第42話 『天才ほどではないが』
泣いている女の子を間に挟み、ユーシャがデブリスライムと正面から向き合う。男らしく堂々と剣を構えるも、その剣先は恐怖でカタカタ言っていた。
「震えてるじゃないか……! まったく無茶してさ」
今のうちに女の子を救い出せないものかと近付くも、とにかく位置が悪い。堂々と真ん中を通って救助しようものならデブリに飲み込まれるかガレキが飛んでくる。かと言ってユーシャは立ちすくんでいて囮にも使えないので現状、助けに向かう手段がない。
せめて注意でも反らせたら……。
「ん?」
カンカンっ──ボゥッ!
路地裏から様子を伺っていると、ユーシャが剣先を地面に叩きつけ、散った火花で刃に火をつけた。事前に油を塗っておいたのだろう。炎が苦手なデブリが驚いたように全身で跳ねる。
どうやら無策で飛び出した感じじゃなさそうだ。
「ナイス機転。でもあの程度の炎じゃとても……」
そう思った瞬間、デブリの顔めがけ剣を投げた。デブリは全身をうねらせ柔軟に回避するも、ユーシャはそれを待っていたかのように次の行動に移る。
「やるじゃないか。そっちがメインか」
たいまつに火を付け、それを手渡す。そうやって女の子を先に逃がし、スライムに呑み込まれないようにした。自分は囮として残ることで確実に女の子を逃がす作戦だろう。
──大きさは変わってもスライムはスライムだって気付けたか。機転もいい感じだし判断も早い。でも……。
戦いに身を置く者なら必ず敗北や手痛い失敗を重ねて、己の限界を知ることになるが、今のユーシャにはそれがない。己を知らなきゃ相手の強さも把握できない。だからこそアレと向き合い対峙できるのだろうけど、……無謀だ。強すぎる。相手が悪すぎる。
──少女の身を案ずる気持ちは分かるけど、それで死なれたら困るのは僕なんだぞ……。くそっ。
「ぐすん……、どうすればいいの?」
「……っ、……!」
ここで問題発生。逃げてもらいたいユーシャの意図が伝わらない。コミュニケーションの取れない彼女では〝逃げろ〟がうまく伝えられず、女の子が動けずにいるのだ。
──もうダメだ。これ以上見ているだけなんて出来ない。せめてあの子だけでも僕が……!
「そこのキミ! こっちに来るん──」
「ギィォィイギィィ」
僕の声は、逆上でもするかのように体内でガレキを擦り合わせて爆音を響かせるデブリにかき消された。そのまま手のように伸ばした一本の触手から女の子を狙ってガレキを射出する。
全長一メートルほどのクローゼットが地面をえぐるほどの弾丸になったが、ユーシャが女の子を抱きかかえて飛んだので直撃は免れた。そのまま庇うように覆いかぶさったユーシャの背中を、デブリスライムは何度もガレキで撃ち続けた。攻撃の雨が止むまで無闇に助けには行けない。
しばらくすると家屋の方まで触手を伸ばし、ガレキを補給し始めたので救助に向かった。
「さぁ、逃げよ。こっちに」
「おかーさんどこ……」
「大丈夫、一緒に探そう。お前は走れるか?」
「……。」
僕が女の子を背負い走り出すと、視界の端で頷くユーシャが見えた。
ゴオオオオ──!!
