第50話 関所の蜘蛛


 ~深い森~

 

 「この森の中央付近に、ぽつんと関所が建ってる。珀地に繋がる通路ルートだから使う人も結構少なくて、警備も日頃から手薄いのねここは」

 

 僕とユーシャはネフに連れられ、北の国境付近の森の奥へと進んでいた。途中、何度か接敵しそうな場面があったけど、そこは土地勘に定評のあるネフについて行くことで難を逃れた。

 ネフェッタさん改め、ネフは自身の戦闘力について過信も慢心もしていないようで、大蛇から毒の牙をもぎ取りぶっ刺していなかったらあのゴブリンロードは倒せなかったと語った。「牙があってほんとー良かった!」と快く笑う。楽観的というかなんというか……とりあえず付き従う。

 ちなみにオシャレコーデはみんなの分を集めてきたらしいが、騒動が一段落するまでお預けとした。

 

 「あのー、ひとつ言いそびれたんですけど、僕ネフェリさんから手紙を預かってまして」

 「ママから? 誰宛てに?」

 

 彼女は小首を傾げる。

 

 「よくいる知り合いの、ひとりみたいなんですけどね、ええ。その人ももしかしたらー、遅れて来るかもーみたいな? 分かんないですけどね正直!」

 

 アニキのことをどこまで説明したものか非常に困った。護衛任務中のイレギュラーとはいえ無断でターゲットを連れて国外へ逃げるのは、アニキの右腕として流石に忍びない。一応、避難所の掲示板には北の関所と手紙のことを書き残して来たけれど……気付いてくれるかはだいぶ賭けだ。待っていても来ない可能性の方が高いけど、ネフは快く受け入れてくれた。

 

 「うん。ビーナも待つしお腹も空いたし、着いたらピクニックしながら待とっか」

 「助かります」

 

 しばらく歩くと、森と森の間にぽっかりと空いた不思議な広場を発見した。さらにその奥には関所と思われる入口がひとつ。立派な石造りの門構えを前に見張りが二人立っている。僕たちは茂みの中からその様子を伺うも、不意にネフが立ち上がった。

 

 「強引に突っ切ると?」

 「ううん。みんな友達だからネフが交渉してくるよ。おじきも気軽にネフって呼んでね」

 

 ユーシャは困ったような顔をする。

 

 「あっ、ちょっと」

 

 返事も待たずに行ってしまった。僕とユーシャは木の影に隠れてその交渉を待つことに。

 

 「やーやーみんな今日はハジーくんいる? 今日の朝ごはんは廃棄パンだったよ! 相変わらずママは凄いの焼くからね〜」

 「ホントに大丈夫かなぁ……」

 

 かなりの声量だ。ネフの話し声が丸聞こえ。堂々としていると言うかネジが飛んでると言うか……。迷いがない性格がいい方向に進んでくれるのを願うばかりだ。

 

 「ねえ二人は新人さん? 初めて見る顔だけど。……とりあえず死んどく?」

 

 ネフは背中に大量のパンが入った風呂敷を背負いながら見張りをコテンパンに打ちのめした。交渉とは、友達とは何だったのか……。迷いのなさが裏目に出たけど剣を抜かなかったことだけは褒めてやりたい。

 

 「おけー! もう大丈夫だよー。出てきてキンちゃ〜ん。取り返しのつかないことしちゃったよ〜まずいわー」

 

 どっちだよ。笑いながら頭抱えて困り眉つくるな。

 

 「ええほんと。素直に立ち去っていれば痛い目を見ずに済んだものを」

 

 見張りが守っていた石壁。そこから背の大きな女が現れ、ネフの背後を取った。最初は這いつくばって歩いてきてるのか思った。けれど暗がりから出てきたそれが、何本もの足であることに気づいた時にはもう既に──。

 

 ドサッ──。

 

 ネフは額から多量の血を吹き出して倒れていた。

 蜘蛛だ。蜘蛛型女。

 目の前にクモの化け物がいる。

 

 「なにするんだ! 顔だぞ!!」

 

 ボロ雑巾のような扱いで蹴飛ばされたネフを受け止め怒りをぶつける。上半身は普通なのに下半身が蜘蛛の形をした女が、僕たちを見下すように不機嫌な態度をとる。

 

 「綺麗な顔を見ると、傷つけたくなっちゃうのよ。ついウザったくて」

 

 額には跡が残りそうなほどの深い傷が横一線に入っていた。蜘蛛女に悪びれる素振りは一切なく、怒りの収めどころが分からない。

 

 「大丈夫ですかネフ! 今すぐ止血を」

 「血の、臭いがした。たぶんあれ、人を……殺してる」

 

 血が目に入りそうなので、仕入れたばかりの清潔な布で傷口を覆う。

 

 「あら? ……ふ、フフフフ。関所を徹底的に押さえていれば、いつかクモの巣に引っかかってくれると思っていたけど、まさかこうして直接会いに来てくれるとは。アタシは美貌だけじゃなくて運もいいみたいね」

 

 黒であり紫のメタリックな八本足で、ガチガチと音を鳴らしながら女が旋回する。関節からは機械兵のような駆動音が微かに聞こえる。

 

 「帝国の……機械兵か」

 「坊や、物知りみたいね。だけど言葉には気を付けないと。そんなのと一緒にされるとか、機嫌が悪かったら踏み潰してたところよ? この鋭い足でね」

 

 きっとあの足でネフを刺したんだ。不意を突かれたネフならともかく、僕の目にも映らなかった一撃──。コイツの実力はゴブリンロードや大蛇を遥かに上回るだろう。下手するとカミナリのサルすら超えるかもしれない。慎重に行動しないと。

 

 「ふふ、フフフフフ」

 

 ユーシャの方を見て蜘蛛女が幸せそうに目を細めている今がチャンス。

 

 「今、治します。サブゼロ・ヒーリング」

 

 出し惜しみはしない。僕は存在自体貴重な回復魔法でネフの傷を癒すことにした。負傷箇所が淡い緑の光に包まれる。治療が始まっている証拠だ。アニキにはなるべく敵前ではやるなと言われてたけど仕方ない。

 

 「へぇ、ヒール持ち? こりゃまた珍しいガキがいたこと。ついでに貰っておくとするか」

 

 不気味で不愉快な言葉が降りかかる。今度はこっちを見て幸せそうに目を細めていた。

 

 「中で……みんなが転がってた。きっともう、あの人たちは……」

 「少し黙って! 貴女の頑張りには誠心誠意報いますから!」

 

 集中力が乱れると僕の魔法は最悪な結果を生み出す。だから少し強い言葉で遮った。

 

 「勇者、様……」

 

 何かを言いかけて、ネフは目を閉じた。僕の手元には可変式ガントレットとスタールビーがある。

 

 「やるしか……ないのか」

 

 

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