第三音【D.C.】
sempre
第三音【D.C.】
第三音【D.C.】
女性は、日課のお祈りをしていた。
お昼を過ぎた頃、電話がかかってきた。
すぐに切れるかとも思ったのだが、10回ほど鳴っても切れなかったため、仕方なく出ることにした。
『俺だ。実は聞きたい事があってな』
相手は、何度も話したことのある男だ。
「なんでしょう」
単調な声で返事をしても、きっと相手の男には女性の気持ちも用事もお構いなしなのだろう、気にせず話し続けてくる。
『あいつ、そっちに行ってねえか?』
男の言う“あいつ”というのが誰のことなのかが分かった女性は、相手に聞こえないようにため息を吐いてから答える。
「何かありました?」
自分にこうして電話をかけてくるということは、面倒臭い事でも起こったのだろうと瞬間に理解出来た。
そしてそれは当たりのようで、男はこんなことを話し出した。
『実は、誘拐事件が起こったんだが、その子供っていうのが、実験中の奴かもしれないんだ』
「それは大変ですね。しかし、そういうこなら、こちらではなく研究所の方へ連絡された方がよろしいかと」
『電波が届かねえんだよ。それに、研究所に行くくらいならてめぇんとこに行くだろうと思ってよ』
「そう思っているなら、もっと大切に扱ってあげてください」
女性のもとにその子供が来ていないことが分かると、相手の男は礼を言う事もなく電話を切った。
「マザー!お腹空いた!!」
「そうね、お昼にしましょうね」
部屋の奥から姿を見せた子供達にせがまれ、女性はご飯を作る。
そして子供達と一緒に食事をした後は、子供達が外や部屋の中で遊んでいるのを、順々に巡って見守る。
「誘拐犯が捕まった・・・」
昨日誘拐犯と思われる男が捕まったと、新聞に載っていた。
しかし、誘拐された子供は見つかっておらず、警察は今も捜索を続けているといった内容だった。
新聞を捲った時、子供が近づいてきた。
「マザーマザー!大変!」
「大変だよマザー!」
「あらあら、どうしたの?」
「いないの!」
「え?」
子供達が言うには、朝起きたら1人、子供がいなくなっているというのだ。
何かあったのだろうと、他の子供たちには大人しく待っていてもらう事にして、まさかとは思ったが、外のフェンスまで向かった。
そこは、女性がいる孤児院の敷地を示すためのもので、フェンスは高さが約3メートルほどもあるため、小さな子供がここを越すことは難しいだろう。
しかし、フェンスの一部が浮いていることに気付いた。
何だろうと思ってよく見てみると、フェンスの下にはまるで犬が掘ったような穴があり、そこからなら子供1人くらい簡単に抜けられることが分かった。
いつ掘ったものかは分からないが、きっとここから外へ出てしまったのだろうと、女性は子供を探しに出かけることにした。
近くの警察に子供がいなくなってしまったことを言うと、そこから本部へと連絡がいき、すぐに返事が返ってきた。
子供は本部で保護されているとのことだった。
「ありがとうございます」
女性は急いで迎えに行くと、元気そうに遊んでいる子供が見えた。
すぐ傍には3人の男たちがいて、女性を見ると子供の引き取り手かと聞いてきた。
子供も懐いているからか、何かの書類に署名をすると、簡単に返してくれた。
「もう迷子になるなよ?」
「うん!!」
橙色の髪の毛をした男に頭を撫でられると、子供は女性の手をしっかりと握りしめ、笑顔で手を振った。
孤児院に戻ると、子供たちが遊んでいる間にフェンスを直し、それから子供達の夕飯の支度を始める。
みんなで一緒にご飯を食べている子供達もいるが、女性は幾つかの食事を持って、部屋の奥へと歩いて行く。
そこは少し薄暗い場所で、個室になっている。
中にいたのは、錘がついた鎖が首に繋げられている子供がいて、扉の下の方についている小窓のような場所から食事を中に入れる。
「いい子にしているのよ」
それだけを言うと、女性はその場を立ち去って、再び子供たちの前で優しくなる。
14時半ごろになると、扉が数回叩かれた。
女性が出てみると、そこにはあの電話相手だった男が立っていた。
「なんでしょうか」
女性がそう尋ねると、男は偉そうに上から目線でこう答えた。
「ガキはどこだ」
「・・・・・・」
女性が何も言わずにいると、男は中の様子を窺う様にして首を動かす。
中に子供がいることを確認すると、女性にこう言った。
「状況が変わった。ここにいるガキを全員俺達が管理する。すぐに引き渡せ」
「何を急に」
「急だろうがなんだろうが、俺の言う事は聞いてもらう。ガキを隠そうなんて思うなよ?大人しく全員渡せばいいんだからよ」
