第40話 キンカの英才教育


 「ホンット意味わかんない! アンタ何がしたいワケ!?」

 「……はっ」

 

 さっきの女性の大声が聞こえて、僕は飛び起きた。眠気眼をこすり岩陰から慎重に顔を覗かす。

 

 「……。」

 

 武器や防具を買い揃えているのに、疲弊し切った顔でユーシャが隣りを歩いているのが見えた。中で何があったのか察しがつくほど、女性がものすごい剣幕で罵っている。

 

 「雑魚モンス一匹も狩れないとか偽物にもほどがあるでしょ! 何よその胸の紋章は。憧れちゃってるわけ? 中年のクセになっさけない! 勇者ごっことか現実見なさいよ! 周りの連中はアンタほど暇じゃないんだから!」

 「……。」

 「今すぐ私の前から消えて。ほら、お願いだから早く。不愉快よいい加減。二度と私の前に現れないで!」

 

 流石の僕も可哀想に思えた。ユーシャは実践経験ゼロなのだ。それに言い返す機能もない。足早に去っていく美女の後を、ひとりとぼとぼ歩く中年の背中はいつになく小さく見えた。

 

 「で、ガキんちょは何やってるの」

 「うわ!?」

 

 背後から突然、帰ったはずの美女に話しかけられた。ものすごくいい匂いがする。大きな谷間が目に毒で、二重の意味でビックリだ!

 

 「ガキんちょ、酒場からずぅーっとつけてたでしょ? 言っとくけどアイツに利用価値なんてないから。財宝魔法どころか、グズでノロマで剣すら碌に扱えないただの一般男性。余生なのか分かんないけどハッキリ言ってああいう奴がいっちばん迷惑なのよ。はぁ……勇者がいるって言うからここまで来たのに、とんだ無駄足だったわ」

 

 女はぶつくさ言うだけ言って街の方に踵を返した。

 

 「おい、待てよ」

 

 僕にはそれが、どうしても我慢ならなかった。女が足を止める。

 

 「魔法が使えないってアイツが言ったのか? 勇者じゃありませんってアイツが喋ったのか……?」

 「なーに? アタシけっこう忙しいんだけど」

 

 どうしてだろう。ふつふつと怒りが湧き上がるのは。

 彼女をバカにされたからか?

 アニキをバカにされたからか?

 とにかく、いても経ってもいられなかった。

 

 「彼はワケあって力を失ってるだけなんだ! 俺が、彼を鍛え直してそれを証明する……してやる! だから覚えてとけよオンナ! 謝っても許さないからな!」

 

 僕が指を差し向けると、女は鼻で笑った。余計に腹立たしい態度を取る。

 

 「はーっ、イイわよ。一週間は滞在する予定だから、それまでせいぜい頑張りなさーい」

 

 毛先で遊びながら煽るように言ってきた。その瞬間、僕の心に火がついた。

 

 

 ☆

 

 

 ~夜の宿~


 ドンドン、ドンドンドン!

 

 ガチャ──。

 

 何度もノックし、彼女が部屋を開けた瞬間、強引に中に押し入る。

 

 「ユーシャリア、当然ですまないが俺はキミを知っている!」

 「……?」

 

 肌着姿でボサボサ髪だった彼女は、男なのに胸や恥部を隠すようなポーズで出迎える。不審者を見るような目付きをされる筋合いはないぞ。

 

 「キミが歩んできた道のりは、奪われ続けたその日々は! キミが無力じゃなければ変えられたはずの未来なんだ!」

 

 勢いで押し続けると、彼女はゆっくりと後ずさり始めた。そこをさらに詰め寄って端に追いやる。

 

 「よって鍛え直す! その姿で誰かを失望させるのは許さない! 勇者ギントの伝説を紡ぎ、強さと自信取り戻すんだ!!」

 

 壁を背にして縮こまる彼女が逃げないように、手を伸ばし退路を断つ。こうして近寄ってみると、アニキの顔なのに女性特有の雰囲気が漂ってる。おめめパッチリな感じとか。優しいそうな所とか。

 

 「俺の名前はキンカ。ユーシャリア、キミを本物の勇者に鍛えてあげるからヨロシクね!」

 

 どうせお前は勇者を鍛えたくなるとアニキが言っていた理由、今ようやくわかった──。アニキの身体で弱いままのコイツを僕は許せないのだ。

 だからそこコイツを、僕の理想の勇者に仕上げなけらばならない! 理想の、最強勇者をこの手で!

