第二音【о⊃:】





Sempre

第二音【о⊃:】



 第二音【о⊃¨】




























 ある晴れた日の事だ。


 小さい子供が男に強引に車に乗せられていたところを近所の人が目撃しており、警察に通報してきた。


 所謂、誘拐というものだ。


 誘拐事件発生してから1時間ほどで、犯人と思われる男から警察のほうに一本の電話が入った。


 交渉できる人間も呼び、逆探知するための準備もし、あとは犯人と接触することが重要となったわけだが、色々な事件が勃発していたため、それこそ様々な部署の人間も狩り出されることとなった。


 そこには次の3人も参加させられていた。


 それは碧羽恭久、紫崎龍路、柑野巧だ。


 とはいえ雑用として呼ばれたため、お茶係とか資料渡しとかそういうのだ。


 「電話です!!」


 非通知の番号から電話がかかってきて、みなその電話の周りに集まる。


 こもったような、しかしボイスチェンジャーなどは使っていない男の声が聞こえてくる。


 『子供を預かった。返してほしかったら、車と金・・・1000万を用意しろ。また連絡する』


 「だめです」


 その様子を、お茶菓子を食べながら聞いていた柑野は笑って見ていた。


 「金と車ね。何処に逃走する心算かは知らねえけど、1000万とは随分格安だね。俺だったら5億くらい言っておくけど。で、値引きして3億とかね。そしたら一生遊んで暮らせるっしょ」


 「巧、真面目に仕事をしている人たちの前でそいうこと言うもんじゃないぞ。それに菓子を喰うな」


 「はいはい」


 「恭久はどうした?」


 「・・・暇」


 「それには同意するけど、幾ら暇だからって他人のパソコンでゲームするのはダメだぞ」


 「りゅうちゃんてば偉いねぇ。ゆっきーの気持ちすごくわかる」


 「柑野とは違う」


 「え!?酷くね!?」


 最初の電話から1時間ほど経つと、2度目の電話がかかってきた。


 どのくらいで準備が出来るかという質問だったのだが、交渉人が時間を伸ばそうとしているのが分かったのかすぐに切られてしまった。


 そして気が短い男なのか、15時くらいにまた電話がかかってきて、まだかまだかと急かしてきた。


 早くしないと人質を殺すぞと言ってきて、電話の向こうからは、まだ幼いだろう声が聞こえて来た。


 「せっかちだねぇ。電話好き?」


 「性格の問題なの?」


 「俺は電話嫌い。怖い。出たくない」


 「だからゆっきーは出ないのか!いつかけても『ただいま運転中です』ってなってるから、いつもお前運転しているのかと思ってたよ。騙されたわー」


 「電話の好き嫌いはいいが、何処に逃げるつもりなんだろうな?1000万なんて、国内なら、質素に暮らしてても一生は生活出来ないだろ?海外逃亡だと資金としては少ないし・・・」


 「質素に暮らしながらバイトでもすればなんとかなるよ」


 「ゆっきー質素だもんね。俺は無理。りゅうちゃんも無理だね。気に入った工具とかすぐに買っちゃうし」


 「そんなこと言うなら、巧にはもう何も作らない」


 「りゅうちゃんごめんってば」


 3人がそんなのんびりとした会話をしている間も、捜査員達は必死になって手がかりを探していた。


 犯人に繋がるものはないか、防犯カメラなどもチェックしているようだが、なかなかそう上手くはいかないらしい。


 周りが寝ずに捜査している時、3人は自分達の部署に戻ってゆっくりと寝ていた。


 昼寝が終わって夕方頃に捜査状況を確かめてみようと一旦顔を出してみると、こんな話しをしていた。


 「誘拐された子供が誰かまだわからないのか」


 「どこの親も来ていないそうです。交番勤務の警察官たちにも、近所を捜索するように言ったのですが、まだ・・・」


 「どういうことだ?誘拐された子供は、この近くの子供じゃ無いってことか?」


 「わかりませんが、目撃者の話ですと、この辺を1人で歩いていたため、近所の子かと思ったそうで・・・」


 「ならどうして見つからない」


 柑野が、腰をかけたデスクの上に置いてあった捜査資料を見つけると、それを3人分適当に拾い上げて、碧羽と紫崎にも渡した。


 勝手に見ちゃダメだろ、とそんなことを言いながらも、真っ先に紫崎は資料を眺めていた。


 そこには、目撃者からの証言が載っていた。


 朝の9時半過ぎ、目撃者は早朝のパートを終えて家に帰る途中だった。


 そのとき、不審な車を見つけ、だがまあ特に気にせずに家に向かおうとしたとき、女の子が1人で道を歩いていた。


 すると、車の中から男が出てきて、その女の子を抱えて車に放り込み、そのまま勢いよく走っていってしまったそうだ。


 女の子は前髪が短く肩あたりまでの長さの髪で、年齢は4歳とか5歳くらい、ピンクのジャンバースカートを身につけていたということだ。


 「ふーん・・・」


 「え、りゅうちゃん何か分かったの?」


 「いや、何も。普通、自分の子供がこれだけ長い間いないとなったら心配して警察に届けるなり、近所の人に聞いて回ったりするから、そうすれば近所の人が覚えてるはず。でも、それはない」


