第51話 キンカと呪い
好機はここしかないと、一度ヒールを止める。
「すいません、ネフェッタさん」
ランクS+スタールビー。
それと可変式ガントレット。
不意打ちで使えたなら奴を倒せるかもしれない。正しい使い方も分からないし一回コッキリかもだけど、殺らなきゃ殺られる。
「お前に賭けるぞ、スタールビー!」
蜘蛛女が剣を構えて立つユーシャに気を取られてるウチに、宝石をはめ込み魔力を引き出す。
どんな力でもいい。二人を守れる力を。そう思ったとき背筋が凍った。
「がッ……なんだこれはッ……!」
ものすごい倦怠感が身体全身を襲う。ガクッとくる気だるさ、ドッとくる疲れ、ブワっと吹き出る汗のせいか目眩が治まらず立っていられない。どうやら宝石から魔力を抽出しているんじゃなく、宝石の強さに見合った分の魔力を使用者から強制的に奪う装備のようだ。
──まるで、魔力切れの
「こんな、はずじゃ……」
レートS+は伊達じゃなかった。僕から限界ギリギリまで吸い出しておいてなお動く気配がなかった。地面に倒れてうつ伏せになると、もう指一つすら動かせない。ガントレットですら限界を迎えたのか、小手からビリビリと電気が
「や……やめろぉぉ!」
動けないまま僕は目撃した。二本の足に身体を貫かれ、宙に浮く力無いユーシャの姿を。
「うそうそうそうそ! こんな弱さうそじゃない? ニセモノを掴まされたモロ過ぎクソつまらんクソつまらん」
何故か蜘蛛女の方が発狂しだす。突き刺した足を引き抜くと、糸が切れたマリオネットみたいにユーシャが血溜まりの池にドシャッと落ちた。それでも僕の身体は動かない。
「ああ、ぁあ……!」
僕の判断ミスが事態を悪化させた。石を使っていなければ、ネフの回復を優先していれば、二人だけでも逃がせたかもしれない。そんな後悔が言葉にもならず消えてゆく。
──どうした、何してる! 動けよ、動け。俺のカラダ。うごけよ!
「あぁ! あああああ!」
「うるさい坊ちゃんだこと。まあ価値はあるし? とりあえずあなたで我慢しときます、か」
女が近付いてきて僕の前で足を止める。僕にはもう、ミスを悔いる時間もなかった。
──もう思い上がったことはしません。素直にもなります。だからどうか、誰か、二人を助けてください。お願いします誰か! どうか、二人だけでも……!
「暴れられても迷惑だしどうせヒーラーだし? 手足もいじゃおっと」
「ああ゙あ゙あ゙……」
手足に鋭い痛みが走る。熱い苦しい痛い辛い。涙がでる。何度もザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク耳は音を拾い神経は過敏に反応する。喉が潰れるほど叫んだ。いや、もう、自分の声すら聞こえない。
「あ…………あ……」
声が出ない辛さ。今になってようやく分かるなんて。ユーシャリア、君はずっとこの苦しみの中でずっと──。
「たす、け……」
「もう声も出ないの? クソつまらん」
強く当たってごめん……。不甲斐ない僕でごめん。ごめんなさい勇者様。ごめんなさい──。
「ア……ニ、キ……」
「意外と千切りにくいわね」
血溜まりが一つ。
血溜まりが二つ。
──と──から流れた血が惹かれ合い混じり合い、ひとつになったその刹那、残った意識が不意に暗転した。
──。
────。
何かが、一瞬、光ったように見えた。
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~???~
「……ここは?」
暗い。多分、森の中。でもさっきまでとは違う。森が騒がしい。
目の前には見知らぬ母娘──。二人ともその場所に似合わない身分の高そうな衣装に身を包んでいる。ただ、何かから逃げて来たように足元だけは泥だらけだった。
親子は僕に気付いていないようで、娘の肩を掴んでずっと何かを訴えかけている。妙に前向きなのに酷く暗く、とても後ろ向きな声で──。
「いい? 立ち止まってはダメよユーシャリア。立ち止まってはダメなの。前だけを見るの、前だけを見て進みなさい……進みなさい……! 進みなさい……!! 歩みを止めてはダメ!!! ……進みなさい!!!!」
さっきまで母親だと思っていたモノが、少女にしがみつく悪霊へと姿を変えた。悪霊は少女を丸呑みにするような勢いで叫んだ。
「進みなさい!!!!」
強い、呪いのような言葉だった。
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~森の関所~
少女から悪霊を追い払おうとした所で、自分の身体が動かないことを自覚した。そこからだった。それが幻覚だと気づいたのは。
「あら、その怪我でよく起きれたわねぇ。しぶとさだけは一流とでも言いたいの?」
蜘蛛女が立ち上がるユーシャに声を掛ける。動けるような怪我じゃなかったのは明らかだったけど、その行動はまるでさっきの幻覚を想起させる。
『立ち止まるな、進みなさい』
彼女の中には何かが潜んでいる。黒く染った血溜まりの中から骨と皮だけの真っ黒なソレが這い上がり、ユーシャの首に巻き付いて蜘蛛女を嘲笑っている。けどどうやら向こうには見えていないようだ。
「さっきのあれは、やっぱり君なのか? ……ユーシャリア」
僕の血と彼女の血が交わった瞬間に彼女の記憶のようなものが流れてきた。財宝魔法を元にして造られたガントレットが、何かしら彼女と共鳴したのか……。実際、バチバチとシビれるのを感じてから意識が途切れたしそれ以上にあんな記憶を覗き見る理由が思い付かない。
声は届いてないようだけど、とにかく注意を逸らしてくれたのは有難い。自分の腕の治療と並行してネフの回復を進める。
「早く、しないと……。早く……早く!」
ユーシャは鋭い足で何度も切られては殴られ、刺されては吹き飛ばされている。逃げるチャンスは幾らでもあった筈だろうに、次の瞬間には立ち上がり、剣を両手で構えて戦う姿勢を貫いた。
「あはは、なーに奴隷みたい。アタシに殴り殺されるしか能のない奴隷。むしゃくしゃした時はこれが一番イイのよね〜。お願いだから、すぐにはくたばらないでよね?」
女の嘲笑が僕の逆鱗に触れた。
元奴隷としてのプライドか、蜘蛛女の不愉快な笑い声にはらわたが煮えくり返りそうになる。
気付けば回復した腕で石を投げていた。コツンと足に当たって女が振り返る。
「帰ったら優秀なサンドバッグにしてあげるから、アナタはそこで大人しくしてなさーい」
手は治ったけど、両足はズタズタ。ネフの意識も戻らない。負ければ死より恐ろしいことが確定したのに戦う術も逃げる術も、もはや残されて──いや、本当にそうか?
「ユーシャ! 聞こえるか、僕の声が!」
頭の中にふって湧いた可能性。
もうそれに賭けるしかない。
「今こそ君の想像力を働かせる時だ! 見せてくれ、誰にも負けない財宝を! 伝説を超える伝説を!」
「……!」
届いたのは目で分かった。
ユーシャは手に持った剣をその場に捨てると、一本の木に寄りかかるように手を置いた。
「もう支えなしじゃ立ってられないほどじゃない。その怪我で何が出来ると言うの?」
蜘蛛女が半笑いでコケにする。これから起きる伝説を知らずに。
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