 

 「明日から俺と付き合ってくれ」

 

 差し伸ばす手を、彼女は戸惑いながら握り返した。

 

 

 ☆

 

 

 ~朝、街はずれの丘~

 

 翌日、ユーシャリアの特訓が始まった。

 その前に僕は、隠し事がないように彼女に全てを話した。『信用を勝ち取るためには、まず全てを打ち明けろ』とはアニキの教え。その上で僕やアニキのことを誰かに伝えればキミの自由は保証出来ないと脅しておく。一応の対策だ。

 

 「元に戻りたいんだろう? だったら俺の言うことは絶対に守ること。良いね?」

 

 そこまで言うとユーシャもようやく理解したようで、修行開始とあいなった。

 

 「体力作りをしているヒマはない。いきなりだけど財宝魔法の特訓から始めよう」


 僕達はでっかい花畑に来ている。ここには比較的害の少ないスライムが花の蜜を吸いに集まってくる。彼女には初歩中の初歩として、それを倒してもらう予定だ。

 

 「アニキは財宝魔法を形作るうえでイメージが大切だと語っていた。まずは武器を創ってみてくれ」

 

 彼女は小枝を拾うと、それを握りギュッと目を瞑った。しばらくしてバッと目を開けた瞬間、何も変わっていないことに気付いて勝手に落胆した。

 

 「落ち込むことはない。それは飽くまで最終目標。段階を踏んでいこう」

 

 剣、たいまつ、油ツボ、火打石を順に触らせて物に慣れさせ、再現性を高めていく訓練──も、やっぱり上手くはいかない。

 

 「大丈夫だってアニキも最初は苦戦してたっていうから。今からあの蜜スライムたちをここにある道具だけで倒してみよう。自分なりに頭を使って」

 

 そう告げると彼女は剣を振った時の反動や、たいまつの湿り気具合などを確認しだした。ただ触って物を確かめていた時よりも、一段と深く物の性質について学び始めたのだ。

 スライムの弱点は火だと伝えると、油を塗ったたいまつに火を付けて近づけ始めたので制止する。

 

 「待って、そのままだと花まで燃えちゃうだろ。大事なのは機転を利かせることだ」

 

 それだけ伝えると、ユーシャは理解したように驚いた顔をする。そのあとは早かった。剣でスライムをすくい取り、その上で火の付いたたいまつを押し当てて焼き払ってみせたのだ。

 

 ──理解力も応用力もまずまず。こいつは教えがいがあるな。僕も楽しくなってきたぞ。

 

 これは彼女の上達速度を知る訓練でもある。教えるスピードは速すぎても遅すぎてもダメらしいのでそうした。アニキが僕の『才能』を伸ばしてくれた時もそうだったように、同じ教育方法を彼女に叩き込む。

 

 「機転は日常に転がっている。これからは寝るとき以外、機転を利かせる意識を忘れずに生活を送るように」

 

 彼女は真っ直ぐな目で強く頷いた。とりあえず四つの道具は肌身離さず持ってもらう。私物の方が財宝化させやすいとアニキも言ってたし。

 それから、どの程度戦えるのかを知るために草原へ出て雑魚モンスターを狩り始めた。

 

 「やれ。そこだ!」

 

 さすがアニキの肉体と言うべきか、超人的な身体能力は未だ健在で、動きは鈍いがステータスでゴリ押しが通る。これなら武器を持つ感覚や身体の使い方を、財宝魔法と並行して覚えさせることが叶いそうだ。

 

 「よし、次だ次!」

 

 さて。ここまでやってきたことを踏まえての彼女の評価は、

 “天才ほどでないが器用で発想力のある頑張り屋”

 わざわざ教育速度を落とす必要も無さそうなのでこのままガンガン行く!

 

 帝国襲来まで残り二日──。

 

 

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