


  煙草を吹かしながら今朝の新聞をまだ読んでいて、一日中読んでいて読むことろが無くなったのか、今は四コマ漫画を読んでいる。


  新聞を折りたたむと、床宮に風呂に入ってさっさと寝るように言った。


  大人しく立花の指示に従い、ため息を吐きながら風呂場へと向かった床宮を確認すると、立花は自分の部屋に向かう。


  無線を取り出し、門倉に連絡を入れる。


  だが、門倉は応答しなかった。


  何度声をかけても返事が返ってこなく、立花は無線を切って、他の場所へと連絡を入れ始めた。


  「ああ、磯貝か。ちょっといいか。」


  すでに寝ていたのであろう、声色が少し不機嫌で、もにょもにょとした口の動かし方をしていた磯貝に、簡単に事情を説明する。


  そして一分も話さずに会話を終了させると、次はまた別のところへ連絡を入れる。


  仕事中なのか、十回ほどコール音が鳴ったのだが、相手は出ないため、諦めて電話を切ろうとしたとき、ギリギリのところで相手が出た。


  「杏樹、忙しいとこ悪いな。ちょっと頼まれてくれるか。」


  キャバ嬢としての業務をこなしていた杏樹だが、丁度休憩に入り、携帯が鳴っていることに気付いたようだ。


  艶のある声色でハキハキとしていて、先程の磯貝とは全く違う。


  杏樹にも、要件だけを簡単に伝えると、快く承諾してもらえ、今度は五分もかからずに会話を終わらせた。


  携帯を切ると、終わりにしようと握りつぶした煙草の箱を取り出し、睨めっこしていたのだが、自分の欲に打ち勝つべく、再び握りつぶす。


  「・・・修司。」








  鳥の囀りで目覚める事が出来たのなら、どれだけ良かっただろう・・・。


  翌日になって、床宮の心臓と脳味噌を叩き起こしたモノは、鳥の囀りという美しいものではなく、昨日自らがセットした、大音量の目覚ましだった。


  早く起きて門倉と合流しようと思い、時間をいつもよりもウンと早くして寝たところまでは良かったのだが、ここまで大音量だとは知らずにセットしてしまった。


  いつもは、自然と身体と脳が起きるのを待っているか、城田に優しく起こされるため、自分の持っている置時計の本領を発揮する場面が無かったのだ。


  キーン、と耳鳴りがするほどの大音量を止めると、両耳を塞いで布団に潜る。


  モゾモゾと布団の中で蠢いていると、自分がなぜ目覚ましなどセットしたのかを、徐々に思いだしてきた。


  「あ。・・・ああ!」


  ガバッと身体を布団から出すと、急いでスーツ、では無く私服に着替えて、まだ寝ている立花たちに置き手紙を書いて、テーブルの上に投げる。


  事務所のドアを開けると、一目散に池谷の家まで走りだす。


  床宮が事務所から出て行ってすぐ、立花が起きてきて、テーブルの上の手紙を読む。


  「・・・朝っぱらからうるせぇ奴だな・・・。」








  その頃、池谷の家の前でじっと見張りを続けていた門倉は、準備しておいた缶コーヒーを口に運ぶが、すでに冷たい。


  通勤にもまだ早い時間だけあって、朝のジョギングをする人や、犬の散歩をする人がちらほら通り過ぎて行ったくらいだ。


  「ふあぁぁ・・・。」


  一人で見張り、ということもあり、疲れが徐々に出てきはじめた。


  何度も何度も出てくる欠伸を、自分の掌で覆って隠しながら繰り返すが、顔つきが険しくなっていくのを、門倉は自分でも感じる。


  ―池谷惣一郎。


  昨日から、頭の中で反芻される名前に、記憶が敏感に反応するのだが、なぜか、それと同じくらいに強く、拒絶の反応もみせる。


  その理由は、門倉が一番良く分かっていた。


  決して消えることは無い過去の残像が、目の前でチラチラと動き、門倉の顔色を窺うように覗きこんでいる感覚に囚われる。


  「・・・何やってんだ。俺は・・・。」


  陽が昇った空を見上げて、大きなため息を聞かせるように吐く。


  「修さん!」


  一人で黄昏れていると、どこからか、確実に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


  聞こえてきた方向であろう、後方を向くと、ゼーゼーと息を切らしながらも、コンビニの袋を手にしている床宮が、そこにはいた。


  「・・・どうした。凜にしては早起きだな。」


  「修さんにお土産。」


  そう言って、床宮はコンビニの袋を差し出してきて、門倉はそれを受け取り、中身を見てみると、サンドイッチやパン、温かい飲み物が入っていた。


  「気が利くな。」


  「だろ!?俺もそう思った!」


  「・・・・・・。いや、勘違いだったみたいだ。」


  エッヘン、と腰に手を当てる床宮に、門倉は冷静に否定した。


  コンビニの袋からパンを取り出すと、コーヒーと一緒に飲み込んでいく。


  午前八時になる頃、池谷が部屋から出てきたため、すぐに池谷の許により、昨日同様に警護を始める。


  そのとき、池谷から感じ取った“何か”を、門倉は胸中に留めた。


  大学に向かい、いつものように講義を行って、助教授室に戻ってパソコンをいじってプリント作りか何かをしている。


  部屋を出るように言われる前に、先に部屋を出る。


  「なんかよ、今日の講義、おかしくなかったか?」


  「・・・。線形代数の問題か?」


  「いやいや、そうじゃなくてさ、修さん。池谷の様子だよ。あんな数学、俺わかんなくてウトウトしてたから。」


  「様子って言うと、饒舌だったってことか?それとも、逆にいつも以上に怯えていたってことか?」


  「後者後者。」


  床宮の意見には、門倉も賛同していたのだが、まさか床宮が気付くとか思っていなかったようだ。


  守ってくれというわりには、あまり自分の傍には近寄らせないようにしているし、実際、池谷が電話をしているところも、メールを打っているところも、ほとんど見ていない。


  確かに、プライバシーもあるだろうし、個人情報なども扱っているから、そういう情報が漏れない為に仕方ないのかもしれないが、それにしても、何かを隠しているようだ。


  「余計な詮索はしない方がいい。」


  「ほいさ。」








  「磯貝、杏樹、悪かったな。二人とも、仕事で忙しいのに。」


  事務所に現れた二つの陰に、立花が御礼を言いながら、ソファに座る様に誘導する。


  ソファには二人座れるだけの余裕はあるが、立花は互いに向かい合っているソファには、磯貝と杏樹を座らせて、自分は近くにある床宮の席の椅子を少し移動させ、そこに座った。