女の子からたいまつを預かり全力で大通りを突っ切っていると、背後からものすごい業火の焼ける音がした。振り返って、つい足を止める。
気付けばユーシャが遠くの方にいて、デブリスライムが炎の海に包まれていた。
「あれは……いや、そういうことか」
ユーシャは女の子にたいまつを渡す直前、液体を床に撒いていた。あれは第三の仕掛け──油だまり。剣やたいまつの代わりに火打ち石で着火させたのだろう。
「天才だよ……キミは」
『天才ほどではないが』と評したのは撤回する。火のついた剣を投げたことも、女の子にたいまつを持たせたことも、全てはこの時の為のブラフ。デブリスライムが弱点の火ばかり目で追っていたのに気付いて仕掛けた、足元に撒いた油と手持ちの火打ち石に気付かせないための二重細工。途中から彼女は倒すつもりでヤツに挑んでいたんだ。
「勇者みたいなことしてさ……まったく」
悔しいが、心根は誰もよりも勇者してると思った。実力で黙らせるアニキとはまた別の、もぎ取れる勝ちを掴んで離さない勇者。
──ひょっとして僕は……とんでもない奴を鍛えようとしてるのか?
「ゴィギィイイォィォィ」
力ない笑みがこぼれそうになると、死の間際みたいに急にガレキ音が激しくなった。耳をつんざくような音に女の子を背中に乗せてたことを思い出し、再び走り出す。
「おい、本気かこれ。……冗談だろ!」
デブリはたぶん、燃えるカラダで最後の抵抗をしたんだ。その身体に溜め込んだありったけのガレキを吹き飛ばして、街に流星が降り注ぐ。
さながら噴火した火山が街全体を襲うようなおぞましい光景が広がる。右を見ても左を見てもたくさんのガレキが近隣住宅に降り注ぎ、破壊と火災を同時にもたらす。逃げ惑う人たちの悲鳴とともに街が真っ赤に燃えていて、まるで地獄だった。
「……!」
燃えるガレキに道を塞がれたので、引き返そうとすると、まさに燃える触手に彼女が襲われる瞬間を見た。
「ユーシャァァ!」
間に合わない。きっと道ずれに焦がされてしまう。
その時、鋭い冷気が僕の横を通り抜けた。
「──火事場の馬鹿力とでも、言いたげね」
パキパキという音が地面を滑り、次の瞬間、巨大な氷塊にスライムが呑み込まれた。自然が数日かけて作り出す凍った滝のように、荒々しいソレに辺り一面、ガレキも全部氷塊に覆われていて、一瞬で鎮火した。街が白く、氷だらけの世界になった。こんな大魔法見たことがない。
「二度とアタシの前に現れないでって言った手前だから言うけど、勘違いしないことね。今までの貴方じゃないってコトでノーカウントにしてあげていいわ。今ものすごく勇者してるものね、あなたたち」
真っ白な息を吐くその魔女は、見たことのない黒い衣装に身を包んでいたけども、スグにあのわからず屋の女だと認識できた。氷塊が割れ、スライムがバラバラになる。ユーシャが目を白黒させているけど、正直僕も同じ気持ちだ。
「……。」
「あ、ありがとうございます」
僕たちは見返したい相手に助けられたのだ。
☆
「ビーナよ。よろしく」
なぜか速やかに現場から離れて路地裏に集められた僕らは、女に握手を求められた。
「キンカです。こっちはその、勇者の……」
「名前は?」
「……。」
「アタシとは話すつもりは無いってことね。まあいいわ」
「違うんです。彼女は喋るのが苦手で」
「彼女?」
「いやえっと……、女性だと特に緊張するって、そういう……ね!」
「彼女と言えば、さっきの背負ってった女の子はどうしたの」
「あ、ホントだ」
言われるまで気づかなかった。女の子は何処へ?
「勝手に離脱したってことはそう言うことでしょ。そのうち嫌でも再会するわよ」
「それはどういう──」
その時だった。
「あーあー。聞こえているかな諸君。ワシの名はジオルド。帝国宰相ジオルドじゃ」
それは突然現れた。
上空に浮かぶ巨大な人影。
ローブを着込み杖をつくおじいちゃんが空に浮いている。
あまりの出来事に唖然と見上げると、その声は再度、街全体に反響する。
「突然ですまぬが、宣戦布告しに参った」
賑やかだった街に、血の臭いが染み始めた。
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