第41話 デブリスライム


 ~街はずれの洞窟~

 

 翌日。

 僕たちはリベンジを兼ねて一昨日の洞窟へと足を踏み入れた。

 出てくるモンスターはイワモドキという虫系モンスターのみ。最初は膝下ほどのソイツに怯えながら剣で切りつけ、体液を浴びてはこの世の終わりみたいな顔を毎回してたユーシャだけど、すぐにコツを覚えると自ら退路を断ってイワモドキを駆逐し始めた。

 死んだのを確認するために恐る恐る小突いたりするビビりな一面はあるけれど、何も出来ず失望されていただけの勇者は既にもういなかった。

 

 「この辺のはあらかた片付いたな」

 

 周辺から脅威が無くなってススだらけの顔でニッコリと達成感に浸るユーシャ。アニキが言うほど、無感情な少女には見えなかった。

 

 「よし。このまま最深部まで行ってしまおうか」

 「……。」

 

 ユーシャが突然、しり込みするように僕の腕を掴んだ。

 

 「なんだ、どうした?」

 

 行きたくないと首を横に振った彼女はそのあと、入り口を指差したり石を地面に滑らせるなどして、何かを伝えようとしてきた。

 

 「え……と、なに本当に?」

 

 ズンズン、タタタ──。

 ズンズン、タタタ──。

 

 奇々怪々だ。今度は入り口に向かって歩き出したかと思うと、最深部に向かって走り出す行為を二回続けた。そして地面に足を取られると、すってんころりん尻もちをつく。

 

 「何やってんだよもう。洞窟の中は湿気やすくて乾燥しにくいんだから、雨降ってなくてもぬかるみには気をつけ……ない……と」

 

 口にしてようやく気づいた。今日は分厚い雲が多く、雨の降る恐れがある。洞窟は奥に行けば行くほど下に向かって傾斜がきつくなり、ぬかるんだ足元に雨が流れ込めば、ここは天然のアリジゴクと化す──。

 このまま最深部まで行って最悪大雨でも降ったりなんかしたら僕たちは数日間、地面を滑って抜け出せなかったかもしれない。

 幾らイワモドキしかいない洞窟だとしても、体力が尽きた人間なんか格好のエサになる。きっと最奥には動物やヒトの骨が転がっていることだろう。ユーシャの観察力に僕は命を救われた。

 

 「すまないユーシャリア。キミに忠告されるまでこの洞窟の危険性に気づかなかった。雨降ってきたらやばいね。一旦出直そうか」

 

 手を取り立ち上がらせると、満面の笑みで頷いてくれた。

 

 「ギルドに素材を売る手続きとか今日は俺がやるけど、次からはちゃんと自分でもやれるようにしてよ?」

 

 目を細めて睨むと、ユーシャは申し訳なさそうに素材を集め出した。

 修行と素材集め。上手くいけば金策にもなるけど……果たして。

 

 

 ☆

 

 

 ~城下街のギルド~

 

 「イワモドキ。キロ三十ギラです」

 「たったそれだけ!?」

 

 宿でユーシャと別れたあと、ギルドの受け付けにて外殻を売った。税金絡みだかなんだか僕にはよく分からないが、この国ではモンスターの素材をギルド以外で売ることを固く禁止されている。だから少ないと思ってもここで売るしかない。

 一度は値段交渉もしてみたけど、無言で睨んでくる冒険者せんぱいらの顔を立てて止めることにした。余計なトラブルや軋轢あつれきを避けるのも肩身が狭い勇者一行の仕事なのだ。

 

 ──冒険者にとって食いぶちを潰す迷惑な客みたいなものだしな、僕らは。

 

 「三時間でこれか……。割のいい依頼を探すしかないか」

 

 五キロ売って一五〇ギラ。二人合わせて一日分の食費にも満たない。武器や防具も買い揃えたいし、しばらくは一日一食が続きそうだ。アニキから貰った身支度金もあるにはあるが、それはいざという時のもの。とりあえずギルドを出て宿に向かう。

 

 「きゃーー!」

 

 手のひらの小銭にため息を吹き掛けていると、遠くの方で女性の悲鳴が聴こえてきた。ひったくりか?

 

 「うわあああ」

 「にげろー!」

 

 女性だけじゃない。たくさんの人達が何かから逃げるように前方から走ってくる。異様な光景。ひとり捕まえて話を聞く。

 

 「何かあったんですか?」

 「下水道からダストスライムが出たんだよ! それも相当大きなヤツ! 逃げなきゃ殺される!」

 

 ダストスライムと言えば、汚れた街に出没しやすい公害モンスターの一種。この街は比較的綺麗だし住民の慌てっぷりからしてもおそらく珍しいことのようだけど、……本当なのか?

 

 「もう既に冒険者が何人も殺られてる! アンタも早く逃げたほうがいいぞ!」

 

 バキバキバキ──!

 

 遠くから建物をなぎ倒す音と黒煙が上がった。

 

 「忠告どもです!」

 「おい! どこ行くんだ!」

 

 あの近くにはたった今宿泊中の宿がある。急激に嫌な予感がした僕は、人の波に逆って走りだした。

 

 

 ☆

 

 

 ~宿街~

 

 「なんだあれ……」

 

 不用意に近付くのは危険なので、近くの民家の屋根から被害状況を確認していると、二階建ての宿より高い位置に目玉の付いた巨大スライムが近隣家屋を轢き潰しながらじっくりと何処かに向かって一直線に動いているのが分かった。

 

 「ダストどころか、デブリスライムじゃないか……!」

 

 知能も目玉もないダストが環境災害から生まれるモンスターなら、デブリスライムはその真逆。意思も知能も目玉も持ち、人を襲うただの野生モンスターだ。強さはピンキリだが大きければそれだけ強いし、街に居ていいようなスライムでは決してない。

 

 「近くに冒険者は……だめか」

 

 デブリスライムは流動体のカラダに溜め込んだ動物やガレキを動くモノに反応して高速でぶつけてくる。ヤツの通り道で地面に転がる冒険者たちは、吐き出されたかぶつけられたかのどっちかだろう。まともに闘えるヤツが一人もいないのか?

 

 「縄張りを滅多に出ないデブリスライムがなぜ……何を狙ってる……?」

 

 デブリスライムが軌道を変え、こちらに向かってくる。気づかれたと思ったがそうじゃない。立ったまま泣いている小さな女の子に惹き付けられていた。

 

 「おかーさーん!」

 

 ひざを擦りむいたのか、その場で動けなくなる女の子。ボロボロの人形が彼女と手を繋いでいる。

 そんな少女を助けようと、路地裏から一人の勇者が飛び出した。

 

 「ゆ、ユーシャ!?」

 

 それは比喩的なものじゃない。文字通りのユーシャだったんだ。

 

 帝国襲来まで残り0日──。

 

 

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