  下駄をカラカラと遊ぶように鳴らしながら、磯貝はドスッと腰かけ、杏樹は長い足をくねらせる様にしてソファとテーブルの間を通ってソファに座ると、曲線美を描きながら足を組んだ。


  「どうだった?」


  世間話から始める事も無く、立花はいきなり本題に入る。


  最初に、杏樹が返事をした。


  「これ。七年前の新聞の切り抜きのコピーよ。図書館に行って、ずーっと新聞読んでたんだからね?」


  「埋め合わせは必ずする。」


  立花の言葉に、杏樹はただニッコリをする。


  テーブルの上に置かれた新聞の切り抜きに、サッと目を通すと、今度は磯貝が欠伸をしながら手帳を取り出す。


  「俺の方も、なんとか話を聞けた。」


  そう言いながら、聞いてきたことが書かれているページをベリッと破り、そこだけを立花に手渡した。


  黙ってその紙を受け取ると、思いっきり顔をしかめる。


  盛大なため息を吐いたとき、立花のポケットに入っている携帯が振るえだし、しかめっ面のまま携帯を開き、応答する。


  「直子か。・・・ああ、・・・ああ、・・・分かった。」


  どうやら電話の相手は城田だったようで、電話を切ると、立花は何やら一人でぶつぶつと言いはじめた。


  「龍平さん?」


  「立花?」


  二人に声をかけられても、しばらく返事をすることは無かった。


  五分ほど経ったころ、ゆっくりと立花が磯貝と杏樹を見て、昔話を始めた。


  「七年前だ。門倉が此処に来て、『働かせてくれ』って言ってきたのは。」








  ―七年前 当時、立花・四十二歳 門倉・二十一歳


  ザアァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・・・・・・・・


  豪雨といっていいほどの、激しい雨の日が降っていた。


  特に依頼も無かったため、すでに働いていた城田には休みを与えており、事務所で一人、雨の音をBGM代わりに、テレビを見ていた。


  どこのチャンネルをかけても、各地で大雨になっており、洪水被害も多発しているという内容のニュースばかりだ。


  リモコンをソファに投げつけて、ギシッと椅子を軋ませながら伸びをすると、階段を上がって来る足音が、微かながらに聞こえてきた。


  「・・・こんな天気の中、どこの馬鹿だ?」


  はぁ、とため息をついて、きっともうすぐ叩かれるであろうドアに近づくが、なかなか叩かれなかった。


  首を傾げ、頭に疑問符を浮かべて、立花は自らドアを開けた。


  「・・・。」


  そこに立っていたのは、洋服も髪の毛もビショビショで、目は据わり、無言で立花のことを凝視している青年だった。


  青年は目にかからない程度の前髪に、さっぱりとした印象の黒髪、今時の若者にしてはがっしりとしていて、肩幅もあり、腕捲りしているパーカーからは、筋肉が程良く着いた腕も見える。