女性が何も言わずにいると、男はさらにこう続けてきた。
「人間に成りきれなかった分際で、偉そうにしてんじゃねえよ」
「・・・・・・!」
女性は思わず男に掴みかかるが、男は身体を避けて回避すると、後ろにいた男の部下たちによって身体を拘束されてしまった。
「早くしろ」
男の指示によって、部下の男たちは次々に孤児院の中へと入って行き、そこにいる子供達を車へと乗せていく。
何が起こっているか分からない子供たちの中には、逃げ出そうとするものや泣き叫ぶ者もいたが、そこは大人の力を使って無理矢理連れて行った。
「マザー!!マザー!!」
「マザー助けて!!」
「怖いよーー!!」
子供たちが女性に助けを求める声を聞くと、男は何やら腹を抱えて笑った。
「マザーだと?そんな呼び方されてんのか?お前も相当狂ってるな」
「関係無い!!」
抵抗してみたものの、子供たちはあっという間に全員連れていかれてしまった。
そして女性も、檻に入れられてしまった。
檻に入れられた女性だが、その中で暴れることもせずに正座でじっとしていた。
子供たちが連れて行かれた場所は、きっとあの男が所有している研究所だろうということは容易に分かったが、危険であることもまた分かっていた。
だとしたら、どうして自分はあそこで子供たちと一緒にいたのだろうと、自暴自棄にもなってしまう。
食事が運ばれてきても、女性はそれを口にすることはなかった。
翌日10時ごろから、女性を取り調べると言われ、部屋へと移動した。
女性は椅子に座ると、よく分からない男達から色々と言われ続け、女性が分からないと答えると、また罵倒された。
女性が大人しくしていたからか、女性を見張る人数は2人になり、女性はトレイに行きたいと言うと、1人は部屋に残っていた。
女性が個室に入ってからしばらくしても出てこないため、中を見たとき、そこに女性の姿は無くなっていた。
まさか逃亡するとは思っていなかった担当の男たちはすぐに上に報告をした。
「あなた達は確か・・・」
「静かに。ゆっくり話が出来る場所まで移動してからに」
子供を引き取りに行った時にいた3人に逃亡させてもらい、廃屋のような場所に辿りつくと、そこに留まることにした。
「実は、子供を引き取りに来たあと、尾行したんだ」
「え」
「でも芥子乃たちが現れて、子供を連れていった。子供たちは何をされてるんだ?研究所のこと、知ってるんだよな?」
3人によると、あの男たちとは仲間というわけではないようで、ただ子供本当のことを教えてほしいと言われた。
研究所で起こっていることもだいたいは知っているが、ちゃんとは知らないらしい。
女性は迷ったものの、話すことにした。
「なずき、と言います」
最近子供達がいなくなるという事件が起こっていた。
まるでそれは誘拐事件のようにも思えるがそれとは全く異なり、神隠しのようなもので。なずきのもとにいた子供たちがその子供たちだという。
「連れてくるって、一体誰が」
「あの芥子乃とかいう人と、その仲間かと」
「なんで子供を?」
動物は小さい頃からの躾によって、大きくなってからの抵抗も無くなる。
それと同じで、子供の頃から洗脳・それに伴った調教と行うことで、子供が逃げないという状況を作りだそうとしているらしい。
まずは子供を集めて手懐けたあと、研究所へと移動することになる。
「研究ってのは、あの化物と関係してるのか?」
「・・・そう」
研究という名目で行われているのは主に、人外生物と人間の間の遺伝子操作。
まずは、互いの血液を交換することから始まったらしいのだが、なかなか成果が出ない。
そしてその人外生物というのが、人間が大好物らしく、研究途中にも関わらず人間を食べてしまうことがある。
だからこそ、より多くの人間が必要なのだが、大人よりも子供の方が肉が柔らかく、その人外生物の好みだそうだ。
だから、食べられてしまう子もいれば、なんとか食べられずに研究材料として扱われる子もいる。
どちらにしても可哀そうなことなのだが、そんなことあの男には関係ない。
「最近始まったのが、人外生物と人間の子供が作れるかどうかということ」
「・・・それってつまり」
あまりの衝撃に、言葉が詰まってしまった。
人外生物は、そもそもオス・メスといったものがあるのか、単体で増えることが出来るのかさえ分かっておらず、これまえの研究によると、男の子でも女の子でも、子供が出来たという結果があるのだ。
つまりは、両性ということなのだろう。
相手が男の子の場合は人外生物が子を孕み、女の子の場合は女の子が子を孕むのだそうだが、その成功というのも、これまでの研究の数のうちわずか3%にも満たない成功率だそうで、ほとんどが死んでしまうか、吸収されてしまうという。
