第39話 酒場の美女にご用心


 一週間前、僕とアニキは宿探しに苦労した。大半のヒトがとある理由により勇者に不満を持っていて、珀地人はくちびとのような扱いを受けたのだ。中でも僕たちを厳しく追い返した人そこ、ここ『グスタの丘』の主人だった。

 どこに行ってもどうせ追い返されるので、僕は意を決して乗り込んだ。

 

 「おいおいてめぇらまた来たのか? 性懲りも無く。悪いがうちは旅人の宿なんでな。前にも言ったように、旅にも出ねえような勇者に貸せる部屋なんざ──」

 「お願いです。この人だけでも泊めてくれませんか?」

 

 ずぶ濡れで意識なく担がれる薄着の勇者を見て、主人はしばらく言葉を失ったものの受け入れてくれた。濡れた身体を借りたタオルで拭いてユーシャをベッドに寝かせると、ドアの前で腕を組み見守る主人に声をかけられた。

 

 「一週間だけだぞ。うちで面倒みるのは」

 「え、いいんですか?」

 「どうせどこ行っても断られちまったんだろ? しょうがねえさ」

 

 堅物かと思ったけど、理解ある人で良かった。頭を下げてお礼をする。

 

 「あ、でも一週間分となるとお金が……」

 「いらねぇよ。勇者の活動費は元々俺らの血税から賄われてる。あとで引かれんのも今引かれんのも大して変わらん。ボウズが気にすることじゃねえ」

 

 そう言って頭を搔くご主人。

 前にアニキに聞いたのだが、勇者税とか言うのが馬鹿にならないみたいで、それが不満を溜める原因になっているとかなんとか。

 

 「チマタじゃ王様の呪いを解いた本物の勇者サマってのも現れたらしいからな。俺の気が変わらねえうちにとっとと部屋でくつろいどけ」

 「ありがとうございます!」

 

 アニキ以外にもすごい勇者がいたとは驚きだ。

 主人は首だけを振ってお前は向こうの部屋だと指示をする。それぞれ別の部屋を使わせてくれるらしい。なんて優しい人なんだ。ご好意に甘えて、僕はユーシャの隣の部屋に向かった。

 

 「アイツが目覚めても、本当にボウズのことは言わなくていいんだな?」

 

 ドアノブに手を掛ける直前、ご主人にそう聞かれ振り返る。

 

 「はい。それと、しばらくして起きたら食事ができる場所と注文の仕方と、あと……お金の稼ぎ方とか教えてもらえると、助かります」

 「それくらいは自分でやれ! ったく。あの歳までどんな生き方してたんだよ、我らの勇者サマは」

 

 図々しくお願いすると、ご主人に怒鳴られビクッとなる。おんぶに抱っこは確かに良くないと猛省して、ひとまず僕はひさびさのベッドに身体をうずめた。

 

 「戦い方とかも教えなきゃな……常識も全く足りてないだろうし、他にも色々……」

 

 その日はたくさん寝た。

 

 

 ☆

 

 

 ~昼間の宿~

 

 「遅かったなボウズ。勇者ならとっくに出掛けたぜ」

 

 小さなエントランスで新聞を読むご主人に声を掛けようとしたら、先にそう告げられ目が点になる。

 

 「ひとりで行かせたんですか!?」

 「安心しろ。金はちゃんと持たせてある。なんか食いたそうにしてたから、店も何軒か教えといたぜ」

 

 情報をくれたご主人にお礼を言って、僕は宿を飛び出した。

 時刻は昼過ぎ。

 考え過ぎて夜更かししたことを後悔しながら街中を探し回っていると、一際賑わう酒場を発見した。僕の嗅覚が間違いなくここだと伝えている。獣人だとバレる前にフードを被り直し、とりあえず客として中に入ってみる。

 

 ~酒場~

 

 「よぉ、にぃちゃん見ない顔だな? ここいいか?」

 