  切れ長の瞳を持ちながらも、酷く憂いを帯びていた。


  立花から見て右側には泣きボクロがあり、青年の顔つきをさらに大人っぽく演出するのには、十分だった。


  ずっと黙ったままの青年に、立花は声をかける。


  「風邪ひくぞ。さっさと中に入れ。」


  「・・・。」


  自分の部屋から、着替えとタオルを持ってきた立花だが、まだ青年が中に入らず、外で濡れ続けていることに、思わず呆れた。


  「聞こえなかったのか?中に入れ。」


  「・・・。」


  それでも何も言わない青年に、立花はほとほと呆れ、ため息を吐きながら頭をかく。


  ―参ったな・・・。


  どうすればいいのか分からなかった立花が、次に青年を見た時、青年は何か決意したように、身体を動かし始めた。


  一歩後ずさり、立花を見ながら青年が起こした行動は、立花にとって、目を疑うものだった。


  「・・・!?」


  この激しく、荒れ狂う雨の中、青年は両膝と両手を地面につけ、頭を地面スレスレまで下げた。


  つまり、土下座したのだ。


  「おい・・・。」


  止めろ、と言おうとした立花の言葉を遮ったのは、他でも無い、土下座をしている青年で、雨音の中を綺麗に通り抜けて、立花の耳に届いた。


  「門倉修司と申します。此処で働かせてください。」


  「此処でって・・・此処がどういう仕事してるか、分かって言ってるのか?」


  立花の問いかけに、門倉は顔を上げずに答える。


  「知っています。」


  「お前みたいなガキがやるような仕事じゃねぇんだ。帰れ。」


  「お願いします。」


  低く、落ち着いた声なのにも係わらず、なぜか立花の耳や心臓、脳に強く残り、身体中の血が熱くなるのを感じた。


  消えそうな身体とは裏腹に、門倉の声はしっかりと存在感を示していて、その声には迷いが無いことも、立花は気付いていた。


  立花は膝を曲げ、小さな声でも届くように、門倉の頭上から声を降らせる。


  「お前、歳は?」


  「二十一です。」


  「学校は?」


  「辞めました。」


  「理由は?」


  「・・・。」


  また何も答えなくなった門倉に、立花はとりあえず事務所の中に入る様に指示する。


  ゆっくりと顔を上げて、大人しく事務所に入ると、立花に渡されたタオルで髪の毛や身体を拭き始めた。


  その間に、立花は身体を温めるために何か用意しようと、あまり行かない給湯室に向かい、ティーバックの紅茶を淹れる。


  紅茶を淹れたカップを二つ両手に持って、門倉のいる部屋まで戻る。


  ソファにも座らずに、ずっと立って待っていたと思われる門倉に、濡れたままでもいいからソファに座る様に言う。


  目の前に紅茶を出され、門倉は御礼を言う。


  「すみません。」


  立花も向かい側のソファに座ると、沈黙という雑音が部屋中に響き渡る。








  「で?」


  沈黙をぶち破った立花の単調な声色に、門倉は極端な反応を見せることはなく、冷静に立花の方を見る。


  「なんで此処で働きたい?」


  「・・・志望動機ですか。」


  「そんな堅苦しいのはいらねぇよ。所詮、理由なんてもんは後付けで、直感とか感覚とか、何かしらそういうのがあんだろ?此処に来たってことはよ?」


  鎖で縛られた言葉の羅列、立花が聞きたいことは、そういうものでは無い。


  頬杖をつきながら、門倉の口が開くのを待っていると、紅茶の入ったカップをテーブルに置いて、立花を真っ直ぐ見据える。


  「綺麗事だと思っても結構です。」


  「・・・ああ。」


  「誰でもいいから、誰かの命を守りたいんです。」


  門倉の言葉に、妙な違和感を持った立花だったが、今すぐにでも濁ってしまいそうな門倉の瞳を見て、何も言えなくなってしまった。


  確かなことは、たった今聞いた言葉は、きっと嘘では無い、という事だ。


  自分の人生の半分しか生きていない人間の口から、そんな達者な言葉を聞くとは思っていなかった立花は、最後の確認をした。


  「てめぇの命も、そこに入ってるか?」


  「・・・。」


  自らの命を犠牲にして誰かを守るなど、愚の骨頂である。


  そういった考えを持ち、信念を貫いている立花にとって、もしもこの質問に対してNOが出ようものなら、すぐに追い出すだろう。


  即答でのYESを望んでいた立花だが、門倉はしばらく自分の膝の上にある拳を見つめていた。


  ゆっくりと目を瞑り、瞑想にでも入ったのかと思っていると、十秒ほどでまた目を開き、答えた。


  「はい。」


  芯の通った、決意を表すその言葉で、立花は門倉を事務所に置くことにした。


  この日から、門倉は立花を“おやじ”と呼ぶようになり、働かせてくれた、置いてくれた恩として、実力をつけていくのだった。








  ―現在 事務所


  「てな、わけだ。」


  一通りの馴れ初め話終えると、立花は首をコキコキ鳴らす。


  「それで?結局、修司君が大学を辞めた理由は、分からず仕舞い?」


  「そういう事だ。」


  杏樹の持ってきた新聞の切れはしと、磯貝から渡された紙切れをポケットにしまうと、立花は事務所から出て行ってしまった。


  「あら、私達お留守番かしら?」


  「わ~たしがい~る~よぉ~☆」


  「あゆみちゃん、いたの?」


  「いたのよ、それが。私だけ何にも仕事貰えなくて、暇なの。」


  「何もしないのが、仕事なんじゃねぇか?」


  奥の部屋でお菓子を食べていたあゆみは、立花が事務所から出て行くと顔を出し、杏樹と磯貝に相手をしてもらおうとする。


  だが、磯貝は仕事があり、杏樹も夜の仕事があるため、ゆっくり寝るのだという。


  仕方なく、あゆみは留守番をして、城田が帰って来るのを待つことにした。








  池谷を警護している門倉と床宮は、ひたすらドアの前で立っていた。


  「あ、やべ。足が痺れてきた。」


  「抓ってやろうか。」


  「修さん、お茶目だな。」


  今日の講義はもう無く、卒業の論文を見せに来る学生の論文を読んでいるだけなのだが、ひっきりなしに学生が来るため、池谷も帰るに帰れない状況だ。


  昼食をとりに食堂に向かったときにも、池谷の周りに学生が集まってきて、食事もゆっくり出来なかったほどだ。


  もう三十四になる、それほどイケメンでもない池谷に、女子学生ばかりでなく、男子学生まで群がってくるのは、それほど人望が厚いということだろうか。


  午後四時ごろになって、やっと池谷を訪れる学生に区切りがついた。


  しゃんと立っているのも疲れてきて、門倉は軽くドアに寄りかかる様にして立ち始めた。


  すると、部屋の中で、池谷が誰かと話しているのが聞こえてきて、池谷意外にはいないはずなので、それが電話であることに気付く。


  ボソボソだが、会話の内容が聞こえてくる。


  「もう俺は・・・しな・・・減に・・・切るぞ・・・。あ?・・・だから・・・。」


  盗み聞きは趣味ではないが、ぐっと耳をドアに近づけて、会話を聞こうとした時、門倉の無線に連絡が入った。


  《修司、今何処だ?》


  「おやじ?今は大学の池谷さんの部屋の前ですが・・・。」


  《そうか。・・・凜も、聞こえるか?》


  《おう。おっさん、なんか用か?》


  《ちょっと修司借りるぞ。一人で警護を続けろ。》


  「おやじ、話なら無線でも・・・。」


  《今、大学の校門の前にいる。今すぐ来い。いいな。》


  一方的に無線を切られてしまい、門倉はよく分からないまま、立花が待っているという校門にまで走って向かう。


  ぽつん、と取り残された床宮は、拗ねたように唇を尖らせる。








  「おやじ、何です。」


  「まあ、こっちに来い。」


  言われたとおり、校門まで向かうと、傍から見れば不審者のような格好で、立花が門倉を待っていた。


  門倉の姿が見えると、軽く手を上げて自分の許に来るように指示する。


  校門に寄りかかる様にして立ちながら、ため息を零し、徐々に赤から黒へと変わる空を眺め、立花が口を開いた。


  「なんで言わなかった。」


  「?何をですか?」


  立花の言っていることがすぐには理解出来なかった門倉が、質問に対して質問で返す。


  「七年前のことだ。」


  「・・・。」


  二人の周りに流れる空気によって掻き消されていったキーワードに、無言という形で理解を示した門倉。


  どうやら、自分の調べたことは間違いでは無いと確認出来た立花は、大きなため息を吐く。


  「調べたんですか。」


  「当たり前だ。依頼人に警護しなくて良いって言われても、ちゃんと外で待機してるのは、真面目で正義感のある修司らしいとは思ったが、凜だけを帰したってのが、気になってな。」


  「・・・昔のことです。」


  「確かに過去の出来事だ。だが、今は違うだろ。」


  「・・・。」


  いつもは冷静で、何事にも淡々と答える門倉だが、図星のときには無言になる。


  意外と分かりやすい性格だと思いながら、立花は杏樹と磯貝に渡されたものをポケットから取り出し、門倉に見せる。


  数秒間それを見つめ、指を滑らせるようにして受け取ると、表情が暗くなる。


  「これは俺の独り言だ。」


  「・・・はい。」


  「七年前、ある大学に通う女子学生がビルから落ちて死亡した。明らかに自殺であったが、警察がよくよく調べてみると、その女子学生は薬物をやっていたことが分かった。だが、女子学生の部屋にはパソコンが無く、どうやって入手したのかが分からなかった。そこで、女子学生が頻繁に電話をしていた三人の男のことを調べ始めた。一人目は、白石武、自殺した白石佳奈美の父親。二人目は、門倉修司、当時大学四年生で、白石佳奈美と付き合っていたという噂のあった男だ。そして三人目が・・・。」