少し前までは、身体の一部を切断してくっつけるということもしていたようだが、拒絶反応が起こるばかりでちっとも成果が出ないということで、ようやく終止符を打った。
一方で、今度はある程度の年齢になった子供たちに酷いことをして子供を作らせるなど、言語道断だ。
まだ子供を産めない状態の子供に至っては、子供を作る為に必要なものを身体から採取され、体外受精のようなことをされるという。
あくまで理論上の計算をしているだけの研究者は、いつかは成功すると願って研究を続けているらしいが、それなら自分達が被検体になれという話だ。
人外生物に性欲があるのかもわかっておらず、興奮、などという感情があるのかも分かっていない。
ただ人外生物にも個体差があり、常に暴れていなければ済まないものと、比較的おとなしいものといる。
その大人しいものを生殖対象とし、子供たちを接触させているのだ。
他にも、子供たちには色々な研究、というよりももはや人体実験が成されている。
人外生物と子供たちを一緒の空間にいれていたら、もしかして同じ生物を勘違いするのでは、という研究では、ものの数分で子供たち全員が食い荒らされてしまったという。
「そんなことして、何がしたいんだよ」
「見た目は人間、しかしいざという時はその生物の性質が欲しいのかと」
「意味分かんねえ・・・。理解出来ねえ」
その時、顎に手を当てていた碧羽が口を開く。
「もしかして、誘拐された子供・・・」
「ええ、多分」
芥子乃たちは、自分達の研究がバレてしまうのを恐れて、裏で色々と動いていたのかもしれない。
人外生物をどこから連れて来たのか、それは今のところ分からないようだ。
何にせよ、このままではいけないということだが、芥子乃たちのように、沢山の人達を動かせる立場にもない3人は、これからどうしようと考えていた。
しかし、1人だけキョトンとした顔でこう言い放つ。
「平気じゃね?だって、俺達にはりゅうちゃんが作った武器があるし」
「そりゃそうだけど、人外相手に効くとは限らねえんだぞ?」
「あ、そっか。ま、いいじゃん。なんとかするって、俺が」
「頼りないけど、何かあったらこいつを囮にして逃げるか」
「賛成」
「ひっど!まじでひっど!!」
重たい扉が開く音がすると、外からあの男たちが中に入ってきた。
そして辺りを見渡すと、待ち構えて攻撃をしようという話をしていた。
「なっ!?お前達、どうやってここに入った!?」
芥子乃が、驚いたように叫ぶ。
それぞれがそれぞれの想いで銃を構えている中、なずきだけは違った。
ここに来て少しすると、なずきはあるものを見つけたのだ。
それは、見覚えのある懐かしい顔。
首から上しかないものの、確かにそれはなずきがずっと探し求めていた、愛おしい、懐かしい、そんなもの。
子供たちにも人外にも目もくれず、なずきはそこに直行すると、カプセルのようなものの中に液体の中に浮かんでいる首を眺めた。
カプセルを床に落として割れば、その中から首を取り出し、胸に抱いた。
「お姉ちゃん・・・」
ずっと会いたかったその首を抱きしめていると、機械を操作する音が聞こえてきて、そして、男たちが入ってきた。
しかし、そんなことどうでもいい。
こう言ってしまってはいけないのかもしれないが、子供たちがどうなってしまうとかよりも、人外生物がどうなってしまうとかよりも、今こうして、自分の腕の中にその首がある喜びの方が大きかった。
「なんで中にいるんだよ・・・!?ここに入るには、俺達の指紋や声紋が必要なんだぞ!?研究所の奴らだってそう簡単には出入り出来ねえはずだぞ!!」
「芥子乃、落ち着け」
「そうそう伯馬。俺達の方が有利ってことには変わりないわけじゃん?」
芥子乃を宥めようとする典人と宗良だが、一方ですでに銃を構えている水墨と出又は、こう言った。
「廉也、変人は単純なんだ。有利っていったら調子に乗るだろ」
「碧羽、お前もさっさと銃を構えろ」
「・・・わかってるよ」
水墨の言葉に、少しだけ不機嫌そうに言いながら銃を取り出す。
同じようにして、芥子乃も銃を構えるが、宗良だけは銃よりも拳が得意らしく、メリケンサックをつけた拳を見せる。
しかし、拳だと間合いを詰めなくてはいけないから銃を構えろと出又に言われて渋々準備していた。
「お前等、もう一回抹殺してやるよ」
「それは愉しみだ。そのまま返してやるよ」
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