 ほろ酔い男が僕のテーブルに勝手に座った。男はここの常連客で冒険者をしていると言う。丁度いいので何があったのか聞いてみると、つい先程まで男女がルーダーという賭け事をしていて、今まさに女が勝ち酒場にいる全客の飲食代を男が払うことに決まったばかりだと言うのだ。

 肝心の場面は見逃したけど、僕もギリギリ対象内だったらしくラッキーをあずかった。

 

 「この辺で白髪のゆ……おじさんを見ませんでしたか?」

 

 ラッキーはさて置き、男に尋ねる。あの風貌では勇者と分からないだろうから数少ない特徴を伝えながら。

 宿屋のご主人は注文や支払い方を丁寧に教えたそうなので、ユーシャは此処にいてもおかしくない。居なければすぐにでも出よう。勿体ないけど。

 

 「白髪のおっさん? ハハ、お前さんの後ろのは違うのか?」

 「……。やっぱ忘れてください」

 

 振り返るとイスの背もたれ同士がくっつきそうな近距離にユーシャがいた。背後の僕には気付いていない。あまりに近くてビックリだ。

 彼女のテーブルには小さなコップが一つ。どうやらミルクを頼んだらしい。それを両手で抱えて大事そうに飲んでいる。僕もひとつ、同じものを頼んだ。

 

 「ねぇちょっとアナタ、今日はあれの奢りなんですから気にせず呑みましょ。それともお腹、空いてます?」

 

 ユーシャの隣りに美女が座った。黒髪に赤いドレスのような格好の美女。じっと見てる訳にもいかず、全力で聞き耳を立てる。胸元の強調された服を着るハレンチな女性だった。

 

 「マスター、この人にとびっきりの食事をご馳走してやって〜!」

 

 ごきげんに美女が勝手な注文をする。ユーシャは慌てふためいてる。

 

 「おおー! アンタ、さっきは凄かったぜ。ありがとな!」

 「いいのよいいのよ、あいつの奢りなんだし」

 

 隣りの奴が突然その美女に話しかけた。そうなれば無視する訳にもいかず、僕も会釈を返す。あいつと呼ばれた男はカウンターで死んだように項垂れて泣いている。清々しいまでの敗北者だ。

 

 「……あの女性が勝利者?」

 「ああ。そりゃもうスッキリするほどの勝ちっぷりでよ。腕相撲で土台のタルごと男の腕をバコーンとやっちまったワケだ! 俺も笑いが止まらなかったぜ」

 「へ、へぇ……」

 

 美女に腕相撲を挑んだ男は普段から酒癖が悪く、店に度々迷惑をかけてたらしい。それを注意した美女と口論となり、最終的にはルーダーにまで発展したのだとか。だからこそ余計に酒場のおじさんたちは、その勝利に沸いたという。

 

 「ねえねえアナタ、もしかしなくても勇者サマなんでしょう?」

 「ブォホ!」

 

 美女がそんなことを言い出すものだから、思わず頼んだばかりのミルクを吐き出してしまった。ユーシャの表情が気になる。

 

 「アナタのその手、細かな傷。魔王を倒すためにたいへん努力なさってきたんでしょう? 分かっちゃうの、アタシにはそーゆーのが」

 

 甘く優しい声で、美女が両手を取り誘惑してる。なんだかマズイ状況だ。離れろユーシャ!

 

 「ねぇ、もしこのあとお暇だったら、アタシとどうですか……?」

 

 そばに居るだけの僕ですら生唾を飲み込むほどの色気だった。

 

 

 ☆

 

 

 ~街はずれの洞窟~

 

 二人は武器屋や道具屋などを一通り回ってデートした後、日が沈み始めるとひとけのない洞窟に入っていった。僕は近場の岩陰に隠れ、二人が出てくるのをひたすらに待った。なにも起きないことを祈りながら。

 

 帝国襲来まで残り三日──。

 

 

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