第52話 スペースの冒険


 ━━

 ━━━━

 ━━━━━━

 

 

 

 「スペースの冒険が好きなのか?」

 

 立ち寄った古本屋でその手に本を読み始めたので聞いてみると、彼女は頷いた。

 

 「立ち読みなんて元王様がすることじゃないだろう。どれ……、小遣いの範囲なら買ってやる」

 「……!」

 

 そう言うと嬉しそうに笑ったけど、古本にしてはそこそこ値が張るので少しだけたじろいだのは内緒だ。

 

 「スペースの冒険って、確か三部構成だったよな?」

 

 店を出て宿に向かう道中、他愛もない会話ついでに聞いてみる。彼女は何を当たり前のことを? みたいな顔をする。

 

 「俺も読んだから面白いのは分かるよ。けど三部作目がいまだに見つかってないってのは、モヤモヤしないか?」

 

 何年も何十年も何百年も、それこそ僕らが産まれるずっと前から一作目は世界中に存在する。二作目が発見されたのは二百年前とか、三百年前とか言われていて、結構その解釈は千差万別色々と別れている。

 ただ確実に言えることがあって、どの派閥もどの国もどの種族も必ず口を揃えて『全三部作』だと言う。僕もいつからかそれを信じているし『スペースの冒険を探す冒険』なんてのにも昔は憧れたもんだ。

 彼女が身振り手振り必死に好きな理由を伝えようとしてくる。何度かこっちから質問してみると、言いたいことが分かった。

 

 「途中だから好きなのか。へー。その先はじゃあ、自分で創っていく感じなんだな──」

 

 ユーシャは嬉しそうに何度も頷いた。

 

 

 

 ━━━━━━

 ━━━━

 ━━

 

 

 

 修行の間のたった一コマ。僕の中に流れるその記憶に、今は頼るしかなかった。

 

 「君の知る最強の財宝ブキはなんだ! 大好きな物語の……その続きを、僕たちに見せてくれぇぇえ!」

 

 その時、一陣の風が僕らを包んだ。

 

 「……ん? なに、今の」

 

 蜘蛛足の関節部分から機械が壊れた時のような火花が散る。

 これは単なる前兆──。そう思った矢先、ユーシャの触れる木がウネウネとスライムのように形を変えながら、少しずつ丸くなりその手の中に納まった。

 

 「なんだ……出来るじゃないか」

 

 細くほそく、長くながく、伸びにのびるそれは、どこかの伝説に出てくるような白く勇ましい剣の姿へと変貌を遂げていた。まるで本来の姿を取り戻したみたく佇んでいる。剣と呼ぶにはどこか大人しすぎる、そんな印象を抱かずにはいられない。

 

 「宝剣メガライトだと!?! そんなものを、どうしてお前ごときが……!」

 

 先に蜘蛛女がその剣の正体に気付く。

 〘宝剣メガライト〙

 登場する伝説と言えば山のように存在する。この世界を五つの大陸に分けた起源の物語とか、スペースの冒険にも確か。詳しくは知らないけど色んな物語に引っ張りだこだったから、イメージは人によって移ろいやすいと聞く。

 

 『大海をひっくり返すほどの横幅』

 『天にも届きうる全長』

 『夜を昼に変えるほどの輝き』

 『羽根を持って主の元へ飛んだ』

 『汚れず錆びず砕けない』

 『どんな扉も開けられる万能の鍵』

 『磁気でゴミ集めが出来る』

 『寝てると起こしてくれる』

 『訪問販売を撃退してくれる』

 など僕が知ってるだけでも伝説は様々。

 

 年代やジャンルによってその特徴は異なるけど、柄が黄金色であることやトレジャーランドにあるといった記述だけは多くに共通しているという。それが事実だとしたら、ユーシャはメガライトを実際に見たことがある可能性すらある。

 一体どんな想いがあってその剣を呼んだのか分からないけど、とにかく財宝魔法の成功は自分のことのように嬉しかった。

 

 「それ……お前が? 宝剣、宝剣ってことはさぁ! あはは、それが財宝魔法なのね?! 本物の……勇者ギントォオ!」

 

 怒るような口ぶりで女は年甲斐もなくはしゃぐ。乱れた髪すら直さず、臨戦態勢に入った。

 

 「いいわ……! さっさと終わらせてあげる!! その首を土産としてねぇ!」

 

 そこからはヤケにあっさりだった。勝てる流れだったのに。

 

 「そんな……」

 

 興奮する蜘蛛女によって伝説級の宝剣はあっさりと弾かれた。逆転の一手になるはずだったそれが無情にも遠く地面に突き刺さる。

 

 「え、バグ? バグなの? なっさけな。結局んなもんかよ老いぼれが。グズ。タコスケ。見かけ倒し」

 

 黄金色の柄はいばらのような細かい装飾がなされている。そこに返り血が遅れて付着し、僕たちの真横に血塗れのユーシャがどしゃりと落ちてきた。

 

 「ユーシャ!」

 

 腹から飛び出した腸が、真っ赤な道線になって蜘蛛女の足元まで続いている。腹に戻さなきゃ回復もままならないのに、女が踏んづけてそれを阻止する。身体中穴だらけのユーシャはもう息も絶え絶えで、瞳孔が開ききっていた。

 

 「おい! 離せよ人殺し!」

 「……。目障りね、今度は誰よ」

 

 不思議なことに女は僕たちの方を一瞥いちべつすると、興味を失ったように遠くを眺めた。不機嫌そうなその視線を追って振り向くと、空から外套を着込んだ何者のかが舞い降りてくる。

 

 フッ──。

 

 音もなく着地するその人物は、小柄だが歴戦の勇士にも負けない凄まじい闘気を放っていた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る