  「池谷惣一郎。」


  立花の独り言から、自分の名前が出てきても平然としていた門倉だが、最後の名前が言われる前に、自ら口を開いた。








  「当時、白石佳奈美の通う大学で、助教授として働きだした池谷惣一郎は、薬の売人の容疑者として警察に疑われていました。しかし、決定的な証拠も無く、池谷本人は薬に手を出してはいなかったため、当然、何の反応も出ませんでした。暴力団と密会しているところも確認出来ず、捜査は難航、やがて白石佳奈美がインターネットカフェかどこかで入手したのだろうという推測が出てきて、そういう結論で捜査は終了しました。」


  自分の身に起こった事だというのに、なおも冷静に話す門倉だが、じっと何処かを見ていて、まるで死人のような目をしている。


  立花が額に手を当てて、何かを考える仕草をする。


  「彼女が薬に手を出した事、自分のせいだと思ってんのか。」


  その言葉にも、最初は無言で返していた門倉だったが、気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと浅く息を吐いた。


  ポンッ、と背中を校門に預けると、立花同様に空を眺める。


  そして、自分を嘲笑うように頬笑み、門倉自身の正直な想いを伝える。


  「俺のせいだ、って言うほど、立派な人間じゃないですよ。手を出すか出さないかは、当人次第であって、当人の意思の強さによります。他人のせいにして済む問題でもありません。」


