第43話 宣戦の布告、決意の魔女。
空からヒトの、声がする──。
「しかし勘違いせずに頂きたい。この映像は全世界に流れている。全ての種族、あるいは全ての国家に向けて宣戦布告するものでは無いことをあらかじめ伝えておく」
じゃあ良かったとはならない。心の底からまるで安心出来ない。街に起きた悲劇とこいつの出るタイミング、全く無関係とは思えないからだ。
「二人とも、ちょっと来なさい」
ビーナさんは僕とユーシャの腕を掴むと無理やり連れて街とは反対の方向に歩き出した。
一体何処に向かうつもりなのか。彼女の背後から漂ってくる冷気のようなものが一緒、質問をためらわせる。何かは分からないが、背すじがゾッとしない。
「待ってください、何か知ってるんですか? 知ってるなら説明してから」
「うっさい黙れ!」
冷気が濃くなる。顔は見えないけど、切羽詰まった感じで僕らへの殺意は感じない。
早足でどこまでも行こうと、空気の読めないオジサン声が僕らの沈黙を埋め続ける。
「──では、本題に移ろう。此度お前たちが噂するところの魔王。ユニザ・ユニハッカ・ノヴォイド皇帝陛下が亡くなられた──」
「人相書きが……アナタにそっくりだったから、声を掛けたの」
ビーナさんの独白。その合間を縫うように宰相ジオルドの放送が耳に入る。
「──死因は勇者による討伐死。宰相としてはなんとしても仇を討ちたいと思うとる。そこで、ワシからお前たちに勇者討伐の依頼と、勇者を匿う国家への宣戦布告を打ち出すことにした──」
「
どこか泣いているような上擦った声で、ビーナさんは続ける。
「けどあんたは違った! 勇者なんかじゃ全然──。そうよ、そうでなきゃ許さない……!」
「……。」
それを聞いて、ユーシャが何故か悲しい顔をした。
「──報酬は玉座。勇者討伐の成功報酬として、帝国の新たな皇帝になる権利をくれてやろう──」
「言い過ぎたわね、ごめんなさい。間違いなくさっきの貴方たちはカッコよかったわよ」
そばに居るとビーナさんの感情が二転三転しているのが分かる。彼女自身きっと何がしたいのか分かっていないのだろう。けど、動揺しているのは僕も一緒だ。
「──魔王になれば酒も女も地位も名誉も思うがまま。貧しければ家族だって養うことができる。大切な者がいれば病から救うことだって可能だ。一発逆転の人生を狙う者も、みな聞いてほしい──」
世界中の貧しい人、心根の優しい人、なりふり構ってられない人たちが悪い方向に流されてしまうんじゃないかと心配になる。生きるために悪事に手を染めてしまうヒトを、僕は見てきたことがあるからだ。
「このままだと間違いなくアンタたちは殺される。誰彼構わずアイツらは勇者と知ればすぐに殺しにかかるはずよ。少なくともパパを殺せるほどの勇者じゃなかったとしても……」
「さっきから、なにを──」
怖かった。理解なんか全然出来ないはずなのに、彼女の会話の内容と帝国宰相を名乗る男のそれが、少しづつ噛み合ってきてる気がして怖かった。
だから聞かずには居られなくなった。キミは何者なんだと。でも、僕の言葉は
「──勇者の名は、ギント。トレジャーランドの勇者ギント! こんな外見の白髪のジジイじゃ」
その言葉に鼓動が跳ね上がる。生きた心地がせず、ゆっくり見上げた先に、案の定アニキの顔が映し出されていた。
──は、いや……へ? アニキが、狙われ……殺され……。え?
「確実に殺せ。人違いでも殺せ。勇者ならいくらでも金は出そう。既に帝国の四天王が、この男を討伐するためにトレジャーランドへの進軍を開始した。早い者勝ちだ。急げよ、自らのために。殺せよ、愛する者のために。今宵、勇者を匿う国々は知ることになろう。トレジャーランドがどのような目にあうのかを──」
宰相が霞となって消えていく。そこに何も無かったようにアニキの顔も消えて、静けさだけが残った。
「あんた達は、あたしが絶対に死なせない!」
ずっと静かだ。思っていたよりも心が落ち着いている。静かすぎて彼女が何言ってるか聞こえないくらい──。
☆
~荒れた中央通り~
「ちょっと! ねぇって! キン坊!」
「……?」
肩を揺さぶられていることに気づいた僕は、必死に呼びかけるビーナさんの声に応える。
気付けば街の見知らぬ場所に居たので何があったのか聞くと、逃げるために移動してきたのだと言う。周辺の道がビーナさんの氷塊によっていくつか塞がり通れなくなっている。
「この小道を進んだ先の『グスタの丘』って宿わかる?」
「それなら、僕たちの泊まってる宿ですけど……」
「え、マジ? まあそういうこともあるわよね……」
ひとりで何かを納得する。
「部屋番一四にあたしの荷物がまとまってる。逃げ延びる為の手助けになるはずだから、迷わず使いなさい」
「どうしてそこまで……」
「実力ナシで無鉄砲な大バカ共!」
「え……?」
突然間近で怒鳴られてビビる。ユーシャも驚きとショックでくちびるが痙攣してる。
「そのクセして誰かの為に正面から命張れるヤツを、ここで見捨てたらあたしが廃る! どうでもいいって思えたら楽なんだろうけど……、楽なんだろうけどさぁ!」
声を張り上げたり落としたり、その顔には常に憔悴が見えた。地形を変えるほどの魔法を連発していれば誰だってそうなる。魔力不足で気絶していないのが不思議なくらい。もっとも、焦りはそれだけじゃなさそうだが……。
「デブリスライムの進路方向から察するに、あんたたちの所在は四天王に既にバレている。あたしが時間を稼ぐから……生きてたらまた会いましょう」
ビーナさんの覚悟の目。信じて良いと思えた。
「……分かりました。必ず会いましょう!」
僕一人ならアニキの元へ行ってた。でも今はユーシャがいる。賊は勘違いしてユーシャを狙うはずだから、彼女を連れてとにかく遠くに逃げるしかない──。僕はユーシャの意見も聞かず、その手を取って『グスタの丘』を目指し走りだした。
ビーナさんは何かを知っている。アニキの件も。デブリスライムの件も。
だからじゃないけどどうか死なないでと願わずにはいられなかった。
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