第53話 少女と宝石剣


 天から舞い降りたのは新たな刺客かそれとも味方か。フードを深めに被っていて顔が見えないのがもどかしい。ただ不用意に、一呼吸でも吸ったら殺されるんじゃなかろうかという殺気がスゴかった。

 

 「どいつもこいつもアタシをイラつかせんじゃないわよ! 誰を無視していいと思って──」

 

 その人物は青筋立てて怒る蜘蛛女の前を素通りした。そして宝剣を地面から引き抜くと、値踏みでもするかのようにじっくりと観察しだす。その行動がますます気に入られなかったのか蜘蛛女が背後めがけて鋭い足を振りかざした。

 

 「危ない!」

 

 僕の叫びより早く金属の弾ける音がした。宝剣で謎の人物が足を弾き返したみたいだ。蜘蛛女が距離をとる。

 

 「アナタ何者? 不愉快。相当」

 「……ない」

 

 微かに声が聞こえる。女の子だろうか。それも僕と同じ年くらいの。ん? だとしたら一人心当たりが……。

 

 「な……っ!」

 

 驚いた。その子が息でも吹きかけるようにスッと宝剣に顔を近付けると、刀身までもが黄金色に輝き出した。さらに不思議なことに、低いオルガンのような音色が一定のトーンで響いて聴こえてくる。重低音がこう、ハッキリと。産まれたばかりの赤子のように剣が鳴いているみたいだった。

 

 「へぇ、エンチャント? そんなものでこのアタシが殺れるかしら」

 

 女の予想はハズレだ。

 財宝魔法の片鱗を知る僕だから実感する──。信じ難いけど、あの宝剣は謎の人物の協力を経てたった今・・・・完成したんだ!

 あれはひとりの伝説イメージから造られた剣じゃなく、二人の伝説イメージから造られた複合型の、全く新しい剣に生まれ変わったんだ。

 

 「うん、そうだ間違いない。あの人は……」

 「ザコが! 調子乗んなァ!」

 

 蜘蛛女が攻勢にでる。二本の足での猛追は三本、四本、五本とだんだんと数を増やしていき、それでもフードの少女は宝剣一本でいとも容易くしのぎ切る。

 

 「この、このこのこの!」

 

 五本目の足の先端が切り落とされると蜘蛛女の怒りは頂点に達し、格納していた更なる足を披露する。全部で十本を超える足が変則的な動きを折り混ぜて同時に襲いかかって来ても、少女は無言で動じることなく捌き続けた。

 

 「このこのこのこのこのこのこのこのこのこのぉぉお!」

 

 やがて全ての足を失った蜘蛛女は汗だくになりながら、なりふり構っていられないと発狂した。見るに堪えない光景だった。

 

 「あたしは誰より美しい! 強い! 負けてない! だから魔王になって当然なんだよォ! それを何も知らないクソガキがぁ、あたしの覇道を邪魔するなァァー!」

 

 蜘蛛の胴体、もしくは腹と呼べる部分がパカっと割れ、中から束になった足の槍が飛び出してくる。一直線に少女の首すじに向かうが、下段に構えられた宝剣の前には無力だった。

 

 シュッ──!

 

 突然、突風が吹き荒れたかと思ったら、宝剣が槍を根元から斬っていた。まったく目で追い切れない。剣の通る道筋がかろうじて七色に光って見えただけでも、多分他の人より見えてた方だろうけど。

 

 「嘘……」

 

 心まで折れる音がしたが、蜘蛛女はすぐに頬を上げて笑う。

 

 「なーんちゃって」

 

 根元から槍を折られた胴体部の空洞から、少女め掛けて火炎が吹き出す。辺りの森一面を焼き尽くすほどの火力。ゴウゴウと放射される炎から間一髪のところで飛び退いてみせた少女だが、そうなれば蜘蛛女は森中に炎をばらまくのみだった。

 一気に黒煙が森を支配し、肺まで焼けるように熱くなる。身を低くしなきゃ意識が持たない。この中で無事でいられる蜘蛛女の心肺機能には驚きだ。

 

 「あははは逃げなさい逃げなさい! この子達は普通に死ぬけどねぇ!!」

 

 少女の着込むローブの端に火の粉が舞って燃え移る。そうなるとあっさり少女はローブを脱ぎ捨てた。

 そしてやっぱり、僕の予想してた人物が姿を現す。

 

 「アニキ……!」

 「キンカ。ソコ動くなよ、すぐに終わらせてやるから」

 

 頼りないほど小さなアニキは、今誰よりも大きな背中を見せてくれている。この黒煙じゃあ立っているだけでも辛いだろうに、楽しいことでもあったみたいに口角を上げて余裕を見せる。きっと僕を心配させないためだ。

 

 「アンタ何者なの……? あたしその顔、知らないんだけど?」

 「オレも、てめぇなんか知らねぇよ」

 

 アニキは蜘蛛女に一言そう告げると、一歩目から深く踏み込み両手に持ったその剣を素早く振り下ろした。

 直後鳴り響く、轟音──。

 落雷と見紛うほどのかつてない暴風が吹き荒れる。

 

 「ユーシャ、ネフっ……!」

 

 身を低くして二人の顔を守らないと巻き上げられた小石が弾丸のように跳ね返って襲って来る。だから覆いかぶさるも、大木が風に根こそぎ持ってかれたようで次に顔を上げた時には、剣の振り下ろされた方向に沿って辺り一面の森が吹き飛んでいた。

 

 「……は? 火ぃどこ、森ごと、吹き飛ば──」

 

 蜘蛛女の右半身と左半身が遅れてゆっくりズレると、情けない声は途中で途絶えた。ふたつに千切れて、地面が赤く染める。火はとっくに鎮火した。

 

 「一応、王様だけどなオレは」

 

 年代や物語によってその特徴は異なることもある宝石剣。それでも、決して誇張し過ぎてる性能とは少なくとも僕は思わない。

 その剣は大地を割り、雲を裂いた。

 ならきっと天にも届くし、勧誘も撃退できるはずだから──。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る