  門倉らしい、自分さえも客観的に見た答えだと立花は感じた。


  だが、口から空気を振動して伝わってきた言葉など、自己防衛の為か、他人の為かは分からないが、どこかに嘘を纏っている。


  立花の、門倉の言葉に対する、ちょっとした疑惑は、門倉自身の言葉によって明らかになった。


  「本当は、俺のせいだ、って言えたら、どれだけ楽になれるんだろうって、思います。」


  段々と小さくなっていく門倉の声は、聞き取ろうとしなければ聞きとれないほど、ほんの僅かな勇気からしか発信されていない。


  雲行きが怪しくなってきて、曇天となった空を仰ぎ、門倉は息を吐く。


  「でも俺は、彼女の人生を狂わせるほどの言葉も、想いも、優しさも強さも、何も無かったんです。何も持っていなかったんです・・・。」


  消えかけた語尾を、立花の耳が必死に拾うと、門倉は床宮の許に戻ると言ってきたため、立花は黙って頷いた。


  ペコリ、と頭を下げると、門倉は池谷のいる部屋まで向かう。


  小さくなっていく門倉の背中を見ると、立花は事務所に戻る為に歩き始めた。








  池谷の許に戻った門倉だったが、床宮の様子がおかしいことに気付いた。


  「どうした。」


  「・・・。」


  戻ってきた門倉のことをギロッ、と睨みつけ、床宮にしては低く落ち着いた声で話す。


  「知ってたのかよ。」


  「?何をだ?」


  「とぼけてんじゃねぇよ、修さん。」


  いつもよりも乱暴な言葉を門倉に投げつけて、ゆっくりと門倉の方に歩いてきたかと思うと、いきなり胸倉を掴みあげた。


  何のことを言っているか分からなかった門倉だが、床宮の不機嫌は治まりそうにない。


  「今回の依頼人、つまり池谷が、薬の売人かもしれねぇってことだよ。修さん、それに勘付いてたから、この間俺を一人で帰らせたんだろ?」


  「・・・何の事だ。」


  精一杯知らないフリをした門倉だったが、次に床宮の口から出てきて言葉に、素直に認めざるを得なくなってしまう。


  「無線、入っていた。」


  「・・・。」


  「修さんとおっさんの会話、全部聞こえてたんだよ。」


  自分の無線を確認すると、入っていたというよりも、いつもの状態のままで話したため、自然と床宮の耳にも入ってしまっていたようだ。


  言い逃れが出来なくなってしまい、門倉は諦めのため息を吐く。


  自分の胸倉を掴んでいる床宮の腕に、ゆっくりと自分の腕を重ねると、誘導するようにして腕を離させた。


  「そうだ。」


  「池谷に、復讐でも考えてんのか?」


  「仕事に私情は持ち込まない。」


  「持ち込んでんじゃねえか!だから勝手な行動取ったんだろ!?」


  床宮が大きな声を出したため、周りにいた学生や先生達が、なんだなんだと集まってきて、それに気付いた門倉が、床宮を落ち着かせようとする。


  だが、言葉では何を言っても伝わらない状態で、力で押さえつけようとしても、余計に暴れ出してしまいそうだ。


  どうしたもんかと困っていると、部屋から池谷が顔を出した。


  「あ、あの、どうかしましたか・・・?」


  仕方ないと思い、門倉は池谷に謝りながら、床宮の腕を強引に引っ張って、池谷の部屋の中に入った。


  急いでドアを閉める様に池谷に言うと、池谷は慌てながらもドアを閉める。


  叫んだからか、強く抵抗していたからか、息を切らした床宮が門倉をなおも睨みつけていて、なぜか池谷の方が怯えている。


  狂犬のような床宮に対し、冷めた表情の門倉。


  「凜。落ちつけ。」


  「落ち着いてる!」


  今の床宮には、何を言っても無駄だと確信した門倉は、一度深呼吸をし、決断する。


  「凜。」


  「何だよ!」


  「歯ァ喰いしばれよ。」


  「は?」


  バキッ・・・―


  あえて効果音を入れるとしたら、これであろう。


  口で言っても聞かないのなら、聞かざるを得ない状況を作り出すことが先決だと考えたようで、簡単に言えば、殴った。


  突然訪れた衝撃に、一瞬、床宮の脳も何が起こったのかを認識出来ないままだったため、痛みが遅れてやってきた。


  床に尻をつき、ポカン、と口を開けて門倉を見上げる床宮に向かって、門倉は一言。


  「悪い。」








  「『悪い』じゃねぇよ!!なんでいきなり殴るんだよ!」


  「お前が人の話を聞こうとしないからだ。それに、殴る前に『歯を喰いしばれ』って言っただろ。」


  「言えば殴って良いってことにはならねぇだろ!いきなり過ぎて、歯ァ食いしばる暇も無かっただろうが!」


  二人の言い合いが部屋中に響き渡り、流石にずっと叫んでいたせいで疲れたのか、床宮が大人しくなってきた。


  ため息を吐きながら、膝を曲げて、床宮はその場にしゃがみ込む。


  門倉も膝を曲げて、床宮と同じ目線に辿りつくと、まだ少しだけ怒っている床宮の頭をぐしゃっ、と触る。


  それでも不機嫌そうな顔のままの床宮に、思わず笑ってしまう。


  「笑うなよ。」


  「・・・悪い。」


  スッと立ち上がると、池谷の方を向いて、自分の行動と床宮の行動に対しての謝罪をする。


  許してくれた池谷の警護を続けると伝えると、安心したように笑い、今から家に帰ると言われた。


  池谷を家まで無事に送り届け、また外で待機しようとしたとき、池谷の部屋のポストに、何か入っていることに気付いた。


  当人よりも先に中身を確認すべきところだが、部屋の中に入るなというほどだから、勝手に見られるのも嫌なのだろうと判断し、声をかける。


  「池谷さん、何か入ってますよ。」


  「あ、ああ。本当ですね。ありがとうございます。」


  ポストからその何かを取り出し、門倉たちに背を向けながらそれを読むと、池谷の肩がビクッと大袈裟なくらいに反応を示した。


  「?どうかしましたか?」


  くるっと顔を向けてきた池谷の顔は、真っ青だった。


  「こ、殺される・・・。俺は・・・殺される・・・!!!!」


  何事かと、池谷が読んだものを受け取り、門倉と床宮も読んでみると、そこには、『逃がさない。殺す。』と書かれていた。


  きっと、池谷の言っていた暴力団なのだろう。


  通常、暴力団との関係について、きちんと聞くべきなのだろうが、おおよその見当はついている門倉たちにとって、それは時間の無駄でしか無かった。


  どういう感情を持っていようと、今門倉たちがすべきことは、池谷を暴力団から守ることなのだ。


  「池谷さん、落ち着いてください。今夜から、我々は部屋に上がらせてもらいます。いいですね?」


  命の危険を感じた池谷は、ものすごい勢いで、何度も首を縦に振った。


  それはそれは、首が取れるんじゃないかと思うくらいに、だ。








  「城田。ちょっと付き合え。」


  「?はい。」


  「私は~?」


  「あゆみは留守番してろ。」


  城田を呼び付けて、何処かへ連れて行こうとした立花に、お菓子の袋を抱えたあゆみが、不満気に声をかける。


  だが、結果、玉砕に終わる。


  お風呂にも入ってしまったため、髪の毛を濡らしたままでテレビを見始める。


  立花に呼ばれて、そのまま着いてきた城田だが、立花がなぜ自分を呼んだのかも、どこに行くのかも分からないまま、ただ着いていく。


  そして、ピタリ、と立花が足を止めたのは、とある喫茶店だった。


  カラン、と入口のベルが鳴って店員さんがこちらに来るが、立花を見ると、どこかの席へと案内をする。


  「待たせたな。」


  そこに座っていたのは、喫茶店が似合わない男、磯貝だった。


  頬杖をつきながら、眠たそうな目で立花の方を見ると、窓側に置いておいた袋をそのまま立花に向かって渡してきた。


  袋を受け取り、中身を確認すると、磯貝に報酬の入った封筒を渡す。


  「・・・立花。」


  テーブルに置かれた封筒を見て、磯貝は不服そうな表情になる。


  「なんだ、足りないのか。」


  「・・・そうじゃなくてよ。」


  意思疎通が出来ていないことにため息を吐き、テーブルの上の封筒を、中身も見ないまま立花に返した。


  その行動に、立花は眉間にシワを寄せる。


  「今回は、俺が勝手に動いて仕入れた情報だ。金はいらねぇ。」


  「勝手にって・・・。俺が頼んだんだ。」


  「黙ってそれ、しまえ。」


  大欠伸を見せながら、かったるそうに話をする磯貝に、立花は困って封筒と睨めっこを始めてしまった。


  「この前は、門倉に生意気言われたからな。それの仕返しだ、とでも言っておくか?」


  仕返しではなく、御礼だろうと思った城田だが、その言葉は、磯貝なりの門倉への感謝だと分かった為、反論することは無かった。


  それを聞き、立花は同じような言い訳で封筒を渡す。


  「これは、勝手に動いたことに対する仕置きだ。いいな。」


  頬杖をついたまま、受け取らない磯貝の前に、ドンッと封筒と投げる様に置くと、城田を連れて喫茶店から出て行く。