 資料を柑野に渡すと、柑野は2部になってしまった資料を両方デスクに戻した。


 同じようにして碧羽も、いらなくなった資料を柑野に渡したため、柑野は嫌そうな顔をしながらも資料を戻した。


 碧羽は欠伸をしながら腕組をしているし、柑野は伸ばしている足にもう片方の足を乗せ、そこに肘を乗せて頬杖をついている。


 紫崎は何か考えているのだろうと思って隣を見てみると、誰かの腕時計を見つけたらしく、その内部構造が見たかったのか、分解を始めていた。


 「りゅうちゃん、さすがにまずいよそれ、俺でもしないよ」


 「ああ、つい」


 「ついはダメだね」


 綺麗にきっちり直してからデスクに戻すと、その腕時計の持ち主が戻ってきて、腕にはめていた。


 すると、時間が少しズレていたのになぜか正確に戻っていると同僚に言っているのが聞こえた。


 思わず紫崎が直したんだよ、と言いたくなったが言わなかった。


 「腕時計と言えばさ、なんでりゅうちゃんはそんなゴツイのつけてるわけ?ゆっきーもシンプルすぎない?俺みたいなお洒落なのにしなよ」


 「かっこいいだろ、これ。歯車見えるんだぞ」


 「知らないよ。文字盤見えにくくないの?」


 「俺は柑野みたいなチャラいのは趣味じゃない。時間が分かればそれでいいし」


 「チャラくなくね?イヤーカフだって俺のが一番洒落てるし」


 それぞれには、腕時計やイヤーカフがついているが、全て紫崎の手作りだ。


 ということは、色々と仕掛けもあるのだが、柑野がどうしてもゴツイものをつけたくないと言うから、そういうデザインで妥協した。


 イヤーカフも紫崎が作ったもので色々を細工があり、もともとそのような装飾品が好きじゃ無い碧羽は付けたくないと言ったんだが、地味にするからつけてくれと頼んだ。


 碧羽と紫崎は普通のイヤーカフで、碧羽のは大きめのA、紫崎のは小さいSが入っているシンプルなものだが、柑野はそれだけじゃ嫌だと言って駄々をこねた。


 仕方なく、イヤーカフとピアスを短いチェーンでつけて、そのチェーンにKという宗食品をつけた。


 ちなみに、柑野のものだけデザインが彫られている。


 「そんなことより」


 「俺のこの・・・名前分かんねぇけどひらひらしたやつもかっこよくね?褒めて褒めて」


 「誘拐された親がいないとなると、子供はそもそも親がいないってことも有り得るよな」


 「親がいない・・・。うん、それだな」


 「無視なの?俺が一番お洒落だって認めてもいいんだぜ?恥ずかしくないから言ってごらん。『巧かっこいい』って言ってごらん」


 柑野の話を無視しながら話しをしていると、時間だけがあっという間に過ぎてしまった。








 翌日の朝10時半ごろ、犯人から電話があった。


 『金と車は準備出来たか』


 「・・・・・・」


 犯人からの一言目を聞くと、碧羽、紫崎、柑野は互いの顔を見た。


 車と金は用意出来たかということだったが、用意出来たと伝えると、それを持ってくる場所と時間を指定した。


 誰が持っていくなどの指定は無かった為、それなりに経験のある捜査員が運転して向かう事となった。


 「時間は12時半だろ?何か飯食おうぜ。俺腹減っちまった」


 捜査員たちがぞろぞろと会議室を出たり入ったりしている中、柑野はお腹を押さえながら言葉を漏らした。


 空腹だった気持ちは同じらしく、3人は一旦そこから離れて食事をすることにした。


 柑野はイタリアンが食べたいと言うし、碧羽は和食が良いと言うし、紫崎はナンを食べたいと言うし。


 「え?ナン?ナンてナン?カレーにつけて食べるナン?なんでナン?何なん?ナン?ナンってなんだっけ?」


 結局、じゃんけんをして和食になった。


 食事中は特にこれといった話しをするわけでもなく、3人とも静かに黙々と食事をしていた。


 柑野は五月蠅そうに見えるかもしれないが、意外と根は真面目だからこう言う時は静かに出来るのだとか。


 食事を終えて会議室に戻ると、そろそろ金と車を渡しに行こうというところだった。


 約束通り、12時半に指定された場所に到着すると、捜査員は指示された通り車から下りて、辺りを気にしながらも車から離れていく。


 辺りには沢山の捜査員が待ち構えており、どこから犯人が来ても捕まえられるだろう。


 緊迫した空気が流れる中、1人の男が現れた。


 明らかに挙動不審な男で、犯人と思われた。


 誰が断定したのかは知らないが、犯人は単独犯だと思われたため、車に乗り込んだらすぐに確保ということになった。


 そして男が車を開けて中に入ったとき、一斉に捜査員たちがかけ込む。


 ちなみに、この時3人は会議室でお留守番中だ。


 男を確保して、男をこれから取り調べるために移動させようとしていたとき、それは起こった。