  その、以前よりも丸くなった背中を見ると、磯貝は窓から空を見る。


  「・・・雨じゃなくて、槍でも降るのか?」








  午後七時を過ぎた頃、雨が降り始めた。


  池谷の家で警護をすることになった門倉と床宮は、いつものように二手に分かれて、神経を身体中から張り巡らせる。


  いつもなら、玄関付近を門倉が見回るのだが、今回は床宮が担当することになった。


  池谷を見張る形で門倉が部屋に立っているが、池谷はそわそわしていて、全く落ち着き無くウロウロ歩き回っている。


  「あまり窓側には近づかないでください。」


  「え?ああ、はい。」


  門倉に言われ、大人しく窓から離れたは良いが、そこから何処へ行こうかと、また部屋の中をウロウロし始めた。


  いつものように、とはいかないのが普通ではあるが、こういう状況でも落ち着いている人を今までに見てきているせいか、池谷が特に落ち着きが無い様に感じる。


  「し、仕事でもします。」


  「分かりました。」


  仕事をすると言った池谷だったが、十分も部屋に籠らずに出てきて、また門倉のいる部屋の中をウロウロし始めた。


  すると、無線が入る。


  《修さん、明らかに暴力団です、っていう格好の奴らが歩いてくる。》


  「分かった。」


  予告した通りにやってくるとは、思った以上に素直な連中だと思いつつ、その素直さを違うところで発揮すれば良いのに、とも思う門倉だった。


  「池谷さん、念の為、何処かに隠れていてください。」


  そう伝えるや否や、池谷はすぐさま寝室の何処かに隠れたようで、それと同時に、玄関の方から何か激しい音が聞こえてきた。


  走りはしないが、スタスタと早歩きで玄関まで行ってみると、床宮が何とか三人の暴力団と思われる男たちを押さえつけているところだった。


  助けようかどうしようか迷っていると、一人の男が門倉に気付く。


  「おい!池谷を出せ!」


  「・・・。」


  「聞いてんのか!?兄ちゃんよぉ!?大人しくした方が、身の為だぜ!」


  「・・・。」


  床宮一人で三人の男を捕えておくのは難しく、一人だけ逃げ出し、門倉に向かってガンをつけてきた。


  無言で男を見つめる門倉に、男は余計に不機嫌になり、何かがブチッと切れたらしく、門倉に殴りかかろうとしたが、それは出来なかった。


  殴りかかろうとした男の顔面に、大きく広げた掌を押しつけた門倉がいたからだ。


  男を感情無く見ているだけなのだが、鋭く切れ長の目が、無表情とは違う、恐怖や屈服といった類の何かを、男の脳や身体に植え付ける。


  パッ、と門倉が手を離すと、男は自分の体重と殴りかかった勢いによって、前のめりになって簡単に倒れる。


  「てッ・・・てめぇええぇぇぇえぇッ!!!」


  池谷のことを忘れているのか、男は門倉に向かって喧嘩を始めるが、門倉は冷静に男に伝える。


  「叫ぶな。近隣住民に迷惑だ。それから、此処で喧嘩をするな。お前達にとって不都合しか生じないと思う。あと、何故池谷さんを狙っているのか、理由くらい言っても罰は当たらない。」


  今の状況に似合わない門倉の口調に、男たちはぽかん、と口を開けた。








  さきほど騒いだせいで、近隣の部屋の人が、ドアの隙間から何事かと覗いているのが、丸見えであった。


  「ああ、でもその前に、警察に行ってもらうことになると思うが。」


  再び挑発するような言葉を投げかけると、床宮が押さえていた男の一人が、床宮の腕から逃げ出して、門倉の方へと歩いていく。


  男はポケットからサバイバルナイフを取り出し、ちらつかせながら舌舐めずりをする。


  そして、瞬発力に頼って門倉に向かって行ったが、ひょいっと軽く避けられただけでは無く、背後に回られ、腕を後ろに捻りあげられる。


  それを見ていた、ついさっき門倉にやられた男が、門倉に突進して行った。


  襲いかかってきたもう一人の男にも、冷静に対処しようとした門倉だったが、その必要は無くなってしまった。


  「あ。」


  門倉の前に現れた壁によって、いとも簡単に地面に叩きつけられたのだ。


  「ふぅ・・・。やれやれ。俺も歳取ったな。」


  「おやじ。」


  「おっさん!」


  首をくるっと回すと、ため息を吐きながら門倉たちの方を見た。


  城田を連れてやってきた立花が、ナイスタイミングのところで男を投げ飛ばしてくれたようだ。


  池谷の家に来るときに連絡しておいた警察が到着し、三人の暴力団は、あっけなく警察に連れて行かれてしまった。


  家の中に入ると、池谷はいまだに寝室に身を潜めているようで、門倉が声をかける。


  「池谷さん、もう大丈夫です。暴力団は捕まりました。」


  「ほ、本当ですか!?」


  ベッドの端の方から、ひょこっと顔を出した池谷は、今までとは一変して明るい表情に変わっていた。


  床宮を始め、立花と城田、それから警察も家に入ってきたのを見ると、今度は眉間にシワを寄せて、不審そうに見つめる。


  「な、何なんですか?事情聴取、ってやつ、ですか?」


  「いいえ。」


  門倉の隣まで城田が歩いていくと、何かの紙をペラッと池谷に見せつけるように出す。


  「池谷惣一郎。麻薬の売人の容疑で、この家と大学の教授室を調べさせてもらいます。」


  「な、何を勝手な!!」


  「お願いします。」


  城田の掛け声を合図に、警察が次々に池谷の部屋をガサガサと漁り始めると、池谷が必死になって止めようとする。


  公務執行妨害で捕まりそうになりながらも、腕を掴んだり、言葉を発し続ける。


  「まあ、池谷さん。座ってください。」


  怒り狂う池谷を静めようと、立花が池谷に椅子に座る様に誘導すると、苛立ちながらも椅子に腰かけた。


  足を小刻みに動かしては、警察官の動きをちらちら確認している。


  両手を絡みあわせて、自分の口元を隠すように置くと、口と手の中に出来た空間で呼吸を繰り返す。


  落ち着かない池谷の目の前に、立花が悠々と座り、その隣に床宮が立ち、池谷の斜め後ろに城田が立つ。


  門倉は床宮と向かい合う位置で、立花たちの横顔が見えるように立った。


  「立花さん!これはどういうことなんですか!?私は、守ってくれと頼んだだけです!」


  「申し訳ありません。しかし、暴力団と接点のある貴方を、調べないわけにはいきませんので、私の判断で調べさせてもらいました。」


  ギリッ、と上下の歯を互いに強く噛み合い、池谷は立花を睨む。


  「池谷さん、貴方、薬の売人、やっていたんでしょう?」








  直球を投げた。


  あまりにも直球を投げ過ぎた。


  だが、池谷の表情に余裕は一切見られず、代わりに見えたものは、怯えや不安、焦りや言い訳が渦巻いたものだ。


  顔色は徐々に青くなり、唇は震え始める。


  「い、いいえ。そんな証拠、どこにあるんです!?今、ここに持ってきてくださいよ!」


  それほど広くは無い池谷の家の捜索をしている警察も、証拠となる物証が出てこないことを伝えるために、立花を見て首を横に振る。


  教授室の方にも無いとなれば、きっと池谷は、“また”野放しにされるだろう。


  何も出て来ないことを分かっているのか、警察が焦っている声が聞こえてくると、池谷の表情にも余裕が生まれてきた。


  麻薬常習犯であるのなら、簡単に見つかったのだろうが、池谷はあくまで売人。


  常に持ち歩いているとは考え難い。


  「・・・お認めにはならないんですね?」


  一文字一文字、確認するように立花が言葉を発すると、池谷は口元を緩め出し、背筋を伸ばし始めた。


  「認めるも何も、無関係ですから。」


  はぁ、と深く息を吐くと、立花はポケットに無理矢理詰め込んでいた、とある袋を取り出し、椅子から立ちあがってテレビに近づく。


  何をするのだろうと、警察までもが立花の行動を見ている。


  磯貝から渡された袋の中から、一本のビデオテープを取り出し、HDDとは別の場所に置いてあったビデオデッキをセットし始める。


  配線がよく分からないらしく、ああでもない、こうでもないとやっていると、見兼ねた床宮が手伝いに行く。


  スケボーをいじっているせいか、それとは全く関係ないのか、床宮の異常なまでの器用さで、さっさと配線を完了させる。


  ビデオテープをデッキに入れると、リモコンの再生を押す。


  ザーッ・・・


  最初は砂嵐から始まった映像だったが、映像が流れ始めた途端、池谷はバッ、と椅子から立ち上がり、目を大きく見開いて驚き始めた。


  「なっ・・・!」


  テレビ画面に映っていたのは、紛れも無く池谷本人であり、その池谷が、白い粉が入ったものを何処かの主婦に手渡しながら、お金を貰っている場面であった。


  「もっと詳しく画像分析を行えば、これが貴方であることが十分に証明出来るとおもいます。この主婦のところにも、今人を向かわせていますので、貴方から何を手渡されたのか分かるのも時間の問題です。」


  立花の言葉に、膝から崩れ落ちた池谷は、項垂れてしまう。


  油断、それは余裕とは紙一重の存在であり、これ以上無いというほどの天使の頬笑みを見せもするが、時に、牙を向く狂犬にも成り得る。


  立花からビデオテープを受け取り、警察は池谷を警察署まで連れて行くことになった。


  池谷がパトカーに乗る姿を、門倉はただじっと見つめていた。








  「文句の一つでも言うなり、一発殴るなり、してやりゃよかったのに。」


  いつの間にいたのか、門倉の背後に立っていた床宮が呟いた言葉に、門倉は肯定も否定もしないままいた。


  パトカーがどんどん遠のいていくのを見ながら、床宮はちらっと門倉を見る。


  だが、どんなことを思っているのか、何を考えているのか、何一つ感じ取ることが出来ないまま、視線をパトカーに戻した。


  立花に帰ると言われ、歩き始めた時、門倉がやっと口を開いた。


  「他人を非難出来るほど、正しい生き方をしてきたわけじゃない。それに、“法”っていうものがあるんだ。奴は、その“法”によって裁かれる。それでいいんだ。」


  どこか悲しげな声で奏でられた旋律は、言葉となって床宮の耳に届いた。


  立花の後を着いて歩く門倉の後ろを、さらに着いていくかたちで床宮が歩いていると、ふと、床宮があることに気付く。


  「あ、そういや、おっさん。あのテープ、何だったんだ?」


  「あ?何って何だ?」


  「ああいうのって、警察とかじゃねぇと、見せてもらえねぇだろ?」


  「俺が知るか。磯貝に聞け。」


  この時初めて、門倉と床宮は、あのテープは磯貝によって入手されたものだったのだと知る。


  事務所に帰る前に、どこかでご飯でも食べて行こうと考えた立花だが、事務所にあゆみが一人でいることを思い出し、携帯を取り出して呼び出す。


  会話の内容から、今日はお寿司屋さんに連れていってくれるようだ。


  高級寿司屋に連れて行ってもらえると勘違いし、一人で喜んで浮かれ、スキップまで始めてしまった床宮に、門倉が一応伝える。


  「凜。回転寿司だ。」


  「え。そうなの?」


  ピタリ、と動きを止め、電話を終えた立花に確認を取ると、門倉の言った通り回転寿司だったようだ。


  あゆみに寿司屋まで来るように伝えたため、寿司屋の前で待つことになった。


  立花は欠伸をしながら首を摩り、床宮に肩を揉むように指示すると、回転寿司であることを恨んでいるのか、力いっぱい肩を揉む、というよりも刺激する。


  「おやじ、俺はちょっと。」


  「あ?用事か?」


  「ええ、まあ。すみません。」


  「・・・そうか。ま、また今度食わせてやる。」


  「はい。では、失礼します。」


  立花に向けて一礼すると、門倉は何処かに歩いていってしまった。


  いつもと違って私服のため、人混みに紛れてしまうと何処にいるのかすぐに分からなくなり、門倉の背中を見送ることも出来なかった。








  しばらく待つと、あゆみがおめかしをして歩いてきた。


  いつもは適当に、ジャージを着ていたりズボンを穿く事が多いあゆみだが、今日はお寿司だからなのか、それとも久しぶりの外出だからなのか、スカートを穿いてきた。


  ピンクのフード付きの服には、可愛らしいウサギが描かれており、黒いフワフワのスカートは、あゆみの幼さを少しは隠してくれている。


  「あゆみん、今日は可愛い格好してんだな。」


  「ヤーダ、リンリン☆惚れちゃ火傷するわよッ☆」


  「誰が惚れたって言ったよ。」


  「まっ!リンリンも私服じゃありませんこと!?・・・微妙だね。」


  「このやろ・・・。」


  自分の私服が微妙だと言われ、床宮はあゆみに文句を言おうとするが、すでにあゆみの脳内から、床宮の私服に関する情報は消えていた。


  キョロキョロとあゆみは首を左右に振り、誰かがいないことに気付く。


  「あれ???倉ちゃんはぁ?」


  「用事があるんだと。ほら、さっさと入るぞ。」


  「ウキャッ☆お・寿・司~☆」


  ルンルン気分でお寿司屋に入るあゆみと、もうお腹が空いて仕方の無い床宮に続き、二人の保護者のような城田と、立花が中に入る。


  あゆみと床宮がレーン側に座り、流れてくるお寿司に手を伸ばすのだが、あゆみの背中側から皿のパレードが来るため、床宮が取りたいものを、先にあゆみが取ってしまう。


  それを美味しそうに頬張るあゆみと、恨めしそうに見ている床宮。


  そんな二人を見て、立花は呆れたようにため息を吐いてお茶を飲み、城田は床宮の分を取って、床宮の前に置いてあげる。


  今度は、あゆみはパネルの方に手を伸ばし、軟骨から揚げとイカとトロを注文する。


  「あゆみん、ズリィ!」


  「リンリンも頼めばいいじゃん☆じゃんじゃん☆」


  パネルをいじりたいのか、床宮はパネルに感動しながら、サーモンとイクラとマグロを注文し、ワクワクと目を輝かせながら待っていた。


  特急列車みたいなもので運ばれてきたお寿司たちは、一口であゆみと床宮の口の中へ旅立ち、消化されてしまうのであった。


  「美味しいね!」


  ふにゃり、とみんなに笑いかけながら、もぐもぐ口を動かすあゆみに、城田は思わず頭を撫で撫でする。


  そんなあゆみを見て、立花は思った事がある。


  最近のあゆみは、以前よりも丸くなったような気がする、と・・・。








  その頃門倉は、以前にも訪れたことのあるアパートの前に来ていた。


  入口のすぐ横についているインターホンに指を置くが、押そうか押すまいかしばらく迷い、ずっと指を置いたままで立っていた。


  きっと、アパートの前を通りかかった人は、何をしているのだろうと、顔を顰めたことだろう。


  それほどまでに、不自然な格好で、ずっと立っていたのだ。


  いざ押そう、そう決めたとき、ガチャッ、とドアが開いた。


  「・・・さっきから何してんだ。」


  「・・・。今晩は。」


  立ったまま話すのもなんだから、部屋に入って話そうと言われたが、門倉は御礼だけ言いに来たと言って、入ることは無かった。