 急に車が爆発して、木っ端みじんになってしまったのだ。


 幸いにも、犯人と思われる男も捜査員たちも無事だったのだが、少しでも遅れていれば犠牲者が大勢出ただろう。


 車が爆発したのを見て、さすがに捕まった男も驚いたらしく、なんで自分が殺されるのかと捜査員たちに聞いていた。


 男の取り調べが始まったものの、子供のことなんて知らないとの一点張りだ。


 「ガキなんて知らねえよ!!そもそも俺ぁ、ガキなんて好きじゃねえんだよ!!」


 「じゃあ、誘拐したのは誰なんだ!」


 「んなの知るかよ!!」


一向に口を割らない男は、さらにこう続けた。


 「俺はなあ!!!電話がかかってきて、そいつに麻薬を売ってくれって頼まれただけなんだよ!!!」


 「嘘を吐くな嘘を!!」


 「嘘じゃねえよ!!!時間と場所とナンバー言われて、あの車見つけたから、麻薬渡そうと思っただけだよ!!!」


 「証拠は!?」


 「俺の携帯見ればいいだろ!?そこに電話かけてきた野郎の番号くらいあんだろ!?」


 「お前の携帯は見つかっていない。どこに隠してきたんだ!?」


 「知らねえよ!!!ポケットに入れてたんだからよ!!!」


 男がまったく子供の居所を吐かないため、捜査員たちは困っていた。


 誘拐されてしまった子供の安否が気になるし、もしも何も食べ物も飲み物も無い状態だとしたら、最悪のことも考えられる。


 やはり男をあの場で確保してしまったことは間違いだったのだろうかと、捜査員たちは頭を抱えていた。


 男を麻薬所持の疑いで逮捕したものの、誘拐事件の方に関しては、一切何も分からないままだった。








 「どう思う?あの男、誘拐犯だと思うか?」


 男が捕まったと報告があって、この事件に関わったほとんどの人間は喜んでいたのだが、この3人は違った。


 「最初に電話をかけてきた誘拐犯は、口調的に慣れてる感じではなかったから初犯だと思う。それに、突発的な感じもする」


 「車で待ってたのに?」


 「待ってたって、あの時間だと小さい子供が1人で出歩くなんてそうそうないだろ。普通は親と一緒に行動してる。小学生だとしても、あの時間に登校してたら遅刻だし」


 「そっか。じゃあ、たまたまその子がいたから、思い切って誘拐しちゃったって感じ?」


 「ああ。その子を誘拐することを前前から計画してたんだとしたら、あの目撃者にみられる可能性だって考えるだろ」


 「あの子は近所の子じゃない・・・。あー、なんか考えるの面倒臭くなってきた。要するに、誘拐犯は人生を棒に振ってでもお金が必要な状況に追い込まれて、ついつい魔が差して誘拐をしちゃった。でも、その子は親もいなくて近くにも住んでいない子だった・・・。じゃあ、その子はそもそも何者?」


 「だよな。そこ」


 廊下を歩きながらそんな話をしていると、向こうから見覚えのある5人が近づいてくる。


 「やあやあ。相変わらず暇そうで羨ましいよ、君たち」


 「それほどでも」


 厭味なほどに金髪を揺らしながらまたしても厭味を言ってくる男、芥子乃。


 特別親しいわけではないが、年齢が同じくらいなのにこうして全く逆とも言える役職のためか、何かあるといちいち突っかかってくるのだ。


 だからと言ってそれを全部相手にするようなことはないのだが、面倒臭い。


 「君たちみたいな税金泥棒を、どうして未だに労働させているんだろうね」


 「芥子乃って名字変だよね。俺だったら恥ずかしくて人前に顔出せないや」


 「おい、変人に変っていうな」


 「奎、それはフォローになってない」


 「伯馬は自分で自分のこと、白馬の王子様なんて言うんだぞ。めちゃ恥ずかしい奴なんだぞ」


 「廉也、それもどうかと思うぞ」


 「お前等クビにするぞ」


 「芥子乃さん、って言った?生憎、俺達は俺達で雑用っている大事な仕事があるんでね。白馬の王子なんて冗談を言える暇もないくらい忙しくて・・・ぷっ」


 「りゅうちゃん、笑っちゃ可哀そう・・・ぷっ」


 「白馬の王子ってことは、お前かぼちゃパンツでも穿いてるのか」


 「ゆっきー、真面目な顔でそういう面白いこと言わないでね」


 「・・・・・・」


 少しだけ頬を引き攣らせた芥子乃に、典人が宥めるように言う。


 「相手にする必要はない」


 「・・・ああ、そうだな」


 自分たちから喧嘩を売ってきたというのに、芥子乃たちは、というよりも芥子乃だけが少しだけ恥ずかしい思いをして終わった。


 すれ違う時も、特別相手の顔を見るわけでもなく、肩をぶつけるという子供じみたことをするわけでもなく、大人の対応を見せる。


 「さて、これからが楽しみだ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る