  磯貝はドアに寄りかかり、片膝を軽く曲げてダラン、と立つ。


  「和さん、色々とご迷惑おかけしました。本当に感謝しています。ありがとうございました。」


  「・・・。」


  門倉は、腰を大きく曲げて深深と頭を下げると、そのまま続ける。


  「これで、ケジメつきました。」


  「それは良かったな。で?それはつまり、忘れられるってことか?」


  自分のお腹辺りまで下げられている門倉の頭の上から、磯貝はだるそうな声を降らすと、地面に向かって、弾き返された門倉の声が届く。


  思った以上に弱い印象のその声も、静かすぎるその場所では、五月蠅いくらいに聞こえる。


  門倉自身、自分の心臓の音が、こんなにも五月蠅いのかとおもうほどに、ドクドクと波打つのが身体全身に響き渡る。


  「忘れはしません。忘れない事が、俺自身に対する報復なんです。一生背負うなんて真似は出来ないかもしれませんが、振り返った時、少し見える距離にあってもいい、そんな“思い出”として記憶に残しておきたいんです。」


  しばらく、頭を下げたままだった門倉は、少しずつ頭を上に持ち上げ始め、磯貝と視線を絡ませるために、視線も持ち上げた。


  真っ直ぐに磯貝を見て、揺るがない決意を眼差しで訴える。


  「・・・。」


  全く視線を逸らさない門倉に、磯貝は頭をポリポリとかき、鼻から抜ける小さなため息を吐いた。


  「ま、俺がどうのこうの言う事じゃねぇからな。お前がそう生きるってんなら、何も言わねぇよ。せいぜい、後悔しないように、しっかりと生きるんだな。」


  「はい。」


  口元に少しだけ弧を描き、微笑んだ門倉は、立花にするように一礼をすると、踵を返して帰って行った。


  ドアに寄りかかっていた身体を起こすと、部屋に入って鍵を閉め、布団にごろん、と横になる。


  仰向けに寝転がり、両肘を曲げて交差させ、頭の後ろに持って行って枕代わりにすると、自然と目に入る天井を見つめながら、ぽつりと呟く。


  「・・・でかくなりやがって・・・。」








  しばらくして、池谷には実刑判決が下された。


  大学は、池谷が警察に捕まった時点ですでに池谷を解雇しており、大学側からでは無く、池谷本人から退職届が出ていた、との事だったが、本当のところは分からない。


  ニュースから流れてくる情報など、権力によって修正されていたり、マスコミの大袈裟な表現が混ざっているため、鵜呑みにすることは出来ない。


  池谷の件に関しても、薬によって自殺をした少女のことには一切触れられていない。


  テレビから流れてくるアナウンサーの声を聞きながら、床宮がちらっと門倉の方を見てみたが、何かの本を読んでいて、ニュースなど聞いていないようだ。


  何やら難しい本でも読んでいるのかと思いきや、『三十までにしておきたいこと』という、微妙に聞いたことのあるような、無い様な本を読んでいた。


  「・・・修さんもそういう本を読むような歳になったんだな・・・。」


  「単なる文学への興味だ。」


  「文学に興味があんなら、芥川龍之介とか、太宰治とか読めばいいだろ。なんでその本を選んじゃったんだよ。」


  残念そうに眉を下げて、門倉の方に近づく。


  本を横から覗いてみると、なんとか床宮にも読めそうな気はしたが、活字が苦手なため、慣れない目がしょぼしょぼしてしまう。


  バタン、といきなり事務所のドアが開く。


  床宮が音の方向に視線を向けると、そこには丸めた新聞紙を肩に乗せ、険しい表情をした立花が突っ立っていた。


  「おっさん、なんだよ、そんなに怖い顔して。」


  “立花”という単語が聞こえると、門倉は読んでいた本を閉じながらため息を吐き、スッと椅子から立ち上がる。


  少しだけズレた上着とネクタイを直し、立花の方に歩いていく。


  床宮と門倉が並んだところで、立花が面倒臭そうに口を開く。


  「依頼が来た。さっさと行って来い。」


  そう言いながら、門倉に手渡した紙には、依頼人と思われる人の写真と住所が書かれていた。


  それを胸ポケットにしまうと、門倉は立花に一礼し、告げた。


  「行ってきます。」


  「気ィつけてな。」


  「はい。」


  先に出て行ってしまった門倉の背中を、床宮が必死に追いかけて行く。








  吹き付ける風は少し寒く、行き交う人はみな忙しい。


  守るべきものは、きっとこんな日常なのかもしれない。


  例え、それがつまらないと思っても、それが自分にとって何の役に立たないとしても、生きて行くべき道標。


  繋がっている安心感と、繋がらなくなる閉塞感。


  失ってきた時間は取り戻せずに、今いる時間もまた、残酷な現実しか唄わない。


  それでも、生きている意味があるとしたら、生きて行く事に理由があるのなら、多分それが、自分にとっての“人生観”であり、“価値観”である。








  「修さんッ!歩くの早い!」


  「・・・。」


  床宮が、息を切らして走って来るのが分かり、門倉は歩調を床宮に合わせる。


  そこから五分もしないで、立花から渡された紙に書かれた住所に着く事が出来た。


  もう一度スーツをビシッと着こなし、インターホンを鳴らして名前を告げると、自動的に門が開き、さらに奥に進むと、薔薇に囲まれた家の玄関に、人が立っていた。


  「ごきげんよう。」


  「初めまして。今日から警護を始めます。」


  「よろしくってよ。さ、まずは中に入って、お茶でも飲みましょう?お紅茶でよろしいかしら?」


  何坪、いや、何百坪あるのか知らないが、無駄に広い家に入り、無駄に長い廊下を歩かされ、無駄に広い部屋に案内される。


  高い紅茶か安い紅茶かも分からずに、口へと運ぶ。


  さっきから、ペラペラと話す依頼人の話を聞きながしながら、床宮は、隣でこまめに相槌を打っている門倉を尊敬する。


  「・・・あれ?俺、何しに此処に来たんだ?」






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